第一回目は、1番最初に好きになったダイワスカーレット編になります。こちらはpixivの方にあげたものを再投稿したものになります。
それでは、どうぞ。
いつからだっただろうか。
アイツの事を意識し始めたのは。
鍛錬を重ね、経験を積み、知識を蓄え、敗北を知った。いくつもの勝負を重ねて、ただひたすらに「一番」を欲し続けた。
そのためにはどんな努力も惜しまなかった。自身を偽り、勝つための武器が手に入る環境を整えた。誰よりも早く練習場へと赴き、皆が寝静まった夜ですら走り続けた。
しかし、結果は着いてこなかった。実力を示せたとしても「優秀」止まり。自身の目指す「一番」には届かない。何が足りないか必死に模索した。けれど、何も分からなかった。だからがむしゃらに努力を続けた。オーバーワークだ、休んだ方がいい・・・他者のそんな気遣いの言葉すら、生ぬるく聞こえてしまう。
「こんな甘いトレーナーはアタシには必要ない。」
そうやって選り好みし続けて、いつしかアタシは、「優秀だが口だけの癖馬」の烙印を押されてしまった。
いつの間にか、ひとりぼっちになっていた。
そんな時だった。アイツに出会ったのは。
初めは「しつこい人間が現れた」としか思っていなかった。いかにも新米の、アタシに対して夢を抱いているバカ。それがアイツに対するアタシの第一印象。
現実を突きつけて諦めさせようと何度拒絶しても、アイツはしつこく付きまとった。そしてあろう事か、アタシにとっての一番のトレーナーになって支えたいだなんて言い始めた。
本当にバカ。・・・けれど、そんなアイツに「もしかしたら」なんて希望を抱いてしまったアタシも同じバカだった。アイツとぶつかって初めて、トレセン学園にやってきてから偽りばかりだったアタシが素直になれた気がした。
それからの日々は、波乱万丈なんてありきたりな言葉では表せない程のせわしない毎日だった。
トレーニングは一人でやっていた時よりも非効率。目的と練習内容がちぐはぐ。変なところで頑固者で言うことを聞いてくれない。挙句、アイツの方が無理をして体を壊してしまう始末。どっちがトレーナーなのかわからなくなる。
けれど、そうやって本音でぶつかり合いながら手探りで突き進む日常を、心のどこかで楽しいだなんて思うアタシがいた。
いつからだっただろうか。
アタシの「目的」が変わったのは。
朝一番で練習場へと向かうのは、アイツに誰よりも早く会うため。
勉強を重ねるのは、アイツにもっといい方法がある事を教えるため。
レースで一番を取るのは、トロフィーを持ってきたアタシを、誰よりも喜んでくれるアイツの笑顔を見るため。
気付いた時には、取り返しもつかないぐらい・・・アイツのことを好きになっていた。
その感情を理解してからは、練習やレース以上に頭を抱える時間が増えた。どんなクリスマスプレゼントを用意しても、バレンタインにチョコレートを渡しても気付く素振りすら見せない。そのクセに、アタシの髪型やアクセサリー、体調には敏感で調子が狂う。
アタシのこと見てくれてるのかな・・・だなんて浮かれてたら、他のウマ娘にも似たようなことをしていて無性に腹が立った。それと同時に、アタシ以外の女に取られてしまわないか不安でたまらなかった。
ぐちゃぐちゃな感情で練習をしていて、ついついアイツに強く当たってしまうことも多かった。けれどもアイツは、そんな理不尽な当たり方をしたアタシに対して、いつだって真剣に、優しく包み込んでくれた。それだけで本当に嬉しくて、どんなに不機嫌でもすぐに許してしまう。
けれど、それに気付かれてしまうのが恥ずかしくて、いつも誤魔化していた。なかなか素直になれない厄介な性格が、こんなところにまで支障をきたすとは思ってもみなかった。
明日は正直になろう、次こそはアイツに素直に伝えるんだと考える毎日が、幸せで仕方なかった。
