神葬機鋼(じんそうきこう)ガルツヴォーマ ~ 学園伝奇スーパーロボット活劇 作:グラビ屯
十蔵は光の道を歩きながら考えていた。
この先に何があるのか? 自分が人外とはどういうことだ? あの少女は何者だ? そもそも、なぜ自分はあの少女を追っている?
無数の疑問が頭を駆け抜ける。それでも、進んだ先に何らかの答えがあると感じていた。
やがて光の道が途切れる。
今までの不思議な浮遊感とは違う、金属の感触が足裏に感じられた。
と、同時に。背後に広がっていた光が消える。
戻る道は、なくなった。
光を抜けた先。そこは古びた神社とは一線を画す、未来的な様相の、格納庫だった。
そこに格納されていたのは――――
「見つけた……! ついに見つけたわ! 最強の邪神機! 【ガルツヴォーマ】!」
少女が内心の興奮を抑えきれないという声を上げる。
その表情には歓喜以外に、覚悟と、寂しさが混じっていた。
一方で十蔵は『それ』を見て――背筋が凍った。
それは巨大だった。
それは漆黒だった。
それは――――勇壮でありながら、あまりにも、禍々しい姿をしていた。
人型巨大ロボット。フィクションでしかありえないと十蔵が思っていたものがそこに鎮座していた。
見上げる高さは高層ビルに等しく、目算で50mはあろうかという高さ。
一目見て印象に入るのは、両肩。前方向きの巨大な竜頭を模した装甲が敵を喰らい殺さんと睨みつける。
装甲の色は漆黒。そこかしこに金色の文様が刻まれ、宗教的不気味さを醸し出す。
重量感のある機体は長く伸びた膝装甲を持つ脚部によって支えられ、頭部中央の第三の目が、赤い水晶体に光が灯る時を待っていた。
(怖い……でも、なぜだろう。こんなにも、惹かれるのは)
ふらつく足を進めながら、十蔵はコクピットに続くであろう階段に登っていく。
カツン、カツンと金属音が静かな格納庫に響いた。
その感覚は参道の階段を登る感覚に似ていた。
何段の階段を登っただろうか? 軽く汗ばむ体を感じながら、十蔵は巨大ロボットの胸部に配置されたステップにたどり着く。
そこではあの少女が装甲に手を付き、叫ぶ姿があった。
「開きなさい! わたしを……わたしを選べと言っているのよガルツヴォーマ!」
『
少女の声に応える男性の声がした。しかし周囲に人影はない。
訝しむ十蔵が見ていると、少女は腰に下げられた刀を取り出し、それに向かって怒鳴った。
「黙りなさい『黒鉄』! わたしの目的のためにはガルツヴォーマの力が必要なのよ!」
『資格なきものが邪神機に乗ればどうなるかなど、すでに知っていよう?』
「……っ! それでも……それでも、よ」
苦渋に満ちた面持ちで少女――【掠】が応える。
「『力』が、わたしには必要なのよ……っ」
ダン、と装甲を叩き、額を押し付ける。
それでも、巨大ロボット――ガルツヴォーマは、なんら反応を返すことはない。
その姿に痛切なものを感じながら、十蔵もまた、彼女の近くに立った。
「――っ。あなた、ついてきたの!? 待ちなさい、それに触れては――」
掠の問いに答えることなく、十蔵はガルツヴォーマの装甲に触れた。なぜか、そうしなければいけない気がした。
装甲は冷たく、硬く、それでも、『重さ』が感じ取れた。
「何も……起きない、わね。そうよね、そんな偶然――――っ!?」
――――ヴォン
掠の安堵する声――――を破るように、ガルツヴォーマの三つの瞳に赤い光が灯った。
胸部の赤いクリスタルから、肩、腕、腹、腰、足へと赤いエネルギーラインが奔る。
両肩の竜頭が唸り声のようなエンジン音を上げ、胸部の奥からも甲高いホイール音が響く。
静謐な格納庫は、魔神の目覚めを告げる揺り籠と化した。
十蔵の手に伝わる、圧倒的な『熱』。
先程まで金属の塊だった装甲は、巨大な生物の肌のような脈動と熱を十蔵に与えていた。
ゴォン……という重厚な音とともに、胸部の装甲が開いていく。
