祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~ 作:高見南純平
最先端の国ヌーツの首都。巨大なビル群が雑居する区域を抜け、少し外れた土地にその屋敷はひっそりと佇む。冒険者が通る道からさらに外れた、人の寄り付かない森林の中だ。
三階建ての古びた屋敷。年季はあるが手入れが行き届き、外壁も窓枠も綺麗に保たれている。アンティーク調の外観は、昔ながらの落ち着きを湛えていた。門のそばには看板があり、もともと掲げられていた名前は塗りつぶされ、その上に新しい名が刻まれている。
〈アジドCのアジト〉
ふざけた名前だが、家主にとっては真剣そのもの。所在を隠す気配はなく、ただ人里離れた立地ゆえに、警察の目はまだ届いていない。
庭は丁寧に手入れされ、歩くたびに小さな砂利の音が響く。鉄板の扉を開くと、室内には柔らかなオレンジ色の灯りが広がる。家具は茶や銅色を基調とした昔ながらの様式で統一され、落ち着いた重厚感を持つ。だが空気清浄機や床を駆け抜ける掃除用ロボットなど、随所に現代技術の利便性が融合していた。
リビング中央、マッサージ器を内蔵したソファに家主が腰掛けている。推定年齢は80歳だが、見た目は40代にも見えるほど若々しいエルフだ。夜でも光るライト入りのピアスを身につけ、寝巻のままくつろいでいる。
「う~ん、良い紅茶メーカーだ。粗茶も一品になっているじゃないか。す────ーばら────」
ティーカップを傾け、紅茶を一気に味わう。カップは機械式で、温度が下がれば自動で温め直す仕様だ。
その紅茶を淹れたのは最新型の紅茶マシン。ワンタッチで沸騰し、香り高く仕上がる。
そのお茶を手に差し出したのは使用人のヒドロFという若者だった。
「売り切れ直前でしたが、入手できて、そしてC様の口にマッチして、歓喜しております。一枚、写真を撮っても?」
「本当に君はわったしの事が好きだねぇー。いいよ~、転売したって文句は言わない」
アジドCはティーカップを掲げ、決めポーズを取る。ヒドロFは腕時計に内蔵されたカメラでシャッターを押すだけで撮影する。データは即座にプリンターと同期し、現像可能だ。
リビングの空気は、紅茶の香りと淡いオレンジ色の光で満たされていた。ヒドロFは手元の資料を確認しながら、静かにアジドCの横に立つ。その姿は忠実でありながらも、緊張や畏怖の色を含んでいた。
「私の大事なコレクションに追加させていただきます。……C様は、その美貌、功績、戦力、余りあるほどの推しポイントがあります。世間から好意を抱かれないのは、その悪道がゆえ。魅力は、その身に収まっていないほど溢れています」
ヒドロFの言葉は丁寧に、しかし熱を帯びて響いた。アジドCはソファにもたれ、ティーカップを片手に目を細める。
「っほほほ、何回も聞いてるけど、心からの言葉は心に響くね~。君ぐらいしか褒めてくれないからね。感謝してるよ、給料も払っていないのに、さ」
その笑みは朗らかで、若々しい。アジドCとヒドロFの間には、奇妙な信頼関係が成立している。国には実態不明の企業として登録され、デジタル化が進んだこの国では珍しくない形態だ。だが実際、アジドCはヒドロFに給料も福利厚生も一切与えていない。
ヒドロFはその状況を理解しながらも、不満を表さない。無償であっても、スターの傍にいられること自体が彼女にとって至福の時間なのだ。
「こちらが投げ銭をしたいほどなのですからっ!! さぁさぁ、何なりと都合がいいように申し付けください!」
ヒドロFは勢いよく言い切る。アジドCはその声に微笑みを返し、計画の話を再び静かに進め始めた。二人の間には、外からは理解されないが確かな信頼と役割分担が存在している。
「それじゃあ、現場の情報を教えてくれるかな? 業務はどれくらいだった? 結構な規模で、紙を配ってきたからねぇ」
ヒドロFは少し考え、丁寧に答える。
「……それが、小規模に収まってしまいましたね。もともと汚点1つない場所を選んだわけですし、ガセ情報だけで工場完全停止は難しそうです。ですが、一時的とはいえ業務は停止しました。大規模工場ですが、それだけでも相当な%の生産効率が下がったかと。この後、アジドC様の犯行だと後悔すれば、偽計業務妨害になる可能性は高いと思われます」
ヒドロFの声には熱が込められている。彼女は司法試験を目指しており、犯罪歴が認定されるかを冷静に見極めようとしていた。アジドCは、そんな使用人の真面目さを微笑みながら眺める。
「そかそっか~、オール停止は厳しいか。でもも、だからこそ次につながるわけだしさ」
アジドCはカップをそっと置き、目を半分閉じるようにして微笑む。その口元には高揚が混じっていた。彼女の胸中には、すでに次の計画が練り上げられている。
「その次の事ですか、セブトル刑事がまたもや嗅ぎつけたようです。あの人は、私と同等なほど、C様の理念と行動を理解されておるようです。そのせいで、計画が遂行しにくくはなりますが」
ヒドロFの報告に、アジドCは軽やかに笑い声を漏らす。
「っふほほ。定年しても個人的に追っかけてくるタイプだねセブトルちゃんは。……妨害はしにくくはなるけど、その分、私の生きざまを目撃し記録してくれるわけだし、デメリットだけではないねぇ。やっちゃおう、また会いたいし」
言葉は享楽的でありながら計算されている。アジドCは、犯罪をこなすのが目的のため、必要以上に難易度をあげたりはしない。今回有名企業を狙ったのも、知名度がある方が世間の声に流されやすいと思ったからだ。あまり警戒されたくはないため、偽の告発文に自分の名前は書かなかった。しかしそれをセブトルが追いかけてきた。厄介な存在ではあるが、自分の犯罪を明確にしたいアジドCにとっては、メッセンジャーの確保も大事だ。完全犯罪など、今の彼女がもっとも嫌う言葉である。
「主の命に従います。では、早急に計画を進めておきます」
ヒドロFはぴんと背筋を伸ばし、誓うように言う。無償とも言える身分だが、彼女にとっては誇りのある立場だ。
「頼むよ~、本番は私も気合と武器と信念を持って参上するからさ」
アジドCは満足げに頷き、ヒドロFの決意を受け止める。外側では静かな午後だが、屋敷の奥で二人の口癖のような会話は、既に次の仕事の始まりを告げていた。