願うことなら、こんな日々がいつまでも続いて欲しい・・・そんなワガママを、いるかどうかすら分からない神様に祈り続けていた。
「トレーナーとウマ娘の契約は、三年で終了する。」
それを知ったのは、偶然だった。
その日はトレーニングの時間になってもなかなかアイツが練習場にやってこなかった。仕方なく、学園内を探し回っていると、たづなさんと話しているアイツの姿を見つけた。
「こんなところにいたのね。全く、担当ウマ娘をほっぽり出してなにして・・・」
そう声をかけ近寄ろうとした時に、聞こえてしまった。
「・・・契約更新の件について、考えて頂けましたか?」
「もう少しだけ、待って貰えませんか?」
神妙な面持ちで話しかけるたづなさんに、暗い表情で返答するアイツ。今まで練習メニューを考える時に、顔をしかめる姿は見たことがあったが・・・アイツのあんな悲しそうな顔を見るのは初めてだった。
そんなアイツに対して、たづなさんは続けた。
「わかりました・・・ですが、契約満了の時間は変わりません。三年が経った後、次の担当ウマ娘をどうなさるのか・・・早めにご検討をお願いしますね。」
話が終わると、たづなさんは理事長室の方へと歩いていった。アイツはその場で立ち尽くしたまま俯いていた。見つかってしまう前に、アタシは逃げるように練習場へと走っていった。
嘘だ。嘘だ。嘘だ。
そんなの聞いていない。
アタシだけのトレーナーが、他の誰かのものになってしまう。
ずっと一緒だと思っていたのに。二人で過ごす毎日が、もうすぐなくなってしまう。
嫌だ。お願いだからどこにも行かないで。
心の中でそう叫びながら、大粒の涙とともに廊下を駆け抜けた。
アタシが練習場に戻ってから、アイツが来たのは数分後だった。その日の練習は普段しないようなミスが続いた。アイツから、「大丈夫?調子が悪いみたいだけど・・・」と心配されたが、どうにか誤魔化すことが出来た。
練習後の夜、誰もいない部室・・・アタシとアイツ二人だけの会議室で、声を上げて泣いた。
次の日から、アタシは気持ちを切り替えることにした。どうせいなくなるのが決まっているのなら、アタシ以上のウマ娘なんて存在しない・・・そう思って貰えるような存在になろうと決心した。これまで以上に走りを研究し、練習の質を上げた。そして何より、アイツとの時間を大切にした。
桜花賞、オークス、秋華賞。ティアラ路線と呼ばれるレース全てを制覇し、アタシはティアラ三冠ウマ娘と呼ばれ持て囃された。最後の秋華賞で一着になった時、アイツは男のくせに大泣きして喜んでいた。みっともないから泣くんじゃないわよ。と言ってしまったが、アイツがそんな風に喜んでくれた事が嬉しくて、幸せで・・・アタシもちょっぴり涙を流した。
それからしばらくして、理事長からURAファイナルへの出場資格を認められた。全てのウマ娘の頂点を決める最大規模のレース。そして、アタシがアイツと共に挑む、最後の大舞台。
絶対に負けられない。アタシ達が歩んできた三年間を、全世界に見せつけてやる。そう胸に誓った。
URAファイナルを予選、準決勝と勝ち進み、ついに迎えた決勝戦。会場はこれまで見たことも無い程に熱気に包まれていた。
前人未到の無敗の三冠を初達成したトレセン学園生徒会長、「皇帝」シンボリルドルフ。同期最強と名高い、「逃亡者」サイレンススズカ。世界大会に選抜され、見事優勝した実力者「日本総大将」スペシャルウィーク。そしてアタシの宿命のライバル・・・今まで誰もなし得なかった、誰も実行しようとすらしなかった路線変更からのダービー制覇を達成した「府中の申し子」ウオッカもいた。
「ようスカーレット。まさかここまで残っているとはなぁ」
「ふんっ、今更白々しいわね。同室のくせに知らない訳ないでしょ」
ウオッカのいつも通りの軽口に、こちらも同じように軽口で返す。今まで何回も繰り返したやりとり。でも、今日は訳が違う。ウオッカの瞳には、燃え盛る闘志の炎が宿っていた。
