宮間太郎の幻想入り物語 作:宮間太郎(ITARIA-DOITU)
博麗霊夢の業務査察が終わり、葵は新たな意欲に満ちていた。彼女は、単なる雑用係ではなく、自らの「存在価値」を紅魔館で見出そうとしていた。その焦点は、図書館の魔女、パチュリー・ノーレッジである。
パチュリーとの取引
ある日、葵は大量の本を整理していたパチュリーに声をかけた。
「パチュリー様、実験についてお手伝いできることがあります」
パチュリーは、本から目を離さずに言った。「貴方にできることなどないわ。貴方はせいぜい、本の埃を払っていればいい」
「そうかもしれません。ですが、私は外の世界の『科学』の知識を持っています。例えば、**『元素記号』や『熱力学』**といった知識は、パチュリー様の魔法の助けになるかもしれません」
パチュリーの手が止まった。彼女はゆっくりと葵に顔を向けた。幻想郷の魔女にとって、「科学」とは、すでに忘れ去られた、あるいは失われた魔法の一種のようなものだ。
「元素記号? それは、外の世界の『錬金術』のようなものかしら?」
「はい。物質を構成する基本的なルールです。これを知れば、パチュリー様の複雑な調合が、より効率的になるかもしれません」
葵は、以前、理科が得意だった中学生の知識を、自信を持って提案した。受験のために覚えた知識が、ここで初めて、純粋な価値を持ったのだ。
パチュリーは興味を示し、葵にいくつかの質問を投げかけた。その答えは、パチュリーが長年の研究で仮定してきた理論を、外側から補強するものだった。
「…面白いわ。貴方、私の新しい**『助手』**になりなさい。メイドの雑用は咲夜に任せればいい。貴方には、私の研究に外の世界の知識を提供してもらうわ」
こうして、葵はメイドの仕事と並行して、パチュリーの「科学助手」という、新たな役割を得た。
フランドールの好奇心
葵が図書館での作業に集中し始めると、最も厄介な事態を引き起こすのが、レミリアの妹、フランドール・スカーレットだった。
フランは図書館に忍び込み、葵が描いた化学構造式や、物理法則を説明する図を、目をキラキラさせて見ていた。
「ねえねえ、葵! これって、どういう意味なの? このぐるぐるしてるのは、何を壊すためのものなの?」
フランの能力は「ありとあらゆるものを破壊する程度の能力」だ。彼女の好奇心は、常に破壊に直結している。
「フラン様、これは『電子』の軌道です。これは壊すものではなく、物を形作っている一番小さな粒ですよ」
葵は忍耐強く、フランに「科学」の世界を教えようとした。フランは「物を壊す以外の話」に初めて真剣に耳を傾けた。
「ふうん…じゃあ、この『電子』を全部壊したら、どうなっちゃうの?」
「だめです、フラン様! それは物質の存在そのものを否定することになります!」
フランは笑った。「面白そう!」
葵は、フランが科学の知識を「破壊」の道具として悪用しないよう、常に気を配る必要があった。彼女の仕事は、魔女の助手に加えて、「破壊的な吸血鬼の科学教師」という、非常に危険なものとなった。
成長の証
紅魔館での生活は、宮間太郎だった頃には想像もつかないほど刺激的で、そして満たされていた。
彼女はもう、誰の目も気にしない。誰の期待にも応える必要もない。ただ、葵という自分自身の興味と、与えられた役割のために、日々を生きている。
ある日、霊夢が派遣料を取りに来た際、図書館で難しい計算式を解いている葵を見て、珍しく真面目に言った。
「…あんた、随分楽しそうじゃない」
葵は顔を上げ、少し汗を拭った。
「はい。受験勉強は苦痛でしたが、ここでパチュリー様と研究するのは、すごく面白いです」
霊夢はため息をついた。
「まったく、変わった異変解決の仕方をしたものだわ。…まあ、あんたがそれで良ければ、私は何も言わないわ」
霊夢が帰った後、葵はそっと自分の胸に触れた。
中学生男子の重圧はもうない。あるのは、幻想郷という新しい舞台で、女性「葵」として、自分の知識と才能を試す自由だけだ。
彼女の幻想郷での日々は、これからも、常識を遥かに超えた速度で続いていく。