周囲をモニターに映し出す開けた空間に浮かぶ、立ち座り用の座席と、フレキシブルアームに取り付けられた操縦桿。
それらが備わったガルツヴォーマのコクピットが眼前に広がっていた。
「あなた、が、適合者? なら……いえ、ダメよ。それでもわたしは!」
掠は叫び、十蔵を押しのけるようにしてコクピットへ足を踏み入れた。
シートに背を預け、操縦桿を手に取る。
操縦桿はぐにゃりと粘土細工のように形を変え、グローブとなって掠の手と一体化した。
「あ、ぐ。ああああああっ!!」
赤い光が彼女を包む。
ビキビキと音を上げて血管が浮き出し、体内から焼けるような痛みが全身を蝕む。
それでも掠は止まらなかった。
「わたしが……この力を掴むのよ……!」
次第に肌の艶が消え、黒い文様が彼女の体を覆っていく。
――――『食い殺そうとしている』
直感に似た恐怖が、十蔵の背を貫いた。
「――駄目だっ!」
コクピットに飛び込むと、グローブから掠の手を引きはがす。
抵抗なくグローブは掠の手を離れると、操縦桿に戻った。
掠の肌の艶は戻り、文様も煙のようになって消滅する。
引きはがした勢いで、二人の体はコクピットを飛び出した。
「邪魔……しないで……力が、必要なのよ……」
「その前に君が死んじゃうじゃないか!」
「死なないわ……死ねないもの……!」
十蔵が悲痛な声で訴えるも、掠はなおもコクピットに戻ろうとする。
それは必死というよりもなお、執念じみたものがあった。
その目は焦点を失い、何かに取り憑かれたような光を宿していた。
「どうして、そこまで……」
「――――いや、貴様らは死ななければならない」
十蔵の問いに答えるものはなく、鋭く冷たい声が響いた。
声のほうを振り向くと、タラップに立つ赤いマントの男の姿。
先だって、十蔵を掠の刀からかばった彼が憤怒の形相でそこに立っていた。
「見逃した命が――まさか共だって、唾棄すべき邪悪を目覚めさせているとは。このレオン、一生の不覚よ」
「あなたは……! どうして、ここに」
「これほどの邪悪の気配があるなら、目印に転移するなど容易い!」
男――【レオン】は吐き捨てるとともに槍を構える。
路地裏の戦いで掠に向けられていた殺意が、濃度を増して十蔵に向けられていた。
「どい、て……やつの、相手を」
「無理だ!」
ふらつきながらも構えようとする掠。そこにかつての力が無いことなど明らかだった。
「何も知らぬ少年であったのは確かだろう……だが、ガルツヴォーマを目覚めさせたことは決して許せぬのだ! 力求める少女とともに――ここで果てよ!」
槍が閃いた瞬間、時間が引き延ばされたように感じた。
地を蹴る音、迫る切っ先、そして、止まらぬ死の気配。
――――殺される
――――僕が? 彼女が?
――――僕のせい? 彼女のせい?
――――逃げる? 見捨てる?
――――駄目だ!
「うあああああああっ!!」
十蔵は加速する思考の中、懐の模擬銃を引き抜いた。
渾身の力で振りかざした鉄塊は槍の切っ先とぶつかり――――砕け散る。
無様な抵抗。しかし、それが“死”を拒む意志だった。
「ぬう!? 悪あがきを――なっ!?」
――――ドゴォンッ!
頭上に、影。
レオン目掛けて落ちる鉄の衝撃がタラップを砕き、それを紙一重で飛び退く。
衝撃の正体――それは振り下ろされたガルツヴォーマの拳だった。
深紅の三眼がぎらりとレオンを見下ろし、威嚇の咆哮を上げる。
「適合者を、守ったというのか……もはや生身での対処は不可能、か」
悔しさをにじませてつぶやくと、タラップを飛び降り、軽やかに降り立つ。
大きく息を吐き出し、決意した面持ちで叫んだ。
「――――邪神機を使う!」
レオンは槍を振りかざし、地面に突き立てる。
槍の穂先から格納庫の床に炎が奔り、魔法陣の形を成した。
閉ざされた空間を、炎の熱気が侵食していく。
それは、空気を侵す邪悪の炎だった。
「『神食む炎は智を成さん
天意穿たれ、理は砕け、闇は智を孕みて蘇らん
炎の誓い、ここに!
