リュウリュウの実:モデルイビルジョー   作:ゲケエベレッケ

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第5話

その声を皮切りに魚人が軍艦を沈めるべく殺到する。

 

「奴らを近づけるな! さっき舵を取られたように、いや、今度は船ごと沈められるぞ!」

 

 そう海兵が言うが、海軍の軍艦は構造上船の下側にいる相手には取れる手段がほぼない。

 

 そのため本気で魚人が船を沈めようとすれば、この系統の軍船はどうしようもない。

 

 悪心を持つ魚人族が10人いれば、物流の流れを停止させ、一国を機能不全に追い込むこともできるとされている。

 

 魚人が迫害され、海上にはほぼ存在しない理由の一つに、魚人の海賊が暴れた場合、その戦闘力いかんに関わらず、国を落とす程の脅威になりかねないというものもある。

 

 “魚人族は人間の上位互換であり、人間は神によって選ばれた魚人族に嫉妬して海に追いやった。”

 

 アーロンがよく口にする、そして心の底では全くそう思っていない主張も、アーロンが思っているよりは的を得ていると言える。

 

「アーロンさん! 各自持ち場に着きました!」

 

「いつでもこんな船沈められます!」

 

「シャハハ! ご苦労。人間共、俺達はそもそもてめえらの土俵でまともにやり合う理由なんてねえんだよ! 船上での殴り合いという勝敗に関係しないお遊びは終わりだ。ここからやるのは害獣駆除だ。残念ながら種族の差と言うものはどうしようもない。鍛えて劣等種の中ではマシな部類になったお前らも、結局最後は種族の差というどうしようも無いものに負けるんだよ! てめえらは確かに試合には勝った。別だ。おめでとう、結果海の底だ! 何はともあれここがデッドエンド(行き止まり)だ!」

 

 そう勝ち誇ったアーロンを少女は憎悪の目で睨めつける

 

「あ? デッドエンド(行き止まり)? どっちのだよ!?」

 

 彼女が息を大きく吸い込む。

 

 次の瞬間飛び出るのは海中を揺らし意識を奪う大咆哮

 

 本来なら船を沈める作戦もこれで終わっていた。

 

 しかしアーロンの号令がそうなる未来を覆す

 

「耳を塞げ! 同胞!」

 

 同胞への愛、異種族への加害性、東の海屈指の戦闘力。それによって得た、アーロンのカリスマ。それは魚人達に条件反射に近い命令伝達速度を与えていた。

 

 彼らが一斉に耳を塞ぎ衝撃に備える。

 

「グシャオオオオオオオ!」

 

 大咆哮が響くが、気を失い浮いたのは数人

 

 むしろ不意打ち気味に咆哮を受けた海兵の方が動けなくなっていた。

 

「よし! 耐えたぞ! 次のが来る前に沈めちまえ! あれだけの大音量、そう連発しては打てねえ!」

 

「この辺を殴れ、この船はここが急所だ!」

 

「人間如きに与した船など、バラバラになってしまえ!」

 

 衝撃、衝撃、衝撃

 

「もう限界です! 沈みます!」

 

 泣きそうな声で海兵が言う。

 

「おい、嬢ちゃんあんた悪魔の実の能力者だろ! 俺の背に乗ってろ! 海は何とかしてやるからアイツラを何とかするのは任せた!」

 

 軍医が少女に言った。

 

 この少女が何を考えているかは分からない。

 起きてから悪態しかついていないし、目的も思考も全く読めない。しかし表情からはアーロンへの憤怒が見受けられ、行動はアーロン一味への明確な敵対行為。

 

 味方と言えるかも分からないが、少なくともアーロンの敵ではある。

 

 だからこの少女に頼るのが最適解であると軍医は思った。

 

 しかしその言葉は少女の耳へと届かなかった。

 

「死ね! クソが!」

 

 何も耳に入らないかのように殴りつけるあたり完全に頭に血がのぼっている。

 

 あ、駄目だこりゃ

 

 軍医のその様子を察しプリンプリンが声を張り上げる

 

「君はそのまま彼女に声を掛けてくれ! 下の魚人は私が何とかする!」

 

 そしてプリンプリンは船の縁に足をかけた。

 

 水中の魚人達には、大砲は射角的に届かない。銃も効果が薄い。そのため水の中に入っての戦闘に持ち込むしかない。

 

