神葬機鋼(じんそうきこう)ガルツヴォーマ ~ 学園伝奇スーパーロボット活劇   作:グラビ屯

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第一話 (はがね)禍津神(まがつかみ)
一話 Aパート(挿絵あり)


 

 

 早朝。

 まだ薄暗い雑木林に、人影が一つ。

 

 運動着を着た、高校生ほどの深紅の髪の少女。いや、喉ぼとけがあることからそれは女性的な少年であるとわかる。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 その両手に握られているのは二丁の拳銃。

 

「……総定数、7人。武装は拳銃が3、刀剣が4」

 

 小さくつぶやくと、少年は瞳を閉じ、集中。

 彼の脳内に襲い来る「敵」の輪郭が明確に浮かび上がった。

 

 放たれる銃撃。彼は大きく身を沈め、紙一重でかわす。

 続けざまに連射、連射、連射。それらを体重移動を駆使して滑るように避けていく。

 

 銃撃の合間を縫って刀剣を持った敵が襲いかかる。三方向からの挟みうち。逃げ場はない。

 だが彼は斬撃を拳銃の背を使って受ける、反らす、弾く。

 

 ――まるで舞踏。

 

 二丁の銃と体術を組み合わせた独特の戦いは、虚構の戦場を鮮やかに染め上げていく。

 

 銃床を刀を持つ手に叩きつける。骨が砕け刀を取り落とした敵にそのまま回し蹴り。

 体勢を崩したところに、倒れこむようにして顎に銃床を振り下ろす。顎が砕け、一人無力化。

 

 地面に伏せた少年に銃撃の雨。転がるようにして移動。別の刀を持つ敵に水面蹴り。

 転んだ敵に背中のバネを使って飛び上がり、顔面に肘打ち。鼻が砕け、二人無力化。

 

 そのままの勢いを使ってバク転。銃を持った敵の首に足をかける。

 ひねりを加えて首を折りつつフランケンシュタイナー。三人無力化。

 

 回転しながら立ちあがり、刀剣二人による挟みうちを銃の背で捌く。

 別の銃を持った敵に肉薄し、至近距離で撃たれる銃撃を手の甲を使い、何度も銃口の向きを反らす。

 両腕で銃を持つ腕を挟み込んで固定し、動きの止まったところに銃床で指を叩いて発砲させる。

 背後から狙っていた刀の敵が撃たれて、四人無力化。

 

 指を負傷した敵の眼球に銃口を突き刺し、失明させる。五人無力化。

 

 両手の拳銃を高く放り投げ、無手になる。その間に刀の敵に接近し、正面から行くと見せかけて裏拳に移行。

 距離感を狂わせて肘を打ち、刀を落とさせる。

 地面に落ちる前に刀を拾い、振りかぶって銃の敵に投擲。刺し貫かれて、六人無力化。

 

 残る敵の崩れた体勢の膝を使って跳躍。空中から落ちてくる拳銃を取り、銃床を頭頂部に打ち付ける。

 頭蓋骨陥没により、七人無力化。

 

 最後の敵を打ち倒すと、少年は銃を交差する構えをとり、残心。

 

 ――【ガン=カタ】。

 映画『リベリオン(原題:Equilibrium)』で登場する、銃と格闘技を組み合わせた架空の近接戦闘術。

 高度な演算や三次元空間認識、行動予測、体術など複数の要素が嚙み合い、それら全てを反射的に行えるほどの反復練習がなければ不可能な、創作のみに許された架空の武術を少年は完全に再現していた。

 

「……増援、なし。状況終了」

 

 大きく息を吐いて、少年が緊張を解く。

 少年の集中力の産物だった「敵」が霧散する。

 後には変わらず、静けさをたたえる雑木林だけがあった。

 

「……やっぱり、撃てなかった」

 

 カチ、カチと、引き金を引いても乾いた音が鳴るだけ。

 少年の銃は模造銃。どれほど実銃に似せようと、弾は出ない。

 

