朝食を食べ終えてから馬車に乗ることにする。朝食は、昨日の夕飯に比べるとそうでもないがそこそこ多かった。アザミちゃんは食べ切れるのかなと思っていたが、夢中で小さい口に料理を運んでいた。フォークの使い方も昨日よりはマシになっていて一安心である。
アザミちゃんに昨日の菓子パンを渡してみたが、甘いものは別腹というやつなのか美味しそうに食べていた。やはり女の子はどんな年齢でも甘いものが好きなのだろうか? 食べすぎはよくないが、昨日のアザミちゃんを見る感じ食べ過ぎるという事は無さそうだ。まあ、昨日のはお腹がいっぱいだったからかもしれないけど、もしそうなら俺が制止すればいいだけだし。
それはそうと、乗合馬車の料金は一人金貨一枚で国境沿いの街までは大体四日くらいかかるらしい。なので食料と毛布を買うことにした。食料に関してだが、本当はネットスーパーの元の世界のやつをアザミちゃんには食べさせてあげたいのだけれど、さすがに目立ってしまうので干し肉を買っておいた。自分とアザミちゃんで味見して美味しいのを選んだので、旅の途中はそこまで苦ではなさそうだ。
ただ、パンに関しては断念した。というのも、この世界のパンはいわゆる黒パンと言うやつで、スープに浸して食べるのを前提にしている上にそこまで美味しくないのだ。宿屋で食べた黒パンはスープの味が染みててよかったが、野営に宿屋レベルのスープを求めるのは良くないだろう。それに、硬すぎて味見できなくてどれが美味しいのか分からなかったし。
それでもアザミちゃんは何とか食べようとしていたが、アザミちゃんの歯が欠けてはいけないので制止しておいた。残念そうに黒パンを見ていたアザミちゃんだったが、人気のない所で昨日の菓子パンを渡したら嬉しそうに食べていたので、もう黒パンの事は忘れている事だろう。
あれは鈍器である。
あと、少し大きめのナイフも買っておいた。これは料理用ではないので、できれば使う機会がない事を祈るばかりである。
羊毛の毛布も買っておいた。毛布と言っても前の世界とは違って厚さや触り心地に差はあるが、それでもいい物を選んだつもりだ。これで4日間耐えれればいいのだけど。
あとはマントだが、これはムコウダの分だけになってしまった。というのも、アザミちゃんは子供で、子供用のマントを置いていなかったからだ。
それも当然だろう。マントは普通、旅をする人物が羽織るもので、子供は旅なんてしないのだから。
色んなものを用意したムコウダがアザミちゃんと手を繋いで乗合馬車へと乗り込むと、馬車にはムコウダとアザミ以外に、行商人の30代か40代ほどの男性、若夫婦とその子供2人の4人家族、30代半ばくらいの女性が乗り込んでいた。そして周りには護衛だろう冒険者が四人付いていた。
馬車に座るムコウダの近くにアザミが座ってムコウダにもたれかかったので、ムコウダは少し焦りながらもアザミに信用されていると考えて嬉しくなって頬を掻いて照れ隠ししていると、横に座っていた30代か40代ほどの商人のような男性が話しかけてきた。
「はは、可愛らしいお子さんですね」
「えっ? は、はは、そうなんですよ」
お、おれの子供か…大人と子供の組み合わせだとやっぱり親子だと思われやすいのだろうか? そう思われやすいのならばこれからはそう言う関係だって言おうかな。…でも、アザミちゃんはどう思うのだろう?
