祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~ 作:高見南純平
「……【フレイムフィスト・ブラスト】 包囲走陣」
煙の帳の中で、轟音が咆哮した。圧縮された炎の拳が爆ぜ、紅蓮の閃光が何層にも重なって奔る。火線は弧を描きながら四方から収束し、ヒドロFを包囲するように炸裂。視界が白熱の閃光で満たされ、地面のコンクリートが灼けて黒ずむ。
ダァフは疾駆していた。足裏のギアが火花を散らし、跳躍と同時に次の打撃を叩き込む。腕に組み込まれたガントレットユニットが唸りを上げ、炎の拳を幾度も射出する。炎の弾丸が群れを成して襲いかかってくるかのようだった。
ヒドロFは鎌を低く構え、僅かな揺らぎを感覚で捉えようとする。しかし、濃密な煙が全てを覆い隠していた。
「っち、反射神経が、間に合わない……!」
赤光が目前で閃き、瞬間的な熱波が肌を刺す。反射的に鎌を振るうが、拳は刃を裂いて爆ぜ、爆風だけが体を打った。衝撃でマントがはためき、焦げた布が空中でひらめく。
次の瞬間、背後から衝撃。炎を纏った拳が肩口に命中し、熱と圧力が同時に体を押し上げる。
「ぐっ……!」
焼けた皮膚の痛みと共に、息が一瞬止まる。煙の中は熱気で充満し、酸素が薄い。吸い込むたびに喉が焼け、視界が揺らいだ。金属の焦げる臭いに、溶けた油の匂いが混ざる。耳鳴りとともに、世界が遠ざかっていくようだった。
【ディープミスト】ダァフが展開したその煙系統のスキルは、攻撃性は皆無に見えるが、真の脅威は視界と呼吸を奪う戦場支配にある。
敵の反応を鈍らせ、呼吸を狂わせ、動きを削ぐ。攻撃を叩き込むには、最高の遮蔽物。
ヒドロFは膝をつきそうになるのを必死にこらえ、鎌を杖のように突いて体を支える。焦げた息を吐き、立ち込める煙の流れを読む。熱の揺らぎ、風の向き、遠くの金属音……それだけが頼りだった。
そのとき、耳の奥で柔らかい声が震えを伝えた。
「いぶされてるけど、無事かな~ドロちゃん」
静寂の中に差し込むような声。ヒドロFの瞳がかすかに潤む。あの声を聞き間違えることはない。たとえ戦場の轟音の中でも、魂が先に反応する。
「……Ⅽ様!!」
次の瞬間、風の流れが変わった。煙がうねりながら一方向へと吸い寄せられていく。さっきまで肌を焼いていた熱気が、冷たい清風に変わった。
ダムの縁の上、煙の向こうに人影が現れる。アジドⅭだった。マントを翻し、背の銀機構が光を弾く。
背中に組み込まれたユニットが唸りを上げる。
最新型空気清浄機ユニット【エアリア・スイーパーMk-Ⅵ】。
多層フィルタの内部でファンが回転し、周囲の煙を猛烈な勢いで吸い込んでいく。吸気音が風鳴りに変わり、煙は見る見るうちに吸収され、戦場に清浄な空気が広がっていった。
「感謝感激いたします。……おかえり、私の酸素」
ヒドロFが息を整えながら呟く。荒く呼吸を繰り返し、それでも笑みを浮かべて鎌を構え直した。煙の帳が消え、紅蓮の拳を放つダァフの姿が露わになる。
その一方で、アジドⅭは崖上に立ったまま、ゆっくりと笑みを浮かべた。
「キミが心配になっちゃってね。まずは、このハイエナくんをちゃちゃっとお掃除排除しちゃおうか」
清風が吹き抜けた。
焦げた空気が一掃され、金属と炎の匂いが薄れていく。
視界が澄み、戦場の温度が一気に冷えた。
アジドⅭの銀髪が風に揺れ、ヒドロFは再び戦闘態勢を取る。
清浄な空気の中、次の一撃の気配が、二人の間で確実に膨らんでいた。
「オオカミだ。……おいエルフ、そのユニットで汚染された空気も浄化することが出来るのか?」
ダァフはアジドⅭの到来以上に、背中の機器に興味をそそられていた。鋭い眼差しが冷たく光る。風に乗って漂う焦げ臭と湿った土の匂いが、彼の鼻をくすぐる。
アジドⅭは肩をすくめ、片手を軽く振った。
「改良の余白はいくらでもあるけど、本来の目的はそうだと思うよ~。ま、研究データもろとも盗んじゃったけどね~。おかげで我が家は、空気は美味しくて仕方ないよ」
その口ぶりは軽薄だが、背中のユニットは確かに唸りを上げ、周囲の煙と粉じんを吸い込んでいる。金属とガラスの調和した外装が薄く光り、吸入口のリングが高速で回転するたびに、戦場の空気が澄んでいくのが分かった。
ダァフの表情が引き締まる。彼の内部で、ララクとの会話が甦る。ララクが示した役割、割り振られた責務。穴を塞ぎ、アジドⅭの注意を逸らすためにダァフがここへ来たのだ。ララクの言葉が短く、しかし確固たる決意で彼に届いていた。
『ダァフさん、上に使用人のヒドロFがいるようです。相手をしてもらえますか? そして、その主もそちらに誘導しようと思います。……戦闘経験のあるあなたのほうが理解してると思いますが、危険と感じたらすぐに逃げてください。……少しでもアジドⅭの集中をダムから背けられれば……』
ララクの計算と信頼。ダァフはそれを胸に刻んでいた。
「……最初はお前に掛かった懸賞金だけが目当てだった。……だが、俺の思い描く未来を略奪する存在のようだ」
言葉は短いが、内部の熱量は大きい。ダァフは左手でガントレット付きの右腕を支え、腰を低く構えた。呼吸は整い、瞳には闘志が満ちる。冷静に考えれば撤退も選択肢だ。だが彼の胸には、それ以上に強いものがある。
「……命は惜しいさ。俺にはこれからの目的がありすぎるからな。だが、俺が汚れなき世界を望み、この怪集との戦いを選んだんだ。……逃げたくは、ない……!」
風が唸り、ダムの上で粉塵が踊る。目の前に立つのは、犯罪コレクターとその使い手。ダァフは拳に力を込め、相棒と自分だけの武器を信じて、次の刺突へと身体を沈めた。