祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~ 作:高見南純平
戦闘の音が消え、焦げ跡が鉄骨の影を黒く縁取っていた。熱気が残る空気の中で、ダァフは膝を突き、拳を地面に支える。腕の震えが止まらず、汗が灰に混じって流れ落ちる。胸が上下し、呼吸がひゅうと鳴った。
ゼマの駆け寄る足音が、瓦礫の上に軽く刻まれる。
「【クイックヒーリング】+【ヒートリカバリー】。はい、焼けすぎ~。炎使いなのに」
じんわりと光が皮膚へ吸い込まれ、裂けていた傷口が滑らかに閉じていく。焼け焦げた肉の痛みが洗い流され、体温が整っていく。癒しの力が骨の髄まで浸透していき、ダァフの肩が緩む。
「……助かりすぎる」
ゼマは息をつきながら、今度はララクの胸元へそっと掌を添えた。潮と汗の匂いが入り混じる中で、再び回復の光が広がる。
「ゼマさん、ご苦労様です」
「っへ、あんたが言うなよな。仕事しすぎ」
ララクは軽く笑みを返した。張り詰めていた空気が少しずつ薄れていく。
一方、アジドCの前で小さく震えている人影。セブトル刑事は黒焦げの拘束者を見下ろし、唇を震わせていた。手錠の鎖はなにがなんでも繋ぎ止めた。そのしぶとさは、彼自身の執念そのものだった。
「……うぅ、うぅ、ようやくだ。あ──ー、先輩方! 刑事セブトル、アジドCをこの手錠に収めました」
声は涙に濡れていた。80年。警察組織の長い歴史の中で追い続けてきた悪党。逃げられて、失って、悔しさを抱えて、それでも手を伸ばし続けた相手。その重さが、今になって肩から落ちた。
「……感情が爆発してるぞ」
ダァフが皮肉を口にしながらも、疲労の奥で安堵が溶けている。
セブトルは慌てて咳ばらいし、胸を張り直した。
「……っう、ごほん。多大なる協力感謝するララクとゼマ、そして……ダァフよ」
「……セブトル刑事、あなたとは気が合いそうにはなかったが、最後に連携出来て良かったよ」
「……過激で研ぎ澄まされた拳だったな。アジドC捕縛につき、懸賞金はキミに振り込まれるように手続きするぜ」
「……それが目的だったわけだが、最後にとっつかまえたのはあなただろう。俺に貰う権利があるのか……」
「あのなぁ、刑事が懸賞金貰えるわけないだろう。私にとっては基本の仕事なわけだし。……それにな、環境改善の費用にするんだろ?」
「ああ。足がかり程度ではあるが、少しでも多くの人が暮らせる外界にしたい」
セブトルの目が細く揺れた。思い出すのはダムに訪れる前の事。廃地からスクラップをバギーで運んだ時、山を成す金属の瓦礫が視界を埋めた。手をつけなかった日々のツケが堆積していた。
仕方がないと自分をごまかしていたはずなのに、積み上がる絶望の量は仕方がないでは済まない現実だった。
胸を突き上げた衝撃が、今も離れない。
「……廃品を大量に集めて思い知ったよ。私は外の事情を知った気でいたが、想像以上のひどさだった。……こいつを捕まえたから、少し余裕ができる。私も協力するよ。改善運動にな」
金属の残骸が転がる音が風に混ざる。焼け焦げた空気はまだ刺すようだが、その向こうに希望の匂いがかすかに混じっていた。
外育ちと都市育ち。最初は互いの正義すら噛み合わなかった2人が、同じ景色を見た。これから積む努力は簡単じゃない。それでも一歩を踏み出せる仲間は、今まさに隣にいた。
ひしゃげたガントレットがカタカタとダァフの元へ帰っていく音が、締めくくりの鐘のように響いていた。
瓦礫に落ちた火花がぱちりと弾けた。その静けさを破るように、ゼマがダァフとセブトルの間へ勢いよく飛び込んだ。胸元のへそ出しシャツにはまだ煤が残り、頬にも細かい擦り傷がついている。それでも彼女は堂々としていた。
「ちょちょまち~。私たちも貰う権利あるでしょうが! な~に、ダァフに全額つっこもうとしてんの」
ダァフとセブトルが、はっと目を瞬かせる。
「っあ、それは言葉不足だったな。功労者であるキミたちを忘れているわけないだろ?」
セブトルが咳払いしつつ、視線をしっかりとララクとゼマに向け直す。
「ララクたちがいなければ、このミッションは完結しなかった。ほんとならば半分以上渡したいところなんだが……」
急に現実的な金の話になっていく空気。灰の匂いがまだ鼻に残る状況だというのに、こんな時でも彼らは次を見据えていた。
そこでゼマが指先をぴっと立てる。照明の残光が爪に反射して小さく光った。それが数字を意味することに、ダァフもララクもすぐ気付いた。単位はずいぶん違うものの。
「1週間、でいいから飲み放題食い放題ね。それ以上貰うと、働く気も冒険する気もなくなりそうだから。そんぐらいでどうよ? ララクリーダー」
ララクはゼマの頼もしさに微笑む。胸の奥に温かいものが広がった。
「ふふ、充分すぎますね。
……ダァフさん、ボクたちは旅を続けます。この国を堪能したあとは次の場所へ。でもいつか帰ってきます。その時、美味しい空気を吸える事を願っています」
未来を見据え、その声は迷いなく響く。焦げ臭い夜風が吹き抜ける中、その言葉は新しい息吹のように感じられた。
ダァフは目を伏せ、少し強張っていた頬をほころばせる。硬い殻を割って、素直な笑顔が顔を覗かせた。
「……その願いは叶えなければな。……あなたたちと出会えて、俺は荒廃した大地で幸運だったよ」
破壊されたダムの縁に広がる水面が、月に照らされて静かに揺れていた。風はまだ熱を含んでいたが、どこか涼しい清流の兆しが混じっていた。
彼らは守り切った。この場所を。そしてこれからは、この国全体の環境を救う番。
同じ目標を胸に、立ち上がる仲間たち。傷と疲労を抱えながら、それでも誇りを滲ませた表情で夜空を仰いでいた。
悪は裁かれる。その事実こそが、怪集アジドCが最期まで一心に求めた形だった。彼女の罪は記録され、この国の未来への障壁が1つ消える事だろう。
焼け焦げたダム壁の上で、未来への余韻が静かに彼らを包み込んでいた。