神葬機鋼(じんそうきこう)ガルツヴォーマ ~ 学園伝奇スーパーロボット活劇   作:グラビ屯

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第二話 覚醒(めざめ)大祓(おおばらえ)
二話 Aパート(挿絵あり)


 

 

 瓦礫の中から、立ち上がる巨大な影があった。

 グノーシェスカ――紅蓮の鬼神は傷つき、その装甲を損傷しながらも、その武威を保っていた。

 

「ぐっ……! これ、が、ガルツヴォーマ……! 我ながら、よくぞ、生き残れたものだ……」

 

 崩壊した街を見渡す。

 抉られた地面、火花を散らす電線、破裂した水道管の音。

 もはや人の声はない。

 わずかに焦げた影だけが、かつて命があった証のように散らばっていた。

 

 一方で、邪神の群れの残滓は、今や欠片ひとつ残っていない。

 それが――ガルツヴォーマの力の“代償”だった。

 

 漆黒の巨神は、瞳の光を失い、瓦礫の中に沈黙している。

 その姿を見届け、レオンは深く息を吐いた。

 

「……終わったか。ならば、我が責務を果たすまで」

 

 グノーシェスカが歩を進める。

 開かれたコクピットには、意識を失った少年と少女――十蔵と掠がいた。

 

 一瞬の迷い。

 だが、戦士としての決断は鈍らない。

 グノーシェスカの槍を振り上げた。

 

「この一撃をもって、禊としよう――さらば!」

 

 白銀の槍が振り上げられ、雷鳴のように振り下ろされる――

 

 ――だが、その刃は届かなかった。

 

 ――――ガキィィィンッ!

 

 鋼を弾く音が、空気を震わせた。

 火花が散り、槍の穂先が弾き返される。

 

 レオンが驚愕の表情を浮かべると同時に――衝撃の波が瓦礫を舞い上げ、砂塵の向こうから“影”が降り立った。

 

 

 白いスーツの男。

 灰銀の髪が風に乱れ、金色の瞳が光を宿す。

 土色のコートを翻し、ガルツヴォーマの装甲の上に降り立った。

 

「ガルツヴォーマ。そしてここにいる少年も少女も――未来への希望。汝に手出しさせるわけにはいかん」

 

 声は静かにして、絶対だった。

 それは命令でも、怒号でもない。

 力強く放たれた言の葉は――“世界の宣言”たる『威』を秘めていた。

 

「何者だ!」

「我が名を問うか」

 

 男の金属の手――義手が蒸気を上げて唸る。

 彼の足元で瓦礫が砕け、風が渦を巻く。

 その威圧感は、巨神すら沈黙させる覇気を帯びていた。

 

「見知りおけ――!」

 

 男の声が夜を裂く。

 それは咆哮。

 それは刻印。

 それは革命。

 

 そしてそれは――宣戦布告。

 

 

 

「我こそは久我コンツェルン総帥――【久我清十郎 歳宗(くがせいじゅうろう としむね)】である!!」

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

 轟音が、廃墟の街を震わせる。

 その名が持つ重みは、まるで時代そのものが応えたかのように響いた。

 

 レオンの眼差しが一瞬、動揺を帯びる。

 その名を知る者にとって、それは“絶対者”の代名詞だった。

 

「最強にして最後の『超人』……久我清十郎。まさか、貴殿のお出ましとはな」

 

 グノーシェスカが槍を構えなおす。

 50mを超える巨神が2m弱の相手に対峙する姿は奇妙にも見えるが――そこに油断も侮りも一切存在しない。

 

「力を失ったと聞いたが、間違いだったようだ。先の一撃、いささかの衰えも感じられん。ゆえに――全霊にて、参る!」

 

 槍に炎が収束し、プラズマの刃が形成される。

 格納庫を破壊した時よりも、さらに強大に、暴力的になった『力』が――流星となって振り下ろされた。

 

「その意気や……良し!」

 

 歳宗の右拳が赤熱し、刃を迎え撃つ――

 

 ――天地を揺るがすほどの、轟音。

 

 白熱する炎は霧散し、白銀の槍は砕け散る。

 

「なっ……!」

「受けよ、我が一撃! おおおおおおおおおっ!!」

 

 紫電を纏った左拳が唸りを上げる。

 跳躍した歳宗は一瞬で機神の懐に飛び込み――

 

 

 ――――ドゴォォォンンッ!!

 

 

 ――みぞおち目掛け、剛拳。

 数万トンの質量の機神が、空へと打ち上げられた。

 

「ぐ、お……おおおおおおっ!?」

 

 打撃と加速。二重の衝撃が機体と操者を襲う。

 音速の壁が弾けてもなお加速は止まらず、グノーシェスカの高度計が凄まじい勢いで高度を更新する。

 1000m、3000m、7000m――――高度10000m。

 遥か上空でようやく停止した機体は、巻き戻しを行うように――自由落下。

 

 落着。爆音。三度の衝撃。舞い落ちる土砂。

 はじけ飛ぶ装甲。捻じ曲がるフレーム。コクピットを荒れ狂う放電。

 傷ついた街に、上書きするように巨大なクレーターを刻み、紅蓮の鬼神は沈黙した。

 

「が、あ……」

 

 座席から投げ出されたレオンが、苦し気に立ち上がる。

 諦めの気配を漂わせながらも、その瞳には未だ強い意志を宿していた。 

 

「『今は』撤退、するしかあるまい……流石、と称賛しておくぞ、久我清十郎」

 

 破壊されたグノーシェスカが炎に包まれ、その姿を霧散させる。

 レオンもまた、その場から姿を消した。

 

