神葬機鋼(じんそうきこう)ガルツヴォーマ ~ 学園伝奇スーパーロボット活劇 作:グラビ屯
侵食――それが最もふさわしい言葉だった。
ツェイム・ヴォルグが一歩踏み出すたびに、大地が腐り落ちていく。
滴り落ちる黒い肉片が、アスファルトを溶かし、やがて蠢く異形へと変じた。
その“落下した肉”は、まるで種のように地に根を張り、異形を次々と芽吹かせる。
それらは人の形を模した影、翼のない獣、眼球ばかりの塊。
やがて群れを成し、街を喰らい、建物を侵食しながら――また新たな“門”を開いた。
――破壊音。
――悲鳴。
――咀嚼音。
邪神が邪神を呼ぶ。
増殖の輪が止まる気配はなく、都市そのものが巨大な繁殖場にして屠殺場と化していく。
「クク……どぉしたぁ? さっさと対抗しねぇと――ぜぇんぶ食いつくしちまうぞぉ……」
“肉”に沈んだコクピットの中で、トウテツが嗤った。
肉壁の脈動がその声に呼応し、血泡のような音を立てて膨張していく。
まるで邪神機そのものが、彼の快楽に共鳴しているかのようだった。
――そのとき。
暗雲を裂いて、空に魔法陣が展開する。
重力の揺らぎとともに、雷鳴が世界を貫いた。
雷光の中から姿を現したのは――漆黒の機神。
砕け散る魔法陣の光子が散り、ガルツヴォーマが大地へと落下する。
数万トンの質量が地表を叩き潰し、衝撃波が街を吹き飛ばした。
粉塵の中で、赤い発光が三つ――燃える三眼が邪神機を睨む。
「これ以上、好き勝手にはさせない――わたしが、終わらせる! 黒鉄!」
『応!』
掠の叫びに応じて、ガルツヴォーマの掌に赤黒い光が走る。
光は剣形へと収束し、虚空から黒鉄が呼び出された。
そのまま腰だめに持ち直し――抜刀術の構え。
「ようやくかぁ! せいぜい楽しませてくれよ、ガルツヴォーマァァァ!」
トウテツの咆哮。
邪神の群れが獲物を求めて蠢き、ツェイム・ヴォルグが両腕を広げ瘴気をまき散らす。
――開戦。
指令室は、沈黙と警報音が同居する異様な空間となっていた。
床下では振動が伝わり、壁面の照明が周期的に明滅する。
複数の巨大スクリーンに映し出されるのは、再び邪神の侵食に沈む二十四市街区。
赤外線スキャン、光学映像、波形解析、そして霊的測定――全てが“異常”を示している。
「映像、入ります!」
「……なんだ、これは……っ」
オペレーターの手が震える。
モニターに映るのは、まるで地面そのものが呼吸しているかのような映像。
街が脈打ち、建物が溶け、流れる血が形を変えていた。
侵食された市街――その中を、漆黒の機神が勇壮に駆け抜ける。
『一閃――斬!』
画面の中で、ガルツヴォーマは一歩踏み込み、地を砕く。
瞬間、映像が一瞬途切れ、再び映った時には幾体もの邪神が黒い霧と化して消えた。
「ガルツヴォーマ、優勢です! これなら……!」
「だが、決定打がねえ」
希望に湧くオペレーターの意見をエンツォが冷徹に切り捨てる。
その眉間には深い皺が刻まれていた。
「エレボス・ジェノサイダー。皇咲に使えると思うか?」
「……現時点では無理だろう」
「理由は?」
「“十蔵少年”の資質あっての武装だ。ネフィリムはそこまで成長していない」
市街ごと邪神を消し飛ばしたガルツヴォーマの禁忌の武装。
それの使用を考えざるを得ない現状に重い沈黙が包み、誰もが口を閉ざした。
「……いざとなれば、街ごと消し飛ばすしかねえ。地下自爆装置の準備はできてるな?」
「は、はい」
冷徹な声で確認するエンツォに、オペレーターが緊張した面持ちで返答する。
そのプレッシャーは、ほかの者にも伝搬する。
「うっ……ぐっ!」
モニターを凝視していた一人が青ざめた顔で吐き気を催す。
「無理するな。邪神の存在は視覚情報だけでも精神を削る。おい、交代だ!」
「は、はい!」
疲弊したオペレーターはふらつきながら席を立つ。
ここにいる誰もが命がけの状況にいることを理解させられた。
『連閃――塵!』
画面の中、振るわれる黒刃の連撃。
街の一角を切り裂き、黒い血飛沫が空に舞う。
ガルツヴォーマの黒鉄が一閃するたび、ツェイム・ヴォルグの装甲は剥がれ、腐肉が爆ぜる。
繰り返される剣閃はやがて――その腕を切り落とした。
『思ったほどの強さじゃないわね。このまま――っ!?』
『――ゲヒ』
不気味なトウテツの声が戦場に響く。
