祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~ 作:高見南純平
「……ぶち加速してやろう。【煙獣走狩】……!」
低く唸る声とともに、ダァフの体勢が変わる。両手を地につけ、四肢で構える姿はまさに狼。右腕だけが異様に発達しているため、わずかに傾いた姿勢となるが、次の瞬間、その不安定さが爆発的な加速へと変わる。背中の装置が蒸気を噴き、床を焦がす音が響いた。
白煙が一気に吹き上がる。爆風を生むように煙を放出し、視界を奪いながら推進の力に変える。地面を蹴るたび、鉄板が軋み、獣の走りが煙の尾を曳いた。
「……たまには自分で狩猟しようかぁ!」
アジドCが笑みを浮かべて飛び出す。勇猛に突っ込んでくる狼の姿が、彼女の狩猟本能を刺激していた。ヒドロFを押しのけるように、先頭へ。
白衣が揺れ、電流をまとったノコギリ〈バイトサーキュラー〉が唸る。アジドCは腰の装置を操作し、粘着質の円盤を前方へ投げ放つ。回転しながら展開したそれは、地面に吸い付いて粘膜状の罠を形成した。
「速くても、止めれば終わり!」
トラップが床を覆う。煙の獣がそれに突っ込もうとした瞬間、アジドCがノコギリを振り払った。火花が散り、刃が煙を切り裂く。
だが、次の瞬間、空を切った。
「……煙の分身!? 手応えがないじゃないか!」
青白い電光だけが虚しく走る。煙がその形を保ったまま崩れ、掴めない残像となって消えていく。アジドCの表情がわずかに揺れた。
そのとき、背後から声が響いた。
「……っく、私を退場させる気か!」
煙を抜けて現れたのは、ダァフの本体。獣のように低く構え、蒸気を纏ったまま一直線に走る。その進路上には、アジドCではなく、ヒドロFがいた。
咆哮にも似た呼気とともに、金属の床をえぐるような踏み込み音が響く。獣の疾走が、煙と蒸気を巻き上げて敵陣を切り裂いた。
「【フレイムフィスト・ブラスト】……!」
爆ぜるような声が鉄の空間に響き渡った。ダァフの右腕が赤熱し、皮膚の下で筋肉が膨張する。熱の波が床を走り、鉄板が焼ける匂いが立ちのぼる。拳の輪郭をなぞるように炎のオーラが立ちのぼり、空気を歪ませた。振りかぶった巨腕は、今にもヒドロFを粉砕しようとしていた。だが、次の瞬間、地を裂く音とともに足が止まる。
「……! ここでも遠距離……」
ヒドロFの視線が揺れる。攻撃が来ない。炎が燃え盛る中で、ダァフはわずかに腰を沈め、獣のように構えていた。目は別の標的を見据えている。
「標的は、どっちなんだろうなっ……!」
雄叫びとともに右腕が振り切られた。だが、ヒドロFとの距離は変わらない。拳は空を切り裂くだけに見えた。床が軋み、火花が散る。その動きは止まらない。ダァフは踏み込みの勢いを保ったまま体を旋回させた。金属の床を焦がすほどの熱風が生じ、蒸気が吹き荒れる。その正面には、白煙の中で動きを止めていたアジドCの姿。
次の瞬間、拳の先端から炎が弾けた。魔力が奔流となってあふれ、拳の形を保ったまま射出される。燃え上がる残光が一直線にアジドCを捉えた。
「なかなか技巧派じゃ~ん。でもも」
アジドCは唇を歪め、胸部ユニット〈フォームバブル・ジェネレータ〉を起動。瞬時に泡が生成され、白い壁となって前方を覆う。泡の層が幾重にも重なり、爆ぜる炎を受け止めた。高熱と蒸気がせめぎ合い、視界は真っ白に染まる。
「ふぅ、危ない危ない──」
息を整えながら胸を撫で下ろした、その瞬間。パンッ、と甲高い破裂音。
「……っ!?」
泡の壁が弾け飛び、その奥から何かが飛び出した。空気を切り裂く鈍い風圧とともに、金属の影が閃く。
「っぬじゃ!」
アジドCの頬に直撃した。乾いた打撃音が響き、エルフの体が宙を舞う。衣が翻り、細い体が床を滑る。金属と皮膚のぶつかる音が鈍く残った。
「なっ……!? 距離が……離れてたはずなんに……!」
アジドCは頬を押さえながら顔を上げた。視線の先、十数メートル離れた位置にダァフが立っている。右手は、すでに素手のままだ。拳を構える形跡もない。足元で、鉄の塊が赤く光りながら転がっていた。焦げついた金属が、じりじりと冷えていく。
「!! あらら……ガントレット……を、シュートしたのか……!」
アジドCが呟いたその言葉に、床に残る痕跡が答えを示していた。鉄板には、ダァフの足元から一直線に続く焦げ跡。空気を焼きながら射出された軌道が、くっきりと残っている。それはただの装備ではなかった。
ダァフの右腕に装着されていたガントレット〈バースト・ドライヴァ〉は、爆縮魔力の反発力を推進力に変える構造を持つ射出型強化兵装。拳そのものを砲弾と化し、魔力で制御して回収する前提で設計された代物だった。これが炎拳の正体。。ダァフの肉体と兵装を融合させた最先端の一撃のだった。