 しかし水中がホームグラウンドとされる魚人と、水の中では行動の制限される人間。水中戦など挑もうものならどうなるかは明らかだ。

 

 にも関わらず、プリンプリンは飛んだ。海中めがけて

 

「人間が落ちてきたぞ!」

 

「ギャハハ! もう勝ち目が無いと思って諦めたか! どうせお前らはこうなる運命だったんだよ!」

 

 落ちる、落ちる、海に向かって、魚人の群れに向かって。

 

 一切の海中適応手段を持たない人間が、海中で魚人に勝つなどほぼ不可能だ。

 

 そんなの自殺行為と言っても良い。

 

 だから、彼は、再び飛んだ。入水する直前で、空気を蹴って。

 

「【月歩】」

 

「は?」

 

 政府の戦闘術。六式。その一つ。【月歩】

 

 空中に蹴りをいれる事で、空中を跳ねる、言わば二段ジャンプだ。

 

 それを繰り返す事で、准将は海上を、より正確に言うなら海の上の空気を踏み台にし駆ける。

 

 何度も言うが77支部は一応は自称するように名のしれた精鋭部隊ではある。

 

 その将校である彼が六式を修めている事もあまりおかしな事ではない。

 

 人間が海を跳ねる異常な光景に混乱が広がり、その混乱を裂くようにプリンプリン准将が海の上を駆けるように跳ね、次々に船に張り付く魚人達を斬り伏せていく。

 

 本部の基準よりも大幅に劣るとは言え、彼は腐っても将校である准将。

 

 魚人達の海へと引きずり込もうという手を躱し、流し、張り付く魚人を的確にさばいていく。

 

「こいつを海へと引きずり込め!」

 

「無理だ! 早すぎる!」

 

「見た目ほど速くねえぞ! 水でもかけて何とかしろ!」

 

「落ち着け! どうせ船底の連中には手を出せねえ! 10分後にはこいつも海の底だ!」

 

「准将! 援護します」

 

「大砲だと射角的に届かん! 銃を使え!」

 

 響くは喧騒

 

 この時海軍も魚人も忘れていた

 

 一番忘れてはいけない。咆哮を。

 

「グシャオオオオオオオオオ!」

 

 本日4度目の咆哮

 

 空間が爆発するかの様な、衝撃の爆発

 

 それは海中の魚人の9割、船上の海兵の1割の意識を刈り取った。

 

 気を失い浮いてくる魚人達。

 

 それを見たアーロンは思わず悲鳴を上げる。

 

「ど、同胞!」

 

「死ね!」

 

 少女には隙を見せた敵を殴らないという選択肢は無い。敵と見なした相手に暴力の手を止めることは無い。

 

「ぐわぁ!」

 

 痛打を頬に食らいながらも、アーロンの意識はどこか自身を俯瞰するかのような冷静さを持っていた。

 

(終わったか……)

 

 アーロンは敗北を察した。

 

 軍船こそ航海できないレベルまで追い込んだが、それでも沈むまで足場として使える程度には原形をとどめている。

 

 そして沈むまで目の前の化け物の猛撃は耐えられない。

 

 終わりだ。

 

 敗北を悟りながらも彼の心はどこか安心した様に凪いでいた。

 

「アーロンさん!」

 

 少女の拳とアーロンの間に一つの影が割り込み、アーロンを庇い、そして血を吐き、吹き飛ばされる。

 

 気を失っていたチュウが今起き上がり、アーロンの盾となって防いだのだ。

 

 続いて同じく意識を取り戻したタコの魚人、ハチも8本の剣を装備して少女へと切りかかった。

 

 うっとおしい蝿でも払うかの様な表情で少女はそれを受け止める。

 

「目障りだカス! さっさと死んでろ!」

 

「ぐぶぅ! ……アーロンさん逃げろ! 俺達があんたに付き従っていたのはアンタに幸せになってほしいからだったんだ! ガハッ!」

 

 剣を交差させ防ぐハチだが少女の膂力の前には時間を稼ぐことすらできていない。

 

「アーロンさん! 俺達はアンタに会えて幸せだった! 速く逃げてく……ギィ!」

 

 三幹部の最後の一人、クロオビも復帰し加勢に回るが手首を掴まれ叩きつけられる

 

「はやくしろおおお! あんたがいようが何しようが変わらねえ! 足手まといだって言ってんだ!」

 

 部下の言葉にアーロンは思う。

 

 俺の幸せを願ってくれるお前らこそ逃げるべきだと

 

