元SRT学園のNo2の転生者がヴァルキューレで閑職をやる話   作:宵越しのモルス

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第12話

 

  

 カイザーPMC理事は焦っていた。

 単独で内部に侵入され半壊に近い被害を出したことに、外部から侵攻を止められず、被害を拡大したことに。

 このままではカイザーコーポレーション内の地位は危険だと、経験が警鐘を鳴らしている。故に取り込むべき勢力を用いて責任を分散しようと企んだ。

 潰れかけた学園にこだわる愚かな子供に、『嘘』を吹き込み、侵入者がいかに悪であるかを説いた。そして、障害を排除さえすれば、支援を約束すると空約束までを取り付けて。

 とにかく事態の収拾を行うべきと判断し、実行した。それなのに、SRT学園の七度ユキノは、敵であるべきの近藤アキに絆され、あまつさえ反旗を翻そうとしたのだ。

 

 その事に彼は激昂することになる。

 そこで、彼は一つの間違いを犯した。感情に判断を委ねてしまった。特別に貸与された力を用いて目的以外の蛮行を行ってしまったのだ。

 

 本来、その時点で彼は終わりであった。

 しかし、そこにわずかな光を見つけてしまった。つけいるべき彼女たちの綻びを。

 

 契約の外にて行われるルール外の非道。歪み、捩じれてしまう第一の起点。

 

 それが後々まで大きく影響することを、彼を含めて誰も知らなかった。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 ──ここの責任者と話をさせて欲しい。

 

 先生の声が基地内に響き渡る。

 涙ながらに近藤アキの応急処置をしていた者も、へたりこんでいた者も、そして、全てに絶望し、力なく転がっていた者も、『大人』の姿を見る。

 その姿は堂々としていて、何とかしてくれるかもしれないと思わせるような姿であった。

 

 ──停戦をしましょう。これ以上の破壊行為を止める代わりに、話し合いをしたい。

 

 そう宣言すると、カイザー理事が司令室の奥より閉じていたシェルターを開き現れた。そうして、二人が歩み寄り、『大人』が並び立つ。

 

 「……お初にお目にかかる。私がここの責任者だ」

 「初めまして、カイザー理事。出てきていただいてどうも」

 

 意外にも大胆な事をする。と、理事は舌を巻く。

 現状、基地は壊滅的であり、統括する彼の立場は酷く弱いものであった。故に目の前に立つ先生の要求を多少は飲まねばならなかった。

 

 「私は停戦を申し出にきました。こちらの戦闘行為を停止する代わりに、そちらの救護施設を使わせて欲しい。そして、医療従事者を集めて欲しい」

 「近藤アキの治療が目的、と」

 

 ちら、と、理事は倒れ伏している犬耳の侵入者を見た。囲まれて応急処置をされているがかなり状態は危ういように見える。出血、火傷、打撲、銃創と少なくとも放っておけば死に至るだろうというのは推察できる。

 そして、死に体の彼女を搬送し、病院に連れて行ったところで危うい賭けになるだろうと、そこそこの修羅場をくぐってきている彼は考えた。

 そして、これは使える。と、彼は直感した。機械化されている頭部にイヤらしい笑みが浮かび、垂れてきた蜘蛛の糸に飛び乗った。

 怪我人を利用した交渉。それが地獄への道とは知らずに。

 

 「しかし……困っていたのですよ。勝手に侵入されて、戦闘行為を行われ基地は壊滅状態にまで追い込まれました。こちらは何も」

 「何が言いたいのです?」

 「それ相応の賠償はして貰わねば、なりませんな。と言う事です」

 

 カイザー理事は要求を話す。

 

 1.先生を含めた戦力の即刻の退去。

 2.戦闘行為を行った謝罪及び、慰謝料の要求。

 3.ヴァルキューレ所属、近藤アキの身柄の拘束の権利の譲渡と、監督権の放棄。

 4.内部事情のデータの削除及び、以後の不干渉。

 

 つまるところ、出ていけ、そして、被害の分は全てアビドス側が負担し、アキと基地内のデータは全て諦めろ。とのことだった。

 あまりの要求に、生徒たちが色めきたつ。

 それも当然だろう。彼女たちからしてみれば、理不尽で突飛な要求に聞こえるからだ。そして、同じように先生もまた眉を顰める。

 