識なる式鬼よ、来たれ! 汝、【グノーシェスカ】!』」
魔の力を帯びた祝詞が世界を書き換える。
炎の魔法陣が爆ぜた。
灼熱の炎がレオンを取り込んで、一つの形を成していく。
その姿は――――深紅の鬼。
白銀の鎧を纏った、双角の鬼神。
ガルツヴォーマに匹敵する、巨大なロボット――グノーシェスカが、格納庫の床を砕き、ガルツヴォーマに対峙すべく屹立していた。
「あ、ああ……」
殺意とは違う、圧倒的な『暴力』の波動。それを十蔵は震えながら感じ取っていた。
あのロボットが身じろぎ一つしただけで自分は消し飛ばされるであろう。そういう感覚があった。
「逃げ……なさい、ここは、わたし、が」
弱々しい声で、掠が十蔵に退去を促す。
彼女もまた、本来は弱きものを守ろうとする高潔な人間であるとわかる所作だった。
「っ! 無理に決まってるだろう、そんなの!」
それはどういう意味の『無理』だったのか。
閉鎖された格納庫から逃げ出せることか。
執拗に追うであろう相手から逃れることか。
それとも、弱った少女を見捨てて自分ひとり生き延びることか。
十蔵にはもう、判別する思考さえ失われていた。
「こっちへ!」
「なに、を……?」
十蔵は掠の背を支えると、ガルツヴォーマのコクピットへと身を躍らせる。
球状のモニターに彼女を横たえると、自らはパイロットシートへと座り――操縦桿を握った。
(何をやっているんだろう、僕は)
闘争を求めた路地裏では圧倒的な力の差を見せつけられ、
迷い込んだ神社では刀を突き付けて脅され、
謎の格納庫では恐ろしい巨大ロボットに出会い、
そして今、命の危機にある。
危険に近づくなど、どこか自業自得なところもあったかもしれない。
それでも、巻き込まれた事態は自分の意思の関与するところではない。
なにより、相手は自分を襲おうとし、首に刃を当て脅した少女。
なにもかも放り出しても、許されるかもしれないのに――――
『死なないわ……死ねないもの……!』
何かを、渇望する瞳。
それは自分のありようと重なって見えた。
「そんなこと……できるわけないじゃないか!」
少女を見捨てること。戦いから逃げ出すこと。それは――自分を裏切ること。
それだけはできないと、十蔵の心は叫んでいた。
十蔵の意思に応えるように、操縦桿がグローブに変わる。
手のひらから流れ込む、体の中を蛇のように何かがうごめく感覚――それに一瞬だけ悪寒を感じると、十蔵の意識に何かがつながるのを感じた。
「っ! これは、ガルツヴォーマの視界?」
十蔵の目に飛び込んでくる深紅の機神の姿。
コクピット内部の視界に重なって、ガルツヴォーマの両目からの視界が見えた。
同時に、ガルツヴォーマの四肢が十蔵の意識一つで動かせることを、直観的に感じ取れた。
空間にいくつものウィンドウがポップアップする。
出力、ダメージチェック、兵装……ガルツヴォーマのさまざまなステータスが表示され、戦闘態勢が整ったことが示された。
指をわずかに動かすだけで、50mの巨体が応え、重金属の軋みが伝わってくる。
その感覚に、恐怖と興奮がないまぜになる。
「動く……動かせる!」
十蔵の確信に、脈動と咆哮をもってガルツヴォーマが応えた。
格納庫が魔神の咆哮に震え、血管の如く脈動するエネルギーラインの光が周囲を照らし出す。
「少年……貴様がそれを、ガルツヴォーマを動かすか!」
ウィンドウの一つに、グノーシェスカのコクピットに立つレオンの姿が映しだされる。
詳細の違いこそあれ、その内装はガルツヴォーマのそれに酷似していた。
「その機体を動かすことが、どれほどの罪悪かも知らず、『力』に溺れおって!」
