祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~   作:高見南純平

28 / 43
第28話

 ダァフが吠えるように地を蹴った。巨大ダムの上、風が荒れ狂い、轟音が谷に反響する。彼の足音がコンクリートを砕き、飛び散った破片が足元をかすめる。鉄のガントレッドがうねるように唸り、魔力の火花が腕の周囲を這い上がっていく。筋肉の線が隆起し、全身が一撃に合わせて収束していた。

 

「工場じゃないからな。遠慮なく【バーストフィスト】!」

 

 次の瞬間、爆発と衝撃を伴う拳が、閃光のようにヒドロFの視界を埋め尽くす。拳が空気を裂き、熱風と衝撃波が一帯を押しのけた。インフラ製品を製作していたサイエント工場では、被害を避けるため爆撃級の技は封じていた。だが今は違う。ダムの上は空間が広く、青空がその暴力を受け止めるには十分すぎた。

 

 爆速の拳撃が迫る中、ヒドロFの反応は揺るがなかった。彼女の両眼がわずかに細まり、反射的に動く。

 

「あの少年よりは、随分と緩やかだ」

 

 アークシザーが裂ける音を立てて分離し、双剣となって交差した。十字を描くように拳を受け流し、衝突の金属音が甲高く鳴り響く。火花が炸裂し、二人の体が一瞬弾き飛ばされた。

 

 ヒドロFは後退しながらも、足を滑らせることなく体勢を整える。息は荒い。衣服は焦げ、汗が頬を伝う。それでも瞳は濁らず、正面の獣人を鋭く捉え続けていた。

 

「……っが、体重は随分と乗っているな。……スカベンジャー、私と同じ野生生活か」

 

「……? そういやぁ、自給自足してるんだっけか」

 

 互いの共通点が一瞬、空気を緩める。ヒドロFはシティ育ちだが、今はアジドCと共に田舎で暮らしている。対するダァフも街を離れ、外の荒野で生きる獣人。どちらも狩りを日常とし、モンスターの肉を糧にする者たち。戦闘力は、生きるために磨かれていた。

 

 ダァフのガントレッドが再び光を放ち、爆発的な魔力を帯びて加速する。拳が連撃となり、爆音を残して襲いかかる。ヒドロFは刃で受けるたび、腕に強烈な振動が走った。鋼が悲鳴を上げ、筋肉にまで衝撃が伝わる。

 

「私はな……最新型ジムで日々鍛えているんだ!」

 

 耐えながらも、唇の端に笑みを浮かべるヒドロF。

 

「何が野生だ。随分と環境が整ってるじゃないか……!」

 

 ダァフが踏み込み、拳を下から突き上げる。その一撃がヒドロFの腹部をかすめ、衝撃波が足元を打ち抜いた。コンクリートがひび割れ、砂塵が舞う。ヒドロFは後方へ跳躍し、空中で身体をひねる。

 

 着地と同時に、右手の剣を回転させる。

 

「……アークシザー、スピン稼働」

 

 ギィンと音を立てて刃が回転し、風圧が渦を巻いた。空気の層を削り取るようにダァフの腕をはじき返し、青い火花が飛び散る。金属が摩擦で焼け、焦げた匂いが風に流れた。

 

「チッ、削りやがって……!」

 

「戦場では、道具を大事にしすぎるのは命取りだ。使い捨てぐらいの感覚じゃないとね」

 

 ヒドロFが片手を地に向け、もう一方の刃を構える。足元の床には、戦いの熱で黒く焦げた線が走る。沈黙のあと、空気が裂ける。

 

 再び衝突。爆風がダムの上を駆け抜け、倒れていた警備兵たちの服をばたつかせた。金属と拳の光跡が交錯し、閃光が二人の間を断ち割る。

 

「……物資が潤沢にあるやつの傲慢な考えだ」

 

「そうか。……あくまで君は、貧困か」

 

 ヒドロFは、刃こぼれし始めた片方のハサミを無造作に放り捨てる。金属が地面に跳ねて転がる音が、戦場の緊張を際立たせた。彼女はポケットから柄のようなロッドを取り出すと、残ったハサミと正確にジョイントさせた。

 

 瞬間、魔紋が走る。組み合わされたそれは鎌のような形状へと変化し、表面の刻印がまばゆい光を放った。ヒドロFの紋章が反応し、風が逆巻く。

 

「……私は、芝刈りが得意なんだ」

 

 青白い光をまとった鎌が、唸りを上げて構えられる。戦いはまだ終わらない。風が二人の間で揺れ、次の衝撃に備えるように空気が震えていた。

 

「……(こいつと違って、俺の武器は、俺とこの相棒だけ……)」

 

 ダァフはまばゆい閃光の中、視界を焼かれるような感覚に耐えながら歯を食いしばった。アークサイズへと変形したヒドロFの武器が、斬光の軌跡を描いて振り下ろされる。

 

 ガントレッドでそれを受け止める。鋼がぶつかり、火花が爆ぜた。だが衝撃が重い。刃が当たるたび、装甲の表面が削り取られ、亀裂が走る。金属の皮膚が剥がれ落ち、内部の魔力制御線が露出する。

 

「……チッ、持たねぇな……!」

 

 ダァフは後方へ跳び退く。斬撃が空を裂き、地面のコンクリートを浅く削る。その反動で生じた風が、彼のフードを激しくはためかせた。

 

 大きく距離を取った彼は、肩で息をしながら低くつぶやく。

 

「……俺の目くらましの番だ」

 

 ダァフが腰のギアポーチから小型の装置を取り出す。円筒状のそれを地面に叩きつけると、瞬時に反応し、内部の魔力機構が作動する。

 

「【ディープミスト】」

 

 轟音とともに、ガジェットが大量の煙を放出した。白灰色の霧が爆発的に広がり、瞬く間にダム上の視界を覆い尽くす。風が巻き込み、霧が層を成して渦を巻いた。足元が見えないほど濃い煙が、全域に流れ込む。

 

 鉄の匂いと湿った風が入り混じり、深い森の奥に迷い込んだような錯覚を覚える。視界を奪われ、音すら鈍る。

 

 ヒドロFが眉をひそめ、鎌を構え直した。

 

「……視界封じ、か。やり返されると、怒りがちらつくな」

 

 ヒドロFの声が霧の中に溶けていく。目の前の敵影が見えない。足音の反響も乱れ、どこにいるのか掴めない。

 

 しかし、ダァフには見えていた。

 

 彼がスキルに合わせて装着したギアゴーグルのレンズが淡い緑光を放つ。霧の粒子に反応する特殊魔力が、視界の奥に輪郭を描き出す。

 

 ギアゴーグル越しの視界には、煙にたじろぐヒドロFの姿がはっきりと映っていた。肩の動き、息づかい、鎌の反射。全てが輪郭として浮かび上がる。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定
▲ページの一番上に飛ぶ  X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。