元SRT学園のNo2の転生者がヴァルキューレで閑職をやる話 作:宵越しのモルス
誰にも、そしてどこにも順位という概念があって、当然一番二番というようにランク分けがされるものだ。
二番という地位において、それはもう文字だけ見ると素晴らしいものだが、実のところ当人たちはそうでもない。
三位からは追い上げられ、一位に離されないように走る。息が切れても、マラソンは続く。
そして苦しい割に褒められることは少なかったりもする。二位、というのは存外記憶に残らないためである。
特にトップがずば抜けていて、一位と、その他となった場合は、殊更にそうである。
実のところ、その地位は楽だった。飛びぬけて賞賛されているのは何というか座りが悪いようなものであって、尻尾の付け根がもぞもぞとしてしまう。
一位であるFOX小隊の彼女たちは正義とか、友人の為とか、そういった大儀を掲げてトップを走っていた。
そんな素敵なお題目とは違い、親を始めとする『大人』の反骨心から寮のある学校に行ったとか、親が決めた学校が嫌だった為に、トリニティの入学試験をボイコットしたとか。
そんなことをした私は、おそらくもって駄々っ子のようにも映る気がするのだ。
だからこそ、虚構の正義を信じ続けた。
絶対に逸れないように。今度は間違えることがないように。
──大丈夫だと思っていた。彼女は私よりも正しいのだから。正義とは彼女を指すのだと。そう、思っていた。
正しさを維持する事の大変さを、一番前を走り続ける苦しさを私は知らないままに。
彼女たちの完璧さを、子供のように信じていた私は……正しくなんてなかった。
◇◇◇◇◇◇
「ユキノ……」
「何故、ここに来てしまったんだ。アキ」
両手を挙げたまま、彼女の方へとゆっくりと顔を向ける。彼女の顔は沈痛な表情が私に訴えかけている。
その顔を見て、私は石のように固まってしまう。どうして、という疑念だけが脳を支配し、足を縫いつける。
そんな膠着を悟ったのか、背中から野太い声が聞こえてきた。
「残念だったな、近藤アキ。……それでは、私は他の侵入者の対処で忙しいのでね。失礼するよ」
「待てっ!!」
その声にはっ、とさせられ、現実に引き戻される。
すかさず振り返り、駆け出そうとする。しかし、それを拒むように、頭に冷たい銃口が押しつけられた。
「動くなっ!!! 動くな、アキ……!」
「ぐ…………っ」
その様子を見て、嘲笑いながらカイザー理事は姿を消す。背中を見送ることしか出来ない私は歯噛みをし、そして、妨害をしたユキノに食って掛かる。
「何故!? なんでよユキノ!! ここが何処で、何をしているか本当に分かっているの!!」
「何をするのに理由など……不要だっ」
「銃弾に考えることは不要だからっ!? じゃあ、人殺しの道具を用意しているのを見逃すのは正義なわけ!?」
早くしないと、私の友人が危険なのだ。何故彼らがホシノちゃんを狙うかは知らない。けれど、狙われていることを知っていながら見逃すなんてことは、私には出来ない。
図星を突かれたのか、くしゃり、と表情が歪む彼女。だが、すぐにその表情は怒りに染まっていった。
「五月蝿い……! 黙れっ、黙ってくれ!!!」
「黙らない!! 目を覚ませ!! ユキノ!!!」
「これ以上、喋るな……喋るなっ!!!!」
「そんなのが正義なら、捨ててしまえっ!!」
「……っ!! 黙れぇええええ!!!」
パン、と気の抜けた音が鳴り響く。
ユキノのライフルから銃弾が発射され、重い衝撃と共に私は頭部から吹っ飛んだ。
「あっ……」
どちらかが発したとも分からない声の後、破砕音が静寂を切り裂いた。ガシャン、と床に倒れ込んで、ゴロゴロと転がる。
至近距離での5.56mmだ。頭が割れるようにガンガンと痛む。少し切ったようで、つぅ、と頭から血が一筋流れた。
ゴボリ、と自身の汚い内面が沸騰し、泡沫が上がってくる。カァ、と沸騰するように脳に血が上り、彼女に向けて叫んだ。