 

 粉塵が晴れ、静寂が戻る。

 歳宗は拳を静かに下ろす。

 その義手からは白煙が上がり、亀裂が走っている。

 

「……去って、くれたか」

 

 彼は短く呟くと、倒れ伏す機神の傍らへ歩み寄る。

 内部で気絶している二人を見下ろし――祈るように眼を閉じた。

 

「ままならぬ我が身の歯痒さよ――我が立てるなら、矢面になど出さぬのに」

 

 唇を噛み締めて呟く。

 そこへ、懐から通信機越しの怒鳴り声が響いた。

 

『歳宗! 手前勝手に出撃しやがって! どんだけ危険なことしたかわかってんのか!』

「エンツォか。回収部隊を回してくれ。操縦者たちの保護も、丁重に頼む」

『言われんでももう動いてる! それよりその反省のない態度はなんだ!』

 

 遠慮なしにマイクに叫ぶせいでノイズ交じりになる声に、歳宗は笑みを漏らす。

 ――ああ、我が友はいつも変わらない。

 

「安心しろエンツォ。あとでしっかり正座して汝の説教を聞く覚悟はできている」

『そういうこと言ってんじゃねえ! ああもう……いいから早く戻れ。義手のメンテにまたかからなきゃならんからな』

「感謝する。友よ」

『うるせえ』

 

 ブツリ、と乱暴に通信が切られる。

 友の態度に苦笑すると、歳宗は横たわるガルツヴォーマの顔を見た。

 

「そう――希望なのだ。どれほどの邪悪であろうとも――」

 

 光を失ったガルツヴォーマの第三の眼が、わずかに赤く煌めく。

 それは、彼を覗き込むようにも見えた。

 

「我らには、『神』を葬る刃が必要なのだ――――」

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 十蔵は汚泥の中にいた。

 絡みつく空気。

 ねばつく足取り。

 重苦しい呼吸。

 

 ――なぜ殺した……

 ――なぜ、ころした……

 ――ナゼコロシタッ……!!

 

(ごめんなさい! ごめんなさい、ゴメンナサイゴメンナサイ)

 

 魂を凍らせる怨嗟の声。

 それが絶えず浴びせかけられる。

 十蔵は、走る。謝罪を叫びながら。

 

 ――イタイ

 ――アツイ

 ――クルシイ

 

(僕のせいだ! ぼくのせいだ、ボクノセイダボクノセイダ)

 

 死者の苦しみが我が事のようにその身を焼く。

 むしろそのまま死者の仲間入りしたほうが、そんな考えが過ったとき――

 

 ――影が、巨大な影が、深紅の三眼で十蔵を見下ろしていた。

 

(あ……あああ……!)

 

 眼前には漆黒の機神――ガルツヴォーマ。

 『死』と『破壊』をもたらした恐怖の化身。

 

 それが再び、赤光とともに竜頭を開いて――――

 

 

 

「うわああああああああ嗚呼ああああっ!!!」

 

 

 

 ――絶叫とともに、十蔵はその身を跳ね上げた。

 視界を白い光が覆う。

 金属と薬品の匂い。

 鼓動が耳の奥でうるさく響く。

 

 清潔な医務室――そこに、彼はいた。 

 

 硬いベッドの感触、穏やかな空気。柔らかなシーツが、激しい心音で脈動する体を包む。

 汚泥のような空間は消え去り、自分が悪夢の中にいたと認識できた。

 

(……違う、夢なんかじゃ、ない)

 

 シーツを強く握りしめる。

 自分が、あのロボットで、街を破壊し、人を――殺した。

 その事実を、何度も、何度も、刻み込む。

 

「――そうも、己ばかりを責めるな」

 

 噛み締めた唇に、血がにじむ程になった時――かけられる声があった。

 戸口に立つ姿は、灰の髪をしたスーツの男。

 

「……誰、ですか」

「久我 清十郎 歳宗。あのロボット、ガルツヴォーマの所有権を持つ者だ」

「所有権……ごめんなさい、僕は、勝手に」

「構わん。あの隔離された格納庫に入れた時点で、汝はガルツヴォーマに選ばれていた。いかな障害も意味を成さぬ」

 

 歳宗は落ち着いた口調で語り、備え付けの椅子に腰を下ろす。

 

「むしろ詫びねばならんのは我々だ。汝に……年若い少年に、深いトラウマを刻ませた。久我コンツェルンの代表として、心より、陳謝させてもらう」

 

 歳宗は静かに頭を垂れた。

 その姿に、十蔵は“人の強さ”と“哀しみ”の両方を見た気がした。

 

「そんな……でも、僕が、街を、人を――っ!」

「……結果論になるが、邪神の増殖が止まらなければ、被害は区画一つに留まらなかっただろう。汝は、十分に戦った」

 

 そっと、肩に手が置かれる。

 鋼の義手。けれど、その中には温かみがあった。

 

「我が認める。もう、己を責めるな。その責、我ら久我コンツェルンに預けてしまえ」

「――っ! あり、がとう、ございます……!」

 

 ふいに、頬を伝うものがあった。いつの間にか、涙が零れていた。

 

 医務室の窓から、淡い日が差し込んでいた。

 灰の光が、彼の涙をわずかに照らした。

 

 

 

*   *   *

 

 

 

「もう、歩けるのか?」

「はい。それに……いろいろと聞かせてもらいたくて」

「うむ。それはこちらも望むところだ」

 

