祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~ 作:高見南純平
ダムの縁を叩きつけるような水音が響き、現場の緊張が一気に張り詰めた。巨大な水圧に押されて、コンクリートの壁の隙間から次々と水が吹き出す。叫び声が混ざり、整備士たちが必死に走り回る。防水シートを引きずり、工具を抱え、声をかけ合いながら応急処置を試みる。だが、アジドCの妨害によって、どんな努力も無意味になっていった。
「ちゃおっと~。もうさ、ここまで来たら見届けようよ。丹精込めて整備しているダムちゃんの崩落をさ!」
その声は、陽気で、残酷だった。アジドCは整備車両の上に着地し、そこから跳ねるように移動する。遊ぶように、軽やかに。だがその一歩ごとに、金属の軋む音が響き、鋼板が裂けていく。整備車の側面がへこみ、ガラスが粉々に砕け、散った破片が地面を転がる。彼女は笑いながら、工具庫や燃料タンクを蹴り飛ばし、次の車両へと飛び移る。爪の先に装着された鋭利な装具が、装甲を貫き、破壊音が連続して響いた。
職員たちは叫び声を上げ、どうにか水の噴出口を塞ごうとするが、アジドCの動きがそれを阻む。塞いだばかりの補強パネルを、彼女は一瞬で引き裂き、泥と水の噴流が再び吹き出した。
「ほ、本当に崩壊するぞ。ガンテフォルダムが!」
整備士の一人が叫び、現場に絶望が広がる。仲間たちが互いに顔を見合わせ、誰もが最悪の結末を想像した。アジドCはその光景を見渡しながら、口角をゆっくりと吊り上げる。楽しげな笑み。彼女だけが、この異常事態を喜んでいた。
そのとき、騒音の中で静かに響いた声があった。
「【マッドダストショット】」
鈍い音とともに、鉄くずと泥が混じった塊が宙を舞う。圧縮されたそれらは矢のように飛び、水柱の根元を正確に狙った。整備士たちの頭上をかすめ、勢いよく穴へと突き刺さる。流れ出る水が一瞬だけ勢いを弱めた。続けざまに、追加の泥弾が放たれる。ひとつ、またひとつ。崩れかけた壁の隙間を埋め、応急的な圧をかけていく。
整備士たちは呆然としながらも、その効果に気づき、安堵の息をつく。アジドCは動きを止め、目を細めた。
「ははーん、私の存在に驚いていないと違和感を覚えていたんだよ。そっか、キミたちが連絡していたんだね。セブちゃんでしょ~、いや~、私の事理解しすぎ。アンチこそ、最大のファンかもね~」
アジドCは軽い調子で言い、整備士たちの表情を眺める。警備兵も職員も、その存在を最初から知っていたような顔をしていた。彼女が狙われることを、すでに想定していたのだ。
そして、その情報源が姿を現す。
整備車の上に立ち、乾いた風に髪をなびかせながら、少年が手を下ろした。さきほど放たれた泥弾の名残が、まだ空中に漂っている。
異国からの使者、ララク。
水煙の中、その瞳は静かにアジドCを見据えていた。
「犯罪歴のためだけに、ここまでの悪行を出来るなんて、信じがたき志です」
ララクは掌を向け、空気中の粒子を圧縮していく。金属片や岩片が混じる泥が、ぐずぐずと形を持ち始める。それを魔力で一気に圧縮し、放つ。砲弾のように射出された泥塊が次々とアジドCの足元へ叩き込まれ、跳ね返る水飛沫が鋭く頬をかすめた。
それでもアジドCは笑っていた。足場の崩れる整備車両の上で、観客のいない舞台を楽しむ役者のように、身を翻して受け流す。ララクの眼差しには、恐れと理解の入り混じった色が宿っていた。なぜ、彼女はここまで破壊に執着できるのか。その理由を知ろうとするように、ララクは泥弾を放ち続けた。
「コレクションっていうのは、人の本能なんだ。安定を手に入れる前、人は全て自らの手で衣食住を確保し、そのための武具を収集してきた。現代では時計、車、絵画、多様なコレクターがいるでしょ?」
アジドCは語りながら、砲撃ユニットのアームを展開していく。関節の駆動音が甲高く響き、青白い光が機構の間を走った。
「……犯罪なんて、収集するものじゃありませんよ。形に残らないのに」
「無形だが、永劫的に未来へと記録されるだろう。どんな物を集めても、私が死んだらそれはどうなる? いつか誰かが発見して、その者のコレクトになるかもしれない。だが、犯罪歴は私だけの者なんだよ……! 大犯罪者としての汚名が、私の物となる。……長生きするとね、不思議と私がいなくなった世界の事を考えてしまうんだ」
彼女の声は、風に溶けていくように静かで、それでいて明確な熱を帯びていた。肩や腰の装甲が開き、そこから砲口が無数に姿を現す。砲撃ユニットが光を集束させ、低い唸り音を発した。
「理屈がある分、説得は効かないみたいですね。不愉快な論ですが、興味深い話です」
「そうだろ、小童くん~。否定しながら肯定してくれるなんて、サイコーかよ。……私を最悪として、認め恐れるといい!」
アジドCが発射体勢に入る。空気が重くなり、ララクの足元に泥が波立った。少年は静かに息を吸い、挑発を交えるように声を発した。
「……あなたの相棒、孤立されていいんですか? 大切なんでしょ、あなたなりに……」
その視線が、ゆっくりとダムの上方を向く。そこでは、警備兵たちがまだヒドロFと交戦していた。鉄と水の激突音が遠くから響く。
アジドCの表情が、わずかに揺れた。
「……へ~、弱点判明しちゃってたんだね~。貴重なファンだし、あの子なしじゃ生活苦だから。……さよならの挨拶は、派手に行こう。 ……発射!!」
轟音とともに、アジドCの全身の砲口から光弾が吐き出された。爆風が整備車両を持ち上げ、コンクリート片が飛び散る。火花と煙が混ざり、あたり一帯が閃光で白く染まる。
その反動でアジドCの身体が宙へと跳ね上がる。背部のジェットユニットが点火し、光の尾を引いて上空へ。水蒸気を巻き込みながら、遥か上空へと上昇していった。
「【マッドアバランチ】!」
ララクが声を上げると、足元の泥が震え、地面が崩れるようにうねり始めた。水を含んだ土が大きな波となり、空中に浮かぶ砲弾群へと向かって流れ上がる。泥と鉄くずが混じった奔流が空を覆い、アジドCの光弾を次々と飲み込んだ。
泥流は整備車の一部をも巻き込みながら、ダムの亀裂へと押し流されていく。放出されるダム湖の水と正面からぶつかり合い、地鳴りのような音を立ててせめぎ合った。水と泥の衝突が生む圧力で、空気が震え、視界が霞む。
ララクはその場に立ち尽くしたまま、アジドCの姿を見上げた。空を裂く蒸気と閃光の中、彼女はまだ笑っていた。