「スカーレット。ようやく決着をつける時が来たな。俺とお前、どっちが頂点に立つにふさわしいか・・・勝負だ。」
「望むところよ。・・・このレースだけは、絶対に一番になるわ。負けられない理由があるの。」
ウオッカの気迫は凄まじい。けれど、今のアタシはその程度では動じない。
「負けられない理由ね・・・俺にもあるさ。いや、ここにいる全てのウマ娘に言える話だ。全員が、あのトロフィーに向かって食らいついてくる。・・・だが、お前のクビに食らいつくのは俺だ。覚悟しとけよ。」
そう言って、ウオッカはゲートへと入っていった。その通りだ。ここにいるウマ娘達が、アタシに立ち塞がる最後の、そして最大の壁。それでも、絶対に一番になる。それがアタシに出来る、アイツへの最後の贈り物だから。
「晴れ渡る青空。ここ、京都競馬場にて、史上最大のレースが幕をあけます。最強のウマ娘を決めるURAファイナル決勝。出走するウマ娘達を紹介しましょう・・・」
場内アナウンスから、実況の声が聞こえる。もうすぐ、戦いの火蓋が切って落とされる。
「五番人気、外枠十番。ティアラ三冠ウマ娘のダイワスカーレット。」
アタシの名が呼ばれる。その後、観客席からアタシへと割れるような歓声が沸き上がる。
(気力充分、コンディションも完璧・・・いける!)
心の中でそう唱える。今のあたしは、今までのレースを遥かに超えた完成度だ。今のアタシに・・・不可能はない。
「各バゲートイン。出走の準備が完了しました。」
そして、静寂が訪れる。数秒後に訪れる出走の合図に向け、全身を集中させる。
その時が、来た。
「各バ一斉にスタート!綺麗にゲートから飛び出していきました!」
始まった。これが本当に最後の戦い。アタシはいつも通り、全力で先頭を目指す。
「これは熾烈な先頭争いだ!ダイワスカーレット、サイレンススズカがほぼ横並び、そのすぐ内からミホノブルボンが様子を伺っている!」
後半のスタミナを意識しつつ、限界のスピードで突き進む。しかし、並ぶスズカ先輩とブルボン先輩を離すことができない。それどころか、スズカ先輩はさらにスピードを上げ、アタシの前に立とうとしている。
(・・・さすがね。けれど・・・負けられないのよ!)
これまでのレースであれば破滅的なスピードを出し、必死に食らいつく。
「これはすごい!第一コーナーの通過タイムは最速レコードを大幅に更新!まさに世紀の対決です!」
ここまで来たのにも関わらず、先頭集団は全くペースを落とす気配がない。スズカ先輩とは少しずつ差が生まれている気配すら感じる。これが・・・最強の名を賭けた戦い・・・!
「大ケヤキを抜けて、最終コーナー!最後の直線へとはいります!ここからレースは大きく変化します!」
最後の勝負どころ。スズカ先輩とブルボン先輩は、ギアをさらに一段階上げた。見えてはいないが、後方からは会長とウオッカの気配がじわりじわりと迫っているのを感じる。
「先頭は依然サイレンススズカ!しかし二番手にミホノブルボンがほぼ横並びだ!後方からはシンボリルドルフとウオッカが怒涛の勢いで上がってくる!三番手にはダイワスカーレット、徐々に先頭と離されているか!?」
限界を超えて力を出しているはずなのに、全く追いつく気がしない。ウオッカ達は、もうすぐそこまで迫っている。
このままでは、負ける。直感で理解した。
やっぱり、ダメなのか。どれだけ努力しても、勝てない相手はいるものなのか。あれだけ大口を叩いたのに負けるなんて、なんて情けない。けれど、アイツは褒めてくれるかな。きっといつもみたいな優しい顔で、アタシのことを撫でてくれる。
もう、いいんじゃないか。
そんな諦めの言葉が浮かんだ時、どこかからアイツの声が聞こえた。
「スカーレットぉぉおっ!!」
アイツが何かを言っている。
・・・誰に対して?