 医務室を後にし、二人は静かな廊下を並んで歩いていた。

 遠くで電子音が鳴り、焦げた鉄の匂いがまだ空調に残っている。

 

「そうだ! 彼女は……僕と一緒にコクピットにいたあの子はどうなりました!?」

「心配無用。すでに意識を取り戻している。もっとも……彼女は複雑な立場ゆえ、こちらの監視下にあるが」

「そう、ですか。無事なら、よかった」

「ふ……汝は人がいいな」

「そうですか……? あ、自己紹介してませんでした。僕は……」

「玖琉堂 十蔵 であろう? すまんが、身柄は調べさせてもらっている」

 

 手にした携帯端末――スマホに似たそれ――を見せながら歳宗は告げる。

 

「有名パティシエ、『玖琉堂 百花(くりゅうどう ももか)』の息子だそうだな。菓子作りが得意で学園で評判とある。誇るべき才だ」

「あ、ありがとうございます……あの、僕らが向かっているのは、どちらで?」

「総合管制本部――。一般には指令室、という呼び方になるか。そこで待つ者を交えての話になる」

 

 そうしてたどり着いたのは大型エレベーターの入り口。

 二人はともに中に入ると、歳宗が『直通』と書かれたボタンを押す。

 ほどなく、エレベーターは動き出した。一瞬の浮遊感と、それに続く上向きの慣性。

 

「この感じ……地下、ですか」

「そうだ。戦闘状態を考慮して、影響の少ない地下に設置されている――着いたようだ」

 

 

 指令室の扉が開いた。

 無数の大型スクリーンの光が目を焼き、矢継ぎ早にもたらされる情報を、オペレーターたちが右往左往しながら処理する声が絶えず飛び交っている。

 黒と赤の模様が交錯した都市地図――先の戦闘で崩壊した街の航空映像が浮かび上がっていた。

 

「よう不良総帥。正座の痺れは収まったみてえだな」

 

 白衣の男――エンツォが椅子に座った半身のまま歳宗を睨みつけた。

 無精髭、隈の浮かぶ目元。不機嫌そうなその顔に、歳宗は苦笑を浮かべる。

 

「うむ、なかなか辛かった」

「今度は縛って埋める。次はねえぞ」

 

 軽口で返す歳宗――財閥を統べる総帥とは思えぬ飄々とした態度だった。

 チッ、と舌打ちして手にした書類を机に乱雑に放り投げる。

 

「見ての通り現状は大わらわだ。戦闘終了から11時間。街の損壊率は74パーセント。死傷者の確認が終わらぬ区画もある。被害報告、救援・復興処理、情報統制……手がいくつあっても足りん。」

 

 溜息をついて肩を落とす。

 

「で――手前が適合者のガキか。そのおとなしそうなツラで、よく戦えたもんだ」

 

 次いで、視線が十蔵を射抜いた。

 睨まれたことに、びくりと身を震わせる。

 

「え、と」

「エンツォ・ヴァレンティーニ。ガルツヴォーマの主任建造技師だ」

 

 十蔵は息を呑み、無意識に手を握りしめていた。

 そんな彼に向けて、エンツォが椅子を半回転させ、軽く笑う。

 

「疑問だらけって顔してるな。あの化け物は何か? ガルツヴォーマってなんだ? とかよ」

 

 十蔵は頷く。

 問いの答えを求めるように視線をぶつけると、エンツォはそれまでの軽薄な空気を一変させた。

 

「クトゥルフ神話を知っているか?」

「たしか、創作の、神話で――」

 

 【クトゥルフ神話】。

 『ハワード・フィリップス・ラブクラフト』とその友人たちによる怪奇小説群。

 世界を夢見る神『アザトース』の夢そのものとし、人知を超えた強大な存在『旧支配者』や『外なる神』によって翻弄される人類の姿を描く。

 それは宇宙の深淵を象徴し、人類の矮小さを語りかける、架空の神話――――その、はずだった。

 

「残念ながら、あれはすべて事実だ」

 

 忌々しいことにな、と言外に含ませた表情で告げる。

 十蔵の背筋を冷たいものが走った。冗談の響きを探そうとしたが、エンツォの眼差しにそれはなかった。

 

「狂気の神、アザトース――そいつの夢世界である“外なる宇宙”は、本来ならば狂気と不条理に満ちた混沌だ。ならば、この理性と法則に守られた現世は何だ?」

 

 十蔵は言葉を失う。

 エンツォが指先で空中に線を引いた。ホログラムが反応し、一本の光の軌跡が走る。

 

「その理由が――これだ」

 

 空中に描かれた光が、ゆっくりと回転しながら剣の形をとる。

 神話的な象徴にもかかわらず、その構造はどこか幾何学的で――科学と信仰の境界を曖昧にしていた。

 

「『始原剣』と我々は呼んでいる。世界を切り裂き、現世を産み出した“異界の刃”。この剣の加護によって、我々の宇宙は存在を保っている」

「だが――世界は異常を修正しようとする」

 

 歳宗の声が静かに重なる。

 そして――その声の響きが一転して冷たくなる。

 

「この現世をアザトースの夢、混沌の宇宙に戻そうと侵食するもの――それが先に現れた『邪神』だ」

 

 モニターに、触手のような黒い靄が都市を覆う映像が流れる。

 それは現実の戦闘映像――先ほど十蔵が見た地獄そのものだった。

 

「かつては対抗手段があった。それが歳宗たち、人の理を超えた力の持ち主――『超人』」

 

 エンツォが言葉を継ぐ。

 画面に、かつての戦士たちと思しきシルエットが映し出される。

 

