宮間太郎の幻想入り物語 作:宮間太郎(ITARIA-DOITU)
博麗霊夢の怒りは、幻想郷の空を覆うほどだった。彼女は、己の神社から居候が連れ去られたことを、私的な憤慨と公的な「異変」として捉えていた。
「あの吸血鬼ども、私の神社を何だと思ってるのよ!」
霊夢は、いつになく真剣な表情で紅魔館の上空に到達した。
結界の攻防とメイドの対峙
紅魔館の門。門番の紅美鈴は、空から降りてきた霊夢を見て、すぐに戦闘態勢に入った。
「博麗の巫女! ここから先は私的な敷地です。お引き取りください!」
「私的な敷地? 私の居候を勝手に連れ去った時点で、もう私的な問題じゃないわよ!」
霊夢は美鈴を軽く弾き飛ばし、館の扉を蹴破って内部へ侵入した。その途端、廊下を優雅に滑るように、十六夜咲夜が現れた。
「さすが博麗の巫女。お嬢様のお気に入りのお人形を返せと?」咲夜は冷静に言い放った。
「お人形? あれは私の居候よ。さっさと返しなさい。あの、制服姿の男子中学生を!」
咲夜は表情一つ変えず、霊夢をある部屋へ案内した。
霊夢の困惑
霊夢が案内された部屋は、パチュリーの図書館だった。無数の本が宙に浮く幻想的な空間の中央に、一人のメイド服の少女が立っていた。
「…あんた、誰?」
霊夢は訝しげに尋ねた。目の前の少女は、見覚えのある顔立ちをしているが、あまりに華奢で、そして女性だった。
「霊夢さん…お久しぶりです」
少女は戸惑いながらも、霊夢に向かって頭を下げた。
「えっ…その声、あんた太郎!?」
霊夢は驚愕のあまり、持っていたお祓い棒を取り落としそうになった。目の前の人物が、数週間前に自分の神社にいた、疲れ切った男子中学生の「宮間太郎」だとは、到底信じられなかった。
「あ…今は、**葵(あおい)**と名乗っています」
咲夜が冷静に説明を加える。
「パチュリー様の実験により、彼は体質が安定し、女性として生まれ変わりました。本人も、この名前と体を受け入れています」
パチュリーが本の中から顔を出し、勝ち誇ったように言った。
「彼の心の奥底にあった『逃避』の願望が、性別の壁を越えさせたのよ。これは、幻想郷でなければ実現しなかった、外の世界の常識を破壊する異変よ!」
葵の選択
霊夢は額に手を当て、頭痛を抑えるように深呼吸した。
「馬鹿げてるわ…。とにかく、あんたを連れ戻すわよ、葵。私の神社に戻って、雑用をするのよ」
しかし、葵は静かに首を横に振った。
「霊夢さん、ありがとうございます。でも…私は、紅魔館に残ります」
霊夢は目を見開いた。「どうしてよ? あんな迷惑な連中のところに!」
「霊夢さんの神社にいた頃、僕は…ただ逃げたかった。でも、ここでは、**『葵』**として、やるべきことがあります。咲夜さんのお手伝いは大変だけど、誰にも期待されていなかった外の世界よりも、ずっと自分の意志で動けている気がするんです」
葵の瞳には、逃げ惑っていた頃の迷いや暗さが消え、新しい自分を見つけた光が宿っていた。
「太郎」として背負っていた「受験」や「男子」という呪縛から完全に解放され、「葵」として紅魔館のメイドという新しい役割を得た彼女は、もはや元の世界を望んでいなかった。
異変の終結
霊夢は、目の前の状況が「異変」というより「個人の選択」であることを理解し、面倒くさそうな顔に戻った。
「…ふん。あんた、本当に面倒な子ね」
そして、霊夢はパチュリーと咲夜に向かって宣言した。
「いいわ、この異変はこれで解決にする。ただし、条件がある」
「何でしょう?」咲夜が尋ねる。
「葵は、紅魔館のメイドになったんじゃない。博麗神社の雑用係として、紅魔館に**『派遣』されたのよ! 異変の責任は紅魔館にある。だから、あんたたちは、毎月、巫女である私に『派遣料』**を支払うこと!」
パチュリーと咲夜は顔を見合わせたが、霊夢の要求は意外にも単純な金銭要求だったため、交渉に応じた。
「よろしい。ですが、その**『派遣料』**とは具体的に…」
「当然、賽銭よ! それに、美味しいお菓子!」
こうして、霊夢は葵を連れ戻すという当初の目的を「派遣」という形で変え、さらに神社の資金源を確保するという二重の成果を上げて異変を解決した。
博麗神社の巫女は、今日もまた、異変の解決を口実に、神社の経営を成り立たせるのだった。
そして、葵は「宮間太郎」の過去を完全に捨て去り、「紅魔館のメイド」兼「博麗神社の派遣雑用係」として、幻想郷での生活を続けることになった。