祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~   作:高見南純平

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第36話 

「ほ、放水が停止したぞ! あの岩石を壁用に加工するんだ!」

 

 整備士の班長が声を張り上げる。整備車が一斉に動き、崖の下に並ぶ。機械の腕が伸び、削岩機の音が響き始めた。あの巨大な岩弾は、ララクが蹴り飛ばした勢いのまま穴に突き刺さっている。完全に塞いだわけではない。岩肌がはみ出し、わずかな隙間から水が細く流れ続けていた。だが、それでも放水は止まっていた。

 

 班員たちは急ごしらえの作業を始める。カッターで岩を削り、形を整え、圧力を逃がすように角度をつける。崩壊の危険を承知の上で、時間を稼ぐための応急処置だ。

 

 ララクはその光景を見つめながら、胸の奥の緊張をわずかに解いた。

 

(物資は提供できた。あとは最先端の技術に任せよう)

 

 息を整え、拳を握る。だが安堵は一瞬だった。終わっていない。まだ、やり残している。

 

 大犯罪者〈怪集〉が狙っているのは【水利妨害罪および出水危険罪】。それを未然に防いだに過ぎない。確かにダムの崩壊は止まった。しかし、すでに壁は破壊され、強制放水の被害を受けている。法の上では犯罪が成立してしまっていた。

 

(これで犯罪は完了か? いや、これで終わらせるわけではないだろう、アジドⅭ)

 

 ララクは崖の上を見上げる。

 

 そこに、黒いコートの裾を風に揺らしながら立つアジドⅭの姿があった。顔には冷たい笑みを浮かべ、その隣ではダァフが炎を纏う拳を構えている。

 

「俺の協力者たちは、実行力のある者たちだろう。あの……熟練の刑事も含めてな」

 

 アジドⅭの視線が鋭く光る。挑発に近いその言葉に、ダァフは無言で反応した。

 

 炎が弾け、空気が熱を帯びる。右のガントレットが焼けつくように熱し、ダァフは反射的に左腕を前に出した。そこから火焔が奔り、真っ直ぐにアジドⅭへ放たれる。

 

 だが、アジドⅭはひらりとかわす。足場を蹴って軽く宙に浮かび、煙のように身を翻すと、崖下の様子をのぞき込んだ。

 

「……ドロちゃんもやられて、ダムも直されて。……私はさ、ただの逃亡犯じゃないだ」

 

 低く笑いながら、アジドⅭは片手で髪を払う。瞳がぎらつき、口角が上がる。

 

「犯罪をいくつも成功しながら、セブちゃんたちの追跡を交わしてきたんだ。輝かしい犯罪の実績があるんだよ。……なのに、こうも作戦通りいかないのは……楽しくて腹立たしいねぇ!!」

 

 彼女の声が崖に反響し、風に乗って谷へ響く。

 

 アジドⅭが求めているのは「犯罪そのもの」ではない。彼女にとって犯罪とは「記録」だ。成功という証を、法の手によって残すための行為。国が正式に記す「犯罪歴」が、彼女の勲章となる。

 

 その記録の中には、当然ララクの名前も刻まれるだろう。冒険者Aとして、あるいは無名の協力者として。彼が阻止した行為そのものが、アジドⅭの犯罪を「彩る要素」になる。

 

 しかし、今のままでは不完全だ。ダムの崩壊は防がれた。被害は広がらなかった。

 

 アジドⅭにとって、それは最悪の結末だった。完璧な犯罪記録を残すことができない。輝かしい経歴に、完遂できなかったという記録が刻まれてしまう。

 

 その目に宿る焦燥と熱狂は、危険なまでに混ざり合っていた。

 

 怪集アジドⅭと、異国から来た戦力ララクの視線が真っ直ぐにぶつかった。崖を隔てているとはいえ、互いの気配は確かに届いている。風が止まり、谷全体が一瞬だけ静まり返る。そこには、言葉にできない意志の交錯があった。

 

 そんな張り詰めた空気を破るように、ゼマが駆け寄ってくる。息を切らせ、肩のロッドを背に回しながらララクの隣へ立った。

 

「国防に務めたほうがいいんじゃない?」

 

 ララクは少しだけ笑みを浮かべ、目線を崖の上に戻す。

 

「それも一理ですね。でもボクは、冒険者なので」

 

「だね。んじゃ、私はヒーラーの仕事しますかな~」

 

 ゼマは軽く拳を握り、辺りを見回す。まだ水しぶきと煙が混じる現場で、負傷者の声がかすかに聞こえた。

 

「お~い、救護必要な人ハンズアップ~!」

 

 明るい声に、整備士たちが反応する。泥まみれの作業服を着たスタッフのひとりが手を振った。

 

「あんたヒーラーか! なら上に警備隊が倒れているんだ! 治療してやってくれ!」

 

「上か。じゃあ、運びは任せたララク」

 

「ええ。その前に……セブトルさぁん! この場は任せます!」

 

 ララクは崖下のバギーから降りてきたセブトルに声をかける。水飛沫の中、彼は眉をひそめながらも頷いた。

 

「……頼むしかねぇか。……最後は、逮捕させてくれよ、あいつを」

 

「もちろんです。怪集の機能を停止させてきます」

 

 交わされた短い言葉に、互いの信頼があった。セブトルは警官としての責務を、ララクは冒険者としての決意をそれぞれ胸に。

 

 ララクはゼマの手を握り、スキルを発動する。

 

【空中浮遊】対象を浮遊状態にする(スキル説明はそのまんま採用)

 

 さらに、次のスキルを重ねる。

 

【ウォーターライド】効果……水流を発射してそれを推進力に変えて飛行する(スキル説明はそのまんま採用)

 

 足元に小さな水の噴流が生まれ、それが徐々に強くなる。ララクとゼマの身体がふわりと浮き、次の瞬間、水流が弾けるように噴き上がった。

 

「ひぃ──ー、っと、負傷者発見!」

 

 ゼマが叫ぶ。彼女の目は崖の上、瓦礫の隙間に倒れている警備隊員たちをとらえていた。

 

「飛ばします!」

 

 ララクは気流を操るように、身体を傾けて空中で回転。掴んでいたゼマの手も一緒に回り、ふたりは水流の輪を描きながら上昇する。

 

 重力を切り裂くような加速。ゼマの髪が風に流れ、ララクのブーツが水滴を散らした。

 

 そしてゼマは崖上に到達し、倒れている警備隊たちのもとへ滑り込む。彼らはヒドロFとの戦闘で体力を削られ、完全に意識を失っていた。

 

「【クイックヒーリング】オーバーズ。……ララクが強者って言ってた相手だ、命を守っただけで優秀なんじゃない」

 

 ゼマは急速に回復できるスキルを発動する。警備兵の武装を元に戻すことはできないが、ヒドロFにつけられた傷が少しずつ癒されていく。

 

 警備隊はすぐに散ってしまったが、これでヒドロFが消耗したので、ダァフが倒しきれたのは間違いない。

 

 アジドⅭたちは、ララクだけではなく、このダムの関係者、そして警察組織、あらゆる方角に被害を出し、その総力が彼女の犯行を止めようとしていた。

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