祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~ 作:高見南純平
大ダメージを受けたヒドロFの体が、工場内で宙を舞う。鉄骨にぶつかる直前、彼女の周囲に幾何学的な光の線が走り、四角形のバリアが瞬時に展開された。重力を無視するようにその体を包み込み、空中で静止させる。
バリアの上空には、ビー玉ほどのサイズの超小型ドローンが数機浮かんでいた。そこから細い光線が伸び、ヒドロFを包むバリアの維持を行っている。
「ドロくん、無賃金なのにお疲れ様。……何億光年ぶりか忘れたけど、作戦は中断だね」
苦笑まじりに呟くヒドロF。その上空に、鋭い光をまとった人影が舞い降りた。青白く光る補助機構の脚、冷ややかな人工の瞳。アジドⅭだった。彼女はバリアドローン群とヒドロFを囲むように立ち、無駄のない動作で後退を始める。
その逃走を遮るように、工場の奥から二つの影が飛び出した。
「年貢を納めろぉ! この大悪党が!」
刑事セブトルが、鋼の手錠をぐるぐると回転させ、勢いのまま投げつける。軌跡が音を裂き、正確にアジドⅭの首元を狙う。
「税金は滞納、いや一生支払わない主義なのを知っているだろう……!」
アジドⅭは右手を前に出し、手の甲で受け止めた。反発材が仕込まれた外殻が、空気圧と動力で衝撃を弾き返す。手錠は弧を描いて逆戻りし、セブトルの腕にからりと戻った。
「……【ライトニングブレス】!」
後方から狼人ダァフが咆哮。喉の奥で雷鳴が弾け、口腔から放たれる稲妻が一直線にアジドⅭを貫こうと走る。通常なら工場の機器を破損させる恐れがあるため封印していた技だが、今はララクが防御を構築してくれると信じ、ためらいなく放った。
青白い閃光が通路を照らし、金属の壁が白く焼ける。
「っお、プレゼントをありがとう」
アジドⅭはマントを翻し、身体の前に広げる。そのマントが稲妻を受け止め、瞬く間に発光した。布地の内部を走る導線が光を巡らせ、雷のエネルギーを吸収して装備全体の電力に変換する。
「おい! 敵にエネルギーを送ってどうする!」
「……が、はぁ。確かに……悪手だったが、それなら告知してほしかったものだ」
怒号が飛び交う。言葉の棘は鋭いが、息の合わせ方は完璧。互いを補うように立ち位置を変え、同時に再構えする二人。その前方では、アジドⅭとヒドロFが光の残像を引きながら、工場の奥へと後退していった。
その攻防を、ララクは冷静に観察していた。アジドⅭの戦闘データは、セブトルからある程度共有を受けていた。だが、怪集は常に進化する。彼女たちのユニットは戦闘のたびに新たな武器を取り込み、内部構造を変化させる。予測はあくまで過去の記録にすぎない。
ララクの思考は高速で巡る。どの系統で攻めるか。雷は吸収、氷はおそらく冷却装置の補助に利用される。水流攻撃も排熱機構の循環で処理される可能性が高い。
「(炎の熱で攻めるのが効果的か……いや、いっそ物量で押し切るほうがいい……なら)【モルテロンブラスト】オーバーズ」
ララクは右手を前に突き出した。彼の周囲に赤熱の鉄が噴き上がる。溶鉱炉のような熱気が走り、煮えたぎる鉄塊が空間にいくつも出現した。人の頭より一回り大きいそれらが、ぷつぷつと泡立ちながら空気を焦がす。
この攻撃は単純明快。吸収も転換も難しい高熱の質量攻撃。相手は防御か回避しか取れない。吸収されるよりはましだと、ララクは判断していた。
その戦法は理に適っていた。アジドⅭが持つ防御ユニットは多彩だが、どれも稼働には膨大なエネルギーを必要とする。消耗を強いることができれば、戦闘継続は難しい。シンプルな連撃で押し切るのは、最も合理的な策だった。
溶鉄の塊が次々と放たれ、床が震える。防壁が発光し、アジドⅭの周囲で火花を散らす。光の層が歪み、装甲の表面に焦げ目が走る。だが彼女は微動だにせず、ただ淡々と状況を分析していた。
「キミ、この子を圧倒しちゃうなんて、怖すぎんよ」
ヒドロFを見下ろしながら、アジドⅭは冷たい声で言った。自動音声が即座に反応する。
『【エアカノンユニット・M4 起動】 圧縮率120% 射角上方指定』
肩部装甲が変形し、円筒状の砲口が露出する。圧縮された空気が震え、光の線が砲口内部を走った。
次の瞬間、爆音。高圧の空気弾が天井を撃ち抜き、金属板がねじれるように吹き飛ぶ。白煙が舞い、外の光が差し込む。
「撤退フェーズへ移行だね」
すると再び自動音声が響く。アジドⅭは足裏からジェット噴射を起動。反動で体を浮かせ、そのまま上空へと飛び上がった。バリアドローンが追随し、光の繭に包まれたヒドロFの体をゆっくりと引き上げていく。
吹き荒れる熱風の中、ララクは腕をかざし、溶けかけた鉄塊の向こうに消えていく二人を視認する。天井の穴から差す白光が、焦げた床と鉄骨を照らし、戦闘の余熱だけが工場に残った。