祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~ 作:高見南純平
左手で滑らかに機構を確かめながら、アジドⅭは自分の武器を軽く弄るように確認していた。工場の熱が鉄骨を震わせ、蒸気が上がっては赤い警報灯の光に照らされる。床に落ちた油の匂いと、機械の金属音が耳孔を占め、遠くで何かが軋む。
「さぁてさて、次はどんな技術力をお披露目しようか……」
右腕のQZ-07を軽く傾け、溶断砲のノズルが微かに蒸気に反射して光る。指先に伝わる冷たさと機械の振動を頼りに、アジドⅭは周囲のテンポを計る。ドローンAR-βが背中で静かにホバリングし、複数の小型砲塔が淡い赤の点滅を繰り返す。機械群の律動と彼の余裕が、空間の緊張をゆっくりと編む。
だが、右腕が唐突に強く引かれた。金属の鎖が軋み、肩に伝わる反動が体幹を乱す。手首へ回された手錠の冷たさが、短く確かな現実を叩きつける。使い古された金属には過去の痕跡が刻まれており、その存在感だけで場の勢力図が一瞬変わった。
「降りてこい、地の底へ! アジドⅭぃ!」
鎖の延長線は後方へ伸び、向こう側に立つ影が浮かんだ。屋根伝いに響くその声は計算されており、命令の切れ味と皮肉を含んでいる。鎖は伸縮する改造が施され、ただの拘束ではなく牽制のための装置になっていた。セブトルが片手でその鎖を制御していることが、動きの正確さから読み取れる。
「この前ぶりだねセブトルちゃん。新人引き連れて、不意打ち成功だね。おめでとう。けど、最近流行りなんだよ空き巣って」
アジドⅭの声は冷静だ。言葉の端に薄い嘲りを乗せながらも、視線は鎖と、リンクしたドローンAR-βの俯瞰能力を同時に走査している。蒸気の向こうで、作動し続ける機械が黒光りし、床に落ちた小さな破片が静かに回転する。足裏に伝わる微振動が、戦場の鼓動を刻む。
左手の機械式手袋が光を帯びた。人差し指先から発せられた無害のレーザーは鍵穴の内部を瞬時に読み取り、解析結果に合わせて工具が形を変える。細く伸びたピッキング用具が滑り出し、鍵の皿目に合わせて精密に動く。金属同士が擦れる小さな音が、周囲の蒸気と混じり合って鋭く聞こえる。
「マジカルハンド……! 随分、改造したんだな」
工具の先が僅かに捻られ、ロックが解かれる瞬間、空気が引き締まった。ヒドロカスタムの一連の動作は無駄がなく、解析と操作が一体化している。手錠が外れた直後、微かな気配が屋根の陰から滑り込む。金属の刃先が一瞬光り、場はまだ終わっていないことを告げる。
左手の機構が滑らかに動き、アジドⅭは軽やかに笑いを含ませながら口を開いた。
「昔はごてごてと大量の機器が必要だったけど、今はアームやらハンドで大抵済むから便利だよね~。いやぁいやぁ、発達した良い時代だ。【アイシクルレーザー】」
その言葉と同時に、右腕と一体化した機械式アームの手のひらから鋭く冷たい光線が放たれた。光は氷のように冷え、空気中の水蒸気を一瞬で晶化させる。近傍の配管表面が白く霞み、回転していた歯車の潤滑油が瞬時に薄い氷膜となって音を殺す。鋼と蒸気の匂いに、金属の冷たさが混じる。
レーザーはセブトルの方へ伸び、彼女の片脚に薄い氷の鱗を貼り付けた。動きに僅かな制約が生まれ、足首から伝わる冷気が皮膚を締め上げる。
アジドⅭは優雅にマントを広げ、背後のドローン群に視線を流す。ドローンが彼の合図で音を立てて軌道を変えると、ダァフが応じて動いた。
「 【フレイムアッパー】!」
ダァフは叫ぶと同時にガジェットガントレットを炸裂させ、頭上を跳ぶドローンへ向けて拳を突き上げた。爆炎が迸り、ドローンは火の塊となって弾ける。炎の反動を利用して、ダァフはそのまま空中で推進力を得る。
続けざまに放たれたのは【アドバンスナックル・フレイム】だ。炎の噴出が彼の拳を推進器に変え、慣性をまといながら次々に飛来するドローンを打ち落としていく。燃え残る破片が蒸気の中で輝き、工場の空間に火と氷が同時に混在する。
慣性を受け止めたダァフは、その勢いのままセブトルの元へ突進した。空気の抵抗が耳に擦れるように届き、拳の周囲からは薄く炎が舌を出す。
「……オーバーヒート寸前だ……が、溶かすにはちょうどいいと思ったんだ」
ダァフは低くそう呟き、煙を吐くガントレットをセブトルの凍った脚に押し当てる。高温と蒸気が混ざり、氷がじわじわと溶けていく。水滴が滴り落ち、床の警戒色に小さな黒い滲みを作った。
「……やはり外育ち、動けるな。あいつも何度も高火力量子レーザーは発射できない。だから冷却のために、氷系統を使用した」
それに対し、ダァフは息を切らせながらも答える。
「氷なら、機械の破壊は、回避できるか」
アジドⅭは冷ややかに笑みをこぼす。
「そうかもしれないが、アジドⅭはいくらでも破壊手段はあるんだよ。絶え間なく攻撃して、工場に意識を飛ばせないようにするしかねぇ。爆発すんなよ、野良狼」
セブトルの脚にまとわり付いた氷はダァフの炎でやがて崩れ、彼女は片膝をつきながらも体勢を整えた。ダァフは拳を構え、セブトルは手錠を握り締める。工場の蒸気と赤い警報灯が交錯する中、氷と炎と金属の匂いが場を支配し、次の一手を待つ緊張だけが濃くなる。