「そんなこと、僕は知らない! けど……黙って殺されるわけにも、彼女を殺させるわけにもいかない!」
「戦いを選ぶか……ならば、戦士として相手をしよう! 我が名はレオン! レオン・ヴァーリントン! 名乗れ、少年!」
「十蔵……玖琉堂、十蔵! ただの、学生だ!」
宣言とともに、グノーシェスカが動く。
その手から炎が燃え上がり、レオンの使っていたものと同じ――だが、巨体に見合った巨大さの――槍が生成され、ガルツヴォーマ目掛けて神速で振るわれる。
同時に、十蔵――ガルツヴォーマも動く。
機神の頑強さを頼りに、ガン=カタの動きで槍の側面を狙った掌底。
掌底が炎の槍とぶつかる。
轟音が空間を引き裂き、衝撃波が格納庫の外壁を凹ませた。
鋼が鳴り、熱が爆ぜる。
弾かれた槍の切っ先が横薙ぎに振るわれる。
それに対し反射的に腕を上げ、逆の腕による肘打ち――からのタックル。それを槍の柄で受ける。
両機は弾かれるように格納庫の両端に着地。互いに残心の構えをとる。
「はあっ、はあっ……! やれ、る。僕は、戦える!」
妄想とは違う、殺意と凶器が飛び交う実戦。
死線を紙一重で潜り抜ける恐怖と、己の修練が花開く高揚を、十蔵は同時に感じていた。
「ぬうっ……多少なりとも、心得はあるか。だが、その程度で!」
さらなる連撃がガルツヴォーマを襲う。
踏みしめられた脚部が床材を抉り、衝突の衝撃が壁面を何度も殴る。
そのすべてを捌くことは叶わず、何度も振動がコクピットを揺らす。
それでも、堅牢な装甲と、十蔵の愚直な努力の成果は、ガルツヴォーマをしっかりと立たせていた。
「う……」
横たわる掠が苦し気な声を漏らす。
「ゴメン! 揺れるけど、我慢してとしか言えない!」
「いい、わ……戦いに、集中して」
十蔵の謝罪に、肯定を返す。
もはや一蓮托生であることを、彼女も理解していた。
なおもグノーシェスカの攻撃は続いたが――不意に、その勢いが止まった。
「なかなかに耐える……その足掻きも――ここまでだ!」
グノーシェスカの槍から紅蓮の炎が噴き出す。
熱気が視界を歪め、プラズマ化した炎が質量を伴い巨大な刃となる。
十蔵の背筋を走る悪寒。
――やられる!
その直感と同時に、ウィンドウが一つの武装を示す。
《 前腕部魔力炸裂撃鉄 起動準備 》
ウィンドウの文字が赤く点滅する。
それは操作説明でも、システムの提案でもなかった。
まるで、「撃て」と命じるように。
「う、わああああっ!!」
十蔵は脳内でその武装を選択し、右腕を振りかぶる。
前腕部に仕込まれた角柱状の撃鉄が肘部から引き出され、金色の文様が光を放つ。
右前腕を覆うように無数の魔法陣が空中に描かれ――
槍と拳が、炸裂した。
時はわずかに遡り――場所は、久我コンツェルン総合管制本部。
夜刀浦市を本拠とする世界的財閥・久我コンツェルン。
世界経済を裏で動かす巨大組織の心臓部――その指令室には、戦場にも等しい緊張が張り詰めていた。
一面に配置された無数のモニターは、揃って異常を報告し続けている。
通信士たちの報告が飛び交い、静寂とは無縁の空気が支配する。
光の明滅と機器の唸りが、まるで巨大な生物の鼓動のように空間を震わせていた。
「異常エネルギー反応、急上昇――! 発生座標は、隔離区画第七格納庫!」
「ガルツヴォーマ、起動しています! 同格納庫内に邪神機の反応も確認!」
「なに…… まさか、あそこは封印していたはずだろう!」
報告の声が重なり、制御室の空気が一瞬にして凍り付く。
技術者たちの顔に浮かぶのは恐怖と、そして理解不能の驚愕。