「クソがっ! うっとおしいんだよ死に損ない共があ!」

 

 怪物が激昂する。なんでこの怪物が自身達にこれほどまで攻撃的なのか分からない。海軍の一員でもないようだし、悪逆非道への義憤を持つには柄が悪すぎる。略奪が目的にしては怒りの感情が強すぎ、魚人を差別しているタイプにも見えない。

 

 原因不明の敵意であるからこそ、こいつを宥めるのは不可能。交渉の余地も無いと思った。

 

 こいつを行動不能にするしか、自分達が生き残る目はない。

 

 そういったアーロンは、最後の力を込めて立ち上がる

 

「おい待てよ。下等種族」

 

 言葉だけで人を殺せる様な万感の憎しみを込めて言う。こちらの憎悪を相手に伝え相手の注意を少しでも自身に向けさせるため。

 

「あ?」

 

 憎悪に対して殺意を込めた声が返される。

 

 化け物にしては可愛らしい声と共に、瀕死のクロオビが化け物の手から解放され、ずるりと崩れ落ちる

 

「かかって来いよ……劣等種族。ここからが本番だ……」

 

 劣等種? 違う。アーロンは生きるうちに自覚していた。数と言う力には誰も勝てないと。そしてその数を効率よく扱える人間種が劣等種のはずがないと。

 

「魚人は……究極の種族だ……」

 

 魚人は究極の種族? そんなはずがない。魚人族の上限(ジンベエ)ですら自身が海軍本部で遭遇したあの化け物には到底敵わないだろう。

 

「神から力を貸与された選ばれし人種だ……」

 

 神から力を貸与された、選ばれた人種? 笑ってしまう。

 

 単騎で魚人を根絶やしにしうるあの化け物と同格以上が少なく見積もってもあと六体いる時点で、魚人が人間にかなうはずがない。

 

「人間という数だけの劣等種が優生種に勝つなど夢のまた夢だ……」

 

 数だけの劣等種? 違う。圧倒的な母数がいる以上、突然変異的な強者もそれ相応の数になる。

 

 人間の、数と言う力には何も敵わない。

 

「俺達魚人は十倍の腕力を持った絶対的強者だ……」

 

 十倍の腕力? 笑ってしまう。

 

 目の前の化け物を筆頭に、魚人の数倍数十倍数百倍の腕力を持つ人間などごまんといる。

 

 何より十倍の腕力如きで数の差はひっくり返せない。

 

「まさに至高の種族だ! シャハハハ……」

 

 至高の種族? もうここまで行くと冗談にもならない。

 

 本当に魚人が至高の種族であれば、自分は虐げられていない。フィッシャー船長を助けられた。助けられたのだ! 

 

「シャハハハ……」

 

 空虚な響きが空に消えていく。

 

 そしてアーロンは歯を食いしばる。そして叫んだ! 

 

「まだ意識のある奴は! チュウとハチとクロオビをつれて逃げろ! 全員! 逃げる事だけ考えろ! 今の俺達じゃあ! こいつらには勝てねえ! 俺がこの化け物を食い止める!」

 

 そしてアーロンは船を蹴り、飛んだ。

 

 思えばなぜこんな事をしたのだろう。

 

 弱者を支配し、奪い、殺すと言う、自身を虐げた者、尊敬する船長を虐げた者と同じ事をしているのだろう

 

 決まってる

 

 同胞達には自身の味わった絶望を味あわせたくはないと思っていたからだ。アーロンの恩人、フィッシャータイガー。人も魚人もへだて無く、奴隷を救った彼は人間によって裏切られ、人間に虐げられ死んだ。そして彼の仇討ちに出たアーロンも、人間の武力に手も足も出ず叩きのめされた。

 

 この世界に於いて、魚人は弱者。それが現実だ。

 

 だから同胞には現実と言う宿敵に直面する事なく過ごして欲しかった。アーロンパークという幻想の中、魚人の方が強いと言う甘ったるい幻想の檻の中で死ぬまで飼い殺しにされていて欲しかった。

 

 それがこんな事をしt……

 

(シャハハハ! 違うだろ!)

 

 違う、そうではない。

 

 アーロンも本当は分かっている

 

(違うだろ……哀れで弱い半魚野郎……憎むべき相手には手も足も出なかった、自慰(オナニー)野郎。テメエは単なる憂さ晴らしの為やったんだ。虐げられた痛みは他者を虐げる事でしか消えないから。肝心要の外道共に何の復讐もできないまま、恨みも無い奴らを虐げるのは楽しかっただろう? シャハハ! こりゃ傑作だ! 憎むべき相手には何もできず、憎むべき相手と同じ事をして死ぬんだからよ!)