考えるまでもない。アタシにだ。
・・・何を言っている?
・・・・・・頑張れ。
アイツは、アタシに向かって頑張れと・・・それだけを必死に叫んでいる。
その時、ふとこれまでのアイツとの日々が脳裏をよぎった。
初めて出会った日の、バカみたいに透き通った瞳。
練習メニューを決める度に喧嘩した時の、怒った表情。
挫けそうになった時いつも励ましてくれた、暖かい手。
アタシがワガママを言ったときの困り顔。
そして、ティアラ三冠を達成した時の、涙まみれの笑顔。
涙が零れた。
・・・嫌だ。負けたくない。負けられない。
アタシがこれまで重ねた敗北は。挫折は。流した涙は。全部この瞬間のためだったんだ。
他のウマ娘なんて、もう関係ない。証明するんだ。成し遂げるんだ。アタシが・・・ううん、違う!
「アタシ『達』がっ・・・一番なんだからぁぁぁぁぁぁっ!!!」
消えかけていた紅の炎が、再び燃え盛った。
「おおっと!?勢いを失ったかと思われたダイワスカーレット、ここで息を吹き返した!速い、速い!前方のシンボリルドルフドルフ、ミホノブルボンを一気に差し返した!!」
観客席からどよめきと歓声がきこえた。・・・・・・無視する。
心臓が許容範囲を超え、ジンジンと痛み出す。・・・・・・無視する。
脚全体が負荷に耐えきれず、悲鳴をあげる。・・・・・・無視する。
アタシを構成するありとあらゆる器官が、もう無理だと弱音を吐く。・・・・・・無視する。
どうなっても構わない。他のことなんてもう構わない。今は、ただひたすらに、前へ・・・っ!
「ぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!」
それが雄叫びなのか、悲鳴なのか、アタシですら分からなかった。ただ、そんな虚勢すらも己の緋にくべて、炎を燃やし続けた。
「残り100m、先頭はサイレンススズカ、ダイワスカーレット、すぐ後ろにはウオッカ!熾烈なデッドヒートだ!」
ゴールは目と鼻の先。
あとほんのすこしだ。あとほんの少しでいい。アタシに、力をください。そう天に祈った。
そして、最後の一歩。アタシは飛び込むように全力で踏み込み、前方へ身を投げ出した。
「な、なんと!ダイワスカーレット、ゴールへと飛び込んだ!そのまま転がるように倒れ込みゴール!これは大丈夫なのか!?」
地面にぶつかる瞬間、とてつもない衝撃が体を襲った。多分、骨の二、三本が折れたと悟った。
遠くから聞き覚えのある声が、アタシを呼んでいるのが聞こえた。応えようとしたが、意識を保っていられない。どんどん視界が黒く覆われていく。
最後に見えたのは、悲しそうな、怒ったようなアイツの泣き顔だった。
(あはは・・・これは、後でお説教コースね・・・)
そのまま、アタシの視界はブラックアウトした。
次に目が覚めたのは、見知らぬ病室だった。
辺りを見渡すと、よく分からない医療機器が身体中に繋がれており、ベットの傍にはアイツがイスに座りながら眠っていた。恐らく、つきっきりだったのだろう。目元は赤く腫れているのに気付いた。
心配をかけてしまった立場としては良くないことだとは思ったが、アタシのためにここまでしてくれた事がとても愛おしくて、その頬を撫でようとした・・・が、右腕が上がらない。見ると、腕には白いギブスが巻いてあり、固定されていた。仕方なく、反対側の手で頬に触れた。
しばらく頬に触れ、ぷにぷにとした感触を楽しんでいると「うぅん・・・」と小さく呻き声をあげながら目を覚ました。
「おはよ。起こしちゃった?」
声をかけると、ハッとした様子で捲し立てるように話しかけてきた。
「スカーレット!起きたんだね!大丈夫!?頭は打ってない、記憶は大丈夫!?それから体は・・・」