「うろたえるんじゃねえ」
その混乱の只中、低い声が響く。
白衣に身を包み、無造作に金髪を整えた男が、指令卓の影から姿を現した。
胸元のタグに記された名は【エンツォ・ヴァレンティーニ】。
久我コンツェルン内部でも数少ない、『邪神機』の開発部門に直接関わる人物である。
「封印されたガルツヴォーマに無断アクセスできるなら――『適合者』の出現に他ならねえだろう」
冷徹な目でスクリーンを見上げながら、唇を歪めて言い放つ。
「ヴァレンティーニ技術主任! それでは……!」
「邪神機の反応は『破壊派』の駆るソレだろうな……映像、まだか!」
「格納庫内、映像、出ます!」
オペレーターが叫ぶと同時に、中央スクリーンが閃光を放った。
歪む映像の向こうに映ったのは、二つの影。
一方は漆黒の巨神――ガルツヴォーマ。
もう一方は紅蓮の炎を纏う鬼神――グノーシェスカ。
「グノーシェスカ……! よりによって【
主任の声に、周囲の空気がさらに張り詰める。
映像の奥では、二機の機神が拳と槍をぶつけ合い、光と衝撃が画面越しにも伝わってきた。
床が震え、空気が焦げるような錯覚すら覚える。
「ガルツヴォーマ、魔力炸裂撃鉄、起動!」
「グノーシェスカ、魔力反応増大!」
「っ――総員、対ショック姿勢! モニター落とせ! 来るぞ!」
エンツォの声が響いた直後、スクリーンが白光に包まれた。
――――ズゥゥゥゥンッ!!
轟音が指令室全体を叩きつける。
格納庫を映したモニターは『No Imege』の表示に変わり、照明が一瞬だけ明滅する。
「第七格納庫、反応途絶! 次元境界線、断絶しました!」
「ガルツヴォーマ、グノーシェスカ、通常空間に現出します! 座標は――二十四市街区画!」
誰かの喉が鳴った。息を呑む音が連鎖する。
「っ!! 避難誘導部隊、出せ! 武装隊も伴わせろ!」
「現出まであと5秒! 3、2、1!」
市街地を映したモニターに注目が集まる。
道路のアスファルトが盛り上がり――――光とともに吹き飛んだ。
大地を割って出現する二体の巨神。
漆黒の巨影と、紅蓮の鬼神。
轟音と爆風が都市の夜を切り裂き、照明が消え、悲鳴が地上を駆け抜ける。
「ついに“神”が衆目の眼にさらされる時が来ちまったか――」
苦々しいエンツォの呟きは、指令室の喧騒にかき消された。
轟音が夜刀浦市の空を裂いた。
突如として市街地中心部の地面が隆起し、アスファルトが破片となって宙を舞う。
光柱が夜空を貫き、その中から二つの巨影が姿を現す。
漆黒の巨神――ガルツヴォーマ。
そして紅蓮の鬼神――グノーシェスカ。
その出現は、まるで別世界が都市に噴き出したかのようだった。
街路樹は根こそぎ吹き飛び、高層ビルの窓が次々と砕け散る。
信号機が火花を散らし、逃げ惑う人々の悲鳴が交錯する。
「――な、なんだあれは!?」
「逃げろォッ! ビルが崩れる!」
緊急警報が遅れて鳴り響く。
だが、警報の声をかき消すように、地響きが再び街を揺らした。
「――くうっ! 何が、どう、なって……」
十蔵はガルツヴォーマのコクピットで閃光の眩みから立ち直ると、周囲を見渡す。
そこには、閉ざされた格納庫ではなく、巨神の衝撃で傷ついた市街があった。
「これ、は……!」
「我らの衝突であの次元は崩壊した。この被害は……その余波ということだ」
疑問と驚愕に、レオンの冷徹な声が通信越しに答える。
「わかっただろう、邪神機は災害しかもたらさぬ。今ここで終わらせる!」
「――だからって、そんな理屈!」
白銀の槍が閃光を描く。
閉鎖空間では抑えられていた一撃が、今や大気を裂く奔流と化した。