 

 冷静な部分の自分が言う。

 

 アーロンはそれを否定しようとし……やめた。

 

 外道に落ちたとは言えその事実まで否定する程落ちるのは嫌だったからだ。

 

 弱き者の為に戦ったフィッシャー船長、自身が虐げられながらも、それを断ち切ろうと、後の世代が自分と同じ思いをしないよう願った彼の英雄。彼の船の乗員であったのにも関わらず、船長が望まない事をし続けた自身の最後のケジメとして最後くらいは真っ当に生きたかった。

 

 この思考は改心では無い。死を目前にした一種の錯乱であるとアーロンは思う。きっとここを生き延びれば、また人間(フィッシャーを殺した種)を虐げ始めるだろう。

 

 ただ、この錯乱も今のアーロンには不快な感覚では無かった。

 

 走馬灯の様に最悪の記憶が流れ出す。

 

 フィッシャーが殺され、その復讐のため海軍に特攻し、そこで一人の怪物に叩き伏せられた時の記憶が

 

 今はその時の状況に近いだろう。

 

 圧倒的格上相手に、たった一人立ち向かう絶望

 

 しかしあの時とは違う。

 

 あの時は勝っても何も得られない、大切な失った物を悼むだけの自慰行為だった。

 

 今度は勝てば守りたいものを守れる。

 

 いや、勝つ必要すら無い! そう簡単に動けなくなる傷を負わせるだけで良い。

 

 それだけで愛すべき同胞の命を救える! なんと素晴らしい事か! 最高の逝き方だ! 

 

「ジャハハハハハハハハハハ!」

 

 今アーロンは心の底から笑えていた。

 

 アーロンはこの十数年間、心の底から笑えなかった。

 

 自身の敬愛するフィッシャーを虐げた世界貴族なる人間、そいつらと同じ事をしている事を、憎むべき敵と同じ事をしている事を、自覚してどうして笑えよう。

 

 自分が支配した村の連中の大部分は、自身を虐げた、フィッシャーを虐げた連中とは違う。

 

 そう分かっていてなお、虐げる本当の敵への報復もせず、彼らを虐げた。

 

 それについて後悔こそしていないが地獄行きはどうあがいてもまねがれないと行為であるとは思っている。

 

 あの世で天国にいるだろうフィッシャーと二度と会えない行為だとも思っている。

 

 昔の自分なら、絶対にやらなかった悪行だとも思っている。

 

 罪の無い人間を支配し虐げる。それについて一切の反省は無い。

 

 しかしそれをもうできなくなったと悟って、アーロンは笑った。

 

 心の底から。

 

 もう身体は限界だ。目の前の緑髪の人間……いや怪物に勝てる通りなど無い。奴がこちらの命を奪わない理由も無い。万が一生き残ったとしても親人間の兄貴分【海峡のジンベエ】に殺されるだろう。

 

 つまりどうあがいても自分は死ぬ。

 

 それをはっきりと自覚しながらなお、彼の頭は冷静に動き、心は火を放つ。

 

 確実な死を前にして、アーロンの心は今までに無いほど晴れやかだった。

 

 さらばだ、同胞

 

 今までありがとよ。

 

 その思いも置き去りにしてアーロンは進んだ。

 

 彼の持つ手札の中で最前手と言えるその攻撃は愚直にして単純な体当たり。

 

 もう彼には前しか見ていない。前の“敵”しか見ていない。

 

 駆ける

 

 駆ける

 

 駆ける!

 

 どうしようもない自慰行為の為では無く、同胞を守るために彼は限界を更に超える。

 

 全盛期すら超えた、音すら置き去りにする様な突進。

 

 そして

 

 世界が高速で回転し、意識を失った。

 

 意識を失った彼に彼を殴り飛ばした体勢で少女は唾を吐きかけ言う

 

「クズが友情ごっこしてんじゃねえよ! 死ね!」

 

 ■■

 

 沈みかけの船から脱出したプリンプリンは部下を率いて、海に溺れて気を失っている少女を抱え、陸地にたどり着いた。

 

 後ろの部下たちはきっちりアーロン一味を捕縛している。

 