ムコウダは勝手にこんなおじさんの子供だって思われているアザミは不快なのではないかと思い、ムコウダの横にいるアザミを商人のおっさんに違和感を持たれないように見てみると、アザミはムコウダの方を見つめていた。やっぱり嫌なのかな…と思ったムコウダだったが、アザミはムコウダと目が合うと恐る恐ると言った感じで呟いた。
「ぱ、ぱぱ」
「っっっ!!!」
胸が張り裂けそうな気持ち! か、かわいすぎるっ! これが世のパパの気持ち! 俺が守ってあげなければ…。
ムコウダがそんなことを考えて感動していると、アザミがムコウダの腕に抱き着いて顔を隠してしまった。恐らくは心を読んだのだろう。
「はは、本当に可愛らしいお子さんだ」
「そ、そうなんですよ。本当に可愛くて」
そんなアザミを見た商人のおっさんが微笑まし気に見ながらそう呟いていた。ムコウダはその言葉に本心で答えると、腕に顔を埋めるアザミが抱きしめる力を強くしてきた。どうやら恥ずかしがっているみたいだ。
まさか独身のままで子持ちになるとは思わなかったムコウダだったが、アザミちゃんみたいな子を放ってはおけないし、アザミちゃんが子供なら悪くないとも思い始める。それと同時に、見たばかりの時のような汚れて破れた服に、服屋の店員さんが本気で怒るほどの状態にした前の世界の誰かに対して「早く捕まれっ」と思いながら、自分はそんな思いはさせないぞという決意を固めた。
「そ、そうだ。あなたは商人の方ですか?」
「ええ、そうですよ」
「おお。キールスには何を売りに行くんですか?」
商人のおっさんがムコウダとアザミを微笑まし気に見てきているのに恥ずかしさを感じたムコウダは照れ隠しで問いかけてみることにした。照れ隠しではあるが、ここで何を売っているのかを知ることが出来ればネットスーパーで買ってからこの世界で売る物を判断できるかもしれないという考えもあってのことだ。
「石鹸ですな。とある伝手で入手しましてね。キールスにある知り合いの商会に買ってもらおうかと思いまして」
「おお、石鹸ですか」
「ええ、そうなんですよ。知り合いの商会は貴族とも伝手がありましてね。もしもこの石鹸が貴族のお眼鏡に適えば、安定した卸先ができるので私としても嬉しいのです」
商人が少し自慢している風に貴族の話を出して来た。そのおかげで、この世界には貴族がいてその貴族が石鹸を買っているという事が分かった。そこでムコウダはネットスーパーに石鹸があることを思い出してもう少し聞いてみると、石鹸は一つ銀貨三枚で売れるらしい。日本円だと3000円なのでかなり高級石鹸なのが分かる。
それと、ムコウダはもう一つの疑問を解消するべく、それとなく質問してみた。それは、アイテムボックスと鑑定の扱いである。異世界から来たムコウダを含める五人の全員にアイテムボックスと鑑定が付いていたが、このスキルがこの世界でどういう扱いなのかを知るためだ。
というわけでそれとなく聞いてみると、どうやらアイテムボックスに関してはアイテムボックスは1000人に一人は持っているらしい。ただ、容量に差があって魔力で容量が決まるみたいだ。最低でも大人の男である商人のおっさんが背負えるくらいの背負子の三倍くらいはあるらしくて、そこそこの大きさがあれば貴族や大商会に雇われるらしい。
それで、これが一番問題なのだが、鑑定に関しては異世界からの勇者しか持っていないみたいだ。他人に鑑定される心配をする必要がない事に一安心することになった。異世界人であるとバレてもいい事があるとは思えないからだ。それに伴って自分たちが鑑定を持っていることを隠すことに決め、アザミちゃんにも隠すようにお願いした。こういう時に心を読めると、心の中でお願いができるので便利である。念のためにアザミちゃんの方を見てみると、恥ずかしそうにしながらも頷いていたので通じているのだろう。
それはそうと鑑定の話だ。一応、勇者以外でも鑑定を使用する事はできるみたいだが、それは古代遺跡とかで出てくる魔道具によってらしい。古代遺跡と言うのはダンジョンみたいだ。この世界にはダンジョンあるのかと思ったムコウダだったが、自分たちには関係ないなと考えて気にしないことにする。それで、そのダンジョンから稀に出てくるのが鑑定の魔道具なんだけど、目が飛び出るほど高くて国とかギルドでしか手に入れられないみたいだ。
その情報を得たムコウダは思った。つまり、レイセヘル王国はそんな高価な魔道具を買えるくらい裕福だってことだ。じゃあやっぱりあの王様の言っていた「この国の民が苦しんでる」って嘘だったんだ。だって、そんなにお金に困ってるなら高価な魔道具なんて買えるわけないし、仮に民の事を考える王様ならば売ったりなんなりしそうだからだ。
やっぱりこの国から脱出するのは正解だと改めて考えたムコウダは、この国を脱出すると言う方針が間違っていないことに一安心する。
それと、ムコウダは名前を変えることにした。と言っても、急にナポレオンみたいな名前になるわけではなく、貴族でもないのに苗字を名乗るのは不思議なのでこれからは"ムコーダ"と名乗ることにしたというだけなのだが。
もちろんアザミちゃんにもその旨は心の中で伝えており、アザミちゃんも本名が"アザミ"ということにして貰っている。
なぜこんな話をするかと言うと、おっさんと仲良くなったので必然的に名前を名乗る機会があったからだ。もちろんおっさんの名前も聞いたムコーダだが、印象が完全に商人のおっさんとして固定されてしまっているので心の中での呼び方は商人のおっさんのままである。