「『超人』と『邪神』の戦いで世界の均衡は保たれていた」

 

 歳宗は静かに頷き、そして言葉を重く落とす。

 

「しかし――人の中に魔が囁いた。『超人』の力なしに人類を守れる力が欲しい、と」

「『邪神』を“神の力”と“鋼の機神”で封じ、制御する。――そうして建造されたのが『邪神機』だ」

 

 モニターには切り替わる映像――巨大な工場群、組み立てられる鋼の機体たち。

 

「だが――均衡は狂った」

 

 歳宗の応答に、エンツォは唇を歪める。

 

「神に抑え込まれた『邪神』は、その反動で『超人』を侵食する術を得てしまった。結果生まれた『邪神化超人』のせいで戦線は崩壊――わずかに生き残った『超人』も戦いに出すわけにはいかず、人類は守護者を失い、不安定な鋼の人形――『邪神機』に頼らざるを得なくなった」

「戦況を一変すべく、久我コンツェルン肝いりで建造されたのが、最強を冠することを定められた邪神機――」

 

 スクリーンに、その姿が浮かぶ。

 黒き巨影、燃える紅き三眼を持つ頭部、双肩に双竜頭を戴く機神。禍々しさと神聖さが同居する異形。

 

「――ガルツヴォーマだ」

 

 十蔵は言葉を失い、ただその名を胸の奥で反芻する。

 あの悪夢のような存在が、いま“希望”として語られている――その事実が、戸惑いを心にもたらしていた。

 

 

「――ガルツヴォーマの存在は邪神からの守護を担っていた人々全てに波紋を投げかけた。即ち――確保か、破壊か」

「確保……はわかりますが、破壊? 人類の、切り札なんでしょう?」

 

 ざわめきの続く指令室の、音が消えた気がした。

 重厚な金属の壁が音を吸い、エンツォの低い声が鈍く反響する。

 

「最強の邪神機ということは、内包する邪神もまた最大級ということだ。ガルツヴォーマに封じられた神性は人類の天敵とも言える最も邪悪な神――【ナイアルラトホテップ】」

 

 名が告げられた瞬間、室内の空気がわずかに震えた。

 十蔵は息を呑む。どこか遠い記憶の底で、聞き覚えのある響きだった。

 

 【ナイアルラトホテップ】。

 ニャルラトホテプ、ナイアーラトテップとも呼ばれる、クトゥルフ神話のトリックスターにして、すべてを嘲笑う愉快犯。

 その恐ろしさは直接的な破壊力ではなく――人に紛れ、人を陥れる、『対人類』に特化した圧倒的影響力。

 言葉ひとつで文明を狂わせ、夢ひとつで王国を崩壊させる。神にして、悪意そのものだった。

 

「その本質は人類への自滅の誘惑――かの神性の影響か、人類そのものの業か、ガルツヴォーマをめぐって、様々な勢力が相争っている」

 

 エンツォが指先で操作盤を叩くと、壁面のスクリーンが切り替わる。

 映し出されたのは、ガルツヴォーマを中心とした勢力図。大小さまざまな組織が入り乱れ、線で結ばれ、まるで蜘蛛の巣のように複雑に絡み合っていた。

 どの矢印も目的地を示さず、ただ渦の中心――ガルツヴォーマへと吸い込まれていく。

 

「“破壊派”は、あれを放置すればいずれ全てを飲み込むと主張する。穏便に久我コンツェルンに解体を要請するものから――先のように、邪神機で直接破壊しに来る者まで」

 

 映し出されたのは紅蓮の鬼神。邪神機グノーシェスカ。

 その全身から噴き上がる炎が、画面越しにすら熱を放つようだった。

 

「邪神機グノーシェスカとその操縦者レオン。その所属は破壊派最大派閥【C’11(コマンドメンツ・イレブン)】。新世界の秩序の担い手を標榜する奴らは手段を選ばんほぼテロリストだ。ガルツヴォーマを障害と断じ、確実にまた襲ってくるだろう」

 

 【C’11】と表示された中にいくつもの邪神機のシルエットが浮かぶ。

 まだ見ぬ脅威に、十蔵の背に怖気が走った。

 

「対して“確保派”――いや、“奪取派”と言ったほうがいいな。奴らの目的は単純に『力』。人類の守護のためか、我欲のためか、とにかく既存のあらゆる邪神機を上回るガルツヴォーマの力が欲しくてたまらない……そんな連中だ」

 

「ええそうよ。わたしも……その一人」

 

 その声が響いた瞬間、空気が張り詰めた。

 重い扉が開き、外光がわずかに差し込む。

 スーツ姿のSPを伴って現れたのは、銀髪の少女――掠。

 十蔵とともに、コクピットで戦いを経験した少女に他ならなかった。

 

 光の反射で彼女の髪が青白く輝く。その美しさは機械的ですらあった。

 だがその目には、凍てつくような意志が宿っている。

 

「【皇咲 掠(こうさき かすみ)】よ。先は世話になったわね。あなたは……玖琉堂、と言うのかしら?」

「あ、うん……玖琉堂 十蔵、です」

 

(九頭竜の系譜にそんな家があった気がするけど……思い出せないわ)

 

 掠は脳内の記憶を探るが、明確な情報を得ることはなかった。

 その目は冷たく澄み、十蔵の奥底を覗いているように見えた。

 まるで、そこに何か“隠されたもの”を探しているかのように。

 

「彼女の所属は【封神殿(ほうしんでん)】――日本の旧家を中心とした対邪神組織。そして“奪取派”の中核だ」

「――黴の生えた組織よ。なにもかもが、ままならない」

 