 その様子を見たココヤシ村の村民……アーロンの支配下にいた村人達は、アーロンが打ち倒されたのは気の所為でも幻覚でもない事実だとはっきり認識しどよめきが広がる

 

「あれはアーロン! チュウも! ハチも! クロオビも! 全員倒されてる!」

 

「アーロンパークが落ちたあああ!」

 

 

「ゲンさん!」

「夢を見ているようだ……こんな日が来るなんて……」

「ベルメール! やったよ! やったああああああ!」

 

「やったぜ! 海軍が! 海軍が勝ったあああ!」

 

「ありがとう! 本当にありがとう!」

 

 

「何とお礼を言えば良いのか! ああああ! ありがとう!」

 

 アーロンが倒されたと知った村民達が口々に礼を言いながら海兵に殺到する。

 

 声が重なりすぎて何を言っているのかも分からないものの、その弾んだ声の調子に宿るは感謝

 

 海兵達は別に称賛が目的ではない。

 

 しかしこれほどに歓喜と感謝をぶつけられて悪い気はしない。

 

 しないがアーロン一味撃破の半分以上は部外者の民間人である緑髪の少女のやった事だ。

 

 その旨を海兵達は言おうとするが、村民達に海兵達は手を握られ口々に感謝の言葉をぶつけられ、抱きつかれ、その事を言う余裕もない。ただ感謝の濁流をぶつけられるだけだった。

 

 それは彼らの上官であるプリンプリンも同じだった。

 

 感謝という善意に溺れそうになりながらも、緑髪の少女が戦闘の大部分をした事を伝えようとする。もちろん自分や部下も正義の為に動き、自分達の働きもなければ全滅していた。だがこの少女がMVPである以上、自分がそれほど感謝されるのはむず痒い。

 

 すると背中につつくような感触。振り向くとまたいつの間にか近くに来ていた少女がその歓声の中でもかき消されない程の大音量で叫ぶ

 

「誰の手柄だとかどうでも良いから私のアーロンのとこからの略奪も見逃せ。この略奪の為にお前ら手伝ってやったんだ。ケチつけて来やがったら第二のアーロンに私がなんぞ。安心しろよ。金品は持ち運べる分しか取らねえからよ。あと私が良いと言うまであの中に入って来るな。この村の連中も通すな。クソ……腹減った……食い物……」

 

 少女は右手で腹をさすりながら無視して主のいなくなったアーロンパークに駆け込んで行った。

 

 そして歓の喧騒が一段落した頃

 

「さあみんな! 私たちだけ喜びに浸っている暇はないぞ!」

 

「この大事件を島の全員に伝えてやろう! アーロンパークはもう滅んだんだ!」

 

 村民が島中に散らばった頃。

 

 

 

 プリンプリンは海を見ていた。

 

自分達の乗ってきた軍艦は海に沈んだ。結果ココヤシ村に漂流したような形になっていた。辛うじて持ち出した通信用の電伝虫で本部に救援を頼み、救援がくるのを待っていた。

 

 自分は愚かだった。そして弱かった。

 

 だからこそココヤシ村の様な被害者が出てきた。

 

10年間地獄を見る罪の無い民が出た

 

(支部に帰ったら、もっと頭の良い人員をスカウトしよう……もっと強い人員もスカウトするべきだ……)

 

 ぷるるるるる。

 

 准将のポケットの電伝虫が音を鳴らす。

 

 電伝虫をかけてきた相手は部下だった。

 

「准将! 本部と連絡が取れました! 3時間後に最寄りの第第17支部より迎えが来るそうです!」

 

「分かった。それまで各自待機と伝えてく……」

 

「おい」

 

 プリンプリンの背中に何か柔らかいものが投げ当てられた。振り向くとそこには少女の来ていた病院服。

 

 そして件の緑髪の少女だった。

 

 自然に溶け込む緑に寄せた色合いの革製のチュニックとベストを身につけ、フード付きのローブに着替えている。濡れた髪から察するにどこかで水でも浴びたらしい。少女は出会ってから今まで血と傷だらけだったが、今は血も流し、傷も露出度の低い服のせいで目立たない。こうして見ると、目つきの悪さ以外は普通の少女だ。異常な凶暴性と膂力は感じられない。

 

「お前らにもらった服は返す。後もうもらうものはもらったからアーロンパーク入って良いぞ。飯はとりあえず腹1分目くらいまでは補給できた。路銀も一応はある」

 

