祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~ 作:高見南純平
炎の衝撃が爆ぜ、アジドⅭの体が後方へ吹き飛ぶ。白い泡が焦げ、床に黒い跡が走った。直撃した箇所の頬に焦げあとが残り、銀色の髪が焦げた匂いを漂わせる。
それでも彼女は倒れなかった。顔を上げると、唇の端を上げる。
「ふぅ……やるじゃないかぁ。久々に、熱っいのをもらったよ」
その声音はどこか軽やかで、戦闘中とは思えないほどの余裕があった。だが、彼女以上にこの事態に反応した者がいた。
「Ⅽ、Ⅽ様!! あ────ー、ご美顔が!」
ヒドロFが叫んだ。顔を押さえて慌てふためき、駆け寄ろうとする。彼の声には、悲鳴に近い焦りと崇拝が混じっていた。
それを見たダァフの口角が静かに上がる。
「気を散らして欲しいと思っていたが、ここまで隙をさらすとはな」
ヒドロFの反応は予想以上だった。アジドⅭへの射出攻撃は、あくまで誘い、狙いは最初から別にあった。ヒドロF。その一瞬の隙を引き出すための、攪乱の一撃だった。
床に着地したダァフは、勢いを殺さずそのまま低い姿勢を取る。両手が地面に触れ、筋肉が弾ける。体をひねりながら、背中越しに視線を送る。
「……2体1は、あんたにとって弱点でもあったな」
後ろ向きのまま地を蹴り、煙を巻き上げるように跳び上がる。獣のようにしなやかに空中で姿勢を変え、脚を開いた。
「っし! まった! がさぁ……!」
ヒドロFの叫びは途中で途切れた。頭部を、ダァフの両足ががっちりと挟み込んだのだ。勢いそのままに、腰を軸に体をひねる。全身が弧を描き、金属床が悲鳴を上げた。
「おぉらっ……!」
遠心力がかかったまま、ヒドロFの体が宙へ舞う。ダァフがそのまま腰を切り返し、脚を振り抜く。重量と速度が合わさった投げ技。ヒドロFの体が弾丸のように回転しながら飛び、崖のほうへと放り出されたのだった。
放り出された崖のはるか下では、ダムの排水穴から轟音とともに水が流れ落ちていた。ララクはその下で必死に氷と土を操り、水流をせき止めようとしている。腕が震え、額には汗。周囲では整備士たちがセメントを流し込み、ホースで濁流を吸い上げ、必死の補修を続けていた。
青空の中を落ちていくヒドロFの視界に、それらの光景が小さく映る。だがその目は、結局アジドⅭの方を追っていた。
「……愛は盲目、か。仕方がないかやるせないな」
空中ではどうすることもできない。ヒドロFはアジドⅭほど多くのユニットを仕込んでいなかった。強化装備には莫大なコストがかかる。優先されるのは当然、主であるアジドⅭの方だ。
「……ドロちゃん……! お助け参ろうか……!」
アジドⅭが空中移動ユニットを展開しようとした瞬間だった。下に転がっていたガントレットが、不意に蠢く。意志を持つかのように地面を抉り、火花を散らして飛び上がる。その勢いでアジドⅭの顎下を狙うように突き上げた。
「生きがよすぎ……っち。(無機物のクセに)」
アジドⅭは身をひねって回避する。反応は速いが、その一瞬の回避行動が命取りとなる。行動がわずかに遅れた。
その瞬間、崖上でダァフが走り出す。地を蹴ると同時に風が割れ、筋肉が爆ぜる。躊躇なく崖へと飛び出し、落下中のヒドロFの上に位置を取った。
「まだ私に用か!」
「死にはしないだろう、その実力じゃ。俺はあんたに、リタイアして欲しいからな」
右腕を振り上げる。素手だったはずの拳に、空を裂いてガントレットが飛来する。特殊磁力によるコネクトシステム。登録された使用者の磁気信号を読み取り、射出時は反発、回収時は吸着する仕組み。射出攻撃を可能にするために、ダァフ専用に設計された代物だった。
飛んできたガントレットが右腕にぴたりと吸い込まれるように装着される。
「廃品の再利用だ。【バーストフィスト】! ロケットダイブ!」
爆音。拳の内部から膨張圧が解放され、炎の尾を引く衝撃波がヒドロFに直撃する。彼女は両腕を前にして防御姿勢を取るが、勢いを殺しきれない。崖下へと激しく吹き飛ばされ、空気が爆ぜる音がした。
追撃のように、ダァフのガントレットが再び射出される。ヒドロFの身体を押しつぶすように加速し、光の矢のように突き抜けた。
「Ⅽさま────────ー! 犯罪の完遂をぉぉぉおおお、ぜひぃぃぃぃ!」
ヒドロFは叫びながら、放水で濡れた大地へと叩きつけられる。土煙と水しぶきが弾け、人型のくぼみが地表に刻まれた。
静寂。風だけが吹き抜ける。
ヒドロFは気絶していた。だが死んではいない。ララクの攻撃を受けても耐えたほどの耐久。落下だけで息絶えるはずがないと、ダァフは確信していた。ならば徹底するしかない。
作業を終えたガントレットが磁力の軌道を描きながら戻ってくる。ダァフは足裏から圧縮蒸気を噴射し、【スチームライド】で一気に上昇。ダムの縁に戻ると、装備を再び腕にはめ直した。
視線の先には、地面に倒れるヒドロF。かすかな呼吸を確認すると、獣のような瞳にわずかな陰が落ちた。
「……大切なものに尽力する思い、だけは理解できたよ」
かつて自分の街が汚染に沈んだ。誰も助けられなかった。だが2度と同じことは繰り返させない。荒れた大地を生むような行為を、許すつもりもない。
それがダァフの拳を動かす原動力だった。