霧散した邪神が、切り裂かれたツェイム・ヴォルグの断面が、不気味に泡立つ。
やがてそこから――邪神が“生えた”。
波打つ触手が、無数の牙が、ぬめる臓腑が、失われたものの倍以上の数となり湧き出す。
「ツェイム・ヴォルグに封じられた神はサクサクルースと
エンツォが指揮台を叩く。指の節から血がにじんだ。
『ヒヒッ。まだだ……まだまだまだまだぁ!』
泡立つ断面に無数の“顔”が生え出す。
苦悶し、泣き、笑い、叫ぶ――人の顔。
それが肉と金属の境を越えて増殖していく。
――ゲラゲラ
――ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ
――ゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラゲラ
「音声ノイズじゃない……あれ、声だ……“人間の”――」
「っ! 精神フィルターかけろ! “呑まれる”ぞ!」
「は、はい!」
虚ろな表情のオペレーターに急ぎ指示を飛ばす。
彼らには一瞬の油断も許されない。
『次元湾曲、増大。霊子属性、反転――脅威、度、そく――』
『ネフィリム?』
冷徹に演算を続けていたネフィリムの様子が変わる。
その言葉は途切れ始め――“感情”が決壊した。
『ひっ……や、やだっ……あれ……なに、あれぇ……!?』
ネフィリムの声が、怯えを含んで震える。
その瞬間、ガルツヴォーマの赤い光脈が明滅を乱す。
まるで心臓が脈打つリズムを失ったかのように。
『やだやだやだぁっ!! もうイヤァ!! “こわい”! “こわい”よおぉぉぉっ!!』
幼い妖精が初めて覚えた激しい感情。
――それは『恐怖』だった。
「エンツォ……!」
「――完全に設計ミスだ! 冷静な演算機能を――学習のための『感情』が上回っちまった!」
指令室がざわめく。
ネフィリムの泣き声が通信を通して響き渡る。
悲鳴にも似た嗚咽が、全員の胸を刺し貫いた。
ネフィリムの泣き叫ぶ声が、コクピットを満たす。
軽やかだった動きは拘束具を付けたように重くなり、初めて乗った時のような激痛が掠の身体に流れ込む。
視界が白く染まり、制御が奪われていく。
『ぐ、う……っ! ネフィリム――! 泣くな、戦えッ!!』
『だめぇ! あんなの、もうイヤなのぉ!!』
涙声とともに、ガルツヴォーマの光が急速に減衰した。
力を失った機神が押し倒され、地を裂く轟音が夜を貫く。
触手が機体を包み、漆黒の巨体を呑み込もうとする。
『助けて……助けて、ジューゾーぉぉぉぉ!!』
通信回線を震わせたその叫びは、
まるで祈りのように、絶望の淵から発せられた。
「……インプリンティング。ネフィリムにとって、因子提供者であり、初めて見た人間である玖琉堂が一番の相棒だった、ってことか」
「だが、十蔵少年はもう……」
誰もが幼い悲鳴に俯き、眼を逸らす中――
応える、声が響く。
『ネフィ――――っ!!』
絶望の空を引き裂く、少年の叫び。
そこには、瓦礫の街を走り、ガルツヴォーマに向かう十蔵の姿が映し出されていた。
――音が、消えていた。
聞こえるのは、自分の呼吸と、風の軋みだけ。
視界に広がるのは、廃墟と化した二十四市街区。
瓦礫の隙間に転がる鉄骨。煤けた標識。
そして、かつて“人間だった”ものの残骸。
十蔵は瓦礫の街を歩く。己の罪を、刻み込むように。
掌を見つめる。血はとうに乾いて、黒ずんでいる。
この手で、何を守り、何を失ったのか――それすらもう思い出せない。
(これだけのことをして――日常に戻る? できるわけが、ない)
彼の中には、もう“戦う理由”は――否。
“生きる理由”すらも、消え果てようとしていた。
――そのはずだった。
遠く、夜空が赤く染まった。
地鳴り。
続いて、異様な咆哮。
腐肉と金属が混ざりあう、不快な共鳴音。
衝撃と突風が街を駆け抜ける。
遠方――崩れた街の向こうに、ふたつの巨影があった。
黒と、腐肉色。
ガルツヴォーマと、ツェイム・ヴォルグ。
「……関係ない。僕には、もう、関係ないんだ」
背を向けようと、足を翻して――止まる。
一歩、また一歩。
焼け焦げた舗装を踏みしめるたびに、心臓が痛む。
思い出すのは、無垢な妖精の少女。
去り際の、寂しげな表情が、何度もちらつく。
――“こわい”! “こわい”よおぉぉぉっ!!