 苛立ちを込めた呟き。

 己の所属に対する、嫌悪だけがそこにあった。

 エンツォが眉をひそめたが、掠はそれに構わず続けた。

 

「それでも、わたしは『力』が欲しくてここに来た。たとえ――封神殿を裏切ることになっても」

 

 十蔵はその言葉に戦慄した。

 彼女の声は熱を帯びているのに、目だけが冷たく光っていた。

 

「我々はこの混沌とした情勢のなか、邪神の脅威と戦うことになる。ガルツヴォーマの封印が解かれた今、その力を振るわざるを得ない」

 

 エンツォの声が淡々と響き、十蔵を見つめる。

 

「邪神機は操縦者を自ら選ぶ。そしてガルツヴォーマが選んだ適合者は――玖琉堂 十蔵、お前だった」

 

 びくりと、震えが十蔵の背筋を走る。

 まるで、その言葉そのものが呪文のように彼の名を縛りつけたかのようだった。

 

「玖琉堂 十蔵。お前に問う、ガルツヴォーマに乗って戦う気はあるか?」

「僕、は……」

 

 十蔵は視線を落とす。

 あの操縦席で感じた恐怖が、まだ体内にこびりついて離れない。

 金属が軋む音、内側から聞こえた囁き。まるで、心を覗かれたような感覚。

 

「我々のことも、邪神のことも考えなくていい。正直な気持ちを教えてくれ」

 

 歳宗の落ち着いた声が、十蔵の本音をやさしく促す。

 

 恐ろしいのは邪神ではない。

 再び力に呑まれ、殺戮をもたらす恐怖。

 かつて望んだ『英雄』の姿とは、かけ離れた存在へと堕ちる嫌悪。

 

 十蔵の、選択は。

 

「――乗りたく、ありま、せん」

 

 拒絶、だった。

 

 沈黙。

 その言葉が空気を切り裂いた。誰もが予期していたが、口にされると、重みが違う。

 

「……そうか」

 

 エンツォはそれ以上何も言わなかった。

 ただ一瞬、視線を逸らし、疲れたように息を吐いた。

 

「皇咲 掠。お前はどうだ。一度ガルツヴォーマに殺されかけて――それでも、ガルツヴォーマに乗ることを望むか?」

「ええ。わたしはガルツヴォーマの『力』が欲しい。そのためなら、なんだってする」

 

 その言葉は迷いがなく、静かで、そして恐ろしく美しかった。

 十蔵は目を逸らした。

 それは、自分の選ばなかった選択を是と答えた相手への嫉妬か、それとも、恐るべき力を理解しないことへの嘲笑か――。

 

「……『始原剣』の話を覚えているか? アザトースの宇宙を切り開いた始原剣は、その後、何らかの戦いで砕け散ったとされる」

 

 しばしの思索の末、エンツォは再度操作盤を叩く。複雑な操作の後、部屋の中央の床が静かに開く。

 金属のきしむ音。昇降機に乗って上がってきたのは、黒い装甲ケースだった。

 

「欠片となってなお、その強大な力は健在だった――その証拠が、『こいつ』だ」

 

 エンツォがその大型の金属ケースを開く。

 冷気が霧のようにあふれ出し、その奥に淡い光が浮かぶ。

 

 そこには、カプセルの中に浮かぶ妖精の少女の姿があった。

 無数のケーブルが繭のように絡みつき、光脈を走らせている。

 透き通る肌、閉じられたまつ毛――まるで眠る女神。

 

「封剣式自立電算妖精【ネフィリム(Nephilim)】――ガルツヴォーマの完全制御を可能とする、始原剣の欠片を内包した人造妖精だ」

 

 十蔵は言葉を失った。

 生きているのか、造られたのか、判別できないほどの静謐な存在。

 微かに唇が動いたようにも見え、十蔵は息を呑んだ。

 

「邪神の狂気を切り裂く始原剣――その力で、ナイアルラトホテップの力を抑え、ガルツヴォーマの個人認証制御を外す」

 

 エンツォの声が、儀式の詠唱のように低く響く。

 

「玖琉堂、こいつの目覚めには適合者たるお前の因子が必要になる。ここに触れろ」

 

 十蔵は立ち尽くしたまま動けない。

 冷たいガラス越しに眠る“少女”が、まるで呼吸をしているように見えた。

 ――それは、恐怖と同時に、どこか懐かしい感情を呼び起こしていた。

 

 その指先がわずかに震える。カプセル越しに、彼女が何かを感じ取っているようだった。

 

 ゆっくりと、震える手を近づけていく。

 心臓の鼓動が、金属の床を打つ音よりも大きく響く。

 指先がカプセルの表面に触れた瞬間――

 

 世界が、脈打った。

 

 

《 外神由来因子:確認 剣精機構:起動 》

 

 

 カプセルを覆うガラスが、フレームを残して溶けるように消えていく。

 少女を覆う繭が花開くようにほどけ、脈打っていた光が胸もとに集まっていく。

 頬の色がほんのりと桜色を帯び、閉ざされていたまぶたが、わずかに震えた。

 

 翡翠色の髪が、冷却液の蒸発する風になびき、その背から光の羽根が形作られる。

 そして、閉ざされた瞼がゆっくりと、ゆっくりと開かれていく。

 

 

 

【挿絵表示】

 

 

 

「――――システムグリーン。封剣式自立電算妖精・ネフィリム、起動しました」

 

 機械的な声が少女の唇から紡がれる。

 その場の誰もが息を呑み――

 

