キールスの街を出発してから五日目。
「ヴェルナーさん」
「ああ」
大人の身長ほどの段差を昇る必要があったのだが、アザミだとどうあがいても乗り越えられないので下からムコーダがアザミを持ち上げ、上でヴェルナーが受け取ると言う方法で乗り越えることに成功した。
「…かたい、です」
「まあ、鎧だからな」
ヴェルナーさんの鎧に触れたアザミちゃんが硬さに驚いている。
まあ、鎧だから硬いのは当然なんだけれど、アザミちゃんとしては初めての体験だったのだろう。
実際、俺も本物の鎧を見るのは初めてだし。
「ヴェルナーずるいよ! あたいもアザミちゃん抱っこしたい!」
アザミを抱っこしているヴェルナーを見たリタが手のひらを上に向けながら腕を前に突き出して文句を言う。
それを見たヴェルナーさんは困った顔をしながら俺の方を見て来た。
「ムコーダさん」
「あー、アザミちゃんが良ければ」
「…?」
アザミちゃんが良いのであればと許可を出すが、アザミちゃん本人は何を言われているのかが分からないようだ。
「えっと、リタさんが抱っこしてもいいかな?」
「…? はい」
「やった! ささ、おいでー」
アザミちゃんの許可が出たのでヴェルナーさんがリタさんにアザミちゃんを渡す。
「かわいい~」
「むぎゅ」
抱きしめられたアザミちゃんが潰れてしまっているが、別に嫌ではなさそうだ。
「抱っこさせてくれてありがとうねアザミちゃん」
「…? はい」
崖を昇り切ったところでリタさんがアザミちゃんをその場に下ろしたので受け取り、アザミちゃんをおんぶして先を進む。
「この先は森が続く。だから今日はこの辺で野営しよう」
日も暮れかかったところで、いつものようにヴェルナーさんの一声で野営の準備を始める。
「あたい、水を汲んでくる!」
「そんじゃ、俺は火を起こすよ」
ヴェルナーさんの声を聴いたリタさんとヴィンセントさんがそれぞれ動き出す。
なので、自分も料理を作ろうと思う。
「この間のレッドボアの肉、使わせてもらいますね」
「おう、楽しみにしてるぜ」
アザミちゃんをその場に下ろして調理開始だ。
ただ、今回はアザミちゃんにも手伝ってもらおうと思う。
「アザミちゃん、ちょっとお手伝いして貰ってもいいかな?」
「はい。頑張ります」
目線を合わせてお願いすると、小さな拳を胸の前で握りしめてやる気十分なようだ。
それじゃあまずは、レッドボアの肉を取り出して薄切りにしていく。
この時に、多少厚くても気にしない。
切った肉をボウルに入れてから、ここでアザミちゃんの出番だ。
「アザミちゃん、これをボウルの中へお肉が浸るまで入れてくれるかな?」
「はい」
アザミちゃんに生姜焼きのたれを渡してお願いする。
アザミちゃんが生姜焼きのたれをボウルに入れている間に、この世界で見つけたキャベツみたいな野菜を千切りにしていく。
まだ味見をしてなかったので、千切りにしたキャベツを少し取って口に運ぶと、前の世界のキャベツと変わらなかった。
これなら生姜焼きに合うだろう。
「ぱぱ」
「ん? おお、上手いね。ありがとう、アザミちゃん」
アザミちゃんの呼ぶ声が聞こえたのでそちらを見ると、ボウルには生姜焼きのたれでいっぱいになっていた。
しっかり肉も付け込めてるようだし、完璧な仕事ぶりだ。
でも、まだこちらを見つめてきている。
一体なんだろう? と考えたが、すぐに思いついた。
なので、キャベツの千切りを少し摘まんでからアザミちゃんに近づける。
「アザミちゃん。あーん」
「あー……おいしい」
アザミちゃんの口にキャベツの千切りを入れると、小さな口でもぐもぐと食べ始めた。
ただのキャベツだけれど美味しかったようで、薄く微笑んでいる。
かわいい。
アザミちゃんの可愛さに心臓を撃ち抜かれながらも、次の工程へと進む。
っと、その前に。
「アザミちゃん、このキャベツをお皿に盛りつけてくれないかな? こんな感じで」
「はい」
アザミちゃんにキャベツをお皿へ盛るという仕事をお願いする。
一度お手本を見せてからアザミちゃんにもやってもらう。
「こう?」
「そうそう、上手いよ。ここに置いているお皿を全部お願いしてもいいかな?」
「はい」
というわけで、アザミちゃんにキャベツの千切りを盛り合わせるのをお願いしてから、俺は生姜焼きのメインを仕上げにかかる。
まず、フライパンを熱してからそこにサラダ油を垂らす。
そして、ボウルに漬け込んでいたレッドボアの肉を取り出して、フライパンへ投入する。
