元SRT学園のNo2の転生者がヴァルキューレで閑職をやる話   作:宵越しのモルス

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第11話

 時は少し巻き戻り、アビドス高等学校にホシノが飛び込んできたところから時間は動き出す。

 

 仲良くアビドスの新参者、近藤アキについて、あーでない。こーでもない、とファッションショーが開かれている会議に一筋の風が舞い戻る。

 そんな平穏な空気を打ち砕いたのは、遅刻者であり、深刻な顔をしたホシノであった。

 

 息せききって駆けてきたのか、その呼吸は乱れきっている。それを意に介さずに彼女は見渡して、言葉を発した。

 

 「皆、話を聞いて」

 

 ──一緒にアキちゃんを探してほしいんだ。

 

 深刻そうな彼女を見た、アビドスの面々は顔を見合わせた後、すぐに頷く。それをもってホシノは話し出した。

 

◇◇◇◇◇◇◇

 

 これまでの事情と今朝起きたこと。そして、少し話しづらかったけど、カイザーコーポレーションにまつわる事を話した。勧誘されていて、それを飲めば借金は減るということ。

 そんな事を、みんなに洗いざらい打ち明けることにした。誰かに話すのは一回目よりもだいぶ気が楽だった。

  

 皆、先生を含めて静かに聞いていてくれて嬉しかった。反応が怖かったけど、そんな心配もシロコちゃんの一言ですぐに吹っ飛んだ。

 

 「ん、だから、退部届を書いてたの?」

 「うへっ!? 何でその事知ってるの!?」

 「ホシノ先輩~?」

 

 ノノミちゃんが笑顔で迫ってくるのを両手で制止しながら、勝手に見ちゃダメでしょ~と、ツッコミを入れると、場の緊張が解けて笑顔が溢れてくる。

 ひとしきり笑って場が落ち着いたところで、先生が切り出した。

 

 ──じゃあ、もう退部届は必要ないよね?

 

 皆に話したのはそういうことで、首を縦に振る。そして、カバンから退部届を取りだして皆の前でビリビリに破いた。

 なんだかんだ葛藤して書いたものなんだけど、無くなるのは一瞬過ぎて、こんなものをまるで世界一重要な書類として気を重くしていた自分に笑ってしまう。

 

 「とりあえずは、無しの方向かな~。うへー、スカウトが来るなんて、おじさんもまだまだ捨てたもんじゃないねぇ」

 「それで、アキ先輩は……?」

 「うん、おじさんね。正直諦めようとしてたの」

 

 おずおずと聞いてくるセリカちゃんに、紙片になったものをピラピラとさせて、これを真剣に出すことを考えようとしてた。

 諦めようとしていて、そこに待ったを掛けたのが彼女だった。と私は告げた。

 

 「助けて貰ったし、こうやって皆に話す勇気も貰った。……うへ~、何だが気恥ずかしいね」

 

 でも、だからこそ言わないといけないのだろう。アキちゃんに言われた事。後輩さんのほうがもっと親身になって聞いてくれますよ、と言われたのだから。

 

 「だからさ、おじさんも。貰った恩は返したいな~って」

 

 砂漠に行ってきます。と書き置きを残して消えていった彼女は、どうしてもユメ先輩を思い出してしまう。杞憂であればそれでいい。何にも無ければ、私が笑われれば済む話。

 だから、と頭を下げる。こうやって、皆の前から姿を消すか悩んでいた私を、強引に引き戻した彼女が心配なのだ。

 

 「一緒に、アキちゃんの事探して欲しい」

 

 これだけ大袈裟に騒いで近所を散歩していたとか、そういうことで済んでしまったら、それはそれで恥ずかしい。

 でも、そんな事にも全力で取り組んだほうが、きっと『青春』なんじゃないかと、思う。我ながら青臭い。

 言い切った後、恐る恐ると皆を見る。

 

 「ん、せっかく見つけたツーリング仲間は逃がさない」

 「実際、アキ先輩は名誉部員みたいなところあるしね」

 