 こぶし大の、ポケットに入り切る様なサイズの宝石二つを見せつけてくる。

 

「あばよ。二度と会わないことを願ってる」

 

 どこか悲しそうな声と共に彼女は背を向けひらひらと手を振った。

 

「ま! 待ってくれ! 行く当てはあるのかね? 海軍に興味は? 君の様な強者が海軍に入れば百人力だ!」

 

 正義の為に強者をスカウトするべきという理性。そして行く当てがいのなら、海軍という共同体に所属してはどうかと言う善意で彼は声をかけた。

 

 彼女の精神は見るからに危うい。そして心が荒んでいる。だからこそ海軍という温かい環境でその荒んだ心を癒やして欲しい。他者と触れ合い、他者を必要とし、他者に必要とされて欲しい。

 

そして幸せになってほしい

 

 今までの不幸を吹き飛ばす程に。

 

 それに対する返答は無言の前進だった。

 

 駄目か? いや、まだ手はある。

 

「ウチの支部に海兵として入れば食事食べ放題だぞ」

 

 ピクッ

 

 その反応を見て准将は畳み掛ける

 

「その上水水肉という絶品の肉も食べ放題……」

 

「お肉!」

 

 少女は首が180度近く曲がる程の勢いで振り向く。

 

 その直後しまったと言わんばかりの顔をした。

 

 それを見てにんまりと笑みを浮かべてプリンプリンは続けた。

 

「それだけじゃないぞ、甘味、魚、炭水化物、何を取ってもウチの支部は一流だ。しかも……」

 

垂れる涎を必死になって拭き取りながら彼女も返す

 

「うるせえ! うるせえ! 羨ましくなんて無い! 二度と話しかけんじゃねえ!」

 

「まあまあ。もう少しだけ話を聞いてくれないかね。聞いてくれたらチーズを進呈しよう」

 

 手に持ったチーズを振ると彼女は180度方向転換し向かってきた

 

 相変わらず分かりやすいな。

 

 そう思い言葉を続けようとした彼の視界に軍艦が映った。

 

 プリンプリンは顔をしかめる。

 

 そこの先頭にいるのは海軍支部大佐ネズミ。あまり良い噂を聞かない男だ。

 

 うんざりした気分で彼を待ちながら、すぐ近くの捕縛された魚人。

 

【ノコギリのアーロン】が脱走しないか目を光らせる。

 

 彼は捕縛されてから奇妙な程に、抵抗していなかった。

 

 ■■

「キチチチチ……准将殿。これはこれは……また素晴らしい戦果を上げましたね」

 

 そうゴマをする様な態度で降りてきた小男は支部大佐ネズミ。

 

 本当に彼からは良い噂を聞かない。

 

 やれ金で大佐の地位に就いただの、やれ海賊と手を組んで罪の無い民から財を奪っただの、やれアーロンの悪行を見逃し賄賂を受け取っただの。

 

 そしてそれも真実だろうなとプリンプリンは思っている。

 

 なんというか、彼の目からは海軍でなく海賊の放つような悪意が滲み出ているのだ

 

「では我々の船で皆様をお送り……おや……」

 

 ネズミの目が少女を一目見るなり嗜虐心に染まった。

 

「キチチチチ……そう言えば、准将殿。聖地マリージョアから奴隷が一匹脱走したと言う本部からの通達をお聞きになられましたか?。しかも事もあろうに、天竜人の所有物である奴隷六名を食い殺し、天竜人の一人ソマーズ聖に怪我を負わせた上で」

 

 それが本当ならとんでもない凶悪犯だとプリンプリンは思った。

 

 天竜人。正式名称世界貴族。この世界の頂点である世界の王。そして人を人と思わぬ屑。

 

 プリンプリンは彼らを快く思っていない。

 

 しかし奴隷は別だ。

 

 罪の無い奴隷六名を食い殺すなどあらゆる意味で人間のする事では無いと思えなかった。

 

 しかしなぜこのタイミングでそんな事を言うのだ? 