生姜焼き特有の良い匂いが辺りに充満しだす。
「アザミちゃん、火は危ないから少し離れてね」
「はい」
キャベツの盛り合わせを終えたアザミちゃんが匂いに釣られて近くにやって来てたので、火が危ない事を注意する。
すると、しっかり離れてくれたが、視線はフライパンに釘付けだ。
そんなアザミちゃんを見つつ、フライパンの中の豚肉にたれを絡ませて焼いていく。
焼き終えた豚肉を、アザミちゃんがキャベツを盛ってくれたお皿に移して完成だ。
レッドボアの生姜焼き。
スープはいつものコンソメスープをちゃちゃっと作っておく。
うん、美味しそうだ。
「アザミちゃん、手伝ってくれてありがとうね」
「うんっ」
アザミちゃんから敬語が外れている。
アザミちゃんの視線の先には生姜焼きが。
うん、もう待ちきれないみたいだ。
ということで、残りの皆の分もささっと焼き上る。
「夕飯出来ましたよ! 私の故郷の味付けなので、皆さんのお口に合えばいいのですが」
キャベツを盛ったレッドボアの生姜焼きとコンソメスープを配っていく。
「「「いっただきまーす!」」」
皆に配り終えた所で、食前の挨拶をしてから食べ始める。
「「「っっ!!!」」」
一口食べたアイアンウィルの皆さんの動きが固まった。
「なんだこれうめぇ!!!」
「うまいっ!」
「あたいっ、こんな美味い肉初めて!」
ヴィンセントさん、ヴェルナーさん、リタさんがそれぞれ特大のリアクションをしてくれている。
「レッドボアは好きではなかったのですけれど、これは飛び切り美味しいですわ」
フランカさんも頬に手を当てながら絶賛である。
さすがはエ〇ラのたれだ。
「キャベットを生で食べるのは初めてだが、肉と一緒に食べると絶品だな」
おお、ラモンさんは分かっているね。
キャベツ……この世界ではキャベットか。
キャベットと肉を一緒に食べると美味しいんだよなぁ。
みんなのリアクションを見ていたが、アザミちゃんはどうなのだろうか? と思ったのでそちらを見てみると、とても幸せそうに食べているアザミちゃんがいた。
「アザミちゃん、美味しい?」
そう問いかけると、生姜焼きに噛り付きながら首を上下に振っている。
相当美味しかったようだ。
皆で生姜焼きを食べているが、俺は少し気になった事があったので質問してみることにした。
「そういえば、こちらの方ではこの野菜を、キャベットって言うんですか?」
「そ……っ!?」
こんなに似ているのにキャベツじゃないんだなぁ、と思って質問してみたが、答えてくれようとしたラモンさんが言葉に詰まってしまった。
それに合わせてアイアンウィルの皆も顔を強張らせて一点を見つめている。
「俺の前の世界……いや、俺の故郷ではキャベツって言うんですけど……」
「う、うしっ!」
「牛?」
「うし、ろっ!」
ヴェルナーさん、牛ってなんですか?
そう思って言葉を繰り返すが、牛じゃなくて後ろって意味だったみたいだ。
後ろ?
何があるんだろうと思って振り返ってみると、そこには……。
『ニンゲンよ、我の声を聞け』
「っっ!!?」
そこにいたのは、今までに見た狼の魔物と比べるのがおこがましいほどの綺麗な毛並みをしている神々しい狼だった。
こ、これって、これって!?
「フェ、フェンリルか……!?」
ふぇ、フェンリル!?
創作物でよく出てくる!?
た、確かにこの神々しさならフェンリルって言われても納得できる!
『それを我にも食わせろ。聞こえぬのか? 我に 食わせろ』
やばいと思ったので、俺が食べていた生姜焼きの入った木皿をフェンリルの目の前に置く。
フェンリルは木皿の上に乗っていた生姜焼きを一口で平らげた。
『足りぬ』
ま、まじか。
そう思いつつもヴェルナーさんの方を向くと、ヴェルナーさんは今までに見たことないくらい焦った顔をしながら首を縦に振っていた。
「あ、あの、新しく作らないといけないので、ちょっとお待ちいただけますか?」
『……早く作れ』
「は、はいっ!」
俺は今までにないくらい急いで生姜焼きを大量に作り上げ、それを大きめの木皿の上に乗せてフェンリルへ出した。
フェンリルは俺の作った生姜焼きをガツガツと食べ続け、すぐに木皿に乗った生姜焼きは姿を消した。
『うまいっ! 次!』
「はいっ!」
何度も何度も何度も、お代わりを要求されたので作り続ける。
そんな作っている最中のこと。
『む? なんだおぬしは』
「これ、あげる」
作っている俺の背中からフェンリルとアザミちゃんの声が聞こえてきた。
……アザミちゃん!?
