祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~   作:高見南純平

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第30話

 空気が張りつめ、音さえ沈んだ。鉄と油の匂いが肌にまとわりつく。ダァフは拳をゆっくりと握り込み、骨が軋む音を聞いた。血流が速まる。胸の奥で熱が脈を打つ。荒い息のたびに、肺が焼けつくようだった。

 

「狼らしさ、発揮してやるよ。……【獣血解放】……!」

 

 瞬間、血管が膨張し、骨がねじれた。皮膚の下を何かが這い、筋肉が裂けて再構成されていく。鼻梁が突き出し、牙が生え、口角が吊り上がる。髭のような感覚毛が伸び、風を読んだ。瞳孔が細くなり、黄金の光が闇を射抜く。肩と背中に毛が生え、肌質が獣毛へと変化。背筋が隆起し、血の熱気が肌から蒸気となって溢れた。狼と人が融合したその姿は、理性を残したまま獣の闘争本能を放っていた。

 

「【スチームライド】」

 

 背部の装置が爆音をあげ、蒸気が噴き出す。白煙が後方へ噴射され、足場を焦がしながら推進力へと転化した。ダァフの体が弾丸のように前方へ走る。視界の端で風が爆ぜ、地面がえぐれた。

 

「さらにギアがあがるのか、この男……!」

 

 ヒドロFが反応する間もなく、拳が肩を撃ち抜いた。打撃の瞬間、拳痕から赤い閃光が走り、局所爆発が起きる。鋼鉄の外殻が裂け、ヒドロFの巨体が数メートル後方へ吹き飛んだ。金属とコンクリートがぶつかる轟音が響く。

 

「あららら、いったそう。……そんなら、キミも可哀そうになりなよ」

 

 アジドⅭが軽く笑みを浮かべ、白衣の裾をはためかせながらロッドを取り出した。伸縮機構が展開し、刃の列が回転を始める。青い電流が走り、空気が焦げた。電撃鋸〈バイトサーキュラー〉。細かい振動が地面にまで伝わる。

 

「来なよ、ちゃんとしたオオカミくん」

 

 アジドⅭが挑発的に構える。ダァフは蒸気を噴射させて突進。拳が稲妻のごとく走り、アジドⅭの刃がそれを受け流す。刃が腕を掠めた瞬間、電光が迸った。

 

「……っぐ……!」

 

 火花が四散し、筋肉が一瞬で硬直する。電流が神経を焼き、体の制御が奪われる。毛皮の奥で筋線維が痙攣し、歯を噛み締めた。

 

「……痛みは安い……!」

 

 喉を鳴らして吠え、麻痺した腕を強引に動かす。電撃の痕を振り切るように拳を振り抜いた。回転する刃と拳が衝突し、爆音とともに金属の火花が弾けた。衝撃波でアジドⅭの体が軽く浮き、衣が風をはらむ。彼女は軽やかに宙を蹴り、上空へ舞い上がった。

 

 その背後、風を切る音。ヒドロFの影が迫る。

 

「【ホーリースラッシュ】!」

 

 光り輝く〈アークサイズ〉が起動し、刃先から白光が迸る。神聖な閃光が空気を裂き、一直線に振り下ろされた。

 

「っは!」

 

 敵の殺到を見据え、ダァフは反射的に背を反らす。腰を軸にして地を蹴り、背筋を弓のように曲げた。刃が鼻先を掠め、髪が舞う。

 

 そのまま脚を支点にして起き上がる。蒸気が爆ぜ、勢いを乗せた蹴りが真上へと突き上がった。

 

 靴底が金属顎を撃ち抜く。乾いた金属音が鳴り、ヒドロFの頭部が仰け反った。衝撃で火花が散り、蒸気が爆発のように弾けた。電光と熱気が交錯し、空気が一瞬だけ静止する。

 

 空気が焦げたような熱を帯びていた。工場の天井から落ちる照明が、蒸気と金属粉の層に霞んで揺れる。

 

「スキルであそこまで肉体が強化されるなんて、獣人は本能的で神秘的だね~。もっとバイオ技術が発展してもいいよね~、この国は」

 

 長寿エルフ・アジドⅭは、戦場の只中で感心したように口元をほころばせた。白衣の裾を揺らし、爆炎を背にしても眉ひとつ動かさない。彼女にとって、戦いもまた実験の一環にすぎないのだ。

 

 この国──機械と魔術が共存する最先端の地。電化製品の進化は凄まじく、空調ひとつ取っても魔石を使わない構造が完成しているほどだ。だが、肉体の強化に関しては別だった。筋肉、神経、細胞。そこに手を加えることは「生命への侵入」とされ、慎重に扱われている。それだけリスクが高い。身体の限界を越えるたびに、命そのものが削れる。

 

 魔力で発動するスキル型の強化は、それに比べれば遥かに安全で効率的だ。その代表例が、いま目の前で暴れているダァフの【獣血解放】。あれは外部からの薬品や義肢ではなく、体内に眠る獣の因子を解放するもの。己の構造を利用して強化するため、暴走さえしなければ副作用は最小で済む。

 

「……ダメージを負い過ぎました……。せっかくのⅭ様との共闘というのに……ふがいなくて頭があげられないです」

 

 顎を撃たれ、鉄骨にもたれかかっていたヒドロFが唇を震わせる。金属の仮面に似た装甲の下で、唾が鉄の味を伴って喉に落ちていく。立ってはいるが、関節が軋んでいる。ダァフの拳圧はそれほどまでに重かった。

 

「っふふ、なら私が下手に出よう。ファンの顔は、見たいもんだよ」

 

 アジドⅭは軽く膝を折り、身をかがめてヒドロFの顔を覗き込む。エルフ特有の整った輪郭。透きとおるような白肌。目の奥は淡い碧光をたたえ、照明の反射が星のようにきらめいた。間近で見れば、その美貌は理性を削り取るほどの迫力がある。

 

「……ご、ご尊顔すぎます! (か、かわいぃぃいい!)」

 

 声が裏返るほどの興奮。仮面の裏では熱がこもり、蒸気がレンズを曇らせた。だが彼が感じているのは単なる熱ではない。心臓の高鳴りが全身を巡り、脳の回路を狂わせている。彼は研究者として彼女を敬い、同時にビジュアル面でも心底推しているのだ。

 

「……俺には理解できない関係性だな。そのまま帰って欲しいものだが」

 

 ダァフは短く吐き捨て、両足を開いて姿勢を低く取る。耳がわずかに動き、床下の振動を拾った。油の匂い、焼けた金属の熱、そして敵の息づかい。どれも鮮明に感じ取れる。

 

 戦況はまだ五分。だが長引けば、魔力と体力を同時に失う。理性を保てるうちに削るしかない。確実に、そして速やかに。

 

 彼の爪先が床を抉った。蒸気が再び噴き出し、白い煙が舞い上がる。その中で、金色の双眸が静かに光った。

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