祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~ 作:高見南純平
アジドCがララクへの攻撃を強めようとした時、異変が起きた。
紫色の樹木が伸びるより先に、アジドCの動きが止まる。彼女の腕が胴へ巻きつくように拘束され、金属の軋む音が響いた。体ごと締め付ける巨大手錠。見覚えなど疑う余地のない拘束具。過去に何度も脱出し、そして何度も振り切ってきた、因縁の拘束だった。
「!? っげ! この拘束は……!」
アジドCは顔をしかめ、手錠の鎖が伸びる先を辿る。視線の先、ダム壁の上。逆光をまとって立っていたのは、長年追い続けてきた犯罪者の姿を射抜くように睨む女刑事。
セブトル。
「ここで会ったが80年目!」
「っふん、キミとは20年ぐらいの付き合いでしょ」
「先輩方から数えてに決まってるだろ!」
怒号がダムに反響し、遅れて波紋の音が返ってくる。
80年以上捕らえられなかった凶悪犯。ようやくその手首に鎖を嵌めることに成功した瞬間だった。
アジドCは苦笑しながら、拘束具の隙間へ指を伸ばそうとする。手袋型のマジックハンドを展開し、鍵穴へ近づける。だが腕ごと封じ込められているため、届きそうで届かない。
「……ブラフ、というよりはミスリードかな。セブちゃんを呼んでくるなんて……」
ララクはその会話を聞きながら、拘束の緩んだ紫色の木々を砕き、息を荒げながら立ち上がる。
「約束したので。最後は刑事さんの手で摑まえると。だけどまだ、仕上げは必要そうですね……!」
右腕が空へ伸びる。筋肉が痺れる痛みを押し切り、力を込める。そこへ高密度の魔力が集中。火花が散り始め、烈しく弾け、瞬く間に一帯へ明滅を広げた。光の粒が渦巻き、巨大な電流の塊と化していく。
「この国の未来のために、あなたを排除させてもらいます。怪集・アジドC! 【バーストスパーク】オーバーズ!」
凄まじい雷撃が放たれる。鎖に捕らわれ抵抗の幅を奪われたアジドCへ、轟音と共に殺到した。空気が焼け、眩い閃光が周囲を包み、衝撃がダム壁を震わせる。
「 まっず。シールド展開+【ウッドシールド】!」
アジドCが初めて声を荒げた。焦りが滲む。全身から半透明の防御膜が膨らみ、彼女を円形に包む。続けて木の幹が生まれ、絡み合って分厚い装甲へと変化していく。幾重にも重なった樹木の壁。足場が軋み、鉄の手錠までもが火花を散らした。
だが、雷撃は止まらない。
ララクの電光が壁面を削っていくと、その後ろから影が起き上がる。膝を震わせ、血に濡れながらも立ち上がった男。スカベンジャー・ダァフ。
「……俺にも、あんたとの因縁はあるんだと、思う。……涼やかな世界のために、倒させて貰う。閃行しろ! ロケットブースト!」
磁力が弾け、彼の腕から巨大なガントレットが射出された。火薬ではなく、磁力と爆薬を積んだ質量兵器。回転しながらアジドCのシールドへ突撃していく。
着弾。
ララクの雷撃と重なり、爆心地が光の塊となった。金属が唸り、木々が裂け、樹液が蒸発する気配が漂う。空気が一瞬縮み、次の瞬間には膨張して衝撃波を叩きつけた。耳を打つ破砕音。視界に残るのは白い閃光と、砕けた木片の雨。
「過剰な火力だねえ! いや、私を捕まえるには、これぐらい必須って言うことかなあぁ!?」
アジドCは怒号混じりの声で叫ぶ。防御膜をさらに展開するが、次々とはがれ落ちていく。木片が焼け焦げ、電流が膜をひび割らせ、ガントレットの爆炎が内側へ食い込む。
爆発の連鎖が続き、ダム壁一帯が揺れる。落ちる石片と水飛沫の音が混じり合い、重苦しい煙が地上へ伏せて流れていく。
アジドCの防御は崩れ始めていた。
「っく、私の防壁が!」
崩れた木装甲の隙間から爆炎が噴き上がり、アジドCの体を飲み込んだ。
「っがはぁ!」
炎に押し流されるようにのけぞった瞬間、装甲の剥がれたガントレットが勢いそのままに顔面へ叩きつけられる。衝撃に首が跳ね、火花と共に後方へと吹き飛ばされた。
「私の、積み上げた歴史はここまでというのかっ!」
刹那、ガントレット内部の爆薬が炸裂。アジドCの周囲が光と黒煙の渦に包まれる。空気が振動し、焦げた木片と金属片が雨のように散った。
濃い煙がしばらくその場を覆い尽くし、誰も息を飲んだまま動けずにいた。ダムの上に潮風が吹き抜け、ようやく煙が薄れる。
そこには焦げ跡だらけのアジドCが立っていた。全身が傷つき、服は焼け落ちている。それでも彼女は倒れていない。セブトルの手錠はボロボロの形を保ちながら、なおアジドCを逃さず繋ぎ止めていた。
足元で金属が鳴る。爆発で骨組みだけになったガントレットが、カタカタと音を立てながらダァフのもとへ自動帰還する。
「……生きてはいるよな?」
ダァフは腕を押さえつつ、黒焦げの女を見据えた。
アジドCは顔を上げ、口の端から薄く煙を吐く。
「ぼふぁ。……はぁ、はは。……礼を言うよ、皆。犯罪は立証されて、こそ。……頼んだよ、セブ、ちゃん」
瀕死でありながら、その目だけは諦めていなかった。彼女はまだ、集めるべき罪を持っている。これまで一度も捕まっていないからこそ、前科はゼロ。収集の旅は、いびつな形で完成を迎えた。
セブトルが歩み寄り、揺れる黒煙の中で真っ直ぐ彼女を見据える。
「任せろ、大悪党。お前の悪事を、余罪も全て償わせてやるよ。長い余生を、噛みしめな」
その声は鋭いが、正義を貫く者だけが持つ静かな熱があった。
アジドCは満足したように微笑み、糸が切れたように意識を手放す。
こうして怪集アジドCは、ついに捕縛されたのだった。