前橋ウィザーズ   作:ヘッズ

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第9話 お酒って嫌な記憶消せる?

 殺島は誰も居なくなった店内でカウンターを拭き、店内の花に水をやりながら今日の出来事を振り返る。

 結果的にユアの願いは叶え無事にマポをゲットでき魔法使い修行終了の危機を脱した。そして叶えた願いは「何もなかったことにすること」だ。この店に来たことも、魔法を使ったことも、くまいになりすました事も全て。それは自分の力で本気で頑張ってみようという願いだった。

 その事実にマイはひどくショックを受けていた。ステージで歌っている際に一番の友達になりたいという願いも破れ、それどころか今までの自分の行動は全て無駄だったと告げられたようなものだ。

 ユアにとってマイは友達でもなく、価値の低い者だった。それでも好きという気持ちは消えない。一番になれない悔しさと、友達じゃないと分かっていて縋ってしまう自分への嫌悪で、もうどうしたらいいか分からなくなっていた。

 難しい問いに皆が悩むなか、ユイナがいつも通りの口調で「答えが見つかるまで保留で、魔女修行を続けて修行が終わって魔女になった時に答えを決めればいい」と答えた。

 その答えにマイは納得したようで、ユアの一番になりたいという願いは断たれ魔女修行する意味がないが、この店は居心地が良いと修業続行を決めた。マイが修行を続行してくれたのはありがたい。人数が多ければその分手に入るマポも多くなる。

 掃除と水やりを終えて家に帰ろうと控室に戻る。中は営業が終了したのか僅な照明が点灯するだけで薄暗い。すると人影が1つあるので目を凝らす。そこには後ろに手を組んだマイが居た。

 

「よう、どうした?忘れ物か?」

「まあ、そんなとこかな。ところでヤジさんはお酒好き?」

超好物(マジすき)。なんたって酒中毒(アルちゅう)寸前までいったからな」

 

 殺島の自虐風答えにマイは苦笑する。この言葉は真実で花奈が死んでから数年間はその辛さを紛らわすために酒を浴びるように飲んでいた。ある意味好物だ。

 

「良かったら飲んで。あとおつまみもあるから」

 

 マイは後ろに組んだ手からガラス瓶と袋に入った何かを殺島の前に差し出す。

 

「これは葡萄地酒(ブランデー)にチーズか。良い選択(チョイス)だ。父親(とうちゃん)拝借(ぱく)ってきたのか?」

「違うって、お父さんが貰ったけどお酒飲めないからどうしようかって言ってたから、友達のお父さんにあげてもいいってちゃんと許可もらったから」

「なんだ、マポ泥の前科があるから、拝借(ぱく)ったのかと思ったぜ」

「ちょっとイジらないでいよ。本当に反省してるんだから」

「まあオレもマイの立場だったらやってるけどな」

「そうなんだ」

 

 マイは殺島の言葉に淡々と頷く。ユアに語った言葉からして同じタイプの人間だと思っていただけに驚きはしない。

 

「けどオレならもっと巧妙(うま)実行()ってた」

「どういうこと?」

「マポ使ってメーターを操作(いじ)るんだよ。数字を固定する魔法使えば露見(バレ)れねえ」

 

 マイは思わず手を叩く。確かにその魔法を使えばより強い力の魔法で解除されない限りマポがゼロになる以外はバレることはない。しかしそんな手を思いつくなんて頭が良いというのか、悪知恵が働くと言うのか。

 

「いや、オレはしねえよ。そんな極小(ちびちび)マポ使っても目的は達成できないし」

 

 殺島はマイの疑惑の視線を察したのか問われる前に答える。殺島が魔法使いになる理由は訊いていないので気になるが、プライバシーの問題なので本人の口から喋らない限りは訊くつもりはない。

 

「ところで何で酒なんて持ってきた」

「いや…マポ泥の件はヤジさんが一番怒ってたし迷惑かけたから」

「だから気にしてねえって」

「あとはお礼かな、ヤジさんの言葉が嬉しかったから」

 

 マイは恥ずかしそうに語る。殺島のユアに向けて言った「なんで好意に応えてやらない」という言葉、それが嬉しかった。

 薄々自分のユアへの想いは重いと感じていた。それでもこの想いに蓋をすることはできず、衝動のままに行動した。そしてユアの口から拒否され、ショックで心はどん底まで沈んだ。

 そんな時に殺島は言ってくれた。それはマイの想いは間違っていないと肯定しているように聞こえていた。だからユアから重いと言われても怯まずに自分の想いをありのままにぶつけられた。

 結果的には自分の想いはユアにとっては重く否定された。それでも殺島は肯定してくれた。マイは何か言おうとして口を開き、結局何も言えずに視線を落とした。

 それでも、その沈黙が否定ではないことだけは分かった。

 

「そうか、だったら遠慮なく」

 

 殺島はブランデーとチーズを手に取り感謝の意味を込めて2つを少し上げる。マイが何に嬉しかったのかは分からない。だが好意を向けているのは分かる。ならば応えるまでだ。

 

「よかったら一緒に飲酒()るか?ここ照明落ちると酒場(バー)みたいだしよ」

「うん」

反応良(ノリいい)な。家からグラス取ってくるから待ってろ」

 

 殺島は快活な笑顔を浮かべながら家に繋がる扉に向かう。魔法を使ってグラスや氷を出すのは疲れるだろうし、マポを使って出すのはもったいない。それに家にはブランデーに合うつまみがあったので折角であれば持っていこう。

 普通なら止める場面だが、殺島にその発想はなかった。

 殺島は自宅からグラス2つと氷とマイ用につまみとしてチョコレート、割る用に家の近くの自動販売機でコーラとオレンジジュースを買ってきて持ってくる。

 

