宮間太郎の幻想入り物語 作:宮間太郎(ITARIA-DOITU)
博麗霊夢との交渉の結果、「葵」は正式に紅魔館のメイド、かつ「博麗神社の派遣雑用係」という複雑な肩書きを持つことになった。
霊夢は毎月、咲夜から**「葵の派遣料」**として、里で手に入りにくい貴重な物資(そして時々大量の安物のお菓子)を受け取り、神社の経営をいくらか安定させることに成功した。
紅魔館の常識と非常識
葵の日常は、外の世界の中学生活よりも遥かに予測不能で多忙だった。
早朝: 十六夜咲夜の指導のもと、館の広大な掃除と時間厳守のメイド業務。咲夜の「時間を止める能力」のおかげで、彼女のメイド業務は常に超高速で進行していた。
日中: 主人である吸血鬼、レミリア・スカーレットと、その妹のフランドール・スカーレットの相手。レミリアの気まぐれな遊びに付き合ったり、フランドールの破壊的な衝動を食い止めたりするのが主な仕事だった。
午後: 図書館の魔女、パチュリー・ノーレッジの雑用。大量の本の整理や、難解な魔法の実験の準備の手伝いをさせられた。
葵は、この奇妙な環境に順応していた。元の「宮間太郎」であればパニックになっていたであろう状況でも、「葵」としての新しい体と心は冷静に対応した。
(この仕事には、受験勉強も、内申点も関係ない。ただ、目の前のことをきっちりこなせばいいんだ)
彼は、この「役割」を与えられている状態に、一種の安堵を感じていた。
突撃! 派遣元(博麗神社)の検査
ある穏やかな秋の日。葵が紅魔館の裏庭で洗濯物を干していると、空から見慣れた紅白の巫女が降りてきた。
「よう、葵」
「霊夢さん! 今日は派遣料の受け取り日ではないはずですが…」
霊夢はぶっきらぼうに言った。「派遣元の巫女として、あんたがちゃんと働いているか**『業務査察』**に来たのよ。ちゃんと働いてなきゃ、派遣料を値上げしなきゃいけないからね」
霊夢は葵を連れて紅魔館を隅々まで回り、雑務の状況をチェックし始めた。
「ふむ、床はピカピカね。お茶菓子も美味しい。まあ、合格点かしら」
しかし、霊夢の真の目的は、葵が本当に「紅魔館で幸せか」を確認することだった。霊夢には、葵が無理をしていないか、時々気になっていたのだ。
廊下で二人きりになった時、霊夢は尋ねた。
「あのさ、葵。本当に、これでいいの? 女体化して、メイドなんてやって。元の世界には、もう未練は無いの?」
葵は、手に持っていたバケツをそっと置いた。
「未練…ですか。もちろん、家族のことは、時々考えます。でも、霊夢さん」
彼女は霊夢を見つめた。その瞳には、かつての「宮間太郎」の不安はなく、落ち着いた決意があった。
「あの頃の僕は、自分自身を押し殺して生きていました。でも、今は**『葵』**として、自分の心で動けています。掃除が好きだから掃除をする。咲夜さんが認めてくれるから頑張れる」
そして、彼女は微笑んだ。
「それに、霊夢さんが**『派遣料』**という名目で私を気にかけてくれているのも知っています。…だから、これでいいんです。ここは、僕が逃げた先で、ついに見つけた居場所なんです」
霊夢はフン、と鼻を鳴らした。
「勝手にしなさい。ただし、あんたがもし**『不幸になった』**という異変を起こしたら、今度こそ容赦しないわよ」
霊夢の言葉は冷たいが、その裏に温かい配慮があることを、葵は理解していた。
次なるステップ
業務査察を終えた霊夢は、ちゃっかり咲夜から高級茶葉を巻き上げると、空へと舞い上がった。
葵は、空を見上げながら、これから何をしたいか考えた。掃除や雑用だけでなく、もっとこの世界で自分の個性を活かせることはないか。
(そうだ。パチュリー様に、外の世界で学んだ化学や物理学の知識を教えてみようか。もしかしたら、魔法の実験の役に立つかもしれない)
中学生の知識は、幻想郷では新鮮で貴重な常識となる。葵は、紅魔館のメイドという「役割」だけでなく、**「外の世界の知識を持つ者」**という、新たな立ち位置を確立しようとしていた。
元の世界からの逃亡者「宮間太郎」は、「葵」として、幻想郷という広大な舞台で、着実にその存在感を増していくのだった。