「ちょ、ちょっと!病院でそんな大声を出さないで!他の人に迷惑でしょ・・・」
そう指摘すると、我に返ったらしく、辺りをキョロキョロ見渡して深呼吸をし、少し間を開けて話し始めた。
「全く・・・無茶したね。右腕の粉砕骨折、右脚骨折、左脚は筋肉の損傷と骨にヒビ。搬送される前は、内出血で酷かったんだよ?医者からも、よくあれだけの怪我で生きて帰って来れたって聞かされたよ」
想像していた以上にアタシの容態は深刻だったらしい。現にアイツの言った通り、左手以外の四肢は全く言うことをきかない。これは・・・もう走れないかもしれない。もしそうだったとしても、悔いはない。あのレースで己の全てを絞りきることができた証だ。その時は実家に帰って、両親と共にのんびりと普通の女の子として生きるのも悪くないかも・・・などと考えていると。
「全治四ヶ月。リハビリも含めると、レースへ復帰できるのは早くて一年後になるかもしれない。しばらくの間は我慢だね。」
「・・・意外ね。引退になるかも、なんて思っていたのに。そっか・・・アタシ、まだ走れるんだ・・・」
こんな状況になって、改めて自分が走ることが大好きだったことに気付かされる。あのスピードで転倒したのに、再起不能にならなかったのは奇跡だ。きっと神様からのプレゼントだろう。
「・・・心配かけて、ごめんなさい。」
「今日はやけに素直だね・・・。全く、あんな走り方を教えたつもりはないんだけどなぁ。」
アイツのいつもの困り顔。素直になってもならなくても、相変わらずだ。でも、今回ばかりは訳が違う。下手をすればアタシは死んでいたのだから。だからせめて、今だけは正直になろう・・・そう思った。
「・・・アタシの走り、最後まで見ててくれた?」
「うん、もちろん。瞬きすることさえ惜しいって思うぐらい、最高の走りだった。・・・誰がなんて言おうと、僕の中では君が一番だよ。スカーレット。」
・・・やっぱりだ。コイツはいつもそう。アタシが必死になって欲したものを、こうも簡単に与えてくれる。本人はきっとこれっぽっちも意識なんてしていないのだろう。そうであったとしても、もう充分だ。
「・・・レースの順位、教えて。」
それを口にした途端、アイツの表情は真剣になった。そんなに身構える必要なんてないのに。アタシの欲しかったものは、もう手に入れた。たとえ一番でなかったとしても受け入れられる。・・・まあ、あの状態だったから、ウィニングライブがどうなってしまったのかだけが心残りではある。
しばらくして、アイツはベッドの下をゴソゴソと漁り、1つの大きな箱を手渡してくる。
「・・・開けて。」
恐らく、入賞のトロフィーだろう。全く、勿体ぶって。直接口でいえばいいのに。そう心の中で呟きながら、その指示に従い、ゆっくり箱を開ける。
「・・・・・・・・・え?」
アタシの口から、素っ頓狂な声が出た。
そこにあったのは、大きな黄金の杯。取り出してプレートを見ると、確かに「URAファイナル優勝」と刻まれていた。
理解が追いつかなかった。
これは見間違いか、はたまた夢か。混乱していると、アイツが再び声をかけてきた。
「・・・しまった。一つ渡し忘れてたね。」
アイツがその手に握っていたのは、アタシがママから貰った大切なティアラ。転倒した時に汚れてしまったのだろう。それには取り切れていないターフの砂埃や小さな傷がいくつか残っていた。
アイツはそのティアラに紅白のリボンを結びつけて、アタシの頭上にちょこんと乗せてくれた。
「・・・URAファイナルの優勝カップに初めて刻まれる名前は、君だよ。おめでとう。スカーレット。」
その時、ようやく全てを飲み込んだ。アタシが、全てのウマ娘の頂点・・・一番になれたのだと。
