祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~ 作:高見南純平
深夜のサイエント工場。外壁をなぞるように設置された照明が、いつもなら夜空を淡く照らしているはずだった。だがこの夜、空気は張り詰め、機械の駆動音とオイルの匂いだけが満ちていた。稼働は止まらない。金属音が混じる単調なリズムの中に、作業員たちの声が点在する。そんな夜勤の群れの中に、ひとり異質な影が紛れていた。
眼鏡と白いマスクをかけた若い新人。急なシフト交代を理由に夜勤へ入ったばかりのスタッフ。だがその手は作業ラインには向かわず、そっと管理室の扉を押し開けた。
中には誰もいない。室内の中央に鎮座する制御装置のランプが、規則正しい明滅を続けている。男は袖口をめくり、腕時計を操作した。文字盤の裏側に仕込まれたデータチップが微かに光る。
「リンク、完了……侵入開始」
液晶の針が一瞬止まり、そこから波紋のように光が走る。ウィルスが制御中枢に流れ込むと同時に、機械音が次々と狂い始めた。警告灯がちらつき、電圧計が異常値を示す。
(これでしばらくは停電。電力が落ちれば、ラインも止まる。数時間分の損害は確実……)
男は息を潜めた。直後、工場全体が沈黙に包まれる。明かりが途絶え、機械が静止し、外から見える工場群が闇の塊へと変わる。暗闇の中で、彼は小さく笑った。
だが数秒後、再び光が灯る。
「……! 副電源が作動したのか……、対応が早い……」
瞬時に照明が復旧し、機械が再起動を始める。男は扉の方に目を向けた。そこに立っていたのは、黒のスーツに身を包んだ中年の女刑事セブトル。
「やっぱりお前だったか。ヒドロF」
低く抑えた声にヒドロFは小さく肩をすくめた。マスクの奥で、口元がわずかに歪む。
「……何度ぶりですかね、セブトル刑事。電力を狙っていること、お見通しだったんですね」
「破壊活動するにはここは広すぎるからな。主電源狙えば一発KOだ。だから、工場長に頼んでサブ電力を確保しといてもらった。
って、いいんだよこんな説明は。現行で逮捕だ、ヒドロF!」
セブトルは手帳型の警察証を一瞬だけ見せると、手錠を取り出した。その片方を自分の左手首に掛け、金属の鎖が軽く鳴る。
言葉と同時に床を蹴る。管理室の照明が一層まぶしく照り返し、二人の影が交差した。ヒドロFは一瞬で机の下へと身を滑らせ、反対側の出口へと走る。だがセブトルも即座に追う。片腕にぶら下がる手錠を振りかざし、まっすぐに敵を狙って突き進んだ。
「 【カフスインパクト】!!」
手錠型の武器でのみ発動できるコアなスキルだが、都市犯罪が多く警察出身の人間が多いこの国では、それなりに主流のスキル系統だった。セブトルは素早く片側の手錠を放り投げ、金属音が管理室の空気を切り裂いた。
「まだ仕事がありますので、確保はご遠慮しておきますよぉ!」
ヒドロFは滑り込みながらそれをかわし、体勢のままセブトルの横を通り抜けた。寝巻き姿の主を思い、任務を最優先する若者の動きは無駄がなかった。
「使用人のクセに、身体能力高くしてんじぇねぇよ!」
「差別ですよ、それ。グローバルな時代にふさわしくない」
「何を、いつの時代にもふさわしくない連中がほざくな!」
言葉がぶつかり合い、二人は再び追走を始める。ヒドロFは面倒そうに舌を鳴らしながら、主アジドⅭの言葉と意志を胸に動いていた。
「セブトル刑事、私の主アジドⅭ様も来ておられますよ。あなたのせいで作戦変更ですから、早々においでになると思います」
その告げ口にセブトルは一瞬顔色を変え、鋭く唇を噛んだ。
「……! っち、あいつにはもう、何もさせない!」
管理室を飛び出したセブトルは追跡の手を緩めず、だが同時に突然方向を変えた。目の前の容疑者よりも、もっと重要な主犯格を優先する判断だ。ヒドロFはそれを見越して、あえて真実を流していた。主の存在を知らせることで、セブトルを本命へ誘導するために。
廊下に響く足音と金属の擦れる音。暗がりの工場で、追う者と逃げる者の距離が再び縮まっていった。