祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~ 作:高見南純平
サイエント工場・組立作業所。金属の擦れる音と油の匂いが、夜でも絶えず漂っていた。巨大なアームがゆっくりと回転し、クレーンが鋼材を吊り上げる。作業員たちは耳栓をしたまま、リベットを打ち、火花を散らしながらパイプの継ぎ目を溶接していた。
いくつもの鉄骨が組み合わされた奥では、ダムへ送るための巨大な水圧パイプが完成へと近づいている。機械の心臓が動くような規則的な振動が、床を伝って響く。
そんな中、異音が混ざった。高い位置から、金属の軋む音。作業員が顔を上げると、誰かが梯子の上で動いていた。
そこに奴は現れた。
工場の天井近く、鉄骨の梁に片足をかけて立つその姿。照明の影を受けて、スーツの光沢とマントの裾がゆらりと揺れる。派手な格好をしたその人物の体の各所には、小さなギアや機構が埋め込まれ、関節のたびに金属音が鳴る。奪われた技術の結晶が、人の形をしている。
彼女こそ、怪集アジドⅭである。
「しっちゃかめっちゃかと威力を行使しよう。全破壊だ」
梯子の片方を掴み、もう一方の腕を広げる。マントの内側から、微かな蒸気が噴き出した。
「俺も行き過ぎた生産には反対だ。だけれど、このような形で稼働を停止してほしいとは思わない。……俺の描く未来のため、自由を奪わせて貰う」
アジドⅭを見上げるのは、ガジェットガントレットを右腕に装着した狼人ダァフだった。鍛えられた腕の金属パーツがわずかに光り、彼の低い声が機械音に負けず響く。
「知らない子だね、キミは。……そうだなぁ、こういう時の新顔は、賞金狙いが多いんだが、そのようだね。だったらヒント、というか忠告をプレゼントしよう。私の懸賞金は、私の体中に仕込んである武具などにも懸かっている。
つまり、あまり派手に壊すと、報酬が減るかもしれないよ。……それに対して、私はなーんにも気にはならない。アドバンテージは、すでに私が持っている」
「身ぐるみ剥がして、体に直接叩きこんで欲しいということか?」
「っは、キミは山賊かな」とアジドⅭが笑った。
工場の空気が一瞬にして変わる。溶接の音が止み、蒸気の白が漂う。金属のきしみとともに、戦いの始まりを告げる冷たい風が通り抜けた。
サイエント工場の深奥。無数のパイプが壁を這い、油の匂いと蒸気の熱気が混ざり合う。夜間稼働中の機械群は、黒光りする装甲のように整然と並び、作業員たちは遠くに避難していた。赤い警報灯が回転し、鉄床の上に警戒色を走らせる。
アジドⅭはその中央に立っていた。マントの下から、金属の脚が開き、足裏の補助ブースターが地面を焦がす。彼女の両腕には、かつてこの工場で開発された試作兵装が光を放っている。
「さて、披露してあげようか。私が盗み出したキミたちの未来を」
腕を掲げると、青白いエネルギーラインが走った。
それは【量子溶断砲アーム・QZ-07】。
金属を分子単位で切断するための重機械用レーザーを改造した、違法な携行兵装だった。肩部から胸部に埋め込まれたエネルギー炉心が、ギアを唸らせながら回転を始める。
次に展開されたのは【戦術補助浮遊砲塔ユニット・AR-β】。
背中から伸びた複数のドローンが、アジドⅭの頭上を旋回し、円形の照準光を床へ投射する。
「稼働、確認。出力、最大。……それじゃあ、全破壊、開始」
溶断砲アームから、レーザー火線が放たれた。青白い閃光が通路を焼き、溶解した鉄が溶岩のように滴る。天井のクレーンが一瞬で融け、吊られたパイプが落下する。
その直後、轟音とともに一撃の火拳が飛んだ。
「【フレイムフィスト・ブラスト】!」
鉄を砕くほどの衝撃が響き、落下したパイプを破壊して粉々にする。爆風が吹き抜け、炎の軌跡が空中に残った。ダァフの右腕、ガジェットガントレットが赤く発光し、圧縮熱エネルギーを拳に纏っていた。
「これが汚染の元凶かもしれねぇ。それでも、働いてる人たちが築いてきた日々を、好き勝手に潰させはしない」
床に着地したダァフのブーツが、鉄粉を蹴り上げる。
「好みだよ、キミ」
アジドⅭが口角を上げ、腕を振る。量子砲が再び閃光を放つ。
ダァフは地を蹴り、左腕を構えた。
「【ハードシールド】展開!」
瞬間、透明な六角状の防壁が前方に現れた。幾層にも重なった光の盾が火線を受け止め、粒子が弾ける。溶断光が表面を削り取っても、シールドは再構成され続ける。
アジドⅭのドローンが左右から追撃を加えるが、ダァフは動じなかった。防御の間にもガントレットを再起動し、右拳を後方に引く。
「手が足りないが……やりきってみせよう」
拳が再び紅蓮の光を放ち、内部機構が唸りを上げる。ガントレットの指先から噴出する火流が拳圧を押し出し、空気が震えた。
「【フレイムフィスト・ブラスト】、フルチャージ!」
射出された鉄拳が炎を纏い、真っ直ぐアジドⅭへと飛ぶ。爆発と共に、浮遊砲塔ユニットの1基が粉砕された。
煙の向こうで、アジドⅭがゆっくりと片目を細める。
「やるね……でも、まだ私の装備は、全部じゃないよ」
工場を揺らす音。床下の配管が震え、エネルギーのうねりが再び走る。
それでもダァフは、一歩も退かなかった。
「それでも止める……」
炎と光が交差する工場内。蒸気が爆ぜ、金属が溶け落ちる音が響く。
誰もが逃げ出したその場所で、ダァフは守るための拳を握りしめていた。