「私と敵対する基本すら忘れたか、FOX1!!」
隊では無く、個としてのチームワークをメインとしたDOGGY小隊と、チームを鉄則とし個に打ち勝つFOX小隊。
何度もぶつかりあった両チームにはお互いにセオリーがあった。FOX2の誘いには乗らない。FOX3をまず優先的に。DOGGY3とは必ず持久戦に持ち込む等など。そして、両小隊の中でも半歩分身体能力が抜けていた私のFOX小隊からのマークは──
「〜〜っ! 必ず一対一で戦闘を行わず、遅滞戦闘にて援軍を待つこと……」
「その通りっ!!!」
隠し持っていたフラッシュバンを起爆させ、突っ走る。ユキノが放つ牽制の銃弾の中で愛銃を掴む。
──そして、瞬時に彼女へ突きつけた。
銃口が互いを捉え、時間が止まる。
アイアンサイト越しに見える顔は、よく知っているような凛々しくも美しい自信に満ちた顔ではなく、歪み、涙を堪えるような表情にも見えた。
胸の奥が痛む。どうして彼女がこんな表情を浮かべなければならなかったのだろう。誰がここまで追い詰めた? しかし、その疑問は霧散し、すぐに消えることになる。
二人に割って入る誰かの声に、耳がピクリと反応した。
「「敵発見、増援を送れ!!」」
彼女に何か言葉を掛けようとする。けれど、何も言葉が出ず、口を開きかけては、すぐに閉じる。
無情にも、敵の足音がすぐそばにやって来ていた。
もう、時間は止まってはくれないのだ。
奥へ逃げていったカイザー理事を追わねばならない。これ以上、やりあっても無駄と判断し、心を殺す。
彼女をそのままにしておく判断を下し、部屋から転がるように脱出した。
実戦で銃を向け合うという事実にショックを受けたのか、彼女は、呆然としたように私を見送っていた。
頭が痛い。私だって友達を放っておきたくない。けれど、それは自身の考えであって、私の存在理由がそれを許さない。
『誰かの為』であり続けること以外に、私が居る意味なんてないのだから。
カイザー理事は言っていた。他の侵入者の相手と。つまり、指揮所へ向かった可能性が高い。事前の偵察で場所は覚えている。
そうして増援の声がする方へ駆け出していくと、大盾を持った複数人で通路を塞ぎ、多数の銃口がこちらを向いていた。止まれ!! と身もすくみそうな怒声か私に向けられる。
狭い通路内で進行ルートを固め、進行を阻害。下がろうにも一本道で遮蔽もない。緊急時の即時の連携が普段からの想定訓練の質が伺える。PMC(民間軍事会社)とは思えない練度だ。と思わず巻く。
──だが、ここで止まるほど、物分りがいい子供ではない。
反射的に止めそうになる足を奮い立たせ、一歩踏み込んだ。
姿勢を低くして、更にもう一歩。ストライドを広く、踏み出す速度を速くっ!
グン、と周りの景色が加速し、蛍光灯の光が1本の線になる。敵の姿がブレ始め、向かってくる銃弾だけがやけにスローモーションに見えた。
銃弾が一発、二発、と身体を掠める感覚がある。いつもなら不思議な力で弾き返すのに、今は凄く不安定だ。
ユキノの表情も、向けられた銃口も私の奥底で受け入れがたいものだったのか、グラグラと自分が揺れている感覚がある。掠めたところがやけに熱い。痛いという奴なのかもしれない。
でも、それすらも気にせず、更に足を踏み込んでいく。
盾の集団が目前に迫る頃、私はダンッ、と音が鳴るほど足を床に叩き付け、床を踏み切った。
ふわり、と斜めに身体が浮き上がる。一歩目は壁を強く蹴り、更に加速。アクロバットの様に身体が捻られ回転する。そして、ニ歩目で天井に足が着き、すぐさま膝のバネで飛ぶ。逆さまの視界の中で、敵が呆けたように私を見上げていた。
敵の防衛線を三角飛びで飛び越し、後ろについた。誰かが言葉を零す。
「………は?」
その言葉が最後となり、数秒後、全員が床に伸びることになった。
「急がなきゃ………」
体のあちこちが熱い。弾幕の真正面を突っ切ったのだ、何発かはちゃんと貰ってる。アザか下手すると血が出てるかもしれない。それすらも気にせずに、ただひたすらに前へと進む。