「殺せる。けど、撃てない……やっぱり狂ってるな、僕は」

 

 自身のありように少年は苦笑する。

 

「こんなこと、ただの妄想……ガン=カタだってごっこ遊びだ。それなのに、なんで、いつまでも続けてるんだろうな」

 

 ごっこ遊び。これはただの妄想。

 どれほど真剣で迫真であろうとも、それが少年の認識。

 それでも、繰り返さずにはいられない、歪な心。それが少年を苦しめていた。

 

「やらずにはいられないから、だろう」

 

 別の声が少年の疑問に応える。

 木々の間からジャージを着た短髪の少年が姿を見せた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「健介……」

「すまんな玖琉堂。のぞき見するつもりはなかった」

 

 健介と呼ばれた少年は頭を下げる。

 【紫暮 健介(しぐれ けんすけ)】。古武術を修める少年の学友であった。

 

「いいよ、僕が勝手にやってるだけだし……でも、やらずにはいられないってのは、その通りだと思う。なんでわかったの?」

「俺も同じ経験がある。自分が強くなってるのか、体の動きは正しいのか、疑問ばかりが頭に浮かぶとき……我武者羅に体を動かしたくなる」

「健介のは、正式な武術だろう。僕の真似事とは違うよ」

「だが、戦いの技だ」

 

 きっぱりとした否定の意思に、目を丸くして驚く。

 

「あまり自分を卑下するな。俺から見ても悪くない演武に見えた。玖琉堂はもっと自信をもっていい」

「……ありがと」

「礼なら今日の昼に弁当から一品くれ。お前の作る飯は美味い」

「はは、りょーかい。期待してて」

「では、また学校でな」

「うん、また」

 

 健介は軽やかに走り去っていく。

 

「自信、か。持てるのかな、僕に……さて、健介のリクエストも受けたことだし、弁当はちょっと張り切るか」

 

 模擬銃をスポーツバッグに仕舞い、雑木林を後にする。

 

 

 少年の名は【玖琉堂 十蔵(くりゅうどう じゅうぞう)】。

 今はまだ、夢想するだけの少年である。

 

 

 

*   *   *

 

 

 

「おはよー」

「はよー」

「今日物理何限目だっけー?」

「やっべ、シャー芯切らしてた! 購買行ってくる!」

 

 学舎に生徒たちのざわめきが響く。

 

夜刀浦(やとのうら)市立高等学園】。

 市立と銘打ちながらも、とある財閥の肝いりで建立された実質私立の進学校。

 入学者に学費の負担をかけないため、さまざまな出自の学生が通う。

 学生寮も完備しており、遠方からの入学者も多い。

 

 その登校風景の中に、十蔵の姿もあった。

 

「くりゅちー、はよー! 今日も美少女っぷり極まってんねー!」

「美月さん、おはよう」

 

 教室に入るなり、十蔵に駆け寄ってきたのはクラスメートのギャル系女子、【美月(みつき) あやめ】。

 茶髪に明るいメイク、いかにもギャル然とした少女だ。

 

「固い固いー! あやめでいいって言ってんじゃんー。つーか、肌プルプルじゃん! なに使ってんのー?」

 

 人懐っこく絡んでくるあやめに、十蔵は少し困った笑顔を返す。

 彼はこの学園で“少女のように見える男子”として浮きながらも、不思議と人を惹きつける存在だった。

 

「じゃあ「あやめさん」で。えーと、母さんと同じやつだから、これ」

「おー! 知ってる知ってる! ちょい高いけどいいやつだ! 何、くりゅちーのお母さん、セレブ?」

「うーん、パティシエやってるから稼ぎはいいみたい」

「パティシエ! だからくりゅちーの作るお菓子ちょー美味しいんだ! ね、ね。今日も持ってきてる?」

「いつも欲しがる人多いから、ストックしてるよ」

「優勝! くりゅちー優勝! 友ピのぶんもおねだりしていーい?」

「もちろん。あとで感想聞かせてね」

「かしこまり~。んじゃみんなを喜ばせてくる~」

 