 すぐさま立ち上がり用意を行う、シロコちゃんとセリカちゃん。

 

 「いつも助けて貰ってますもんね。行きましょう」

 「それに、ホシノ先輩から真剣なお願いされるのは新鮮な気がします〜」

 「うへっ!? それは無いよ〜ノノミちゃん〜!」

 

 ニコニコしながら皆が立ち上がる。その光景を見て、勇気を出してみて良かった。と思う。そして、その勇気をくれた彼女にも、そのお返しをしなければ。と、より想いは強くなる。

 そして先生が私に笑いかけた。

 

 ──相談してくれてありがとうホシノ。言ってくれるのを待ってたよ。

 「うへ~、先生にはお見通しかぁ」

 

 おじさん参っちゃうなぁ、と口に出しつつも、内心は悪いものではなく。むしろ、見ていてくれたんだ。という安心感すらあった。思ったよりも口元が緩んでいたらしく、それを周りに指摘されて、また場が暖かく笑う。

 この輪の中に彼女が居てくれれば、もっと良かったのに。と思う。

  

 だからこそ、迎えに行こう。今度こそ、きっと大丈夫。

 ──そう、思っていた。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 彼女の出た時間的に徒歩では間に合わないと判断し、アヤネちゃんの運転する車にて砂漠を疾走した。

 太いタイヤが砂を巻き上げて、砂煙がもうもうと立ち込める。ガタガタと揺れる車内は、手すりに捕まっていないと何処かに頭をぶつけてしまいそうなぐらい道が荒い。それすらも構わずに私は窓から身を乗り出して、目を皿にして彼女を探した。

 しかし、行動が実になることも無く、ただ廃墟群が右から左に流れていくだけだった。

 

 「結構奥の方まで来たのに、全然居そうな気配無くない!? 足跡まで見つからないなんて!!」

 「アキちゃん先輩、SRT特殊学園出身ですからね~、もしかしたら、こういった所が得意なのかもですね」

 「それ、私たちが探さなくても帰ってきそうじゃない!?」

 「ですね~。それはそれで、楽しく砂漠でドライブって良くないですか?」

 「こんな揺れたら楽しめるものも、楽しめっ……いった……っ!! 舌嚙んだじゃない!!」

 

 セリカちゃんが叫び、ノノミちゃんがそれに応じる。

 彼女たちの言葉を聞いて、確かに大丈夫かもしれない、と思い直す。それでも奥の方でチリチリと焦げつくイヤな予感が残っている。

 何より、出発前に先生が言った言葉が、耳に残っている。

 

 ──砂漠でカイザーが何かを企んでいるらしいから、皆、準備はしっかりとね。

 

 助けて欲しい。と遠回しながらも伝えた翌朝に消えていた彼女。残されたメモには、砂漠に行ってきます。という一言。そして、彼女の驚異的な情報収集能力。

 無関係と笑い飛ばすには少々無理のある事柄だらけで、ずっとそれが刺さったまま抜けないトゲのように、チクチクとした思いを増幅し続けている。

 思い過ごしならそれで構わないし、何ならアキちゃんに笑われてもいい。だから、早く見つかって欲しい。そう思って、先程から何度も携帯に掛け続けているのに一切反応がない。

 掛かってくる事の方が圧倒的に多かった連絡先。無視した事だって何度だってある。

 それが今は、焦れるように応答を待っている状況が何とも変で、いかに自分が気づかないうちに色々と切り捨てていたのか気づかされては、また焦る気持ちが強くなっていった。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 「止まって!!」

 

 しばらく、道を突っ走り廃墟群を抜けた先。かつては夜の街も兼ねていた市街地の入り口で、私は初めて人の痕跡を見つけた。砂とヒビだらけのコンクリートの地面にタイヤの跡が続き、まばらだが人の足跡があった。

 全員が車から降りて、周辺を見渡す。手分けをしようと一旦が分かれた。廃墟群組と、何処まで車両痕が残っているか確認する組。その二手だ。

 廃墟群組は私と、シロコちゃんと、アヤネちゃん。私以外が持つドローンで、市街地の細かいところを探索しようとのこと。そして、セリカちゃんとノノミちゃん、そして先生が砂丘の先へと向かっていった。