爆弾を野放しには出来ない、身内が狙われると知っているならば尚更だ。
「ドギー小隊……第1条。だよね」
己が正義は誰かの為に。そうでなければ私は──。
心象風景の中、水が私を溺れさせようとして足を絡めとる。足元から湧き出た汚水が私を呑み込まんと、水位を上げてくる。溺れそうになるたびに、何度だって思い出す。
『誰かのために』それをひたすらに信じ続けた。
敵増援が殺到し、それを両手の牙でなぎ倒す。しかし、敵だって無抵抗で倒れてはくれない。
反撃がくる。槍衾のように放たれた弾丸は、私を容赦無く撃ち抜き、行く手を阻む。
ホローポイント弾が食い込んで、また少し傷が増える感覚が残る。じんわりとした痛みが熱を帯び始めた。防ぎきれなかった銃弾が衣服に掠り、タイトスカートの端が千切れて舞ったのが視界の端に映る。
それでも、歩みは止めない。痛いだけなら大丈夫だから。
「……次っ!!」
実験棟を飛び出し、司令室らしき方へと向かう途中、大きな影が立ちはだかる。
MBT(戦車)が砲塔をこちらに向けて構えていたのだ。避ける間もなく弾は放たれ、APHE(徹甲榴弾)が足元へと炸裂した。
轟音が鳴り響き、世界の音が消える。視界が真っ白になり、周囲が赤く燃え盛る。
──熱くて痛い。いつから怖さを無くしたのだろう。前はもっと怖かったような気がする。でも、今はそれすらも忘れた。ただ使命感が足を突き動かす。
戦車砲で身体が吹っ飛ばなかったのが幸運だった。幸い、足はまだついてるし、ちゃんと動く、
二発目を撃たれる前に対処しないと、また燃やされ動けなくなるだろう。竦む足を無視し、自身の正義の方向へと邁進する。
直進すると、今度は機銃の雨に晒されるが、遮蔽で応戦したところで9mmでは敵戦車の装甲を抜けないと判断し、更に前へ。時間がない。逃げられてはおしまいだ。
機銃の真正面からそれを受けながら走る。戦車まで20m、10m、5m……。弾の口径が大きい。衝撃が強くて、痛い。金属バットであちこち殴られているみたいだ。
心の中にどんどん溢れ出てくる汚水の中で、溺れそうになる。
──私一人が動いたところで無駄だよ。私なんか意味がない。
でも、他に誰も、私を助けてはくれないから。
──何のために走っているんだっけ?
自分の正義のためでしょうに。誰かを助けないと。
──かつての仲間に散々、裏切り者と呼ばれたのに?
「五月蝿いな………」
誰かの為に。を思って走り続けた。裏切りものと幾ら呼ばれでもこれで良かったと耐えられた。それが正義だと私は思っていられたから。
でも、走り抜けた先は、かつて正義の姿だと憧れた友人が私に銃を向ける姿だった。
──何処で間違えたのだろう。
今度は間違えないと、強く誓った筈なのに。あれだけ一人になるのはイヤだったはずなのに……。
歯を強く噛み締め、癇癪を起こした子供のような私は叫ぶ。
「邪魔を、するなぁぁぁ!!!!」
ついに自身の間合いまで飛び込んだ私は、痛む足を無視して宙へ舞う。
キューポラへと取り着いた私は、戦車の搭乗口に銃を捩じ込み、トリガーを強く握った。腕に伝わる振動と、中の悲鳴が耳に届く。それでもマガジンの弾が枯れるまで、やめることはなかった。
しかし、敵戦車はまだ動く。操縦手が生きているのだろう。砲塔がフルスイングで私の身体を弾き飛ばす。コンクリートがおろし金のように、身体をゴリゴリと擦る。
そして、そのまま踏みつぶさんとする無限軌道。それを私は両の手で受け止め、下から持ち上げんと力を込める。
メキメキと、変な音が私の身体から鳴っている。それと同時に敵の前進の手応えも止んだ。だから、横に投げ飛ばした。
咄嗟に汗を拭う。血が流れているのか、粘性を持った赤い汗は気持ち悪かった。
「はぁ………はぁ。行かなきゃ。ホシノさんが危ない」
よろけながらも前へと、前へと進む。まだ動ける。
まだ、私は無価値なんかじゃない。