「うぐっ・・・グズっ、ヒグッ・・・」
涙が止まらなかった。決壊してしまったかのように、とめどなく大粒の雫がこぼれ落ちる。
「アタシが・・・アタシ達が、一番なのね・・・っ」
「・・・うん。僕達が一番だよ。」
動かせる左腕で、ぎゅっとトロフィーを抱きしめる。
「ありがとう・・・トレーナーっ・・・!」
泣きじゃくりながら、笑みを浮かべた。アイツの前で見せた、二度目の涙。きっとあの時のアイツよりぐしゃぐしゃでみっともなかっただろう。けれど、あの時アタシは、人生で一番輝いていたと思う。
それから月日は流れて。
四ヶ月の治療が終わり、ようやく退院の日を迎えた。
トレセン学園に戻ると、生徒たちが雪崩のように押し寄せてきた。病み上がりだと言うのに、皆容赦がない。優勝を称える者、無謀すぎる走りを叱責する者、退院出来て良かったと安堵する者、その他諸々。復学初日から酷い目にあった。
そんな怒涛の時間を終えた放課後。アイツがとんでもないことを伝えてきた。
「URAファイナルのウィニングライブのレッスン!?」
どうやらあの日、アタシが病院に搬送されている間にウオッカが観客と運営に呼びかけたらしい。「このレースを制した女王様がいないライブなんてゴメンだ」と。
・・・ウオッカらしいやり方だ。アタシのお見舞いに来ていた時には、そんな素振り一切見せなかったくせに。後で文句を言ってやろう。その後に、ちゃんとお礼を言おう。
ウィニングライブの日程と共に、これからのスケジュールを教えてもらった。復帰したばかりだと言うのに、予定は来月までぎゅうぎゅう詰めだった。コイツを含めて、皆アタシのことを気遣っているのか疑問に思った。
文句ばかりを言っても仕方がない。アタシは一番のウマ娘になったんだ。それに恥じないように、務めを果たす他ない。
・・・けれど、これだけは言わせて欲しい。ライブの楽曲と振り付けのセンスがおかしいんじゃないかしら。何よ、うまぴょいって。あとこのソロパート、アドリブでお願いしますって一文はどういうことよ。
そんな不満を胸に秘めながらスケジュールをこなし続け、無事にウィニングライブを成功させた。
そして数日後。アタシとアイツのスケジュール帳に書かれた、最後の予定をこなしに行く。
それは、温泉旅行だ。
以前、商店街のくじ引きで偶然引き当てた特賞の景品だ。予定が詰まりすぎて行けるかどうか危ぶまれていたが、有効期限ギリギリでなんとか実行にこじつけることが出来た。
もちろん、アイツと二人きりで旅行に行けるのだ。心が飛び跳ねるぐらい嬉しかった。だがこれが終わってしまえば、アイツと過ごした三年間が終わってしまう。
喜びの寂しさが綯い交ぜになった複雑な心境のまま、アタシ達は温泉旅行へと向かった。
到着した旅館は、アタシが想像していた以上に豪華な場所だった。
目に映る陶器や置物等は、素人でも分かるほどの一級品。出された夕食はそれはもう豪勢で、今まで食べたこともない位に美味しかった。そして肝心の温泉は貸し切り状態。まだレースに出られないボロボロのアタシの身体に染み渡る心地良さだった。
温泉からあがり、用意されていた浴衣に着替えて客室に戻る。 小さな庭の着いた部屋の縁側には、片手にビール缶を持つ、少しお酒の入ったアイツがいた。
「全く、アタシが戻る前にひとりで勝手に晩酌を始めるなんていい度胸ね。」
「あはは・・・ごめんね。おかえり、スカーレット。」
悪態をつきながら、少し間を空けてアイツの隣に腰を下ろす。
「ホントにすごいわね、この旅館。いつまでもここに入り浸っていたいぐらいよ。」
「ハハ、それは同感。けど、そんなことしたら僕達破産しちゃうよ?」
冗談を交えながら、これまでの三年間の思い出話に花を咲かせる。