対するガルツヴォーマは素手で防御を試みるが、リーチの差は歴然。
また、防戦を強いられる理由に――――
「うわっ――!」
衝突の衝撃で、背後のビルが一棟まるごと崩れ落ちる。
「わあああっ! た、戦ってるぞ!」
「バカヤロー! 被害考えろ!」
――――街や市民への影響があった。
「やめろ! こんなところで戦ったら街の人たちが!」
「承知の上だ! ――だが、それでも討たねばならぬ!」
武人としての声。その覚悟には迷いがなかった。
路地裏で十蔵を見逃したレオンの慈悲深さは、もはや完全に消え去っていた。
今の彼は、ただガルツヴォーマの破壊しか考えてはいない。
十蔵は唇を噛み、機体を踏みとどまらせる。
ガルツヴォーマの装甲が削られ、幾度も火花が飛び散る。
足元を気にして大胆な動きができない十蔵は次第に追い詰められていた。
かろうじて切っ先を捌いていた手も、距離を離され受ける一方になってしまう。
「くっ……う……この、ままじゃ……」
苦悶の声が漏れる。
そこへ、か細くかかる声があった。
「……これ、を……『黒鉄』を、使って」
掠が差し出したのは、自身の愛刀。
疲弊した身体であっても、その表情には決意の意思が浮かんでいる。
「奴の槍と……同じ要領で、具現化できるはず。少しでも、戦えるはずだから」
「っ! ありがとう! 借りる!」
十蔵が刀を受け取ると、操縦グローブを通じて何かが繋がる感覚が走る。
次の瞬間、ガルツヴォーマの右手に光の刀身が形作られ、実体を得た。
『――拙の名は【
「頼む!」
十蔵は刀を逆手に持ち、軽やかに振るうと、かつて見たガン=カタ流の剣の構えを取る。
それは、模擬銃で訓練していた十蔵の体の記憶にひどく馴染んだ。
「武器一つで何が変わる!」
襲い来る刺突の連撃。
だが、それを――――
「はあああああっ!」
ガルツヴォーマの身体が滑るように動き、刀が槍の軌跡を逸らした。
腰のひねりを使い、腕の遠心力を使い、手首を的確に翻し――十蔵は巧みに槍を捌いていく。
拳では届かなかった間合いが、いま彼に新たな道を与える。
レオンの槍のように、掠の剣技のように、体系化され洗練されたものではない――
彼が夢に見て、空想で鍛え続けた“戦う力”が、いま現実で花開く。
「あなた……どういう、人なの……?」
眼前のただの少年が、自身と相まみえるほどの戦士と戦えている。
掠の呟きは、驚愕と――自身も知らぬ、感情の芽生えを孕んでいた。
「やあああっ!」
「おおおおっ!」
雄叫びとともに、刀と槍が激突する。
金属の悲鳴と閃光。火花が夜を裂く。
互いの刃がぶつかり合い、火花が散るたび――
ガルツヴォーマとグノーシェスカの装甲に刻まれた文様が、微かに輝きを増していった。
「くっ――」
交わされる剣戟のさなか、漏れる苦悶の声。
戦況を有利に進めているのはレオン。
しかし、彼の表情には焦りが浮かんでいる。
不意に、通信回線にノイズが走った。雑音の中に異質な笑い声が混じる。
『――よう。苦戦しているみたいだなぁ?』
グノーシェスカに突如つながる通信。
空中ウィンドウに移されたのは、包帯まみれで、ボロボロの拘束衣を纏った男。
「トウテツ! 貴様、なぜ――!」
『手前の任務のついでにひと暴れしようと思っていたんだが――クク、面白れぇことになってるじゃねえか』
映像の向こうで男――トウテツが嗤う。
『……いい匂いだな。恐怖と絶望の混ざった、甘い瘴気だ。開けてやるよ――その“蓋”をな』
「――っ! やめろ!」
――――喰らえ、喰らえ、喰らえ
――――侵せ、侵せ、侵せ
――――神の種もて、喰らい尽くせ!