やっとの思いで敵をいなし、追われながら司令室のある建物に転がり込んだ。
上がる息を整えて、マガジンをチェックする。残り弾倉2。そろそろ身体も武器も悲鳴を上げ始めている。
だが、そんな事は敵は考慮してくれない。
「居たぞ!!!」
「くっ……! あぁ、もう!!!」
応戦し、また残弾が消える。残り1しかない。
そんなときに限って死神はやってくる。通路を疾走し、逃げたカイザー理事を追う途中、膝から力が抜けるようにカクン、と曲がり、みっともなく転がった。始めは限界が来たのかと思いきや、そうではない。
物陰から放たれた、正確な射撃が足を撃ち抜いたのだ。
こんなことを出来るのは、基地内にそうはいない筈。自ずと答えは出てくる。
今度ははっきりと怒りを込めて、相手の名を叫んだ。
「ユキノぉぉぉ!!!!」
「今度こそ捕縛するぞ、裏切り者っ!!」
すぐに立ち上がろうとするが、しばらく力が入りそうにない。立ち上がる事を諦めて、すぐさまに右手の銃で遮蔽物ごと薙ぎ払った。右手武器、残弾0。残るは左手のワンマガジンだけ。
けれど、相対する敵はSRTのNo1を率いていた隊長であり、それも私よりもよっぽど万全である。もう一度狙われる。
それを無防備で受けることは出来ない。だから、芋虫のように転がって、遮蔽に隠れた。
「ヴァルキューレに下り、分断した裏切り者っ!!」
「そんな……意図なんてなかった」
「とぼけるなっ!! じゃあ、何故、カヤ防衛室長と取引した映像が残っているんだっ!!」
「……っ!? 誰がそんな映像をっ!!」
「図星か!! DOGGY1!!」
彼女の弾幕が瓦礫や机を食い荒らし、遮蔽を次々に破壊していく。膝の回復を待っていたところでジリ貧なのはわかっている。
だから、賭けに出ることにした。
ボロボロになったバックパックを開ける。なんと、多少ぐちゃぐちゃになっているも中身は無事だった。こればかりは母校に感謝する他ない。
目当てのものを取り出して、セットする。
こんなの賭けですらない運否天賦だ。と思う。でも、それしかないのも事実。肚を決めて実行するしか、その先は無い。
「どこだっ!!」
「ここだよっ、ユキノ!!!」
遮蔽から身を乗り出して、愛銃の残り弾を思いっきりプレゼントしてやる。ユキノは弾かれたように弾着地点から転がり、別の場所へ駆け抜けようとする。そのルートと、狙いのポイントが重なる瞬間。
私は、プラスチック爆弾の起爆スイッチを押した。
背後に設置された爆風が背中を押し上げ、熱風と共に私を吹き飛ばす。両手の得物も弾が尽き、手榴弾もない。であるならば、最後に弾になるのは、私しかないだろう。
虚を突かれたユキノとぶつかり合い絡み合う。団子のように二人で転がりあい、そして私がマウントポジションを取った。
「私が、どんなっ、思いで!!」
馬乗りになって、ユキノを殴りつける。
一発、二発。殴った拳が痛い。痛くて、痛すぎて涙が出そうだ。
でも、向こうも黙って殴られるほど馬鹿ではない。気が緩んだところを押し返されて、逆にマウントを取りかえされる。
「こっちの、セリフだっ!!! 残された私が、どんな……っ!!」
拳が降ってくる。殴って、殴り返されて、痛い。痛くてどうしようもない。
けれど、SRT時代を思い出すような格闘戦が何処か懐かしくて、難しい理由も、肩肘張る意地すらも、払いのけてくれそうだった。
殴って、殴り返して、マウントを取り合う。髪も乱れて、唇が切れて血が飛ぶ。
拳が交じり合うたびに、本音が溢れた。
「私は、ユキノがいれば大丈夫だと思っていたっ!!」
「ずっと一緒に戦ってくれると、信じていた……!」
「ユキノは一人でも大丈夫だって……思ってたっ!」
「切磋琢磨しあい、何度もぶつかり合い、協力し合ったアキ達が居てくれれば、それでっ!!!」
再びマウントを取った私に拳が顎に飛んでくる。上半身を反らして避け、上体を戻す勢いのまま強烈な頭突きを彼女に叩きつけたっ!!