 

 割れた窓ガラスを踏み、キョロキョロとしてみるも、人の気配は無い。足跡を追った方が良かったかも。と諦めかけていたところ、足跡の一つを観察していたシロコちゃんが声を上げた。

 

 「ん……これ、アキ先輩のじゃないよ」

 

 灰色の髪を揺らし、立ち上がる。その声を聞いて、すぐさま私は駆け寄った。

 

 「分かるの?」

 「ん、体重的にもっと重い人かな。たぶん」

 「うへー、凄いね、名探偵シロコちゃんだ」

 

 彼女はもう少し軽い。とシロコちゃんは言う。その情報に間違いはない。では、この足跡は……? と疑問を持ったところで、同時に二つの事が起きた。まず一つは、アヤネちゃんの声が届く。

 

 「大変です! ホシノ先輩、シロコ先輩!! この先に軍事基地らしきものが!! そして、アキ先輩らしき痕跡がありました!!」

 

 空中から見ると、基地のルートの途中で倒れている兵士が巧妙に隠蔽されており、何者かが侵入している痕跡があるとのこと。そして、こんな事が出来るのは彼女しかいません。とアヤネちゃんがまくし立てた。

 そして、その情報が聞き終わるや否や、銃声が聞こえ、砂丘の奥から警報が鳴り響いた。

 

 「……ん、三人が危ない」

 「シロコちゃん、待って!!」

 

 散発的に聞こえる銃声が戦闘を知らせていた。

 それを聞いて、すぐさまに駆け出したシロコちゃんを私とアヤネちゃんが追いかける。廃墟群を抜け、小高い砂丘を抜けると、既にカイザーコーポレーション配下のものと思わしき機械化兵士たちと、砂丘探索組が戦闘を始めていた。

 その戦闘の横っ腹をついた形となった私たちは、そのまま攻撃を加え始めた。シロコちゃんのアサルトライフル、私のショットガンが対応の遅れた兵士たちに襲い掛かる。次々に倒していく間にアヤネちゃんが持ち前の救急医療キットで手当てを急ぐ。

 応急処置のついでに、痕跡を発見したことも伝えたようだ、三人の顔色が変わった。

 

 そうして、第一陣を制圧する頃にはノノミちゃんも、セリカちゃんも復活し全員の足並みが揃う。こうなれば、多少の敵くらいなら蹴散らせる。

 

 「シロコちゃん、ナイスタイミング~」

 「ホシノ先輩もアヤネも来たわね! じゃあ……反撃よ!!」

 「じゃあ、目的も見つかったことだし、一人で無茶する名誉部員を捕まえにいくよ~」 

 

 おー!! と掛け声と共に全員がやってくる増援に向かって駆け出そうとする。

 その勢いに先生も頷いて、持っている端末に何かを入力した後、私たちの顔を見渡す。

 

 ──じゃあ、皆行こう!!

 

 もう一度、威勢のいい声が砂漠に響く。

 そうして、何も無いと思われていた砂漠にて、アビドス高等学校の面々とカイザーPMC達との戦端が開かれた。

 カン、キン、と甲高い音と共に、片手に持つ盾に確かな衝撃が伝わってくる。しかし、そんなもので貫通出来る程、甘くないよ、と思いながら、砂地を蹴り上げ、距離を一気に詰める。

 

 「──無駄だよ」

 

 もう一つの相棒であるショットガンが火を噴き、バタバタと敵がなぎ倒されていく。鋼鉄の盾で殴りつければ、敵は宙に舞う。

 

 「──っと、リロードするよ!!」

 

 撃ち尽くした後に大声で叫ぶと、すぐさまに先生が指示を飛ばす。

 

 「ノノミー、いっきまーす!」

 「あーもう!! アンタたち許せないっ!!」

 