 

 疑問は瞬く間に氷解した。

 

「キチチチチ…そしてその逃げ出した奴隷は女だったようですよ。特徴は長い緑の髪、全身についた傷跡、異常に悪い目つき……」

 

 ネズミはその犯人の特徴をつらつらと羅列する。そのどれもが少女の特徴と完全に一致する。

 

 羅列するたびにいやらしく釣り上がって言ったネズミの口角が頂点に達した時、彼は大声を張り上げた。電伝虫を取り出して

 

「本部に通告! 軍第17支部大佐ネズミが! 指名手配されてる奴隷を! 東の海ココヤシ村で発見! 繰り返す! 海軍支部大佐ネズミが奴隷を発見! 繰り返す!」

 

ネズミが嬉々とし声を張り上げた。

 

強者におもねる媚びるような声、自身の通告によって他者が破滅するのが嬉しくてたまらないと言わんばかりの声。

 

喜びのあまり口の端から涎が垂れてるのがとてつもなく醜い。

 

「通告!更にその奴隷を海軍支部プリンプリン准将が庇いだてしています!」

 

更にネズミはターゲットをプリンプリンにも向ける。

 

真実かどうか等関係ない。とりあえず気に入らない奴も密告に巻き込むのが彼の常套手段だ。

 

彼は密告というものが大好きだった。強者に媚びつつ、気に入らないやつが強者によって苦しめられる状況を作れる、趣味と実益を兼ねた最高の習慣なのだから。

 

この世界に於いて天竜人の権力は絶対だ。そして彼らの要請にスピーディーに応えてやったとなれば、それはとてつもない手柄だ。

 

自身に賄賂を贈っていたアーロンパークが潰れた損を補って余りある程度には。

 

(やったぞ…天竜人の案件に応えてやった。これで俺の昇進は間違いない…アーロンの半魚野郎がくたばったと聞いて、奴の集めたお宝をどさくさに紛れて接収できないかと考えていたが…とんでもない手柄だ!こいつらがお上にひねり潰され処刑されるのを見るのも楽しそうだしよ!)

 

「繰り返す!」

 

自身の地位と財、他者の不幸を何よりも強く願う彼は、大喜びで報告する。周りがみえなくなるほど。

 

だからそれに気づかなかった。

 

目の前の密告者を殴り倒そうと拳を固め突き進む彼女に。

 

そして何の前触れもなく、いきなり現れたその男に。

 

「良いよ、そんな言わなくてよ。もう()()()から。なる程。ここにいたのか」

 

突然自身の後ろから聞こえてきた聞き覚えのないその声に心臓が跳ねるほど驚いたネズミは振り向く。

 

誰だ。俺の部下にこんな声の奴いない。誰だ。

 

自身の通告で、他者の処刑を確定させる興奮で気持ちよくなっていたネズミは未知の人物を怒鳴りつけようとする。が、もし相手が強者権力者だった場合の事を考え攻撃の前にまず相手を観察する

 

 いきなり現れたのはヒゲを生やし眼鏡をかけている恰幅のいい壮年の男性

 

 豪奢な軍服だが、胸元の花飾りと護拳が茨のような形状をしたサーベルを所持している点は異なる。軍服の色は明るい紫色であり、髭も明るいオレンジ色と悪趣味。

 

 彼はいきなり現れた。()()でも使ったかの如く、唐突に。

 

プリンプリンは混乱していた。少女が凶悪犯罪者であった事。突然現れた謎の男。

 

とりあえず少女にネズミの言うことは本当の事なのかと聞こうとした。

 

今日過ごしてみて、少女はそれ程悪い人間には見えなかった。

 

口と態度こそクソ以下だが、行動だけ見ればそこまで悪辣な人物では無いと思っている。

 

彼女は食い意地こそ張っているが、その為に他者を殺す様な人間ではない。

 

何かの間違いだ。

 

そう思っていた。彼女の方を向くまでは。

 

振り向いた彼の目に映ったのは憤怒そのもの。

思えば彼女はいつも怒っていた。アーロン一味にも怒っていた。

 

その怒りが、嘘であったと思えるような怒りと殺意を彼女は全身で浮かべていた。

 

それを見た、突然現れた男は、面白い物でも見たかのような笑みを貼り付け嘲嗤った。

 

「お。久しぶりだな奴隷ちゃん!会いたかったぜ!はるばる東の海くんだりまで来たから聞きたいんだがどうだった?俺の育てたお肉のお味はよおお!」

 

 その目は少女の方を向いていた。嘲笑うように。面白がるように。

 

怒りが弾け、爆発した。

 

「ソマアアアアズ! 殺す!」

 

その目に映るは殺意、憎悪

 

 少女は拳を振り上げた。

 

 




やっと本筋が進む…

今回の後半パートで何が起きてるかは+主人公の思考は

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