「・・・あの時のスカーレット、僕の出す案に全部ダメだししてきたよね」
「そりゃそうよ。アタシじゃなくてもあんなめちゃくちゃなメニュー、誰だって口出しするに決まってるわ。」
楽しかったこと、辛かったこと、恥ずかしかったこと・・・一つ一つを思い出しながら、夜は少しずつ更けていく。そして話題が無くなり、会話が途切れてしまった時に・・・今までずっと秘めていた、あの話を切り出した。
「・・・三年間なんでしょ。アタシとの契約。」
「・・・いつから知ってたの?」
「一年半くらい前から。・・・たづなさんと話してるところ、聞いちゃったのよ。」
少し驚いた表情で、アイツはアタシに答えてくれた。
・・・これが本当に最後なんだ。もう、全部ぶちまけてしまおう。
「・・・嫌」
「・・・え?今なんて・・・」
「・・・嫌なのよっ!アンタとの契約が終わっちゃうのがっ!」
それを口に出した途端、今まで蓋をしていた感情が全て溢れ出した。
「アタシが今まで頑張って来れたのは、アンタがいたからよっ!辛い練習を耐えられたのも、レースで勝ちたいって思えたのも、全部アンタに褒めて貰いたかったから!アタシだけを見てて欲しかったからっ!・・・アタシが一番だって、思って欲しかったからよ!」
「・・・スカーレット・・・。」
気付けば、涙を流していた。とめどなく流れる涙と同じように、アタシの本音も止まることはなかった。
「ティアラ三冠を達成出来たのも、URAファイナルで優勝出来たのもっ、全部全部アンタの為っ・・・!本当はそんなもの、最初から要らなかった!アンタが褒めてくれる、アタシを撫でてくれる・・・それだけで良かったのよっ!なのに、アンタはそんなことこれっぽっちも知らなくって、気づいてもくれなくて・・・オマケに、こんな大事なことだってずっと隠してきたっ!アタシはアンタが居ないとダメなのに・・・アンタが居ない日々なんて、考えられないのにっ・・・どうして、どうして何も言ってくれなかったのよっ・・・なんでいなくなっちゃうのよぉ・・・っ・・・」
悲しくて、辛くて。最後の方は嗚咽でまともに言葉になっていなかった。
アイツは、そんなアタシをそっと抱きしめてくれた。
「今まで気付けなくて・・・何も言わなくて、ごめん。」
「謝るなら最初からするなぁっ・・・!」
アタシもアイツと同じように、腕を背中に回してギュッと強く抱きしめ返す。
「・・・いや・・・いかないで・・・っ。アンタがいないと、アタシはダメなの・・・っ。ぐすっ・・・ひとりに、しないでぇ・・・っ。」
プライドも恥も全て捨てて、子供みたいに必死にすがりつく。アタシの頭をいつもみたいに優しく撫でながら、アイツは口を開く。
「・・・スカーレット。ずっとどうするか考えていたんだ。・・・けれど、今の君の言葉に背中を押された。」
嗚咽で肩を震わせながら、アイツの言葉を聞き続ける。
「・・・僕は、トレーナーを辞める。」
「・・・え・・・?」
赤く晴れた瞳で、アイツの顔を見上げる。
「僕は、君の専属トレーナーに・・・ううん。君だけのパートナーになるよ」
アイツから出てきた、突拍子もない馬鹿げた話。そんなこと出来るわけない。信じられなかった。
「うそつきっ・・・今まで騙してきたくせにっ、信じられるわけないでしょっ・・・。」
「・・・そうだよね。無理もないよ。・・・どうすれば、信じてくれる?」
見上げると、いつもの困り顔。アタシだって、困らせたくない。その言葉を信じたい。けれど、怖い。怖くて仕方がない。これを言ってしまったら、もう戻れないかもしれない。けれど、もう我慢なんて出来なかった。それを口にしてしまった。
「・・・誓って。アタシが一番なんだって・・・ずっとずっと、そばで一緒にいてくれるんだって・・・信じさせて・・・」