 「皆の衆~」と友人たちのところへ駆けていくあやめを見送る十蔵。

 そこへそっと近づき、声をかける小柄な姿。

 

「十蔵氏はギャル相手に余裕ですな。それがしにはちと苦行ですぞ」

「おはよう隆。あやめさんはそんなに話しづらい相手じゃないと思うけど」

「いやいや、我ら陰のものは陽のもの相手では圧倒されてしまうゆえに」

 

 眼鏡をかけた男子、【三宅 隆(みやけ たかし)】が乾いた笑いをしつつそう答える。

 

「じゃあ、圧倒されない僕は陰のものじゃないの?」

「む? 十蔵氏が陰のものというには社交的すぎるのでは? いや、陽のものの勢力に取り込まれてはそれがし困るのも事実ですが」

「難しい問題だね」

「まさにまさに」

 

 談笑しあう十蔵と隆。

 だがその空気を乱すものも存在する。

 

「ちっ、カマ野郎が調子コキやがって」

「小野寺……」

 

 髪を金髪に染めた少年【小野寺 快二(おのでら かいじ)】。彼が十蔵に敵意の視線を向けていた。

 

「女どもにちやほやされてご満悦か? 顔と一緒で玉なしのくせしやがって!」

「ププ。その玉なしにボコされたのはいったいどいつでござったかな?」

「オタク野郎! てめえ!」

「おっと、喧嘩は弱くてもナード舐めるなでござる。十蔵氏の「黒板消しガン=カタ」で顔面ボコボコにされた映像。しっかり記録してあるのですぞ?」

「なっ……!」

「当然その「女ども」にちやほやされたくて、十蔵氏にちょっかいかけた貴殿のことも記録済み。公にされたらボクシングのスポーツ特待生も取り消しになるかもしれませぬなあ?」

「……クソッ!」

「おや、もうすぐ授業ですぞ?」

「サボんだよ!」

 

 快二は舌打ちをして去っていく。その姿を見届けて、隆は大きく息を吐き出した。

 

「……あ゛~~、心臓に悪いでござる! ナードにDQNの相手は無理無理無理カタツムリでござる!」

「でもすごいよ隆。一歩も引いてなかった」

「十蔵氏の虎の威でござるよ。なにかあっても十蔵氏がボコしてくれるとわかってなきゃ、あんな啖呵切れないでござる」

「それでもありがとう。かばってくれてうれしかった」

「十蔵氏、氏の顔は美少女そのものなんだからそんな破壊力のある表情はやめて下され。それがし友人に望まぬ懸想をしたくないゆえに!」

「……謝るべきなのか、怒るべきなのか迷うなあ」

「いや、怒っていいですぞ。十蔵氏は真面目すぎでござる」

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 昼休みの学園。

 生徒たちが各々昼食に舌鼓をうつ中、十蔵も友人たちと談笑しつつ食事していた。

 

「このきんぴらが……箸が、止まらん」

「健介氏、食べ過ぎではござらぬか? それがしも卵焼き二つも取って言うことではないでござるが」

「あはは、サンドイッチやカレーパンもらったからお返しは十分だよ」

 

 大きめの十蔵の弁当箱からおかずに箸を伸ばす健介と隆。

 対して、十蔵は二人にもらった総菜パンを食べている。

 

「しかし、これほど手の込んだおかずは時間がかかるのではないか? よく朝に準備できるな」

「大体夕食の残りだよ。軽く焼き直したりするだけで。はい、みそ汁もあるよ」

「十蔵氏、男で構わぬから嫁になって下され」

「それはダメ」

「無念でござる……そういえば、十蔵氏は女子と仲がいいでござるが、女性の好みなど聞いたことはなかったでござるな? 聞いてもいいでござるか?」

 