「――――おはよー! ネフィはネフィリムだよ! あなたはだぁれ?」

 

 天真爛漫な声が、指令室の緊張を一瞬でかき消した。

 

「……は?」

 

 静寂。

 あまりにも唐突な明るさに、誰も言葉を失っていた。

 掠が呆れたように息を吐き、歳宗は肩を震わせて笑いを堪えている。

 

「……あの、エンツォ、さん?」

「……学習機能に幼児並みの吸収力を設定した。それで精神年齢まで幼くなるたぁ予測範囲外だ」

 

 ため息とともに、ガリガリと頭を搔く。

 言外に『自分の責任ではない』と語っているが、製作者の責任であることはその場の皆が理解していた。

 

「ぷう! 無視しないでよ!」

 

 ネフィリムが頬を膨らませる。

 光の粒子がその動きに呼応してきらめき、まるで本当に“生きている”ようだった。

 

「あ、ああ。ゴメン。僕は玖琉堂 十蔵」

「ジューゾー! ジューゾーだね! わかるよ、ネフィを起こしてくれたの!」

 

 ふわりと宙を飛んで十蔵の指先を握るネフィリム。

 小さな命の暖かさが十蔵の胸を満たし、“懐かしさ”のような温もりが滲んだ。

 

「あー、ネフィリム、お前の役目はわかるか?」

「うん、パパ!」

「パ……!?」

 

 ネフィリムの発言にエンツォの顔が奇妙な形で固まる。

 その様子にこらえきれず、歳宗が吹き出した。

 

「歳宗! 手前、他人事だと思って!」

「す、すまぬ。だが、製作者である汝は確かにその子にとって父親であろう。間違いではあるまい」

「んなプログラム実装してねえ……」

 

 エンツォの声がやや裏返る。

 ネフィリムはそんな抗議などどこ吹く風と、十蔵の周囲を楽しそうに回っていた。

 

「ジューゾー! ネフィはね、ガルツヴォーマってのを動かすのに生まれたんだよ! ちゃんとわかってるよ、エッヘン!」

「そう、なんだ。すごいね……」

 

 無邪気に告げるネフィリムに、十蔵は笑顔を保ちながらも内心は沈んでいた。

 

 ――この無垢な妖精に、あの恐怖と破壊の権化を動かさせる?

 ――あの血塗られた戦いの中に、この子を送り込む?

 

 そう考えたとき、吐き出しそうな嫌悪感を感じ、それを抑えるので必死だった。

 

「ジューゾー、どうしたの? ヘンな顔してる」

 

 ネフィリムが首をかしげ、光の粒子を零す。

 その瞳の奥には、人工のものとは思えないほどの純粋な揺らぎがあった。

 

「……ごめん。なんでもない」

 

 十蔵は微笑もうとしたが、その笑みはどこか引きつっていた。

 掠が横目で彼を見て、小さく息をつく。

 

「優しいのね。あの子を“兵器”として見られないんだ」

「……違う。僕はただ――」

 

 言いかけて、言葉が喉に詰まる。

 

 ――違う? 本当に?

 

 彼女を守りたいという感情が、どこか自分の罪悪感の裏返しのようにも思えた。

 

「ねえ! ジューゾーがネフィを起こしたのなら、一緒にガルツヴォーマを動かすのはジューゾー?」

「それ、は……」

 

「わたしよ」

 

 言いよどむ十蔵の声を遮って、掠が静かに宣言した。

 その声音は穏やかだが、決して譲らぬ意志の芯を孕んでいた。

 

「あなたと一緒に戦うのは、わたし。皇咲 掠。よろしく、ネフィリム」

「えっ、そうなの? ジューゾー、じゃ、ないんだ……」

 

 ネフィリムは小首をかしげ、何度も寂しげに十蔵を振り返る。

 その仕草は、まるで置き去りにされた幼子のようで、十蔵の胸を締めつけた。

 

「なに? 不満なの?」

「そうじゃない、よ。うん……よろしくね、カスミ」

 

 ネフィリムは俯きながらも、健気に笑みを浮かべた。

 けれど、その笑みの奥にある微かな陰りを、掠は見逃さなかった。

 

「……安心して。わたしはあなたを“兵器”だなんて思ってないわ」

「ほんと?」

「ええ。あなたは――わたしの剣になるの」

 

 掠の言葉は優しく、それでいて氷のように冷たかった。

 その瞳の奥には、戦う者の覚悟と、誰にも見せぬ孤独が宿っている。

 

 十蔵はその光景を見つめながら、胸の奥にざらつくような違和感を覚えた。

 ――剣。

 そう口にした彼女の言葉が、なぜかネフィリムの無垢な姿と相容れぬように思えた。

 

 小さな少女の姿をした存在を、戦場へ送り出す。

 その現実が、十蔵の中でどうしても受け入れられなかった。

 

 

「……皇咲。後ほど封神殿に交渉してお前を久我コンツェルンに移籍させる。ガルツヴォーマが封神殿ゆかりの人間の手にあるなら向こうも受け入れるだろう」

「助かるわ。あそこは、しがらみだらけで動き辛かったから」

 

 掠は淡々と答えながらも、その表情にはどこかほっとした色が浮かんでいた。

 自由を手にした戦士の、それでもなお戦場を選ぶ者の目だった。

 

「玖琉堂、お前は日常に帰れ。忘れることはできないだろうが……もう、関わるな」

「……はい」

 

 十蔵は短く答えたが、その声はかすかに震えていた。

 ネフィリムがこちらを見上げる。

 その瞳は、まるで「置いていかないで」と訴えるように揺れていた。

 