声が、聞こえた気がした。
足の動きが、早まる。
速足から、駆け足へ。
駆け足から、疾走へ――
次第に濃くなる、腐肉の臭い。
巨神同士の、戦闘による振動。
道を阻むそれらを全て無視して、駆ける。
やがて見えたのは――倒れこむガルツヴォーマと、それを覆う邪神の姿。
『助けて……助けて、ジューゾーぉぉぉぉ!!』
はっきりと耳に届いた、妖精の叫び。
その瞬間、全身が焼けるように熱くなった。
視界が白く弾け、爆音のような鼓動が魂を揺さぶった。
十蔵は、迷わず手を伸ばし、応える。
「ネフィ――――っ!!」
名前を呼んだ。
伸ばした手の先、空間がゆらぎ、幾何学的な光が広がる。
指先から腕、そして全身が光に包まれていく。
流星のような光が、漆黒の機神に飛び込んだ。
指令室に、突如、閃光が走った。
警報音が一瞬だけ途切れ、すべてのモニターがノイズに包まれる。
「な、なんだ――!?」
「光源、コクピット内部から! 転送反応です!」
オペレーターの報告と同時に、中央の指令台の上に光の柱が立ち上がる。
それは、神殿の祭壇のように眩く輝き――そして、ひとりの少女の姿を現した。
掠だった。
蒼白な顔、荒い呼吸。
彼女は現実の床を踏みしめながら、すぐに己の手を見下ろした。
そこには、操縦桿の形をした黒い痕が焼きついている。
「……え?」
声が震えた。
理解が追いつかない。
ネフィリムとの同調が、強制的に断ち切られたのだ。
まるで“拒絶された”ように。
「ガルツヴォーマ……ネフィリム……わたしを、拒絶するというの……!?」
かすれた声が、静寂を切り裂く。
その場にいた全員が言葉を失った。
掠の目には、まだ戦場の残像が映っている。
邪神の咆哮、ネフィリムの悲鳴、そして――突然、弾き出されるように光に包まれた瞬間。
床に片膝をつき、掠は必死に息を整えた。
震える肩が、怒りとも悲しみともつかぬ感情で揺れる。
「拒絶だと? ……まさか、暴走が――!」
エンツォが端末を操作しながら顔を上げる。
その問いに、歳宗がどこか安堵した表情で答える。
「いや……これは、“置換”だ。彼女は、ネフィリムの選んだ操縦者と入れ替えられた。即ち――玖琉堂 十蔵に」
その名を聞いた瞬間、掠の表情が凍りついた。
「じゅ、十蔵……? でも、彼は――」
「彼はネフィリムの危機を察知し、駆け出していた――そして、ネフィリムが呼び、それに応えた」
重い沈黙。
掠はゆっくりと立ち上がり、唇を噛みしめる。
胸の奥に、痛みが走る。
戦士として、ネフィリムと戦えていたつもりだった。少なくとも、無様をさらすようなことはなかった。
それでも、彼女の叫びが呼んだのは、彼女の叫びに応えたのは、自分ではなく、あの少年だった。
「……そう。ネフィリムは――“本当の相棒”を選んだのね」
かすかな笑み。
しかし、その瞳の奥には、悲しみが滲んでいた。
「せめて、見届けさせて。彼らの、戦いを」
その声には、静かな決意が宿っていた。
オペレーターが震える声で告げる。
「ガルツヴォーマ、反応再上昇。全システム……再起動します!」
スクリーンに映る映像が、一斉に輝く。
戦場の闇の中、再び立ち上がる漆黒の巨体――
「ぐっ! ここ、は……」
十蔵の意識が、揺り戻された。
柔らかな衝撃と、浮遊するような感覚。
そこは、かつての過ちの場所。ガルツヴォーマのコクピット。
その座席に、再び座る己を認識する。
「ジューゾー! ジューゾージューゾージューゾーぉぉぉっ!!」
泣きじゃくる声。
頬に当たる柔らかなものと、冷たい涙の筋。
顔にしがみつき、嗚咽する小さな少女――ネフィリムだった。
「ネフィ……怖かったんだな、辛かったんだな」
十蔵は静かに呟き、震える背中にそっと手を添えた。
「うん……こんな気持ち、知らなかった。自分が、なくなっちゃう気がして……どこか、安心できるところにいきたかったけど、できなくて……」
か細い声。
それは、まるで幼子の夢の中の独白のように儚い。
十蔵は目を閉じ、彼女の髪を撫でた。
「わかるよ……僕も、怖い。今だって、逃げたくて、投げ出したくて、仕方がない」
「え……? それじゃあ、どうして……?」
ネフィリムが涙に濡れた瞳を上げる。
十蔵は、息を整え、答えた。
「君を――ネフィを、見捨てて逃げ出すほうが、何倍も怖い。自分で、自分が許せない。そう思ったら……ここに、来てた」