 集中運用された火力が、押し返そうとした敵前線の足を縫い留め、進軍を遅らせる。そうしている間に弾薬は満たされ、また私が敵戦力を食い荒らす。

 どんどんと出てくる増援に苦心しながらも、先生の指示の下で統率された火力が運用されていた。その事に安心している自分がいる。

 

 ──ありがとね、皆。

 

 言いづらかったけど、聞いて欲しくも無い言葉を呟く。

 その言葉は爆音にかき消されて、誰にも届く事は無かった。それすらも気にせず、また次の敵を薙ぎ払った。

 今はこれでいい。アキちゃんを捕まえて、また言えばいいのだから。

 

 そうして、どんどんと基地を目標に私たちは走っていく。何が待つかも知らずに、無邪気な程に全能感を味わいながら。

 

 「ん、敵が少し減った……もしかして、制圧間近?」

 「おかしいですね。この規模なら、もっと苦戦すると思っていたのですが」

 

 シロコちゃんとアヤネちゃんが疑念を呈する。確かにそうだ。と私も同意する。今まで苦戦する程に統率されていた戦力が指揮を外れたように散発的になり、不足してきた。

 基地の入り口を目の前にして、この戦力は不気味だ。

 

 「とりあえず、乗り込んでアキちゃん先輩捕獲作戦と行きましょ~」

 「それもそうね、一気に行っちゃいましょ!」

 

 ノノミちゃんとセリカちゃんが駆けていく。

 勢いづく二人を見て、その後、最後尾にいた先生を見る。先生もまた何かを考え込む仕草をしていたけれど、そのポーズを解いて、行こう。と頷いてくれた。

 立ち込める疑念と、違和感をどうにか胸のうちに留めて一言発した。

 

 「じゃ、アキちゃん捜索隊、突入するよ〜!」

 

 ◇◇◇◇◇◇◇

 基地に乗り込むと、更に兵士の数は少なくなっていた。というよりも、別の場所が騒がしく、その対処に追われているといった様子であり、あまりにも呆気なく正面突破が叶ってしまった。

 

 「もしかして、アキ先輩が暴れてたり………?」

 「流石に……と、言いたいんですけど。でも、あはは……」

 

 セリカちゃんとアヤネちゃんの1年生コンビが、目の前の光景を信じられないと苦笑いをしている。

 それもその筈、守備隊として組織されていたであろう、ライオットシールドを所持した小隊が地面に転がっているのだ。

 しかも、あちこちに蹴散らされたであろう兵士たちが気絶しており、基地内は屍累々といった有様だった。

 

 それに対し、2年生組のシロコちゃんとノノミちゃんは私をチラと見る。確かに私であれば、これぐらいなら……たぶん何とかなる。ただ、流石に無傷では居られない筈。

 そして、その予感を裏付けるように、点々と続く血痕を発見した時、自然と不安が言葉になった。

 

 「うん、おじさんでも、この数と状況は厳しいかな」

 「ん、急がないと」

 「そうですね~」

 

 私の一言で全員の目の色が変わる。

 そして、私もまた、チリチリと胸の奥で燻り続けていた不安感に、火が灯ったことを実感していた。

 

 (急がないと、取り返しのつかないことになる気がする)

 

抱え続けた言葉が頭にはっきりと形になり始め、自然と足が早足に、そして、だんだんと駆け足になっていった。

 後ろに続く声が、だんだんと遠ざかる。分かってはいる。けれど足の速度は落とさずに前へと進む。

 

 転がっている兵士たちを見る度に、散らばっている大量の空薬莢の量が目に入る度に、そして、続いていた赤い点が線になり、小さな水たまりになった度に、心臓が早くなり、息が上がる。

 疑惑が確信に変わっていき、それを否定する材料をひたすら探す。でも、幾ら探してもそんなものは落ちていなくて、確信が転がりだした雪だるまのように増えていった。

 新しい情報が目に入る度、背中に冷え切った鉄の芯を入れられたみたいに背筋が冷たくなっていく。

 そしてそれは、燃え盛る戦車の残骸の横で彼女の使っていた千切れた腕章を拾い上げた時、その緊張は最高潮になり、世界が軋んだ音が聞こえた。

 