 隆の質問を聞いたとき。十蔵の手が止まる。

 

「……玖琉堂? どうした」

「うっ。も、もしやマズイことを聞いてしまったでござるか?」

「いや――そうじゃ、ないよ。そういうの、気にしたことなかったな、って」

 

 手にしたパンを食べて、しばし十蔵は考える。

 

「女の子の、好み……どうなんだろう」

「そんなに悩むことでござるか? 可愛い子がいいとか、明るい子がいいとか……下世話な話、おっぱい大きいとかあるでござろう」

「三宅は胸が大きいのがいいのか」

「一般論でござる! それがしはどっちかといえばスレンダーなほうが……」

「となると陸上部の女子などか。人気なのは……」

「わーっ! わーっ! それがしのことはいいのでござる! そういう健介氏はどうなんでござるか!」

「俺は年上好みだな。包容力があるのがいい」

「漢らしい宣言!」

「あはは、健介はそうなんだ」

 

「おーい、くりゅちー! なになに、楽しそーじゃん」

 

 笑いあう十蔵たち。そこへあやめを中心とした女子たちが集まってきた。

 

「やほー、おやつもらいにきたよ! これお返しのおやつ。店売りだけどゴメンしてー」

「うん、大丈夫だよ。好きなの持って行って」

 

 十蔵が取り出したのは、弁当箱に詰められたケーキやクッキーなど、彩り鮮やかなお菓子のもろもろ。

 それを見た女子たちの目が輝く。

 

「やったー。あたし玖琉堂くんのお菓子大好きー」

「ローカロリーにしてるって美月に聞いたよー。もー、女子の味方すぎるー」

「んん~っ! ケーキおいしっ! ウチに嫁に来て玖琉堂くん!」

「あはは、婿じゃないのそれって。でもホント美味しー」

 

「それ、それがしも言ったでござる……十蔵氏、それがしもお菓子もらってよろしいか?」

「いいよ。たくさん作ったし、むしろ食べてもらわないと後始末に困る。日持ちしないのもあるし」

「俺ももらおう……このシュークリーム、美味いな」

「カロリー気にするのはインドア派も一緒でござるよ……美味っ。マカロンとか初めて食ったでござる」

 

 姦しくお菓子を手に取って食べては、感想を言い合う女子たち。

 つられて男子勢も手を伸ばし、食べる。いずれも好評だった。

 

「と・こ・ろ・で~。くりゅちーってば女子の好みについて話してたみたいだけど~? この中じゃ誰がいいのさ~?」

「あー、気になるかも!」

「正直に吐くのだ~」

「えっ? えっ?」

 

 突然話を向けられたことにうろたえる十蔵。

 隆と健介に救いを求める視線を向けるが……

 

「うお……十蔵氏、それがしたちは味方できぬでござる」

「女子の圧力には逆らえん。あきらめて白状しておけ」

 

 無常。

 味方はいなかった。

 

「それとも誰か気になる子とかいたりする~? ほれほれ、このあやめちゃんに話してみなよ~」

「そ、その……本当に今まで考えたことなくて。よく、わからないんだ……ごめん」

 

 恥ずかしそうにしてうつむく十蔵。

 その表情は初心な美少女のそれだった。

 

「……っっか~! くりゅちーってばマジ乙女の反応じゃん! 辛抱たまらん! あたしの嫁になるのだ~」

「あー! あやめってばずるいー!」

「玖琉堂くんのウェディングドレス……うっ。破壊力高い」

 

「女子も高度な妄想をするでござるな」

「玖琉堂はなかなかに益荒男だと俺は思うがな」

「それは同意でござる。十蔵氏はケンカも強いでござるし」

「えっ……玖琉堂くん、喧嘩とかするの?」

 

 おとなしめな女子が不安げに訪ねてくる。

 

