祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~ 作:高見南純平
工場の食堂にて、ゼマは食事をとっている女性に声をかけていた。
昼下がりのざわめきの中、スープの香りと鉄の匂いが混ざる。湯気の向こうで、女性はスプーンをくるりと回しながら話を続ける。
「工場長とか、ここの人たちはみーんなしっかりかっちりしてるよ。残業代とか手当もいっぱい出るし。やることはいっぱいあるし体は疲れるけど、良い職場だよ」
「ふ~ん、特に不満はないんだ」
「いや~、1つあるよ。時間に厳しすぎるんだよ。遅刻とか、休憩は1秒でも遅れたら評価が下がるし。まぁでも、普通の事なんだよねぇ。その~、柔軟性がないっていうか。っあでも、体調不良の休みとか有休はとりやすいんだけどね~」
「めっちゃ条件良いじゃん」
「うん、だから真面目な人には合ってる仕事だよ。っあ、もう戻んないと。生の冒険者見れて、嬉しいわ~」
40代ぐらいのその女性は、笑みを浮かべて早々に食器を片づけに行った。
制服の袖をきっちり折り返し、慣れた動作で盆を重ねると、そのまま小走りで厨房の奥へ消えていく。
食堂の時計は、秒針の音が響くほど静かに時を刻んでいた。
ゼマは空になったカップを見つめながら、小さく息を吐く。
確かに全体的にせわしなさはあるが、労働基準法がかなり厳格に守られている様子だった。
効率的で、整然とした空気。
そこには、悪意や違法の影など、いまのところ見当たらなかった。
作業レーンにて、ダァフは外からの訪問者として、ヘルメットをかぶったまま従業員に声をかけていた。ラインの音が絶え間なく響き、金属の擦れる音と機械油の匂いが空気に漂う。相手は若いスタッフで、眼鏡とマスク越しに落ち着いた声を返した。
「何か不正が働かれている、機械の誤作動、など確認したことはあるか? あの噂の真相が知りたいんだ」
「私はぁ、最近来たばかりで。でも、そういうことがないから、ここに転職を決めましたよ。前の職場っていうか、もうそこがひどいところで。調査が入ったら、一発アウト~みたいな」
「実際、想像した通りだったということか? あなたの」
「ええ、私はメンテナンスでここに入ってるんですけど、もうこれでもかってぐらいやらせれるんですよ。『国の設備なんだ。不備はテロだと思え』っていうのがポリシーみたいで。過剰な気もするけど、正しいっちゃ正しいじゃないですか」
若いスタッフは、ダァフの話を聞きながらも手を止めず、機械の隙間に溜まった粉塵をブラシで掃き出していた。金属音と風の流れの中、返答のたびに小さくマスクが上下する。
「過労などで、辞めていった者はいないのか? そうとうな仕事量なんだろ」
「うーん、皆疲れてるけど、仕事ってそういうもんだし。これでも全自動化でだいぶ人手問題は解決してるみたいなんで、私の不満はないですね」
「……そうか、もう1つ聞きたい。個人的な話なんだが、環境汚染についてはどう思う? ここからの排気ガスや廃棄物で川や空気が汚れている」
「……仕方がない事だと、割り切るしか。その辺の基準もしっかり守ってるだろうし、より厳しくしない国の問題かなって。技術力向上の恩恵は皆受けてるわけですしぃ」
「……貴重な意見をありがとう」
そう言って、ダァフは軽く会釈をして作業レーンを離れた。歩きながら、油に濡れた床を慎重に踏みしめる。
(この会社はルールを守っている。そのルールを整備しきれていない、国側の責任意識の低さという事か……)
スラム育ちの彼は、かつて工場や大企業を目の敵にしていた。巨大な設備が街の空を覆い、黒煙を吐き出す姿は、敵そのものに見えた。だが今、彼の胸に広がるのは憎悪ではなく、複雑な無力感だった。
それぞれの聞き込みを終え、4人は工場の外に出た。
蒸気と熱風が立ちこめる敷地から一歩離れると、夕方の風がひやりと肌を撫でた。工場内の熱気で、ゼマもダァフもセブトルも額に汗を浮かべていたが、ララクだけは涼しい顔をしている。【熱耐性】の常時発動スキルを持つ彼にとって、この程度の気温差は影響がなかった。
「従業員の話を聞く限りでは、少なくとも告発文に書かれた内容は、1つもかすっていない全くの誤情報だということが分かるなぁ。っま、予想通り、というか、そうじゃなきゃ困るんだが」
刑事セブトルは手帳をめくりながら、短くまとめるように言った。
「昇給っていうんですか、しっかり仕事も認められるみたいで、退職者も極端に少ないみたいです。そんな場所に、嘘の噂を流し、業務妨害へと繋げるのが、アジドⅭの目的という事ですか?」
ララクがそう整理するように言葉を投げる。今回の聞き込みは、アジドⅭ本人についての情報を集めるというより、その影響を追うための調査だった。
「またしても、容疑、いやまだ疑惑の段階ですらないかもしれないが、これは偽計業務妨害に当たる可能性がある」
セブトルは唇を引き結び、鋭い目で空を仰ぐ。これまでアジドⅭが狙って起こしてきたのは、あくまで派手な窃盗や破壊だった。しかし今回は、静かに企業の信用を削るようなやり方。まるで別人のような手口に、彼女は違和感を覚えていた。
「へ~、業務妨害にも種類だんだね~。っあ、だからここが標的にされたって事?」
ゼマが顎に手を当て、ふむふむと頷く。
「と、私は考えていたがその説が濃厚だなぁ。偽計にするためには、完全な誤情報を流す必要がある。ここは他の企業の中でもクリーンすぎるからな、完全な風評被害にできる」
セブトルの言葉に、3人の表情が引き締まる。優良企業を標的にした無差別的な犯行。因縁も利益もない。まさに犯罪コレクターと呼ばれるアジドⅭらしい手口に思えた。
「流れは理解できた、と思う。だが、矛盾する気がするんだ。あの告発文のようなものは、匿名なんだろう? アジドⅭと特定されなきゃ、そいつの犯罪歴にはならない、んじゃ?」
紫の髪をかき上げながら、ダァフがぼそりとつぶやく。彼の言葉に、セブトルは小さく口角を上げた。
「っへ、それなりに鋭いじゃないか。確かにこのままだと奴の所業かは断定できない。しかし、こんなことをやる動機がある人物の候補も他にはない。だとすれば、アジドⅭは狙いがあって名前を明記しなかった」
「明記しなかったという事は、この工場をターゲットにしているのが、世間に知られたくなかったとか?」
ララクが続けると、セブトルは指を鳴らすように軽く頷いた。
「いい推察だな。奴は、怪集アジドⅭは、効率よく犯罪を行う。まだここで、他の事件を起こそうとしているならば、匿名にした理由も納得できる」
「他の事件って、工場で何するっての?」
「さっき妨害に種類があると言ったな。そう、偽計の他にもあるんだ。……威力業務妨害。直接手を下すことで、業務に支障をきたすことだ」
その言葉に、一瞬、風が止まったような感覚が走る。
ララクは目を細め、ダァフは拳を握りしめた。ゼマの喉がごくりと鳴る。
蒸気塔の影が夕陽に溶け、4人の影が地面に並ぶ。
その中央で、セブトルの視線だけが、巨大ドーム・サイエント工場を射抜いていた。