祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~ 作:高見南純平
アジドCが持っていた杖が砕け散った衝撃が、空気の温度をわずかに震わせた。次の瞬間、ララクとダァフを締め上げていた樹木群が霧に溶けるように消えた。スキルの源が失われたことで制御が断たれたのだ。
ララクは荒い呼吸を繰り返しながら、すぐ近くで倒れているダァフへ駆け寄ろうと体を傾ける。ゼマの姿は視界の端に映る。反対側のダム壁で、複数の警備兵の治療に追われていた。こちらをすぐには見れない距離だ。
走り出そうとした瞬間、ララクの体が硬く締め付けられた。皮膚の内側を刺すような痛みが走り、呼吸が浅くなる。紫色の樹木が腰から胸元まで絡みつき、締め上げていた。樹皮には黒ずんだ光沢があり、毒液が染み込んでいるのが気配で理解できた。
「……っぐ! 毒の樹木……!?」
【毒樹の拘束】
毒液がしみ込んだ樹木を生成し、対象を縛る。
樹木は説明そのままの悪意を帯び、脈打つように締め付けるたび、体内に痛みとしびれが広がっていく。
濡れた衣服を絞りながら、アジドCが歩いてきた。靴が水を含んだ地面を踏むたび、重く鈍い音が響く。彼女は髪から滴る水を払い、表情には余裕が戻っていた。
「……ふぅ~、ずぶ濡れた~。けどまぁ、本来の系統は使えるんだよね。なぜ、ならば……?」
ララクは締め付けと毒に耐えながらもアジドCをにらみつける。意識が熱と冷えを交互に感じ、視界が揺れる。
「……これは、あなたが所持しているスキル……だったんですね。それを、あのステッキで加工していた。……っう……」
関節の動きが鈍り、毒が筋肉の奥へ入り込む感覚が強くなる。呼吸を深く吸うだけで胸が痛い。
アジドCはゆっくりと歩を進め、距離を詰めていく。その指先からは薄く毒の気配が漂っていた。倒れているダァフはまだ動けない。ゼマは遠い。ララク自身もこのままでは動きに限界がある。
アジドCはララクに手のひらを向け、口元を楽しげに歪める。
「マルをあげよう。そして、死というバツを与えようか。私はもう、殺人罪は入手しているんだ。だけど、キミのような強者のほうが、内容として濃いよね。華々しい死亡記録を刻まさせて貰おうか」
指先がわずかに震え、その動きだけで毒樹がさらに締まり、ララクの体が沈むように軋んだ。この木を燃やすことすらままならない。息が詰まりそうな圧迫の中で、アジドCの殺意が静かに形を成そうとしていた。
ララクは胸の奥で焼け付くような痛みと戦いながら、アジドCの前に顔を上げた。毒が筋肉を締め付け、呼吸は浅く乱れる。それでも瞳だけは濁らず、強い意志を宿していた。
「……人を殺すことを、ただの記号として捉えてるなんて、道徳がなさすぎる。覚えなおした方がいい。……法は、平穏を保つために生み出された秩序だ。あなたに収集されるために考案されたものではない……! ……はぁはぁ……最悪とはあなたのことを言うんでしょうね。だから……潰えなきゃいけない」
静かな空気の中に、ララクの声が鋭く響いた。毒の痛みで声が揺れても、言葉の芯は揺らいでいなかった。犯罪をコレクションし、殺人までをも「記録」として扱うアジドC。こんな存在を放置すればまた誰かが犠牲になるという確信だけが、ララクの体を支えていた。
ララクの指先がかすかに震え、魔力がその周辺に集まり始める。痛みの波を押し返すように、強い意志で集中させた。
「【テレポート】!」
声は震えていながらも、宣言ははっきりしていた。
アジドCはその瞬間、肩を揺らして笑い声を漏らした。
「っはは、正義を語ったわりには、逃げ腰かい。キミを仕留めたかったが、まぁ、結果はベストに転ぶか。このままダムを破壊する場合だけだし」
【テレポート】
対象を別の場所に瞬間移動させる。
アジドCはスキルの存在に驚きつつも、脅威とは見ていなかった。自分の攻撃範囲からただ逃れるための行動だと思っていた。彼女は余裕の笑みを顔に浮かべ、ララクが霧のように消えるはずの瞬間を待った。
だが、静寂が落ちた。
その静寂の中で、アジドCは眉をひそめる。
目の前にいるはずのララクが……まだいる。
樹木に締め上げられたまま、肩で息をしながら。魔力の光も消失の兆しもない。
「? なぜ、何故消えないんだ……!? まさか、はは、このタイミングで嘘のスキル宣言!? それに何の意味があるというのかなぁ!」
アジドCは完全に呆れたような表情になり、ララクの行動を茶番と断じる。ダァフは相変わらず苦しげに倒れ込み、その場の状況に打開の兆しは見えないと判断した。
アジドCは片手を軽く払うように上げ、【毒樹の拘束】の圧力をさらに強める仕草を見せた。紫色の樹木がぎしりと音を立てながら締め付けを増し、ララクの体がわずかに沈む。さらに彼女は新たな樹木を生み出すため、手の甲に魔力を集め始める。空気に漂う毒の気配が濃くなり、樹木が芽吹こうと震えた。