ネフィリムは一瞬、言葉を失い、
やがて小さく呟いた。
「自分が、許せない……」
十蔵は頷く。
「戦おう、一緒に。彼女の……皇咲さんほど、強くはないけど、僕の全てで、戦ってみせるから」
「うん……うんっ!」
ネフィリムの涙が、光の粒となって浮かんだ。
十蔵の手が操縦桿へと伸びる。
まるで待ち構えていたかのように、金属が泥のように形を変え、彼の手を包み込む。
生命のような拍動。ガルツヴォーマと、心が再び繋がる。
失われた光が再び機神の全身を奔り――まとわりつく邪神を消し飛ばした。
『ハッ! 第二ラウンドかぁ? 面白れぇ、見せてみろやぁ!』
腐肉の巨神が、蠢く異形が一斉に襲い掛かる。
十蔵の手に、グノーシェスカの時のような武装は無い。
感情が演算を侵食したネフィリムに先程までの反応速度は無い。
――それでも。
「魔力炸裂撃鉄、起動!」
「はあああっ!」
掌底の一撃。炸裂する魔力。
邪神が黒煙と化して消え去り、空を割る衝撃にツェイム・ヴォルグが後ずさる。
「怖いよ……でも、怖くても、ジューゾーとがんばる!」
「ああ。どんなに怖くても……逃げて、いられない!」
二人の心が重なり、ガルツヴォーマの瞳が紅く閃く。
だが、次の瞬間――
『舐めるなァッ!』
ツェイム・ヴォルグの咆哮が空を裂いた。
巨腕が振るわれ、ガルツヴォーマが一撃で弾き飛ばされ、瓦礫が宙を舞う。
装甲が悲鳴を上げ、ウィンドウが閃光を放つ。
「ぐっ……!」
『ゲハハハハハハッ! なんだぁ? さっきより弱くなってんじゃねぇかぁっ!!』
トウテツの哄笑が夜空に響き、腐肉の巨神がゆっくりとした歩みで近づいてくる。
その一歩ごとに、また新たな邪神が湧き出し、視界を埋めていく。
「ぐっ……まだだ、立てッ!!」
十蔵の叫びに応じるように、ガルツヴォーマの足が地を踏む。
だが周囲には、腐肉の群れ。邪神の欠片が、絶え間なく無限に湧き出していた。
拳を振るい、敵を霧散させていく。
何度も、何度も、何度も。
「ジューゾー、数が……!」
「わかってる! でも、ここで退いたら――全部、飲まれる!」
振るう、振るう、振るう。
その侵略は止まること無く――ガルツヴォーマを、肉の檻に押し込めていく。
「う、あ……やだよ、怖いよ……ジューゾー……」
「――大丈夫。最後まで……最後まで、一緒だから」
頭をよぎる、“死”の予感。
それでも、どこか十蔵の心には満足感があった。
その時、コクピットの奥で――声が、響く。
――解き放て。
「な、なに? 武装が、勝手に……」
エレボス・ジェノサイダー。
禁忌の武装が、十蔵に誘惑を持ち掛ける。
エネルギーラインが赤く点滅。
両肩部の竜頭ユニットの口腔部が震え、内部の魔核が脈打つ。
――解き放て。
「ぐっ! 止め……ろ」
十蔵の脳裏に、あの日の光景が蘇る。
焼け落ちる街、灰となった人々。己の手が、すべてを壊した瞬間――
双竜頭が制御を超えて開こうとする。
溢れんばかりの破壊の力が、赤光となって竜の顎から漏れ出す。
外界の邪神たちが一斉に怯み、悲鳴のような共鳴音を上げた。
――解き放て!
「止めろぉぉぉぉぉっ!!」
――暗闇。
音も、色も、形もない。
それは存在の裏側、現実の影とも言うべき場所だった。
十蔵は、どこまでも続く虚無の中で立ち尽くしていた。
身体の輪郭が霧散し、意識の境が溶ける。
そばにいるはずのネフィリムの姿も、遠く霞んで見える。
「……ここは……どこだ……?」
「ジューゾー……ここ、こわいよ……」
虚空が脈動した。
その波紋のような揺らぎの奥から、何かが滲み出す。
――待っていたよ、人の子。
その声は、形を持たぬ囁きだった。
冷たい悦びと、底の見えぬ悪意を孕んだ無数の声。
闇の奥に、微笑む仮面が浮かぶ。
這い寄る混沌――【ナイアルラトホテップ】。
――この破壊人形を操る器。
――英雄を夢見る、哀れな道化。
――哀れな夢見人よ。壊せば救われる。さあ、祈る代わりに――引け。
十蔵の手に現れる操縦桿。その先は竜頭――エレボス・ジェノサイダーに繋がっている。
周囲を覆う闇が、引き金を引かせようと力を籠める。
「止めろ……! 僕はもう、撃ちたくない!」
十蔵が拒絶の叫びを上げる。
その瞬間、足元から黒い泥が噴き上がった。
赤い炎のような奔流が渦を巻き、十蔵とネフィリムを飲み込む。
――ドウシテ イキル。
――ナゼ モトメル。
――コワセ、コワセ、コワセ。
