祝・追放 100回記念 特別編~犯罪コレクション~ 作:高見南純平
「この国、初心者だよな? この辺りにはああいう汚染モンスターが多い。あなたの超火力なら、スムーズに処理できるようで羨ましいよ」
ずかずかと歩き近づいてくる男は、背の高い狼人だった。ララクが成人男性の平均よりも小柄なこともあり、彼の体格はさらに大きく見えた。汗と金属の匂いが混じる風の中、その存在感は圧倒的だった。
ララクが軽く息を整えていると、ゼマが駆け寄ってきて言う。
「的確な情報、ありがとうございました。汚染されたモンスターなんて、初見だったもので」
「それが望ましい。察してると思うが、この辺りはゴミの山と腐敗した空気でできている。……外国の者は本来避けるルートなんだがな」 男はうなずき、荒れた土地を見回した。
ゼマがララクを指しながら、少し気恥ずかしそうに笑う。
「首都には遠回りなんでしょ? でも、この子、ララクね。が、この先の工場地帯も寄ってみたいって」
男の眉がぴくりと動いた。
「……奇特だな。観光街ではないんだが」
ララクは視線を逸らさず、真っ直ぐに答えた。
「最先端の国、その根幹は様々な工場なのかな、と。日程が合えば工場見学をしたいと思ってました」
「そうか。工場の近くには発電所や、少し離れた場所にダムなんかもある。だが、それ故に環境を汚染してしまっているんだ。……なぁ、環境問題に興味はあるか? 本来は進んだ技術を見たいものなんだろうが」
「……ええ。このモンスターと戦って、今はそっちに興味津々です。……腐敗物を素通りしないといけないのは、やるせないです」 ララクは短くうなずいた。
「……なら、酷だが知っておいてほしい場所がある。そして俺は、あなたに協力してほしい事がある。……俺はダァフ。この辺りで暮らしてる」 男は少しだけ目を細め、決意を滲ませるように言った。
「……なんと。より事情を知る必要がありそうですね。……えっと、いいですか? ゼマさん」
「任せますよ~、あんたがリーダーなんだから」
ゼマは肩をすくめながら、笑顔でオッケーサインを出す。
ララクは静かにうなずいた。彼は今〈ハンドレッド〉というパーティーのリーダー。
100個のパーティーの力を宿した青年は、荒廃した大地で生きるスカベンジャー・ダァフに案内されながら、次なる目的地へと足を進めた。
◇◇◇
「連れてきたわけだが、これ以上は立ち入られないでほしい。……見て分かるとは思うが」
「……ええ、これが汚染された、居住区……」
ララクとゼマは、目の前の光景に息を呑んだ。
スカベンジャー・ダァフに案内されたその場所は、確かに“街”の跡だった。家々が立ち並ぶ構造はそのままだが、どれも崩れかけ、屋根は抜け、壁には黒い染みがこびりついている。
地面は灰色に染まり、緑は一切なかった。空気中には濁った靄が漂い、吸うだけで喉が焼けるような刺激がある。
ゼマは口元を押さえ、眉をしかめながら言った。
「おっそろしいこと聞くけど、ここに住んでた人は……? 屍だらけ、なんていわないよね」
彼女の声は震えていた。恐怖よりも、目の前の“現実”に対する強い嫌悪が混じっていた。
ダァフは一度だけ目を閉じ、短く息を吐いた。
「だらけ、ではないな。少なくない被害者はいるが。……俺も元々はここに住んでいた。危険を感じ取って、住民たちは他の土地へ移動したんだ」
ララクはその言葉を静かに受け止めながら、崩れた家の奥へと視線を向けた。
「……でも、それで終わりではなかったんですね」
「そうだ。どこへ逃げても、いずれは有害な物質に侵されるかもしれない。それに街から離れれば、物資の調達が難航する。加えて、モンスター生息地域への干渉。つまり、生活そのものが脅威になるんだ」
風が吹くたびに、灰色の粉が空中に舞い上がり、陽の光を濁らせる。
「あれ~、でもさ、それって街の外に逃げる場合の話でしょ? そもそもさ、なんでこんな野生に近い場所に住んでるのさ」
ゼマは首をかしげ、あたりを見回した。
彼女は最先端の国ヌーツについて深く知らない。住宅事情や経済格差など、遠い国の問題だと思っていた。
「工場地帯は住宅街が限られているし、首都はとにかく物価が高い。土地代も。目まぐるしく技術が発展する中で高騰する生活費が払えない人たちも多い。……俺だって……」
彼は淡々と語ったが、その声の奥には疲労が滲んでいた。
彼はこの汚染地帯に近いエリアで暮らしているという。
最先端の国は電子機器に満ち、機能的な都市として名を馳せているが、その裏では住む場所すら選べない人々が増えていた。高層ビルの影には、見捨てられた灰の街が広がっていたのだ。
「衝撃的な問題です。……国のパンフレットには書かれていない汚点ですね。……それで、ボクたちへの協力してほしい事というのは?」
ララクの声は静かだが、眼差しは真剣だった。
「さっすがのララクでも、環境問題を根本からハッピーにする力なんて、ないよね?」
「えぇ、力不足です」
冗談交じりに言うゼマに、ララクは苦笑すら浮かべられなかった。
その一言が図らずも真実を突いていた。
どれだけ努力を積み重ねても、世界の歪みを一瞬で直すような力は持っていない。
それを自覚しているからこそ、胸の奥に鈍い痛みが走った。
「……いや、あなたの、ララクくんの力が俺には必要なんだ。環境を改善するには明確な手段が必要だ。汚染された空気を浄化する機械、それをまず研究する資金、人手。国が常時やっている政策だけでは足りない。……だから活動資金が膨大に必要なんだ」
スカベンジャー・ダァフの表情は硬く、焦げた大地の上で狼のように歯を噛みしめた。自分の無力を噛み殺すように、唇が震えている。
環境改善という理想を掲げながら、現実は金も仲間も足りない。それでも彼は立ち止まらなかった。
吹く風は重く、灰の匂いを含んでいた。
この国の最先端の影に沈む、その灰色の街で、3人の視線が交差した。