「……どうしようもないときは、やむなくね。そういうの、嫌だった?」

「そうじゃ、ないけど……最近、武器を持った不審者が街にいるって聞いて……巻き込まれたら、やだなって」

「あー、あたしも聞いた。路地裏なんかで切られた鉄パイプが見つかったって」

「何、斬鉄だと? 相当な腕の持ち主だな、それは」

「シグレっち、詳しいの?」

「武道を修める上で武器についても学ぶからな。斬鉄を成せる達人が、公になることなく不審者としてうろついている……危険だな」

「寮生はともかく、通いの生徒には通達しておくべきでござろうか」

「そうだね……あとで職員室に伝えてくるよ」

「はいはい! 暗い話題はやめやめ! くりゅちー、ケンカとかしたらせっかくの美味しいもの作る手が傷ついちゃうよ!」

「そ、そうだね。玖琉堂くんはお菓子作ってるのが似合ってるよ。ねえ、将来もそっちのほうに行くの?」

 

 あやめが大きく手を振って話題を変える。

 女子たちもその勢いに乗った。

 

「将来、か……うん。母さんみたいなパティシエになりたいってのはあるかな」

「パティシエかー。きっとすごい繁盛するお店になりそう」

「くりゅちー、その時はみんなにおごってよ!」

「はは、商売にするんだから割引で勘弁してよ」

「うーむ、十蔵氏のお菓子だと、通い詰めて太ってしまいそうですぞ。それがし、以前はおデブでしたゆえ恐ろしいでござる」

「きゃー! 三宅くん、嫌なこと言わないでー!」

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 一日の授業が終わった、夕暮れの学園。

 放課後の部活動に勤しむ声や、下校時の寄り道について話に花を咲かせる生徒たちの姿がある。

 

 帰宅部にあたる十蔵は寮生であり、その足も学生寮に向かう……はずだった。

 しかし、その足は市街地に向かおうとしている。

 

「玖琉堂」

「健介……」

 

 物陰から健介が姿を現す。

 

「行く気か」

「な、なんのこと? 僕は買い出しに行こうと……」

「求めているのだろう、闘争を」

 

 健介の指摘に、息をのむ。

 

「理由は知らん。が、理解はできる。お前の……ガン=カタ、だったか? あれは護身のものではない、制圧のものだ。お前は、戦いたがっている」

「……そう、だよ」

 

 唇を、噛み締める。

 

「小野寺の時も……僕は、取り押さえることで、済ますことができた。けど、僕は振るったんだ、【暴力】を。僕は、求めているんだ。『悪』を倒す『ヒーロー』になることを。おかしいだろ、こんなの?」

 

 血を吐くような、告白。

 十蔵の胸の奥に、重い鉛のようなものが沈んでいた。

 自らの憧れを自身で汚すそのありように、どうしようもない嫌悪と、諦観がある。

 

「卑下するな。俺も同じようなものだ……【武】を制限されたくなくて、段位を取っていないし、部活動もしていないからな」

「健介……」

「俺たちは『同じ穴のムジナ』だ。どうしようもない生き物だが、それでも人の道は外れないだけの倫理があることに安堵しておこう」

 

 健介は小さく笑い、背中を叩いた。

 

「お前の求めも、理想も、俺は責めんし咎めん。『試したい』と思うことは俺にもあったからな。ただ――」

 

 目を合わせ、真剣な面持ちで告げる。

 

「お前を待つのは『実戦』だ。模擬銃からは弾が出ない。だが相手に切られれば血が出るし、刺されれば死ぬ」

「……分かってる」

「止めはしない。だが……帰ってこいよ。友人と、話ができなくなるのは、辛い」

「……ああ。ありがとう、健介」

 

 市街地へと向かっていく十蔵。それを見送る健介は思わずつぶやいていた。

 

「本当に、帰ってこいよ……俺は『出来損ない』になったが――お前は何になるんだろうな、玖琉堂」

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 夕暮れが夜闇に変わろうとする頃、十蔵の姿は路地裏にあった。

 