眼の前に星が散る。視界が白黒してクラクラする。彼女も同じだったようで、床にダウンしていた。
腕で目元を隠したユキノが叫ぶ。
「私は……どうすればよかった!! 3年間一緒にいた部下も、皆と共に学んだ学校も失いたくなかった。それだけなのにっ!」
彼女の声は震えていて、倒れ伏す姿は泣きじゃくる子供のように見えた。SRT学園のNo1の隊長の姿は無く、ただ一人の同級生の女の子だった。
その姿に、はっ、と我に返る。
(私も彼女も……同じなんだ)
暗い部屋でずっと一人で泣いていた私と、信じるものも分からなくなって、誰も助けてくれないとそのまま消えていった私と、彼女は似ている。
過去の私が眼の前にいる。そう気付かされた。
ポタリ、と気づけば雫が頬を伝っていた。
「ごめん……一人にして、ごめんね。寂しかったよね」
「もう……良いんだっ!!!」
「大丈夫……まだやり直せるから。信用できそうな『大人』を見つけたんだ。一緒に相談してみようよ」
「大人を……アキが?」
「そうだよ、理事を捕まえて全部終わったらさ……紹介するよ」
「……っ。あぁ」
私の涙に呼応するように、ユキノの目尻にも涙が浮かび始める。互いの力が抜けて、拳が解けていく。
『大人』をまだ信用できたわけじゃない。嫌いなのは変わらない。
でも、あの時、背中を押すメッセージをくれた『先生』なら、何とかしてくれるかもしれない。友人が一歩踏み出すのだ、私も一緒に一歩だけ前に進んでみようと思う。
子供のような絵空事で描かれた未来図は、綺麗に青空を描く。
二人とも素直に成長の一歩を踏み出せるのだ。
──そう、思っていた。
「所詮は、子供のごっこ遊びか。くだらんな」
カン、と『何か』が転がる音を聞く。
それは綺麗に描かれた青空が、ぐしゃぐしゃに真っ黒いクレヨンで塗り潰される音。
──時間が止まったように、静止する。
馬乗りになっていた私が真っ先に、その視界に映るものを理解した。
カイザー理事とその腹心が話していた、『ヘイローを破壊する爆弾』。それが起動した状態で、こちらに転がってきていた。
「さらばだ。正義ごっこの諸君。君たちは不慮の事故でここから消える」
そう言い残し、理事はシェルターへと消えていった。
疲労が限界だ。身体のあちこちで軋んだ音がする。
──でも、まだ動ける。
いつか、ユキノと話した内容を不意に思い出した。
「トロッコ問題?」
「よく聞かれるだろう? 眼の前にレールの切り替え装置があって、ポイントを切り替えると1人が死に10人救える。そうでなければ、10人が死ぬという2択の問題だ」
「うーん、じゃあ、私がトロッコを抑えるよ。その間にユキノがどうにかして?」
「いや、そういうものでは無いんだが……」
苦笑するユキノを見て、私も笑う。
私はね、と言って続きを話した。
「もし私の手で一人しか救えないなら、私の分を使って二人救うよ」
その時の彼女の答えはなんだっけ……? あぁ、思い出した。
「それでは、残された私の後処理が大変だから駄目だ」
珍しく彼女が笑いながら、そんな冗談が返ってきたんだっけ。
「ユキノっ!!!」
渾身の力で彼女を投げ飛ばす。出来るだけ遠く、より爆弾よりも遠く、爆風の及ばないぐらい飛んでくれ、と思いながら。
そして爆発寸前の爆弾の正面に飛び出した。
これも投げ返す? いや、もう時間がない。銃で撃ち抜けば良かったなぁ。いや、弾無いか。
突然、ふっ、と力が抜け、糸が切れた人形のように膝から崩れる。元々限界だったか、と笑みが溢れた。
──まぁ、でも、私にしては上出来か。
結局、誰も救えなかった私が最後に一人、友人を助けたのだ。映画のような甘美なラストだと思う。
それに、私なんかに虎の子の爆弾を使わせた。これでホシノちゃんに危害が及ぶこともない。
ミッションコンプリート、だ。
全体がスローモーションに見えて、何もかも間に合わないと悟る。
出来ることと言えば、あの時の冗談を返してやろうか、というよく分からない行動だった。
振り返り、駆け寄ろうとするユキノを見ながら、ふにゃりと笑う。
「ごめん、ユキノ──」
後処理、よろしく。
そう言い終わる前に、私の意識は光に飲まれた。