 「正当な理由がないのに、攻め込まれた。それが問題だと」

 「その通りです、先生」

 「怪我人を……生徒の命を人質に取って、要求するのが『大人』のすることですか?」

 

 先生の握る拳が固く握りしめられ、ブルブルと震えだす。唾棄すべき提案を前に怒りに燃えていた。

 

 「いいでしょう。でしたら、彼女が正当であったことを記すものを用意しましょう」

 

 先生が監視カメラの映像をタブレットに映し出す。

 

 『ヘイローを破壊する爆弾と言っていたな』

 『小鳥遊ホシノに使用するものだと、彼は言っておりましたね』

 

 うずくまるホシノの目が見開かれ、よろよろと立ち上がった。暴力は振るわない。振るってしまえば全てがおしまいになる可能性があったからだ。その代わりに、カイザー理事を射殺さんばかりに睨みつけた。

 

 それに気づきはしつつも、先生は言葉を続ける。

 

 「あなたはこの爆弾を使用した。立派な殺人未遂だ」

 「やはり、ハッキングの能力に長けている。そして、交渉の仕方もまた堂に入ったものだ」

 

 ですが、と勝ち誇ったように理事は言う。

 

 「それではお話になりません。少し焦ったようですな」

 「何……?」

 「ハッキングで得た証拠は、本来証拠足りえません。つまるところ、あなたは嘘によって私を陥れようとしているのです。違いますか?」

 

 詭弁とも言える言葉だが、今は食い下がるのも無駄。と先生は臍を噛む。今にも爆発しそうな感情が揺れる。しかし、それ以上に激昂した存在が目に見えて平静を保っていられた。

 ホシノが無言でゆっくりとこちら側に近づいて来る。言葉が出ない程の怒りに吞まれたのだろう。開ききった瞳は真っ直ぐにカイザー理事を見つめている。それを、必死に先生が制止した。

 本来味方であるはずの先生ですら、冷や汗をかく程に今の彼女には迫力があったのだ。

 

 「お互いに時間がない。違いますか? カイザー理事」

 「脅しているつもりかね先生? 要求を呑むのか、そこにいるボロ雑巾を救うのか、貴様のやる事は決めること。その一つだけだ!!」

 「……わかりました」

 

 高圧的な態度を隠さなくなってきた理事の態度に、深く息を吸って吐き出す。

 そして、静かに理事の目を見据える。その瞳の奥。真っ赤に燃えた怒りを内蔵していることに気づいた理事は一歩、後ずさる。

 

 「今は時間が惜しい。要求を呑みます。ですが、容体が安定するまでは私も付き添います」

 「……落としどころと言ったところか。ふん、若造が小細工を弄そうとしても無駄だというのに……」

 

 先生の瞳の奥に浮かぶ炎にたじろぎながらも、理事は苦々しげに吐き捨てた。

 近くに待機していた腹心を呼び、衛生兵達を呼び寄せる。

 アキは心配するアビドス高等学校の面々の手から離れ、担架にて基地内の医療施設に運ばれていく。

 彼女を追うように、先生もまた駆け出していった。

 アビドスの少女達もまた追いかけようとしたが、兵士たちに制止され引きはがされ、距離が離れていく。

 異口同音に飛び出す心配と文句を、先生はごめんね、と謝り、何とかするから。と述べ、そのまま別の場所へと消えていった。

 

 「……これ以上、私たちに出来る事は無いし、帰ろうか」

 

 ホシノが一声を発し、皆がそれに従う。

 一番ショックを受けていたであろう彼女がそう言うのだ、誰も反対することなど出来なかった。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 先生とアキを残し、心残りを感じながらも高校へと帰還した彼女達。

 少女達は二人が帰ってこないことに対し、心配の日々を送っていた。誰もがソワソワとし、欠けた人たちの帰還を待っている。

 

 そして三日後の校門には、遅れて帰還した先生と、それを取り囲む生徒たちの姿があった。

 帰ってきた先生からの報告によると、奇跡的に危篤からは脱し、しばらくは入院していることになるとのこと。

 そして明日には、大きな病院へと搬送されるとのこと。

 