咆哮とも悲鳴ともつかぬ声。
それはナイアルラトホテップを封じるべく、ガルツヴォーマに封じられたもう一つの神格。
災いの化身、【
怒涛のごとく襲いかかる負の感情が、二人の心を掻き乱す。
「あ、ぐ、あああああっ!」
「やああああっ! 痛い! 頭が痛いよぉっ!」
闇の誘いが、破壊の衝動が、その身を焼き、狂わす。
神々の力の前に、無力な人と妖精は翻弄されるだけだった。
「たす、けて……ジューゾー……」
「ネ、フィ……」
互いに手を伸ばしても、その姿は波間に沈んでいく。
暗闇が口を開け、二人を分かとうとする。
――コタエ、タイ。
静かに、響く声がした。
どこか、遠いところから、かすかな光が差し込む。
まるで古い鐘の音のように、穏やかで、懐かしい響き。
「この、声は……」
「……ガルツヴォーマ……?」
闇はその侵食を止め、光の粒が周囲にゆっくりと広がっていく。
無数の声が重なり合い、祈りとなる。
――我らは願った。
――人が神に屈さぬ力を。
――破壊の中でなお、希望を継ぐ器を。
光の中に無数の人々の影が映る。
それは、かつてこの機神を創り上げた人々の記憶。
科学者、霊術師、兵士、祈る子ども――
すべての願いが、ひとつの存在に託されていた。
それは、小さな光。
強大な神々の意思とは、比べ物にならない、ちっぽけな揺らぎ。
けれど、その精一杯でたった一つを訴えていた。
――コタエタイ。
――ワタシヲウンダ“ネガイ”ニ。“イノリ”ニ。
「……ネフィ……知ってる……この声……パパと、同じ……」
ネフィリムの涙が光になり、空へと舞う。
十蔵は、その光を見つめ、ゆっくりと呟いた。
「ガルツヴォーマ……お前の思いに……僕たちが必要なんだな?」
十蔵の声に応えるように、光が明滅する。
そっと、光に手を伸ばす。
ネフィリムもまた、十蔵に倣いその手を伸ばした。
――また、罪を犯す気かい?
――モタラスノハ、ハカイ、ノミ。
――恐怖を感じて、戦えるのかい?
――オソレルモノハ、シ、アルノミ。
神々の問いかけが、再び闇をもって近づく。
「一人なら、また、間違うかもしれない。でも」
「ネフィだけじゃ……きっと戦えない。けど」
十蔵とネフィリムは、示し合わせたかのように一度瞳を閉じ――決意とともに開いた。
「ネフィと、ガルツヴォーマとなら――僕はもう、迷わない!」
「ジューゾーとガルツヴォーマがいっしょなら、ネフィはがんばれる!」
宣言とともに、同時に光を掴む。
――マガツ、カミガミヨ
――コレガ、“オモイ”ノチカラダ!
光――ガルツヴォーマの意思が、闇を押し流す。
――なら、見せてもらうよ。人の足掻きを。
――カミノチカラ、ギョシテミセロ。
――届かせて見せろ――“祈り”を。
遠ざかる神々の声は、どこか期待を孕んで聞こえた――。
ゆっくりと、眼を開く。
ガルツヴォーマのコクピットは、今だ装甲を侵食する邪神の姿をモニターに映している。
唸りを上げていた両肩の竜頭は静まり、その火を落としたまま。
絶対絶命――そのはずなのに、十蔵の心は凪いでいた。
「ネフィ――もう、大丈夫かい?」
「うん! 怖いけど、もう怖くないよ!」
ネフィリムの返答に微笑む。
そう――もう恐れ、逃げ続けるだけの自分たちじゃない。
「ガルツヴォーマ再起動……フルドライブ! いくよ、ジューゾー!」
「ああ! いくぞ……ガルツヴォーマ!」
十蔵が操縦桿を握る。
グローブへと変化した操縦桿から体内を這い上がる感覚――だが、それは今までの嫌悪感を伴うものではなく、力を与えられる確信をもって受け入れられた。
ネフィリムが空中ウィンドウを高速で処理し始める。
無機質に演算していたときとは違う――感情が上乗せされた、“熱”のある操作が処理の高速化をもたらしていた。
全身を奔る赤かった光脈が、一瞬のうちに緑へと転じていく。
まるで新しい生命が目覚めるかのように、装甲の下から光が脈打った。
両目と額のカメラアイもまた緑の光に満たされ――そこに深紅の瞳が浮かび上がる。
それは邪悪を宿して燃える三眼ではなく――闘志宿した戦士の瞳。
両肩部の竜頭がその出力を全身に回し、さらに眩く光を放つ。
黄金の文様が破邪の魔力を放ち――まとわりつく邪神たちを光の中に消し飛ばす。
十蔵とネフィリムの重なる思いを受けて――ガルツヴォーマが、吼えた。
――――オオオオオオオオ――――ッ!!