虚空に呪われし祝詞が響いた。
黄金の魔刻紋が脈動する。
漆黒の呪封紋が応じるように震える。
「……? この光は……!」
「トウテツ! 貴様あああっ!」
『ゲァハハハハ! せいぜい足掻きなよ!』
耳障りな笑い声を残して、トウテツとの通信が切れた。
警告音がコクピットに鳴り響く。
十蔵の目の前に、得体の知れぬ符号列がモニターを覆い尽くした。
《 因果律干渉、臨界値突破。 次元境界、崩壊警告 》
直後、空間が裂けた。
虚空のひび割れが、都市の夜空に網のように広がる。
轟音が街を飲み込み、空が悲鳴を上げる。
そこから、蠢く闇が流れ出す。
液状の影が凝固し、やがて異形の群れへと姿を変えた。
無数の腕、歪んだ翼、獣の頭を持つ異端の影――
「なん、だ。これ――――なんなんだよ!」
「『邪神』――! これが邪神機に封じられたものの正体だ!」
レオンの叫びがコクピットに響く。
その声には、言い知れぬ怒りと苦悶が込められていた。
「邪神機あるかぎり、彼奴らを無限に呼び寄せる! もっとも――」
グノーシェスカの槍が異形を叩き潰す。
飛び散った肉塊が、闇となって消えた。
「対抗手段も、邪神機というのが剛腹だがな!」
異形たちは敵味方の区別なく飛びかかってくる。
市街地に残された瓦礫の影から、人々の悲鳴が再び上がった。
「うわああああっ! 来るな、来るなぁっ!」
「誰か、助けてえええっ!」
黒い触手の群れが街路を這い、倒壊したビルの壁を突き破った。
ガルツヴォーマが腕を振るう。
黒鉄の刀が半円を描き、異形の群れを両断する。
だが、裂け目からはさらに新たな影が滲み出してくる。
「止まらない……!」
「このままでは、街そのものが呑み込まれる!」
レオンの叫びが夜空に響いた。
グノーシェスカの紅蓮の槍が炎を纏い、次元の裂け目から覗く邪神を狙って突き出される。
炎の槍が裂け目を貫き、爆炎が炸裂した。
だが――裂け目は閉じない。
むしろその衝撃で、より深く、より広く、亀裂が都市全域へと走っていく。
「街が……呑まれる――!」
眼前に広がる光景に、十蔵が声を漏らす。
異形の群れがビルの壁を這い、鉄骨を噛み砕きながら襲いかかる。
その圧力は、もはや一機で防げる規模ではなかった。
その一体一体が、ただ“存在する”だけで周囲の空気を腐食させ、街灯が破裂し、電子機器が焼け落ちる。
虚空から漏れ出すのは、音ではなく“囁き”だった。
それは無数の声が重なったような呻き――理性を溶かす悪意の波動。
「やめろ……近寄るなぁッ!」
十蔵は吠えるように叫び、ガルツヴォーマを前へと躍らせる。
刃を振るうたびに異形は砕け、黒煙となって消える。
だが、消えたそばから別の“影”が溢れ出してくる。
破壊の手応えが、虚しい。
斬っても、斬っても、終わらない。
「来るな……来るなぁぁぁっ!」
十蔵の喉が焼ける。
恐怖が、胸の奥で脈打っていた。
金属の外殻を隔てても、異形たちの怨嗟が肌を焼くように伝わってくる。
コクピットの警告灯が赤く点滅し、鼓動のように彼の視界を染め上げた。
「落ち着け少年! 邪神の気配に呑まれるな!」
「心が負けたら、終わりよ……!」
レオンと掠、両者の助言も、もはや十蔵の耳には届かない。
《 精神波動:限界値突破。 感応装甲、制御不能 》
赤い警告文字が滲んで揺れる。
そして、格納庫の時のように、ウィンドウが一つの武装を指し示した。
《 対消滅粒子加速砲
頭の奥に、声が響いた。
――解き放て
その囁きは優しく、甘く、彼の心を撫でてくる。
恐怖と焦燥が、境界を失い、ただ一つの衝動に溶けていく。