 「お見舞いの準備をしないといけませんね!!」

 「ん、花を買いに行こう」

 「無茶したこと、叱らないとね〜」

 

 花が咲いたように、皆に安堵が広がっていく。準備で慌ただしくなり始め、着替えと花と果物と、と彼女達は楽しく買い物をすることになる。

 借金は増えたが、ひとまずは安心したという空気が広まり、しばらくなかった心からの笑顔が見れるようになった。

 

 ───けれども、その準備は無駄になることになった。

 待てども待てども、近藤アキが帰ってくることは無かった。

 

 先生の手によって、順調に進むと思われた歯車。

 しかし、それは暴走した『大人』の手によって大きく狂わされていく。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 「何だと!! プレジデントに繋げ!! ……。多忙だと? ふざけるな!!」

 

 基地内某所にて、荒々しく電話が投げ捨てられる。カイザー理事の苛立ちは最高潮に達していた。

 

 保持していた戦力は半壊状態であり、おおよそ前線基地としての役割を果たすほどのものではない。それが両手の指で事足りるような少数によってもたらされた事。

 そして、この現状が、食い物にしようと企んでいた『子供達』である、アビドス高等学校及び、近藤アキの活躍によりもたらされた事。そのこと自体が腹立たしく狂おしい。

 

 「くそっ!! どいつもこいつもっ!!!」

 

 ガン、と机を蹴りつけ、衝撃で書類が散り、マグが揺れ床に落ちる。白い紙に黒々とした染みが広がっていき、コーヒーの香りが床から立ち上った。

 その事にすら舌打ちをし、そのままに濡れた書類をぐしゃぐしゃと踏みつけた。書類の内容は近藤アキの生存と、回復の事後報告書であり、憎々しい彼女が生還したことを明確に記していた。

 

 「自称芸術家が半端なものを渡しおって……殺人未遂と私を陥れる罠だったのか……?」

 

 彼にとって更に腹立たしいのは、可能な限りを補充を申請を行おうとしたら本部に突っぱねられたことだ。

 今までそんな事は起きるべくも無く、権勢を謳歌していた理事にとって、それは晴天の霹靂であった。

 

 「何故だ……情報の伝達が早すぎる……」

 

 アビドスの土地を手に入れれば、自身の持つ権力の座を更に拡大できると踏んだ事業だったが、蓋を開けてみれば、自身の所持する戦力は半壊。支援すらも打ち切られ、砂漠の中央で放置されている。

 おそらく本部に戻れば、そのまま切り離され左遷。再び中枢にて権力を振りかざすことは難しいだろうと容易に想像できる。

 そうして荒れていると、ドアがノックされ誰かが入室してくる。

 

 「理事、近藤アキの搬送準備が完了した。判を──」

 「今取り込み中なのがわからんか!!!」

 

 入室してきたのは、そのまま基地に残ることを選択していた七度ユキノ。客として招いていたはずの者ですら伝達役にされているという人員不足の事実。そして、それらが目の前の少女の仲間によってもたらされたという事。

 それら全てが理事の癇に障り、彼女にツカツカと詰め寄って頬を張った。

 

 乾いた音が鳴り響き、七度ユキノは頬を抑える。

 

 「随分と気楽だなFOX小隊の隊長殿? 貴様も同罪であるということはもう忘れたか?」

 「……忘れるものか、あんな事、二度と……っ」

 「つい先日まで糸の切れた人形のようだったが、先生に何か吹き込まれたか?」

 「………答える必要が?」

 

 拳が飛び、彼女は壁へと打ち付けられる。

 そして理事は血走った目で彼女の髪を引っ掴み、無理矢理立たせ、目の前で罵声を浴びせた。

 

 「黙れっ!!! 貴様は命令だけを聞いていればいいものをっ!!!!」

 「……」

 「何度でも教えてやろう。七度ユキノ。この私が失脚すれば貴様も……引いては、SRTもまた終わりだ」

 

 キヴォトスでは殺人幇助の罪は重い。例え未遂であろうと、間違いなく矯正局送りになる。故に殺人未遂という行動を第三者に認識されていること自体が、限りなくグレーに近い。