 「邪魔っ!!!」

 

 ワラワラと集まってくる残党を蹴散らす。

 そんな時間すら惜しいのに、と焦れた想いで、線になった血痕を辿り、全速力で彼女を追いかける。

 

 どうか間に合ってほしいと、半ば祈りを捧げながら。

 

 血痕の続いていた建物のシャッターを蹴破り、中へ転がり込む。その瞬間に『それ』は起こった。

 

 目も眩むような閃光と共に、建物全体を揺らす振動が身体を揺らす。思わず目を瞑ってしまう程の爆発が起きたのを肌で感じた。

 

 ──そして、その余波で飛んできたのか、カツン、と私の足元に何かが転がった。

 

 それを見て、拾い上げる。

 一部が焦げた肉球のストラップだった。何処かで見たことがあるな、と思い記憶を探る。そして、それはすぐに見つかった。だって、つい最近、目にしたものだったから。

 それは、アキちゃんの所持していた銃についていたアクセサリーであって、両手に持つ片方の銃のものだった。

 

 「なんで、これが………こんなところに」

 

 心臓が早鐘のように打ち続け、それに反して背筋はどんどんと冷えていく。燃え滾るように熱くなる頭と、氷のように冷えた脳が交互にやってきては、イヤな予感を増幅させる。

 バタバタと追いついてきた足音すら気にせずに、また駆け出した。

 

 「「ホシノ先輩!!」」

 

 追いついてきたノノミちゃんとシロコちゃんの声が背中から聞こえる。けれど、今はそれどころではない。

 この予感を打ち消さんと、事実を確認するために爆発の起こったであろう場所へ急行した。

 

 硝煙と、何かが焦げたような臭気が鼻につく。

 曲がり角を抜ける。まだ肌が焼けるような熱が残っていて、残火が部屋の端々で床に散らばっている。

 爆発の現場が、すぐそこにある。

 

 その先にあるモノ、その光景。

 それが目に飛び込んできた時。

 

 ──私は、言葉を失った。

 

 そこで目に入ったのは、ボロボロと言うにはあまりにも酷すぎる状態で床に転がる『誰か』と、それを見下ろすように立っていた狐耳の誰かの姿。

 転がっている『誰か』の方は、よく見ると、凄く見覚えのある服を着ていて、血まみれになっても分かる茶色の尻尾と、犬耳が力なく垂れている。

 

 ──嘘だ。噓だ。嘘だ。嘘だ。

 

 『ここに居たんですね』

 『探しましたよ』

 

 黒くて、ノイズ混じりの光景が脳裏に浮かぶ。

 大事な人に永遠に会えなくなった過去の一幕が、籍を切ったように溢れ出す。

  

 『帰りましょう』

 

 苦しくて息が出来ない。ピクリとも動かない彼女の姿が、過去の光景と重なって、歯の根が合わずガチガチと音を鳴らした。

 

 『──また、間に合わなかった』

 

 記憶の中の自分がこちらを見ている。

 影のような自分が、失望と嘲笑を込めて血のように真っ赤な口を開けて笑っている。

 その姿を振り払うように、頭を力なく振る。すると、散らばった思考が、だんだんとまとまっていった。

 

 誰が、やった──? 

 

 私を助けてくれようと、手を伸ばしてくれるような優しい人を誰がこんな目に合わせた?

 どうやって復讐すればいい? どんな目に合わせれば釣り合いが取れる?

 

 ぐつぐつと沸き立つ怒りで、視界が真っ赤に染まりそうだ。どす黒い血が自分の中で暴れ狂って、おかしくなってしまいそうな程に。

 

 そのとき、狐耳の女がゆっくりとこちらを見た。

 そして、幽鬼のような表情を浮かべ、掠れきった声で、こう告げた。

 

 「誰だ……?」

 

 互いに視界にも入れず呆然としていた二人が、目を合わせた。

 一人は怒りに燃え、一人はただひたすらに空虚だった。

 

 そして、私の姿を見て、彼女はポツリと呟いた。

 

 「あぁ、アキの友人か。……そうか、見ての通りだ」

 

 薄く笑うように、彼女は口角を上げる。

 

 「全て、私のせいだ」

 

 彼女がそう言い終えるか否かの刹那。

 ──狐耳の女を壁に叩きつけた。

 

 怒りで燃えたぎった身体が、いかに眼の前の仇敵を引き裂くかで震え、頭の中はそれをしないように抑えるのが精一杯だった。

 

 「いい? これから先は……言葉を選んでね?」

 

 ──アキちゃんをやったのは、お前か?