それは、目覚めの咆哮。
人類最強最後の守護神の生誕を告げる咆哮だった。
指令室の誰もが驚愕にその手を止めて固まっていた。
計器の針は狂ったように振れ、警報が鳴り止まない。
それでも――誰も、音を遮断する者はいなかった。
モニターの中心には、緑光を放つ巨影。
先ほどまで死に瀕していたはずのガルツヴォーマが、神々しい光を背に立っている。
「ガ、ガルツヴォーマ再起動……出力、4倍以上!」
「周囲の邪神群、消滅――瘴気の残照、ゼロ!?」
「損傷装甲、再生! 既存兵装に存在しません!」
報告が次々と飛び交う。
だが、そのどれもが既存の理論を逸脱していた。
「知らねえ……知らねえぞあんな機体!? 俺たちは一体、何を作っちまったんだ!?」
「いや……あれこそが、我々が求めた“本来の”ガルツヴォーマなのだろう」
エンツォの叫びに歳宗が応える。
「本来のガルツヴォーマだと? それじゃあ、それを成し遂げた玖琉堂は一体何者だ!?」
「我にもわからん。だが……」
優し気な微笑みを浮かべて、モニターのガルツヴォーマを見上げた。
「十蔵少年の優しさが奇跡を起こした――我はそう思うことにする」
「――奇跡で、済ましていいことかよ……」
エンツォはふてくされながら、椅子に身を投げ出す。
その声は不満にあふれていたが、どこか安堵した気配もあった。
一方で――掠はモニターを食い入るように睨みつけていた。
「玖琉堂、十蔵……っ! どうして、あなたがそこまでの力を――っ!」
黒鉄の鞘を握りしめ、歯を食いしばる。
自分に成せぬことを成し遂げた少年に、掠は嫉妬と劣等感を抱かずにはいられなかった。
「わたし、は――父さん――!」
自分に残されたただ一つのよすがを思って、掠は、俯くしかなかった――。
『第三ラウンドなんざ無駄なんだよ、こけ脅しがぁ! この物量で潰れちまいなぁ!』
トウテツは、緑光を放ち立ち上がるガルツヴォーマに邪神群をけしかける。
動き出す邪神に対し、ガルツヴォーマの――十蔵の反応は早かった。
「ネフィ!」
「っ! 重力反転機構、作動!」
意識一つでネフィリムがガルツヴォーマの機能をラグ一つ無く発動させる。
数万トンの重量が瞬時にゼロ、そしてマイナスに達し――漆黒の機神は、重力に反発するように、宙に舞い上がった。
空中で即座に重力制御が切られ、数万トンの重量が加速度をつけて落下――襲い来る邪神に蹴りを叩き込む。
肉片を飛び散らして爆散した邪神が煙となって消え去る。
「撃鉄!」
「ハンマーコック! 行けるよ!」
肘部から引き出された魔力炸裂撃鉄が、そのまま肘打ちとして邪神の肉を抉る。
返す刀で掌底が放たれ、炸裂。逆方向にいた邪神が消し飛ぶ。
「ジューゾー!」
「っ! くっ!」
ネフィリムの声に反応して機体をのけ反らせる。
躱した空間を鋭利な触手が貫いていった。
「数の不利は否めない、か」
「ジューゾーにも、武器があったら――」
そうネフィリムがつぶやいた時、十蔵は右手の甲に熱を感じた。
「なん、だ? この――」
手の甲が光輝き、文字が浮かび上がる。
「
ネフィリムが植え付けられた知識で、それが北欧ルーン文字・エイワス(ᛇ)であると十蔵に脳内で伝える。
と同時に、ネフィリムの胸のクリスタルも激しい光を放ち始める。そこには水星(☿)の記号が映し出された。
次の瞬間、ガルツヴォーマが新たなウィンドウを表示させる。
《 外神式霊威拳銃
《 錬成式降魔拳銃
兵装に追加された新たな武装――二丁拳銃。
驚きに一瞬だけ逡巡すると、十蔵はためらいなく選択した。
ガルツヴォーマの手に光が収束し、その両手に二丁拳銃が生み出される。
十蔵は慣れた手つきでガン=カタの構えを取ると――邪神のただ中へ飛び込んだ。
ガルツヴォーマの両手から放たれた弾丸は、まるで意思を持つかのように邪神群を縫うように飛翔する。
一発ごとに瘴気が裂け、黒煙が渦巻き、邪神の呻きが空を震わせた。
十蔵の心拍とガルツヴォーマの機体反応が同期する。
ネフィリムの解析ウィンドウが光の軌跡を描き、弾丸は自動的に最適な角度へと修正される。
『武器一つでぇ!』
ツェイム・ヴォルグの大振りの爪撃。
それを銃床の打撃で反らすと、ノールックで後方の邪神を撃ち抜く。