「う、あああ……!」
眼前には、襲い来る恐怖。
脳内には、正体不明の声。
十蔵の精神は、ただ一つの回答を求めて藻掻いていた。
すなわち――圧倒的な『力』を。
ガルツヴォーマの黄金の文様が輝き、深紅のエネルギーラインが激しく脈動する。
「――止せ、少年! ガルツヴォーマの力を開放しては……!」
レオンの叫びが通信を震わせる。
だが全ては遅く――
「うわああああああっ!!」
――十蔵は、その武装を『選択』した。
「く、あああああっ!」
『掠! ぐうっ……!』
「ああ……あああああっ!」
コクピット内を荒れ狂う深紅の稲妻。
その衝撃は、倒れていた掠の意識を刈り取り、黒鉄を十蔵の手から取り落させた。
ガルツヴォーマの両肩部、双頭の竜頭がその顎を開いていく。
無数の魔法陣が顎の前に暗黒の球体を生成し、それを肥大化させる。
襲い来る邪神の群れをもひるませるほどの、圧倒的な『邪悪』。
それをガルツヴォーマは体現していた。
「やめろ! 撃つなああああっ!」
レオンがグノーシェスカを走らせる。その槍がガルツヴォーマに届く寸前で――――
――――ガルツヴォーマが、吼えた。
音ではない。存在そのものが震えた。都市の灯が、すべて一瞬で掻き消える。
解き放たれたのは、暗黒の奔流。
群れ成す異形の軍勢を呑み込み、広がる次元の裂け目を呑み込み、そして――街と、人々を呑み込んだ。
――静寂。
いつの間にか、すべての音が消えていた。
耳鳴りのような残響だけが、どこまでも長く続く。
十蔵は、ゆっくりと目を開いた。
「僕、は……そうだ! どう、なって……」
モニターはノイズで完全に沈黙し、周囲の光景は見えない。
倒れこんだ少女――掠は気を失い、目覚める様子もない。
「君、しっかり!」
十蔵は操縦グローブを外し、掠に駆け寄る。
『拙が確認した。命に別状はない』
黒鉄の声に脈があることを確認し、一息つく。
それでも、現状への不安は尽きなかった。
――あの化け物は?
――戦っていたロボットは?
――街は?
それまでの慌ただしさから解放された静けさに、焦燥を感じながら――十蔵はハッチに手を掛けた。
軋むような音を立ててコクピット開き、外気を中に吹き込ませる。
息を吸った。肺が焼ける。
鉄と血の匂いが混じった、生ぬるい風。
そこにあったのは――街の残骸だった。
大地を抉る傷跡。
溶けたアスファルト、ねじ切れた鉄骨。
そして、その隙間に散らばる、黒く焼け焦げた無数の影。
人間の――影。
「こ、れは――こん、な――」
十蔵の足が震えた。
近くの瓦礫の陰に、誰かの手が見えた。
焦げて、形を失った指先が、まだ誰かを掴もうとして――塵と消えた。
彼は無意識のまま膝をついた。
喉の奥から声が漏れる。
それが叫びなのか、嗚咽なのか、彼自身にもわからなかった。
「僕、が。やった……人を、殺した――」
意識を失う前の最後の光景が蘇る。
《エレボス・ジェノサイダー》が放った黒の閃光。
それがすべてを呑み込み、命の声をかき消した光景。
「僕が、僕が、僕が僕がぼくがぼくがボクガボクガボクガボクガボクガボクガボクガ」
両手を見る。
時に銃を握り、時に料理を産み出した彼の手――今は、血に染まって見えた。
「う、あ。ああああ……うわああああああああ――――っ!!」
天に向かって、叫ぶ。涙が頬を伝い、握りしめた拳に血がにじむ。
声が枯れんばかりに叫んでも、背負った十字架は消えないことは、彼自身が理解していた。
そして――十蔵は、その意識を手放した。
――――かくて、英雄譚は血に濡れて幕を上げる。
鋼の禍津神は、物言わず沈黙するのみ――――