 

 頭の片隅の冷静な部分が、まだこんな冷たい声を出せるのかと驚いているくらい、底冷えのする声が口から飛び出る。

 それを聞いた彼女は、呻くように、そして苦悶に喘ぎながら言葉を絞り出した。

 

 「………そう、だ。私の、せいで」

 

 彼女の身体が横薙ぎに吹っ飛び、転がっていく。

 殴ったと気づいたのは、彼女が床に吹っ飛んだ音を聞いてからだった。

 まるで中身など入っていないかのように、彼女は抵抗すら見せず、勢いのままに転がっていく。

 そして、横たわったまま動かなくなってしまった。

 気絶した訳でもないだろうに。と、腸が煮えくり返る思いで声を掛ける。

 

 「立ちなよ」

 「………あぁ、そうだ。私は、知っていたんだ。あの爆弾を………知っていて、見て見ぬふりをしたっ!!! 

 「……喋ってないで、立ちなよ」

 「私は……共犯者だ………っ!!」

 「立てって!!!! 言ってんでしょ!!!!!」

 

 煮えきった頭が彼女の言葉を理解しようともせず、黒い感情のまま荒れ狂う。

 そのまま胸ぐらを掴んで、もう一度持ち上げようとした時、皆の足音が響いた。

 

 どうやら皆が追いついたようだ。と頭の片隅で冷静に処理する。それよりも、どうやってコイツを壊してやろうかという気持ちが強かった。

 そして、彼女たちは部屋へ入ってきて、この惨状に口々に悲鳴を上げた。

 

 「えっ………? アキ……先……輩……?」

 「嘘……でしょ?」

 「そんなっ………」

 「アキ先輩っ!!」

 

 シロコちゃんは立ち尽くし、セリカちゃんは呆然と座り込む。驚きのあまりアヤネちゃんは口を抑えて震えだす。そして、ノノミちゃんが駆け出した。

 

 その光景が目に入り、私は、はっ、と我に返る。

 そうだ……何で最初に駆け寄らなかったのだろう。頭に血が昇って、アキちゃんを放っておいて、誰かも知らない奴を殴りつけて。

 

 ──手当てもせず……現実逃避がしたかったの? 私は。

 

 モヤモヤとする心を振り払い、地面に転がるアキちゃんの方へと、ふらふらと駆け寄っていく。

 何らかの爆発を至近距離で受けたのか、あちこちに火傷の跡がある。撃ち込まれたであろう銃創がいくつも散らばっていて、着ている衣服は酷い状態だ。

 揺すっても、揺すっても、彼女のヘイローは消えていて、何も反応は返ってこない。抜け殻のように彼女の身体は軽かった。

 手遅れ、という言葉が浮かび、頭を振る。

 

 「ねぇ、起きてよ………また明日って昨日言ってたじゃん」

 

 昨日まで返ってきた言葉は、もう返ってこない。

 

 「水族館も行くって、言ったじゃん……正義の味方が嘘つかないでよ………ねぇ!!!!」

 

 パトロールのとき、どうしてもっと話さなかったのだろう。どうしてあの時、一緒に帰らなかったのだろう。何故、私は彼女が頑張っている間に寝てしまっていたのか。

 そんな後悔が、浮かんでは消える。

 

 「冗談はもういいよ、アキちゃん………っ! 早く起きなって……」

 「ホシノ先輩っ!」

 

 反応の無い身体を揺すり続けようとして、両腕が抱えられ止められる。気がつくとノノミちゃんが近くまできていて、私の腕を抱えていた。

 腕を振り回して抵抗するも、ノノミちゃんは離してくれない。アキちゃんを起こさないといけないのに。

 