言ってしまった。
小さく震えながら、アイツを見上げる。恥ずかしさで頬が熱くなるのを感じる。怖くてたまらなくて、アイツの服をぎゅっと握る。ただ、アイツの答えを待った。
「・・・スカーレット。僕は・・・。」
耐えきれず、そのままキュッと目をつぶった。
「・・・君が好きだ。ずっとずっと、最初に君の走りを見た時から・・・君に惹かれていた。」
「え・・・」
予想外の返答に、ゆっくり目を開ける。そこには、真剣な眼差しでアタシを見つめるアイツの顔があった。
「・・・僕も、君以外の子と組むなんて出来ない。こんなに素敵な一等星を見つけたんだ・・・誰にも渡したくない。手放したくなんてない」
止まりかけていた涙が、また溢れてきた。けれど、さっきまでとはまるっきり違う。アタシを選んでくれたことが嬉しくて、幸せで・・・涙が止まらない。
「・・・君から、たくさんのものをもらった。だから今度は、僕があげる番だ。」
ゆっくりとアイツの顔が近づく。開けていたはずの感覚はとうに無くなり、アイツの吐息を肌で感じる。そして・・・。
月明かりに照らされた二つの影が、一つに重なった。
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜
いつからだっただろう。
アイツのことを名前で呼ぶようになったのは。
「ふふっ。こんなところでたそがれて、どうしたの?スカーレット」
京都レース場の観客席最上部。ターフ全体が見渡せる場所でそんなことを考えていると、アイツが声をかけてきた。
「別に?ただ、感傷に浸っていただけよ。」
「・・・そっか。色々あったもんね。」
そう言い、アイツはアタシの隣に立つと、そっと手を重ねてきた。
「・・・アタシはこれからも、一番であり続けるわ。アタシ達のために。」
「ふふっ。そうだね。大丈夫、僕達に出来ないことなんて何一つないよ。」
重ねられた手を握る。期待に答えるように、そしてコイツへの信頼を示すように。
「さぁ、始まります!第2回URAファイナル決勝!昨年鬼気迫る走りを全世界に見せつけ頂点に君臨した緋色の女王、ダイワスカーレット!今年はどんな走りを見せてくれるのか、そして彼女を打ち倒す者は現れるのかっ!」
大音量の場内アナウンスと共に、歓声が沸き上がる。
「・・・出番が来たね。頑張ってね、スカーレット。」
その言葉に背中を押されて、ターフへと向かう。その途中、アイツの方へと振り返る。
「緋色の女王の威厳、見せつけてあげるんだから!一番輝いてるアタシの姿、見逃さないでよね!」
さっきのアタシの問に対する答えは、どれだけ思い出そうとしても出てこない。けれど、それでいい。だって、今がこんなにも幸せで、輝いているのだから。
もしかすると、アタシがアイツに想いを伝えられたあの温泉旅行・・・商店街で特賞を当てたあの時から、運命は決まっていたのかもしれない。
あの日、アタシは「一番」よりも素敵なものを手に入れた。
「行ってくるわ!もし一番になれたら、ご褒美よこしなさいよっ!ねっ、――・・・」
青空の下、観客の熱気に包まれる。
アタシの頭上には、キラキラと輝く大切なティアラ。そして、『特別』なアイツから結んでもらった、紅白のリボンが揺れていた。
ここまで読んで頂き、ありがとうございます。
ダイワスカーレットは、個人的に思い入れのあるウマ娘です。
可能な限り、アプリでの出来事を忠実に・・・3年という期間の中で、どこまで彼女と寄り添えるか。そんな風に考えながら書いていました。
誰かの心に届いてくれたら、幸いです。
感想、ご指摘がありましたら、コメントにてお伝えください。今後の励みにさせていただきます。
次回、メジロドーベル編でお会いしましょう。