「……じゃあ、ジューゾー、行っちゃうの?」

「……うん。僕は――もう、戦えないから」

 

 言葉を紡ぐたび、胸の奥の痛みが増していく。

 ネフィリムは何か言いたげに唇を動かしたが、結局、言葉にはしなかった。

 ただ、彼の袖をそっと握り、そして放した。

 

 その指先に、わずかな光の粒が残った。

 まるで涙の代わりのように、静かに空中を漂って消えていった。

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 指令室を後にした十蔵の姿は、久我コンツェルン中央本部の広大なロビーにあった。

 高層ビル群の地上階に位置するその空間は、ガラス張りの壁面に夕陽の赤が滲んでいる。

 

 まるで戦火の残光のように、都市全体が赤く染まっていた。

 

 十蔵は正面玄関の自動扉に向かって歩く。

 背後には、静かに歳宗が伴っていた。

 長い外套の裾を揺らし、彼の足音は重く、しかしどこか慈悲深かった。

 

「……十蔵少年、我の個人的意見だが、戦いを拒絶してくれて、よかったと思っている」

 

 不意に歳宗が口を開く。

 その声は、重厚でありながらもどこか寂しさを含んでいた。

 

「……なぜ、ですか?」

 

 十蔵は足を止め、振り返る。

 ビルの窓越しに見える夕陽が、二人の影を長く伸ばしていた。

 

「汝の手は、人を笑顔にする料理人の手だ。汝の心は、人の死を悼み、人の幸せを願う、優しさにあふれている。戦いに挑む、戦士の業を背負うには――優しすぎる」

 

 歳宗の眼差しには、確かな温度があった。

 ひとりの“年長者”として、少年を思う真っ直ぐな視線だった。

 

 十蔵は視線を落とし、拳を握りしめる。

 かすかな沈黙のあと、歳宗は穏やかに言葉を継いだ。

 

「いつか、汝の作る菓子を食べさせてくれ。我にできることは少ないが――少女掠と、ネフィリムのことは任されよう」

 

 その言葉は、まるで別れの宣誓のようだった。

 

「……はい。じゃあ――ありがとう、ございました」

 

 十蔵は胸の奥が熱くなるのを感じ、深く頭を下げた。

 歳宗は短くうなずき、背を向ける。

 その背中が廊下の闇に溶けてゆくまで、十蔵はただ立ち尽くしていた。

 

 

 外に出ると、すでに日は傾き、街は茜に染まっていた。

 空はまだら雲の下で赤黒く滲み、風が生ぬるい。

 昨日から続く逢魔が時――世界が昼でも夜でもなくなる時間、それを抜け出せていないように思えた。

 

(学校、サボっちゃったな)

 

 気づけば、制服の袖口には血の染みがまだ残っている。

 血の滲むほどの、後悔の証――。

 あの惨劇のあと、まともに洗う時間すらなかった。

 ため息をつきながらポケットからスマホを取り出す。

 

 画面には、数十件の未読メッセージ。

 

 隆:十蔵氏、体調は大丈夫ですかな?

 健介:連絡、待っている。

 

 気の置けない友人たちの文字。

 その何気ない言葉が、今の十蔵には痛いほど優しかった。

 だが――一つの通知が目に入った瞬間、心臓が跳ねた。

 

 あやめ:くりゅちー無事!? 街がめちゃくちゃなんだけど、生きてるよね!?

 

「……あ……」

 

 あやめ。

 あの明るい笑顔と声が、頭の中で蘇る。

 彼女の言葉の裏にある“恐怖”を理解した瞬間、十蔵の血の気が引いた。

 

 ――生存を確認している、ということは。

 ――死者が出ている、ということだ。

 

 彼女の知る誰かが、あの戦いに巻き込まれたのかもしれない。

 もしかしたら、ほんの数時間前まで笑っていた人が、今はもう――。

 

「うあ……あ……」

 

 スマホを持つ手が震え、視界が滲む。

 息が詰まり、肺が痛む。

 どうして自分は、あの戦場に立っていたのか。

 どうして“守る”はずの存在が、“壊す”側に回ってしまったのか。

 

 答えは出ない。

 ただ、夕陽が沈み、街の影が伸びる。

 その影の中に、十蔵の心もゆっくりと沈んでいった。

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 二十四市街区画――ガルツヴォーマとグノーシェスカの戦い、そして邪神の侵食によって崩壊した市街地。

 そこでは、数十名の作業員が復旧作業に追われていた。

 鉄骨の軋みと溶接の閃光が、夜の闇を断続的に照らし出す。

 空気には、焦げた金属の匂いがまだ残っている。

 邪神の残照は――無い。しかし、ここで失われた命の怨嗟は、確実に歪みを残していた。

 

「――っ! おい、ここは作業中だ。勝手に入――っ!?」

 

 作業区域に横切る影に作業員が警告しようとして――その首を、鋭利な爪で切り裂かれた。

 

 包帯まみれの全身。ボロボロの拘束衣。鎖を引きずる拘束具。そして――狂気に見開かれた瞳。

 邪神召喚の祝詞を唱えた男――トウテツが、そこにいた。

 

「作業班、下がれ! 防衛班急げ!」

「C’11の幹部だ! 総員、戦闘態勢!」

 

 久我コンツェルンの戦闘部隊が即座に動き始める。

 包囲陣形が敷かれ、威嚇ではなく、殺害を目的とした制圧射撃が始まろうとし――トウテツが、嗤った。

 

「生贄には、十分だなぁ……ヒャハハハハハァ!!」

 