バランスを崩した機体に水面蹴り。さらに行動を阻害する。
回転の反動でそのままターンしつつ弾丸をばら撒き、周囲の敵を一掃。
片足の重力操作だけで飛び上がり、上空からの連射。
ツェイム・ヴォルグの肉を削ると同時に、さらに邪神の数を減らす。
「後ろ!」
「っ!」
飛行型の邪神群が背後から迫る。
カートリッジをスライドし、薬莢に入った弾丸をばら撒く。
物質生成が即座にリロードを完了し――空中の弾丸向けて発砲。
ばら撒かれた弾丸が衝撃を受けて空中で着火――散弾と化して邪神群を撃ち抜いた。
空中を宙返りで反転したガルツヴォーマは重力操作を使い、軽やかに着地。
着地を狙った大型の邪神が囲むように襲い掛かるが――
「撃鉄連動! 撃って!」
「おおおおっ!」
両腕の魔力炸裂撃鉄が起動。
連発するように撃鉄が落とされると、その魔力を込められた強化弾丸が連続発射。
一発一発が炸裂弾となって大型邪神を消し飛ばす。
そのまま敵の襲撃に備えて残心の構え――隙のない佇まいに、邪神群がその足を後退させる。
――十蔵のたゆまぬガン=カタの鍛錬。
――ネフィリムの空間演算能力。
――ガルツヴォーマの機体性能。
十蔵とネフィリム、そしてガルツヴォーマ――三位一体の呼吸が、戦場を支配する。
その姿は、まさに“無双”の戦士そのものだった。
『ふ、ふざけるなよ……! このトウテツが……オレがコケにされて黙ってられるかぁあああっ!』
邪神の咆哮が空を割る。地表が波打ち、破片と黒い霧が吹き荒れる。
――――喰らえ、喰らえ、喰らえ
――――侵せ、侵せ、侵せ
――――神の種もて、“全てを”喰らい尽くせ!
それはかつて街を覆い尽くした邪悪な祝詞。
その呪詛は、もはや音ではなく「災害」だった。
機器がノイズを吐き、通信回線が悲鳴を上げる。
そこに加えられた“一言”が――ツェイム・ヴォルグの呪符を不気味に光らせ、その隠された力を開放させた。
全身の肉が泡立ち、無数の触手を放ち、邪神たちを“喰らい”始める。
わずかに残っていた邪神が、消えかけていた肉塊が、触手に貫かれて蠢き、脈動し、ツェイム・ヴォルグへ吸収される。
邪神【サクサクルース】の権能――“仔喰らい”の力が発動し、邪神の肉をツェイム・ヴォルグのものとして取り込んでいった。
ガルツヴォーマの付けた銃創が盛り上がり、触手が噴き出したかと思えば、それが弾けてまた肉になる。
肉が産まれ、弾け、また産まれ――それを何度も繰り返す。
原型をとどめないほどに肥大化した肉塊――それが今のツェイム・ヴォルグの姿だった。
『ゲェハハハハアァ!! 溺れろ溺れろ! “肉”に溺れろぉぉ!!』
数十万トンにまで増大したであろう重量は、その巨体を大地に沼の如く沈めつつ、触手と血と肉の根を張り巡らしていく。
ガルツヴォーマは撃鉄を上げた炸裂弾の銃撃を連射し、肉を削る。
重力制御で跳躍し、加速した蹴りを叩き込む。
何度も、何度も、繰り返す。
しかし、与えた損傷は即座に肉が覆い隠し、ふさいでしまう。
それどころか、肉の増殖速度は加速する一方だった。
「くそっ! 肉が分厚すぎてダメージが入らない!」
『無駄だ無駄無駄無駄ァ! この街も、手前も! 神の贄となれぇ!!』
増大するツェイム・ヴォルグの重量に地盤までも歪み始めたころ――
声が、聞こえた。
――クルシイ
――イタイ
――タスケテ
ガルツヴォーマの通信装置に紛れる、か細い叫び。
音ならぬ音となって伝わるそれを、コクピットの二人は聞き取った。
「これ、は――!」
「殺された人たちの、声? ううん、それだけじゃ、ない……」
ネフィリムの声が震えていた。
その声の奥にある、言い知れぬものを感じ取って。
「邪神も、苦しんで、いるのか?」
望まぬ召喚。望まぬ生贄。
本能のみで現世を侵食する邪神ですら慄く邪悪な意思が、彼らを縛り付けていた。
死することすら許されぬ、永劫の苦悶。
それは、神をも汚染するトウテツの狂気――。
人が神を超えることの、負の形での証明だった。
「かわい、そう……」
「ああ。こんなの……酷すぎる」
銃を握る手に力が籠る。
せめて、死の開放をと、さらなる連射を仕掛ける――しかし。
――アアアアアアッ!!