 殺島はブランデーを注ぎ、マイのグラスにはコーラを多めにした。

 

「折角だから、乾杯するか」

「うん、じゃあユア姉の願いを叶えてマポをゲットした記念に乾杯」

「乾杯」

 

 乾杯の音が、控室に小さく響く。

 

「う~ん、変な味、だけど飲めなくもないかも」

「まあ初心者用に配合(カクテル)したからな。大丈夫そうだったらブランデーの比率を増せばいい」

「最初はこれで飲む」

 

 マイは2口目にいかず、つまみのチョコレートを口に入れる。ブランデーの比率を下げたのだがそれでもブランデーのアルコールと味に戸惑っているようだ。

 チョコレートで仕切り直したマイは2口目を飲む。今度は最初より多く飲んでいる。そしてチョコレートを挟んで飲むを、数度繰り返してグラスにあったブランデーとコーラのカクテルを飲み干す。

 

「良い飲みっぷりだな」

「これ、結構美味しいかも。次はブランデーの比率を上げようかな」

「OK」

 

 殺島はマイの注文に応えブランデーの比率を上げたコーラのカクテルを作って渡す。マイはそれを1杯目より短い時間で飲み干す。

 

「もっと飲む~」

「それぐらいにしておけ」

 

 マイがボトルに手を伸ばす手を殺島が抑える。最初は飲みっぷりの良さに応じるようにカクテルを作ったが、予想以上のペースの速さと顔面の紅潮具合と呂律の怪しさから止める。

 暴走族時代では悪乗りで泥酔したりされたりした。極道時代でその場のノリでアル中寸前まで飲んだこともあるし逆もしかりである。その経験から相手の健康状態は大よそ分かるようになっていた。今のマイは飲みすぎている。このままいけば急性アルコール中毒になってしまう。

 

「ねえヤジさん。お酒って嫌な記憶消せる?」 

「無理だ」

 

 殺島は端的に答えを告げる。もしそうだったらどれだけいいか、酒を飲んでも大人の退屈さと辛さは忘れなかった。

 

「保留何て嫌だ。私はユア姉の一番になりたかった……」

 

 

 それきりマイは黙り込む。泣きはしない。ただ、肩が僅かに揺れている。殺島は何も言わずマイをじっと見つめる。あの姿は未来の自分だったかもしれない。

 花奈のために全てを捧げられた。花奈の幸せが全てだった。それでも向けた好意の分だけ報われたいと思うのが人情だ。

 もし大きくなった花奈からマイと同じようにユアから大切な人と思われず、好意が報われなかったらと思うと心が痛む。

 向けた好意に応えられる気質と器が殺島にはあった。だが他の者は違う。一方的な好意は相手によっては苦痛になってしまうとマイとユアのやり取りを見て気づいてしまった。

 

 少しして、マイがぽつりと笑った。

 

「……変だよね。こんなことで」

「変じゃねえ」

 

 殺島はそれだけ言った。

 マイは一度、深く息を吸い、吐いた。

 

「ありがとう」

 

 理由は言わなかった。殺島も訊かなかった。それで十分だと思えた。

 

「マイ、オレは思ったより重たい男だったみてえだ」

「そうなの?私より?」

「かもな」

「ううん、私のほうが重い。ユア姉への想いは世界中の誰かに対する想いより負けないから!」

「それは皆無(ねえ)な。オレの花奈へ対する想いのほうが重い」

 

 2人は酒のせいで気分が高揚しているのか大笑いする。2人の笑い声が控室にしばらく響き、笑い声から息切れの音に変わる。

 

「ヤジさんは花奈ちゃんのことが本当に好きなんだね」

「花奈への愛は一晩中語ってもまだ足りねえぐらいだ」

「私だって、ユア姉への想いは一晩中語っても足りないから、ユア姉はね私を救ってくれた。小学校の時に……」

 

 そこからマイはユアとの思い出とその想いを語り始める。殺島も話を黙って聞きながら時折花奈との思い出話を語る。

 マイはある意味同類だ。好意を向ける相手を自分の全てだと思えるほどに想っている。殺島は娘が死に報われなかった。だがマイには報われて欲しい。

 2人は時間が許す限り語り明かした。

 

───

 

「う~頭痛い」

 

 マイはベッドから起き上がり思わず頭を抑える。これが二日酔いというものか、大人はこんな痛い思いをしながら酒を飲むのか、当分理解できそうにない。

 頭痛を感じながら昨日の記憶を振り返る。店の控室で殺島と一緒に酒を飲んでユアとの思い出話を話した。酒のせいか楽しかった。

 頭を使ったせいかまた頭痛がする。このまま風邪と偽って学校を休もうと考えたが、母親が様子を見に来てバレたら面倒な事になる。スマホで「二日酔い 誤魔化す」と検索する。とりあえずシャワーを浴びて水分を多めに摂取し、学校では大人しくしていよう。

 検索エンジンを閉じようと画面をタップしようとするが、思いとどまりスタポスを開きユアのアカウントを開く。

 ユアはいつも通り自撮りをあげている。それを見て改めてマポ泥など自分がした行動が全て無意味だったと実感させられ胸が痛む。まるで自傷行為だ。

 それでもこれからもユアのアカウントを見るだろう。そこには自分の力でミスコン1位を取ろうとする姿が見られる。出来ることは1日1票の投票をするだけだ。

 

「がんばってユア姉」

 

 マイはポツリと呟く。答えは保留しその先はどうなるか。ユア姉の想いを抱き続けるか、それ以上に大切なものを見つけ想いが薄くなってしまうのか。

 

 報われなくてもいい。それでもユアが幸せなら、きっと笑える。そう思いたかった。

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