 視界から、その姿が消える。

 次の瞬間、何人もの兵士がその体を微塵切りにされる。

 

 肉を裂く音が連鎖し、照明が次々と破壊されていく。

 逃げ惑う作業員たちを、押し止める兵士たちを、鈍く光る鉄爪が無造作に引き裂き、血が宙に散った。

 それはまるで“血の花”が夜空に咲いたかのようだった。

 

「撃て! とにかく当たれば……!」

「追いつかな――ギャッ!」

「た、助け……ゲボッ」

 

 銃声と悲鳴が無慈悲に血の海に沈んでいく。

 悲鳴を上げかけた作業員の喉が、次の瞬間には裂け、声は途絶えた。

 返り血を浴びたトウテツは、濡れた舌で頬を舐める。

 

「血が、足りねえ……もっとだ。もっと、もっとォッ!」

 

 倒れた兵士の血液が、地面を伝い、トウテツの足元に集まっていく。

 その血は不自然な動きを見せ、まるで意志を持つかのように渦を巻き始めた。

 禍々しい光が、血の表面から滲み出す。

 血と肉の臭いが混じり、腐臭を伴って風が渦を巻く。

 

 

「『身を裂け。地を裂け。天を裂け。

  生死の輪廻よ、闇に沈め。

  暴虐の種子、今こそ地を覆わん!

  喰い荒らせ! 【ツェイム・ヴォルグ】ぅぅ!!』」

 

 

 紡がれる邪悪な祝詞。その叫びとともに、血の海から巨大な“腕”が突き出た。

 鋭利な爪を備えた鉄骨を握り潰す異形の手。その表面は金属とも肉ともつかぬ質感で脈動している。

 やがて地面が破砕し、巨大な邪神機――ツェイム・ヴォルグが這い出した。

 全身に走る血管のような光脈。機械と筋肉と骨が混じり合った異形を呪言の刻まれた包帯が覆っている。

 骸骨のような頭部の眼窩の奥で、無数の瞳が瞬いていた。

 

「ゲェハハハハハ!! 沈め、沈めぇ! “肉”に沈めぇ!」

 

 ツェイム・ヴォルグの肉塊に埋もれていくトウテツが高笑いを上げるその瞬間、空を裂くようにサイレンが鳴り響いた。

 

 

 

*   *   *

 

 

 

 指令室が慌ただしく動き始める。

 モニターの光が、誰の顔も青白く照らし出し、無数の情報が画面を流れていく。

 

「邪神機、出現! 機体識別は……ツェイム・ヴォルグ!」

「復興班、及び防衛部隊、通信……途絶」

 

 オペレーターが蒼ざめた声で報告する。

 それは新たな脅威による被害がすでに出ていることを示していた。

 

「C’11の追撃か。早かったじゃねぇか、クソッ!」

 

 エンツォが苛立ちの声を上げる。

 

「歳宗、今度こそは出るんじゃねえぞ。ツェイム・ヴォルグは邪神の利用を前面に押し出した機体……邪神にお前が接触すれば、最悪の邪神化超人の誕生。そうなれば世界は終わりだ」

「……承知している」

 

 義手が壊れんばかりに拳を握りしめる。

 力あるにも関わらず、戦うことは許されない。その無力感が歳宗を苛んでいた。

 

「――皇咲、ネフィリム! 聞こえたな! 出撃準備だ!」

『ええ。いつでもいいわ』

『がんばるよ~』

 

 

 格納庫では巨大な懸架装置が稼働し、低い振動音が床を這う。

 ガルツヴォーマを吊り上げた支柱が、鈍色の蒸気を噴きながらゆっくりと軌条を進む。

 ガルツヴォーマのコクピットシート。

 かつて殺されかけた邪神機の座席に、再び掠は身を沈める。

 ネフィリムが空中ウィンドウを操作し、コンディションを整える。

 

「できた! 操縦桿握っていいよ」

「……ええ」

 

 生命力を吸われ、激痛の走る感覚を思い出す。

 けれど――あの時とは違う。目的のため我武者羅だった時とは違い、侵略する敵への義憤が掠に操縦桿を握らせた。

 

 泥のように変形し、グローブとなる操縦桿。

 その内部で、生き物のように脈打つ繊維が掠の腕へと絡みつく。

 精神をはいずる怖気を感じて――ガルツヴォーマと、繋がった。

 

「できる……わたしにも、動かせる!」

 

 湧き上がる高揚感に思わず声が出る。

 深く息を吸い、戦士の呼吸で心を静める。

 

 

「――大型転送装置、アクセス。ガルツヴォーマ、転送シーケンス開始」

 

 ネフィリムの声が変わった。

 先ほどまでの幼げな響きは消え、精密な演算体の冷徹な口調に。

 

 格納庫中央、巨大な石板群が円陣を組む。

 その中心で、ガルツヴォーマが中空に固定される。

 渦を巻いて回転する石板から放電が奔り、空間が歪む。

 

 電弧の中心――雷球が膨張し、内部に別の世界が映し出された。

 そこは、黒い霧と血の煙に包まれた崩壊市街。闇夜に吼えるツェイム・ヴォルグの姿が蠢いていた。

 

「次元通路、開放。ロック、解除」

 

 拘束具が解かれ、漆黒の巨神が落ちる。

 雷鳴の“門”を突き抜け――ガルツヴォーマが、現世を離れた。

 

 石板の回転が遅くなり、放電の終了とともに停止する。

 格納庫には静けさが戻っていた。

 

 

 

*   *   *

 

 

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