 「放してっ!! アキちゃんが………だって、まだ生きてる!! 死ぬわけないっ!!!」

 「先生!! アキ先輩をっ!」

 

 彼女に抑えられながら、一緒に走ってきた先生の方に、泣きそうな思いで顔を向ける。

 

 「ねぇ……そうだよね、先生っ!!」

 

 『大人』なら何とかしてくれるはず、とそう思いながら。先生の顔を見上げる。

 すると、先生はすぐさま頷いて、アキちゃんの方へ駆け寄った。

 

 ──任せて、ホシノ。アヤネ、医療道具を全部こっちに。

 

 落ち着いた声で彼は言う。その声につられてアヤネちゃんも弾かれるようにこっちへ駆け寄ってきた。

 

 でも、私は気づいてしまった。

 落ち着いた様子とは裏腹に彼の顔は青ざめ、手が震えていた。アキちゃんの状態は『大人』の目から見ても難しいという事。

 それが分かってしまい身体中から力がスッ、と抜けてしまった。急に音が遠ざかり、視界が真っ暗になる。

 

 ──先生、止血帯がこれでは全然……!

 ──服でも何でもいいから布!!! 早くっ!!!

 ──私のブレザー! 早く!! いいからっ!

 ──傷に対して、出血量が……それじゃ……もう……!

 

 

 アキちゃんを皆が呼び掛けている声が、凄く遠くに感じる。

 応急処置パックを全て広げ、使えるものを全部使おうとするアヤネちゃんと、その手伝いをする皆。そして、先生が指示している。

 

 それなのに、どうしてもそれが希望の光景にはならなかった。

 

 へたり込んだ床はまだ熱い。そんな熱を彼女はきっと間近で受けてしまった。道中に出会った数々の残骸とも戦って戦って、疲弊して、頑張って……っ。

 彼女はここで酷い姿に変わったんだ。

 

 こうなったのは誰のせいだろう? そこに転がる狐耳の生徒のせい? 

 

 心の声が冷静に答えを返す。

 違うだろう? 小鳥遊ホシノ。

 

 ──最初に目を逸らしたのは何故?

 ──真っ直ぐに駆け寄らなかったのは?

 ──何か、後ろめたいことがあったのではなかったか? 

 

 ──ねぇ、小鳥遊ホシノ。

 

 本当は私が一番分かっている筈だろう?

 その声に応え、ポツリ、と嗚咽するように言葉が絞り出される。

 

 「私のせいだ……」

 

 最初の言葉がヒビを作る。そして、その小さな隙間から限界を超えたダムが崩壊するように、言葉が溢れ出した。

 

 「やっぱり助けなんて、求めちゃ駄目だったんだ…………一人で、何とかすれば………きっと……!!」

 

 私が受けるべきものを、私の『咎』を彼女が受けてしまった。

 その事実と正面から向かい合ってしまって、ドンドンと水が抜けるように力が抜けていく。

 汚水が下からせり上がって、黒い感情に満たされるように私は溺れだした。

 でも、それでいい。この黒い気持ちに身を任せてしまえばきっと楽になると、そう思ったから。

 

 けれど、その感覚はすぐに途切れることになった。

 ポン、と肩に置かれた手が、私を現実に引き戻す。

 

 ──大丈夫だよ、ホシノ。私が何とかするよ。

 ──子供の責任は大人が取るべきだから。

 

 「でも私は……っ!」

 

 ──相談してくれたことを、無駄にはしないよ。

 ──任せて、ここからは大人の時間だ。

 

 先生はそれだけ言うと、自身の持つタブレット(『シッテムの箱』と呼んでいた)に二、三回言葉を発する。

 すると突然、基地のスピーカーが全て先生の声を出力しだした。

 

 ──基地の責任者と話がしたい。今すぐに出てきて欲しい。

 

 

 責任を取らんとする『大人』の声が、硝煙の上がる基地内に響き渡った。

 

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