そんな商人のおっさんと話しているといつのまにか日が落ちかけていたようで、馬車が止まって野営の準備をすることになった。乗合馬車の代表のような人が焚き木に火を付けて明かりを確保し、その焚き木を何個か用意してその周りにそれぞれで集まることになった。ムコーダはもちろんアザミと一緒であり、同じ集まりには馬車で話していた商人のおっさんの姿もある。話し合ったことで仲良くなれた影響だろう。ムコーダは異世界で生まれた友達に少し嬉しさを感じながら寝床の準備を進める。
「おや、ムコーダさん。いい物をお持ちですね」
「あはは、この旅のために奮発したんですよ」
あらかじめ買っておいた羊毛の毛布を取り出すと、商人のおっさんが感心したように声を掛けてきた。そんなおっさんと雑談をしながら下に布を敷いておく。これももちろん羊毛製の毛布だ。ただ、下に敷く毛布は少しお安めの物を選んでいる。その分羽織る毛布はお高めにしたが。
寝床の準備を終えたムコーダは食事にしようと思い立ち、持って来た干し肉やパンを取り出す。黒パンはスープが無いと食べれないし、そもそも黒パンに関してはそこまで美味しくなかったのでこっそりと前の世界のパンをネットスーパーで買って用意しておいた。もしもこのパンの存在がバレた時の言い訳は考えているので大丈夫だろうと、根拠のない自信を持つムコーダだった。
「はい、アザミちゃん」
「ありがとう、ございます」
アザミちゃんにまずパンを渡すと、大事そうに両手で持って食べ始めた。
アザミの食べている姿を見るムコーダは、どこかでこの光景を見た事があるなぁと思って記憶を探ってみると、徐々にアザミの姿にハムスターが重なって見えてきた。両手で持って小さい口で食べるところとかそっくりだ。そんなアザミを見ながらムコーダもパンと干し肉を食べることにする。
「…ムコーダさん」
「んぐっ…どうされました?」
「いえ、そのですな。…そのパンを分けて頂くことはできませんか?」
「大丈夫ですよ。でも、あんまり広めないで頂けると助かります」
「ええ、ええ、もちろんですとも」
え? このパンを? と思ったムコーダだったが、この商人の人ならいいかとも思い始めてしまう。というのも、この商人のおっさんはムコーダが少し世間知らずであると知ると色々教えてくれた親切な人だからだ。アザミちゃんも商人のおっさんを警戒していない様子なので、全てが善意であることも確定している。普通は心の中を読まれるとは思わないはずだから、悪い事をするなら心の中は悪い事を考えるからだ。というわけで、念のため広めないようにという約束をしてからパンを一つ商人のおっさんへと手渡す。
「これは…なんという柔らかさだ。匂いもいい。それに味も…うん、美味しい。失礼ですが、ムコーダさんはこのパンをどこで…?」
「あー、それが言えないんですよ。このパンをくれた人にも秘密にしろと言われてまして…」
商人のおっさんが手で触れて匂いも嗅いでから一口食べて感動し、ムコーダにパンの出所を聞いてきた。勿論その返しを想定していたムコーダはあらかじめ用意していた言い訳を商人のおっさんへと伝える。
「…それならば無理に聞き出すわけにはいきませんな。それにしてもこの味は凄まじい。それにこの柔らかさ。これは間違いなく売れますよ」
興奮気味に呟く商人に内心冷や汗をかくムコーダだったが、なんとか誤魔化せたことにホッと胸をなでおろす。おっさんはそこから会話せずに何かを考え始めており、パンを全て食べるのではなく、残して大事そうにしまいこんでいた。
おっさんが何かに夢中になっている間にこれ幸いにと干し肉とパンを食べ終えたムコーダは、夜も更けてきたことなので寝ることにする。アザミもご飯を食べたことで睡魔が襲ってきているようだ。そんなアザミを見たムコーダは、アザミを敷いていた毛布へと誘導して上から別の毛布を掛ける。そこまでしたムコーダがマントを包めて地べたで寝ようとアザミから離れようとすると、マントを引っ張られる感触が伝わってきた。ムコーダが振り向くと、アザミが薄く目を開けて眠気に抗いながらムコーダの方を見ていた。
「ぱぱ…」
「っっ!」
アザミの呟く声には間違いない親愛の情が込められていた。ムコーダは前の世界で父親になったことが無いから分からないが、それでもアザミが自分に離れて欲しくないと言っているのは明白だ。だが、成人男性がいくら子供とは言え女の子と一緒に寝るのは…。そう葛藤しているムコーダの心を読んだのだろう、アザミが少し微笑みながら呟いた。
「いっしょ…」
「っ!! うちの子かわいい…」
小さく呟いたムコーダはこのまま振りほどくのは大人として、そして親として違うと思ったので自分の葛藤を投げ捨てて娘の望みを叶えることにした。掛けている毛布を少し上げてから中に入ったムコーダはなるべくアザミの遠くに位置取ることにしたが、それを見たのか感じ取ったのか、アザミは眠くてボーッとしているのにもかかわらずムコーダに近づいて胸元の服を小さな手で掴みながら寝始めた。
そんなアザミに可愛さを覚えながらムコーダは遠くへ位置取った自分を恥じ、アザミを抱きかかえて毛布の真ん中へと位置を変えた。そしてそのままアザミを守るように腕で優しく抱きしめながら、ムコーダは眠りにつくのであった。