祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~ 作:高見南純平
「最後はダイレクトに、完遂しようか」
アジドⅭは口角をゆるめ、マントの中から一本の槍を引き抜いた。金属が軋む音を立て、槍の穂先が螺旋状に回転を始める。ドリルのような唸りが空を震わせ、回転数の上昇とともに、槍そのものが拡張されていった。伸び、膨張し、巨大な機械杭のような存在へと変貌する。
『ドリルランス・マキナユニット』
「……拡張武器は、持ち運び便利で、技術者に感謝だね~」
彼女は【槍適性】を持たない。だが、全身を覆う防護服《アシストギア・コレクターズスキン》の機構が、彼女の筋力と反射を補助していた。駆動装置が稼働音を立て、彼女の身体を槍の軌道に合わせて補正する。
背面のスラスターが青光を放ち、空気を切り裂く。
『ジェットユニット・フライトモード』
噴射炎が生じ、アジドⅭの身体が一直線に加速した。突風が崖を削り、爆風が瓦礫を舞い上げる。彼女はそのまま、ドリル状の槍を構え、崩壊しかけたダム壁へと突進した。
「突貫!」
金属音と爆音が混ざる轟き。ドリルが回転しながら、分厚いコンクリートを食い破る。高密度の壁材が粉砕され、ひびが蜘蛛の巣のように広がっていく。構造内部の鉄骨がねじ切れ、内部圧力の悲鳴が低く響く。
「いい感触! あと少し!」
槍の先端が貫通する感触とともに、アジドⅭはダムの心臓部にまで突き刺した。内部から異様な振動が伝わる。構造体が耐え切れず、低い脈動のような音が連続する。
「……っは、来たね! 貯め込んだ物を、吐き出すといい!」
アジドⅭは推進を止め、即座に後退。背部スラスターが反転噴射し、彼女の体を一気に上空へ押し戻す。次の瞬間、突き抜けたダムの穴が内側から破裂音を上げた。
轟音とともに、濁流が噴き出す。
貯水湖の水が一気に解放され、白い奔流となって空を切り裂く。圧力に押し出された水柱が空へ伸び、陽光を受けて虹のように輝いた。
アジドⅭは宙で制御を保ちながら、その光景を見下ろす。笑い声が響いた。
「……これですぐに全破壊されるだろう。……まぁ、意外と丈夫なら、追撃すればいいだけっか」
ドリルを折り畳み、ユニットを収納。空中で身を翻し、ダムから距離を取る。下方では、堤体が悲鳴を上げるように揺れ、濁流が岩肌を削っていた。水の爆音、破片の衝突音、すべてが混ざり合い、巨大な交響のように響く。
アジドⅭはそのすべてを、芸術を観賞するように眺めていた。
「ダム破壊に、こだわりなんてなかったけれど、この景色は壮観だね~。うーん、ハマってしまいそうだよ」
彼女が犯罪歴に刻もうとしている罪状・水利妨害罪および出水危険罪。
ダムを崩壊させ、水を流出させる行為。法律上は存在するが、実行例は一度もない幻の罪だった。
その超激レア犯罪を、純粋な「コレクション目的」で行う者がいる。
それが、犯罪コレクター・怪集アジドⅭ。
「この景色……最高だ。犯罪の芸術は、やっぱりこうでなくっちゃ」
ダムから流れ出す奔流が地を裂き、巨大な渦を作る。濁流の白が、夕焼けの赤と混じり合い、世界を飲み込むようにきらめいた。
アジドⅭはその壮大な破壊の光景を背に、静かに笑みを浮かべた。
彼女にとってそれは罪だけではなく、完璧な収集品のひとつだった。
ダム脇から職員が雪崩のように溢れ出した。作業服にオイルの染みがつき、ヘルメットのひさしに水滴が跳ねる。整備用ドローンが慌ただしく離陸し、工事用の車両がサイレンを鳴らして列を作る。現場は瞬く間に指示と叫び声で満たされた。
水は崖を抉るように流れ落ち、土嚢や仮設バリケードを押し流す。取引先の輸送車が被害を受け人員が減った影響で、いつもより人手が足りない。そこへ重なる最大級のトラブル。職員たちは泥だらけになりながらも、専門的な口調で指示を飛ばしていく。
「応急で内側からプラグを詰める、圧力計の数値を監視しろ」
「重機で土嚢を積め、同時に水圧を分散させるんだ。バルブ操作班、今すぐ遮断弁に向かって」
「空からの支援を要請、クレーンを呼べ。モジュールを固定するためにアンカーを打つぞ」
若い作業員が震える声で報告する。ベテランが冷静に返す。手際は拙いが、現場には確かな技術と連携があった。ドローンが損傷箇所を撮影し、技術員がモニタで亀裂の広がりを解析する。
その最中、整備車両の鉄板の上に軽やかな影が降り立った。マントが水滴を撒き散らし、アジドⅭがにこやかに笑って職員たちを見下ろす。車両の装甲が軋み、工具箱が吹き飛ぶ。彼女は肩をすくめるようにして、無邪気な声を投げた。
「ちゃおっと~。もうさ、ここまで来たら見届けようよ。丹精込めて整備しているダムちゃんの崩落をさ!」
アジドⅭは楽しげに笑いながら、車両の屋根を蹴って跳ね回った。遊具の上を軽やかに移動する子どものような動きだが、彼女の足跡が残るたびに、金属がへこみ、装甲が裂けていく。
片足でショベルカーのアームを踏み、反動をつけて跳躍。空中でマントが大きく広がり、水滴が弧を描く。次の瞬間、隣の補助車両へと着地すると同時に、彼女の右腕のアームユニットが変形した。
『ブレードアーム・ナンバー09』
鋭い音を立てて展開された刃が、車両の屋根を一直線に切り裂く。切断面から火花が飛び散り、燃料タンクが露出した。
「おお、構造がよく見えるじゃない。こういうの、機械マニアとしてはたまらないよね」
そう言って、彼女はもう一度跳ねる。今度は作業ドローンの発着台に着地。手の中の小型銃を回し、笑いながら引き金を引く。
【ボムショット】
小型の爆弾が放たれ、タイヤや油圧装置を次々に吹き飛ばした。ドローンが爆風に巻き込まれて墜落し、地上では作業員が悲鳴を上げながら退避する。
「やめろ! 変態怪盗!」
「工具を下ろせ! 危険だ!」
叫びが交錯するが、アジドⅭは気に留めることなく、軽くウィンクして次の車両へと跳び移る。
「そんな顔しないでよ。破壊っていう芸術があるの知らないの? アーティスティックに生きると、世界が広がる~」
彼女が通過するたび、車体はひしゃげ、火花が散り、白煙が立ち上る。滑らかな身のこなしの中に、異様な破壊のリズムがあった。音楽に合わせてダム周辺の機械を壊しているかのようだ。
やがて整備ヤードの端にたどり着いたアジドⅭは、跳躍の勢いのまま再び空中に浮かび上がる。背中のスラスターが噴射し、彼女の身体を水煙の中へ押し上げた。
眼下では、壊れた車両群が火を上げ、職員たちが消火剤を撒きながら右往左往している。アジドⅭはそれを眺めて、楽しげに手を振った。
「いいねぇ、現場の熱気ってやつ。……はちゃめちゃなほうが、犯罪の箔がつくよね~」
アジドⅭは、犯罪を楽しんでいた。彼女なりの、目的と信念があるからだ。きっとそれは、聞いたとしても常人は納得できない理由だとしても。