祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~ 作:高見南純平
工場エリアの外れにあるメンテナンス屋。看板には色あせた文字で「リペア・リンク」と書かれている。武具、電化製品、魔導装置、車両、壊れたものならなんでも修理する店として知られていた。
お店というよりも、倉庫を改造したような建物だ。中では車のフレームが持ち上げられ、床には工具箱やオイル缶が散乱している。壁一面には解体中の機械部品が並び、奥のほうではスパーク音が時折走る。
その日、アジドⅭたちとの邂逅から数日が経っていた。セブトル刑事は、破損した手錠の修理を頼みに来ていた。付き添いとして、ララク、ゼマ。そしてガントレット型ガジェットの調整をしてもらうために、ダァフだけはメンテナンス室にいた。
待合室では、金属を叩く音とモーターの唸りが響いていた。機械油の匂いが充満する中、ダァフを除く3人は並んで腰を下ろしている。
「サイエント工場、でしたよね。結局、業務はどうなったんでしょうか?」
ララクが問うと、セブトルは修理受付の伝票を眺めながら答えた。
「ある意味、妨害成功だな。お前たちの功績で、特にララクのスキルにより、工場機器の破壊は最小限に済んだと言える」
「へ~、じゃあ私たちの勝ちじゃん」
ゼマが立ち上がり、壁にかけられた中古武器を見ながら笑う。待合室にはリサイクル品が並べられ、どれも修理済みで販売中のようだ。高圧水鉄砲、刃が複数並んだ多関節剣、魔導式ボウガンなど、どれも独特な改造痕が残っている。
「……工場は、な」
セブトルは腕を組みながら、整備室の方を見やった。
「あの騒ぎの前に、アジドⅭが輸送車をいくつか爆発させていたんだ。私たちの介入で、工場を完全停止できるか難しいと判断したんだろう。作戦を前倒しにして、外を狙った。製品がつくれても、それが運べないんじゃ業務に支障が出る」
本来のアジドⅭたちの計画は、工場の電力供給を止めて製造ラインを麻痺させ、その後、輸送車を狙う二段構えだった。しかし、セブトルの介入で内部の破壊が難しくなり、外部攻撃へと切り替えたのだ。
「……外の警戒は怠っていましたね」
ララクが小さくつぶやく。勝利の余韻よりも、わずかな失策に意識が向く。犯罪も災害も、彼にとっては完全な防止が理想であり、それ以外は未熟と感じてしまう性分だった。
「今も警察の調査が入っているよ」
セブトルは腕時計を確認しながら続けた。
「工場自体は再稼働しているが、アジドⅭがウイルスを仕込んでいないか、部品を抜いていないか、など全部点検中だ。そのせいで稼働率は下がってるらしい。実際、侵入されたというだけで信用は落ちる。……未遂なのか既遂なのか、その線引きは難しいところだな」
油の焼けた匂いの中、修理台の奥から火花が散る音がまた響いた。
「そのことで、そもそもの疑問がありまして……」
ララクは少しだけ手をあげ、慎重に言葉を選ぶようにセブトルへ視線を向けた。
「……そもそも?」セブトルが眉をひそめる。「何か納得がいかないことがあるのか」
「えっと、威力、業務妨害でしたっけ。あれはインフラ設備の根幹であるサイエント工場を狙うのは理解できるんです。国の国防とか、産業ラインに関わってくる部分なので、それだけ妨害時の被害も大きいはずです」
「じゃあ、偽計の方に何か不信なことが?」
「……あれって、もっと食品とか生活必需品、まとめると国民が普段使用している物を作っている工場を狙った方が、効果的じゃなかったのかなって」
ララクの静かな疑問に、セブトルは目を細めた。彼の中で、過去の事件や報告が瞬時に思い返されていく。
偽計業務妨害。その妨害の仕方は「偽の情報を流す」ことだ。だが、それが業務停止や社会混乱を引き起こすほどの妨害になるかどうかは、対象によって大きく異なる。
セブトルの脳裏に、いくつかのパターンが浮かぶ。
まず1つは、偽の情報が行政や監査機関に伝わり、調査のために業務が一時的に停止されるケース。これは今回も起きた。だがすぐに無実が証明され、工場の機能は保たれた。
もう1つのパターンは風評被害。これも起きた。だが、世間がどれだけ騒ごうと、サイエント工場の取引先は国側であり、民間への影響は限定的だった。
国民の不安は広がったが、販売停止や事業崩壊には至らなかった。
では、それがララクの言うように食品工場であったなら──。
セブトルは顎に手をあて、低くつぶやく。
「……極端な話、食品に毒物が混入したという情報が流れたら、もし無毒だと判明したとしても、購入者は大幅に下がるだろうな。噂は人々の中で蔓延し、その人々が物を購入する。そこを狙えば、経済と信頼は同時に崩せる」
ゼマが整備中の火花をちらりと見ながら、思い出したように言った。
「でもさ~、まず偽計でゆさぶって、威力でさらに叩く、っていう予想じゃなかった?」
「そうだ」
セブトルは頷く。
「実際に奴はサイエント工場に狙いを定めていた。2つの犯罪を成立させやすいように、1つの場所を標的にした。だが……」
彼は視線をララクに向けた。工具音が一瞬止まり、空気が静まる。
「ララクは、まずサイエント工場を狙った理由が、何かあると感じているんだな?」
鋭くも柔らかなそのまなざしが、少年の瞳を捉える。
ララクの中で、確信にも似た違和感がじわりと形を取り始めていた。