祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~ 作:高見南純平
最先端の国、工場エリア。
蒸気が立ち上り、トラックが次々と出入りしていた。鉄の匂いとオイルの香りが混ざり、地面はわずかに振動している。作業員たちの掛け声、機械の作動音、コンプレッサーの低い唸り。そこは昼夜を問わず稼働し続ける喧騒の地だった。
ひときわ目を引くのは、円形ドームのような巨大な建造物。外壁には青い大文字で「SCIENTO」と記されている。国内でも最大級の製造拠点であり、インフラ関連の業務用機械や配管を主に手掛ける巨大企業サイエントの中枢工場だった。
周囲には複数の分館が並び、まるで工業都市そのもののような広がりを見せている。ここが本社工場、サイエントの心臓部だ。
「……はぁ、迷惑中の迷惑なんですわ。一時期、お国の調査が入ってねぇ。あやうく業務停止喰らう所でした。はぁ、誰があんな悪質な文章を書いたんだか……」
ハンディ扇風機で顔をあおぎながら愚痴をこぼす初老の男。厚手の作業服の襟元からは汗がのぞく。サイエント工場内は蒸気と熱気に包まれており、何かで冷やしていなければ立っているだけでも辛い環境だった。
「ええ、行政調査によれば、何の問題もなかったと。書類の不備、1つなかったとか。……企業の鏡ですね」
刑事セブトルが冷静に手帳をめくりながら、丁寧に相槌を打つ。今回の一連の事件に関する報告書と照らし合わせつつ、工場の責任者に聞き込みをしていた。
これまでにも何度か国の調査員や警察が立ち入っているらしい。だが、凶悪犯アジドCを追っているセブトルは、組織の動きとは別に独自の情報収集をしていた。そのため、時には他より先に核心に触れることもある。
「っあったりまえでしょう。今はインフラ、コンプラの時代ですよぉ。全てきっちりしなきゃ、すぐに飛びますよ、色々」
工場長は冗談めかして、自分の首を切るように手を振った。汗まみれの額に笑みを浮かべる様子は、現場をよく知る人間らしい軽快さがあった。
「従業員の方にも、話をお伺いしても?」
「そりゃあ気が済むまで。業務の妨げにならなければ、ね」
軽く肩をすくめ、工場長は奥の階段を上がって自分の仕事へ戻っていった。表情には疲労がにじんでいたが、威圧感はなく、明るさのある人物という印象を全員が抱いた。
「この工場を全てシステム管理しているんですよね。デジタル化、ってやつですよね。いや~、ボクらの国からしたら未来のような場所ですねここは」
ララクが興味深そうに目を輝かせる。
天井の高い空間には何本ものベルトコンベアが走り、無数の機械が絶え間なく動いていた。鋳造、加工、組立、検品。人の姿は少ないが、すべての動作に人の手が加わっていることが分かる。
巨大な金属部品がラインを流れ、ロボットアームが正確に位置を合わせ、電子制御盤や巨大なバルブが次々と形になっていく。
音と光と熱が入り混じるその光景は、まさに現代の工芸と科学の融合だった。
「今の工場のお偉いさんでしょ? パワハラっていうの? する人には見えないけどな~」
ゼマが首をかしげながら言う。
サイエント工場を陥れようとする不評の中には、責任者であるあの初老の工場長に関する悪い噂も書かれていた。だが彼女の目には、あの人当たりの良さと誠実さが残っている。どう見ても、誰かを追い詰めるような人間には思えなかった。
「見た目は綺麗に取り繕うのが、この国の良さである汚点でもあると俺は思っている。内側の膿は、掘れば出てくるかもしれない」
ダァフの低い声が、蒸気音に紛れて響く。
彼は懐疑的だった。アジドCが流した根も葉もない噂かもしれない。だが、まったくの嘘とは限らない。本当のことを誇張して広めるのが、狡猾な犯罪者の常套手段でもある。
「だったら聞き込みして来いよ。スタッフなら、ぽろっと裏側を話すかもしれないぜ」
刑事セブトルが、わずかに口角を上げながら指示を出す。指先はダァフを向いていた。
「っふん、こう見えて俺は人見知りをしないぞ」
自信満々に言い返すダァフ。
だが、目つきの鋭さと獣のような耳の形のせいで、初対面の人間には怖がられることも多い。本人もそれを理解しているが、必要な時には会話をきっちりこなす。
「じゃあ、俺はラインの方を回ってみる。作業員なら現場の空気をよく知ってるだろ」
「ボクは管理区画の方を見ます。機械や制御盤、詳しそうな人も多そうですし」
ララクが言うと、ゼマも元気に頷く。
「んじゃ、私は食堂周り聞いてみる~。世間話からなら、けっこう拾えるもんね」
「……私は役職のある奴らに確認をしておく。誰がどの立場で何を知ってるか、整理しておきたい」
セブトルが最後に言い、手帳を開いた。
蒸気が流れ、工具の音がこだまする工場の中で、4人はそれぞれ別の方向へと歩き出した。
聞き込みの始まりだった。