捕らわれた者たちが、痛苦の悲鳴を響かせる。
『ヒヒッ。そうか……手前らも“聞こえる”なら都合がいい! さあ、撃てるもんなら撃ってみろぉ!』
今のツェイム・ヴォルグへの攻撃は、取り込まれたものへの激痛となる――。
そう――これはトウテツにとって二重の意味で“肉の盾”だった。
「トウ、テツ……っ!」
非情な策に十蔵が唇を噛み締める。
生来の優しさを持つ少年の攻撃の手は、止まってしまう。
しかし――
「――ガルツヴォーマ? そう。ネフィなら、できるんだね?」
そう、機神に語りかける声がコクピットに響いた。
ネフィリムはガルツヴォーマから受け取ったことを、しばし考えて――決意する。
「ジューゾー。エイワスとアゾートの力を貸して。ネフィ、やってみたいの」
「ネフィ……? わかった。もちろん、任せるよ」
「うんっ!」
ネフィリムの言葉に頷きを返す。
その応答を受けて――彼女は高速でプログラムを作成し始めた。
無数のモニターが開閉を繰り返し、情報の羅列が交錯する。
ネフィリムの瞳は電子の光を放ちながら明滅し――その強固な意志のままに新たな兵装を組み上げていく。
両手の二丁拳銃が光となって霧散し、ガルツヴォーマの両の手の甲に
脈動する緑の光が右手に収束し、装甲が展開。魔力炸裂撃鉄が跳ね上がる。
全身の魔力文様が光を増し、無数の魔法陣が渦を巻いて右手に収束していく。
やがて、妖精の演算はガルツヴォーマに一つの呪力兵装を誕生させる。その名は――
《 収束浄化術式
モニターに表示された、新たなる武装。
その全容が、十蔵の脳内に伝わる。
――それは、贖いの奇跡。
――それは、開放の祈り。
「ジューゾー……」
「ああ……わかってる。僕たちは彼らを殺すんじゃない……開放して、あげるんだ」
十蔵と、ネフィリムの意思が重なる。
溢れんばかりの光が、ゆっくりと掲げられた右手に集まっていた。
ガルツヴォーマが、吼える。
威嚇ではない。それは、葬送の送り唄――
『なんだ……なんだソレはぁぁぁっ!?』
――恐怖。
それまで、まき散らす側だったトウテツが、ツェイム・ヴォルグが、邪神が。
掲げられた光に恐怖を感じていた。
『止めろ――その光をやめろぉぉぉぉぉぉっ!!』
巨大な肉塊が大地を引き裂きながら走る。
巨体を引きずり、増殖させ、引き延ばし――その鈍重さからは考えられない速度で。
十蔵は――ガルツヴォーマは掲げた右手を後ろに引き絞り、祝詞を紡ぐ。
魂の救済を願う、祈りの聖句を――
「『
我が繰りしは
汝に刻むは
音もなく、光が収束する。
ひときわ強く右手が輝くと――起動の言霊が、紡がれる。
「『
両肩部のブースターが火を噴き、ガルツヴォーマが緑の尾を引いて突貫する。
何重にも魔力を纏った浄禍の一撃が――ツェイム・ヴォルグに叩きつけられた。
衝突と同時に、撃鉄が落ちる。
腐食する肉塊の奥深くまでその魔力が浸透し――浄化結界を構築。
ガルツヴォーマはしばし結界を維持して――
『ゲァアアアアアアアアッ!?!?』
ツェイム・ヴォルグを構成する魔力が、物質が、瘴気が、邪神が、亡霊が、結界の中で浄化されていく。
それは哀れな魂たちに救いを与え――トウテツだけは、その浄化に抗っていた。
『オ……オレは、こんなもの、望んで……ねえ! まだ、狂っていてぇんだよぉ!』
浄化され消えゆこうとする肉体を、意志の力で押さえつけながら、トウテツは転移でコクピットから姿を消した。
残された、崩れ行くツェイム・ヴォルグの巨体は、次第に光へと変わっていく。
「「焼神……浄禍ぁ!!」」
十蔵とネフィリムの声が術式の最終段階を告げる。
結界は収束し――閃光。
醜い邪神の肉塊は、美しい、光の柱となった。
――ア……リガ……トウ……
暖かな声が、二人の耳に届いた。
十蔵とネフィリムは、無言で空を見上げる。
光が、雪となって崩壊した街に降り注ぎはじめた。
荒廃していた地平に、ひとひらの緑が芽吹き、その新芽に光が降り注ぐ。
傷ついた誰かの傷が癒され、よどんだ空気を吹き払う、優しい風が吹く。
それはまるで、亡き魂たちの祝福のように――静かに、温かく、風に交じり、大地に溶けていった。
「――守れたの、かな」
十蔵の呟きがコクピットに響く。
罪の意識は消えない。それでも――。
「きっと、そうだよ」
ネフィリムが問いに答える。
十蔵の、確かな守護の証――その存在を噛み締めながら、己の決意を思い出す。
――きっと、これが始まり。
この先、無数の苦難が待ち受けているだろうことは、予想するまでもなく理解していた。
それでも――思うのだ。
(僕は、一人じゃない)
いつしか、長い夜は明け、朝日が街を、漆黒の機神を照らし出す。
新しい一日が、未来への一歩が、始まろうとしていた。
――――ここに
英雄は、妖精とともに歩み始める――――