 探しているのは、凶器を持った不審者。

 ゆえに、周囲の警戒をしつつ、慎重に歩を進める。

 

 表通りの喧騒が遠のくほど、路地は静けさを増し、その沈黙が緊張をかき立てていく。

 

(来てはみたものの……そう簡単に遭遇できるわけでもなし、手がかりでも見つかれば、上々だろうか)

 

 気を抜きかけた、その瞬間。

 コツン――足元で、何かが転がる。

 

 視線を落とすと、切断面があまりに滑らかな、トタンの板だった。

 まるで一本の線でなぞったかのように断ち切られている。

 

 ――そして。

 

 ガキィンッ! ガガガンッ!

 

 金属同士が激しくぶつかる音が、路地の奥から響いてきた。

 

(――いる!)

 

 十蔵は息を殺し、音の方へと歩を進める。

 次第に近づく剣戟の音。壁の陰に身を伏せ、ゆっくりと覗き込んだ視界に映ったのは――

 

 交差する二つの影。渦を巻く斬撃の風、火花を散らす金属の嵐。

 夕闇に染まる路地裏の薄明りの中、剣戟を繰り広げる二者の姿があった。

 

 一人は男。

 黄金の髪を振り乱し、長大な銀の槍――ハルバードを振るう赤いマントの戦士。

 

 一人は少女。

 銀色のボブカットを靡かせ、黒く妖しい光を帯びた刀を構える学生服の剣士。

 

 

 

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 男の鋭い刺突を、少女が漆黒の刃で受け流し、返す刀で切り込む。

 切り込んだ刃を槍の柄で受け流し、大振りの一撃を放つも、柄に足を掛けて飛び退く。

 

 槍と刀がぶつかり合うたびに、甲高い金属音が火花とともに飛び散る。

 互いの一撃ごとに空気が裂け、弾ける。

 人間離れした一進一退の攻防を両者は繰り広げていた。

 

(……なんだ、この戦い……人間の動きじゃない……)

 

 十蔵は思わずゴクリと喉を鳴らした。

 眼前に広がるのは、格闘技や試合とはまったく違う、命の奪い合い。

 現実味のない光景に、鼓動が耳の奥で大きく響いていた。

 

「――惜しいな。それほどの剣技、味方ならば我らの悲願の助けとなろうに」

 

 槍の男が感嘆のように呟く。

 それに対する少女は劇的に反応した。

 

「【ガルツヴォーマ】を破壊させるわけにはいかない――! あれはわたしが手に入れる!」

 

(――【ガルツヴォーマ】?)

 

 耳慣れぬ響きを持った言葉に、十蔵はなぜか惹かれるものを感じ胸を震わせる。

 不意に足が前へ出て――コツリ、と小さな音が路地に響いた。

 

「誰だ!」

 

 槍の男が振り向く。

 同時に、少女の刃が閃光となって走る。

 

 視界いっぱいに迫る黒刃。

 斜めに振り下ろされるそれは、十蔵の首を容易く刎ね飛ばす死の一撃だった。

 

(あ……死ぬ――)

 

 時間が引き延ばされる。

 四肢は凍りつき、心臓だけが喉を破るほど暴れ狂う。

 恐怖という感覚さえ追いつかないほどの、絶望。

 

 ――ガギィンッ!

 

 甲高い衝突音。

 目の前で、槍が少女の刃を受け止めていた。

 

「落ち着け。見よ、ただの一般人だ。無辜の命を奪うは、本意ではあるまい」

「っ……!」

 

 少女は息を呑み、刀を鞘に納める。

 男もまた、構えを解いた。

 

「争いはここで水入りだ。少女よ、ここで見たことは忘れて去るがいい。危険に近づくことはない」

「……僕、男です」

「む……そうであったか。無礼を詫びよう」

「い、いえ……助けていただき、ありがとうございます」

 

 十蔵が頭を下げると、少女は不機嫌そうに視線を逸らす。

 その態度から、刃を振るったのは衝動で、本意ではなかったと悟れた。

 