そう思って振り返ると、自分の分の生姜焼きが入ったお皿を持ったアザミちゃんがフェンリルの前でお皿を差し出していた。
ちょっ! アザミさん!?
『ふんっ、それはお主が食え。幼子から奪うほど落ちぶれておらんわ』
「? でも、一緒に食べた方が美味しいよ?」
『ならば少し待っておれ。そこなやつがすぐに作るのでな』
……なんか仲良くなってる。
というか、このフェンリル実は良い奴なんじゃないか?
だって、アザミちゃんが近づいたってことは心の中を読んだってことだ。
それで危険がないと分かったから近づいたんだろう。
アザミちゃんはそういうのに敏感なはず。
『おい、何をしてる。さっさと作らんか』
「……へいへい」
なんか恐れてたのが無意味に思えてきたな。
だって、アザミちゃんは完全にフェンリルの横にいるし、一切警戒してない。
これはもう安全ってことだろう。
というわけで、さっきまでの焦った気持ちは吹き飛び、いつも通りに、しかしいつもより早く生姜焼きを作り、作った生姜焼きは次々にフェンリルの胃の中へ入っていった。
「おいしい?」
『うむ、美味いぞ。おぬしはいつもこのような物を食っていたのか?』
「うん。ぱぱのごはん、おいしい」
アザミちゃんっ……!
フェンリルの横で一緒にアザミちゃんが生姜焼きを食べている。
『ほう、あ奴はお主の父親なのか』
「うん。ぱぱはぱぱなの」
『そうか。ここまで美味い物を作れるのだから、お主は感謝するべきだな』
「うん。かんしゃ、する」
アザミちゃんが可愛すぎる。
でも、感謝なんてしなくていいんだよ!
だって、俺はパパなんだから、子供を食べさせるのは当然のことだし!
そんなアザミちゃんに心を癒されていたが。
『美味かったぞ』
「……それは……どうも……」
フェンリルが満足する頃には疲労困憊でもう動けないくらいになっていた。
いくらアザミちゃんの可愛さパワーで回復するとは言っても限度はある。
こいつ、食いすぎだろ……。
アザミちゃんが食べ終えるまでに7~8キロは食べたぞコイツ。
『それにしてもお主、これっぽっちの肉で我を満足させるとはやりおるな』
「……これっぽっちって』
だからあんた、アザミちゃんが5切れの生姜焼きを食べ終えるまでに7~8キロ食べてるんだけど?
全然これっぽっちじゃないんだけど?
『うむ、お主と契約してやろう』
「……は? 契約?」
疲労困憊で動けない俺の耳にそんな言葉が聞こえてきた。
ケイヤク?
ナニソレ?
『分からん奴だな。おぬしと従魔の契約をしてやろうと言っているのだ』
「従魔って……」
いやいや、ヴェルナーさんが固まるほどの魔物でしょ?
しかも人語を喋れる魔物だよ?
そんなのと契約なんて……。
「あの、えっと、おこと『ん?』」
「いえ、ですからおことわ『あぁ?』」
「……」
ああ、これ断れない奴だ。
RPGで言う"はい"を選ばなきゃ進めないやつ。
「ぱぱ」
「……どうしたの?」
どうしようと思っていると、アザミちゃんが話しかけてきた。
……アザミちゃん、話しかけてくるのはいいけれど、フェンリルに近すぎない?
「いっしょ」
「っっっ!!!」
アザミちゃんはこのフェンリルと一緒に行きたい、か。
そこまで信頼されているのならば、怖い魔物ではないのだろう。
『ほれ、こやつもこう言っておるぞ。お主は我を従魔とする。よいな?』
……まあ、アザミちゃんが望むなら。
「はい、分かりました」
『うむ、それではこちらにまいれ』
了承の返事をすると、フェンリルが地面を叩いて来いと言ってきたので向かう。
すると、フェンリルが額を俺の額にくっつけた。
フェンリルの額が触れた瞬間、俺の身体が一瞬光る。
『これで契約の儀式は終わった』
これが契約。
なんか光っただけであまり変化を感じられないな。
『お主は我の面倒を見る義務が生じる」
「面倒? 義務?」
面倒? 義務?
もしかしてこいつ……。
『それでは三度の食事、期待しているぞ!』
やっぱりそうだったーっ!
こいつ、ただの食いしん坊じゃねぇか!