「……今回は退くわ。でも、目的は変わらない」

「それは我らも同じこと。次に会う時は、容赦はせん」

 

 そう言い残して、少女は跳躍し、闇に紛れて消える。

 男もマントを翻し、背を向けた。

 

「ではな、少年。もう会うこともないだろう」

 

 静まり返った路地裏に、十蔵だけが残される。

 力の残滓がまだ空気を震わせていた。

 

「……帰ろう」

 

 唇に漏れる言葉は弱々しい。

 胸に渦巻くのは、圧倒的な【力】への憧れと、自らの無力さ。

 そして心の奥底に焼きついた、ひとつの名――

 

 【ガルツヴォーマ】。

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 路地裏を出た十蔵は、ふらつく足を引きずるようにして夜の街を歩く。

 街の喧騒も耳には届かず、思い浮かぶのは先程の鮮烈な戦いの光景。脳を貫いた死の感覚。そして心に焼き付いた『名』。

 全身が鉛のように重いのに、なぜか胸の奥だけが熱く燃えていた。

 

 夜気の冷たさが頬を撫で、街の喧騒が背後に遠ざかる。

 足は勝手に動き、今どこにいるのか、どこに向かっているのかも定かではない。

 ただ、何かに誘われるような感覚だけがあった。

 

「……っ。ここ、は」

 

 は、と気づいたとき。十蔵は古びた神社の前に立っていた。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 苔むした鳥居に、草の生え放題な境内、塗装の禿げた社。

 参拝するものも絶えて久しいだろうその神社は、夜闇の中、静謐に佇んでいる。

 

 ――――【瀬織津神社】

 

 所々欠けて、文字も擦れている岩に掘られた神社の名はそう読めた。

 

 『瀬織津姫(せおりつひめ)』――厄払いの神とされ、時に天照大神の荒ぶる側面・荒御魂とも言われる神。

 そして、災いの神、大禍津日神(おおまがつひのかみ)八十禍津日神(やそまがつひのかみ)の別名であるとも――十蔵はそんな逸話をなぜか思い出した。

 

 十蔵は、社に向かって歩を進める。

 一歩ごとに、夜闇が絡みついてくるような――そんな気がした。

 やがて、こじんまりとした神社の本殿にたどり着く。

 何も、ない。静けさだけがある――はず、だった。 

 

「何をしている?」

 

 チャキ、という金属音とともに首に据えられた黒鋼の刃。

 十蔵の後ろからかけられた声は、先程の剣戟を繰り広げていた少女のものだった。

 

「……っ! 何を、って」

「ここは地脈の絶えて久しい枯れた霊地。それでも……あなたのような『人外』の血を引くものが来れば異変の一つは起きる。何が目的?」

「人……外? 何を、言って」

「ごまかさないで。確かに人の血に交じって薄くなってるけど、あなたの『臭い』は(あやかし)のもの。水妖? いえ、それ以外にも混じってる。あの場は見逃したけど……人に仇成す存在なら、斬る」

 

 突然の事態に混乱する十蔵は言葉が継げない。

 少女の刀が首の薄皮一枚を切り、ツ、と血が流れた。

 

 瞬間。空気が変わった。

 

 ――――ギィィィ……!

 

 本殿の扉が軋む音をあげながら開く。

 赤黒い光が社内から放たれ、境内を染めていく。

 本殿の中には、光の先に道が見えた。

 

「これ、は……! まさか、あなたが鍵? いえ、どうでもいいわ!」

 

 少女は刀を納め、光の先に駆け出す。

 一人取り残される十蔵。

 本殿はまだ、赤黒い光の道をその奥に保っている。

 十蔵もまた、少女の後を追うように、本殿の奥へと進んだ。

 

 二人の姿が消えた境内。

 本殿の扉が不気味に軋んで、その扉を閉じた。

 

 

 

*   *   *

 

 

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