 そして、彼は先生より監視カメラの映像を接収し、七度ユキノに見せつけていた。彼女が映り込み、爆弾の説明をしている姿。そして、殺人兵器を前に発見した近藤アキに銃を突きつけた事。

 この映像を本部に送ってしまえば、我々は終わりだと。彼は何度も彼女に突きつけた。

 

 七度ユキノは目を伏せ、小さく答えた。

 

 「わかって……いる」

 「お仲間が大事であるなら従うのだな。さもなくば貴様も、地獄へ道連れにしてやる」 

 

 まくし立てて満足したのか、理事は髪から手を放す。すかさず俯いた彼女を見て一つ思いついてしまった。

 

 近藤アキ、アレはまだ使えると。

 

 「そうだ……目的を果たしてしまえば、こちらのものだ……」

 

 時間を稼ぎ軍備を整え、アビドスの土地を手に入れる。そう時間さえあれば借金の回収を行い、資源が回復出来る。その為には人質になるものが必要だ。と彼は閃く。

 

 それが、地獄からの囁きだとは気づかずに。

 

 先生は契約を盾に、容体が安定した為にここに居る事は出来ないと基地から追い出した。目の前の七度ユキノは意のままに使える駒と化した。ならば、と彼は病棟へと向かう。

 搬送準備で慌ただしくなっている院内のスタッフを突き飛ばしながら、理事は彼女の病室を目指す。

 

 「えぇい、邪魔をするな!!」

 

 制止する医療従事者たちを押しのけ、部屋へと乗り込むと、スタッフたちは蜘蛛の子を散らすように道を開けた。

 その先には包帯が各所に巻かれ、すぅすぅと寝息を立てている少女のベット。その前に巨漢が立つ。

 布地が薄い入院着を纏い、深い眠りについている少女。新たに持ってきた制服が丁寧に畳まれ、清潔感のある白いベットに陽光が差し込んでいた。安らかな空間に土足で理事は踏み込んだ。

 

 「役に立ってもらおうか、元SRT」

 

 ──あの、間抜けな隊長と同じようにな。

 

 穢れの知らない少女のような寝顔を浮かべる彼女に、薄汚い『大人』の欲望の手が伸びた。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 ──近藤アキは、搬送途中に事故に遭い、現在行方不明。

 詳しくは、公の発表を待て。

 

 アビドス市街にある病院に近藤アキが到着することはなく、一日が過ぎた。

 何の音沙汰も無いことに焦れたアビドス側はカイザーに問い合わせをし続けた。

 何度も問い合わせては無視され続けて、それでもめげずに基地に確認を取ったら投げやりな通達があり、その後カイザー理事からの音沙汰は消えた。

 

 当然、それに納得のいくものではなく、生徒たちは反発したように動き出した。各々が調べものを行い、声掛けにて彼女を探す。

 当然、事故現場にも赴こうとしたが一帯は封鎖され、近づくことすら難しい。そんな焦れた状態で一日が経とうとしていた。

 

 その報告を聞くと同時に先生は何処かへ行ってしまい、ホシノもまた学校へと戻らなくなった。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 「ただいま……」

 

 砂狼シロコは誰もいない教室に座り込んだ。夜もすっかり深くなってしまった。

 真っ暗い教室を見渡しても誰もいない。隙間風がすり抜けて身体の熱を奪っていく。寒い、と呟いた後、マフラーに首を埋めた。

 

 皆、何処かへ行ってしまった。もうここには帰ってこないのかな。

 

 ──その時、パチリと電気がついた。入り口の方にはアヤネが立っている。

 

 「あ、いたいた。シロコ先輩。隙間風が酷くて教室移ったので……こっちです」 

 「ん、すぐ行く」

 

 その日の夜。いつもは照明が落とされている時間の校舎に電気がついていた。場所はアビドス対策委員会として使用されている場所。いつもの皆の場所であった。

 

 中央の机が揺れ、バン、と大きな音が鳴った。

 

 「一体全体どういうことなのよ!!」

 「セリカちゃん落ち着いて」

 「あぁ、もう!! ホシノ先輩も帰ってこないし!! ヴァルキューレに問い合わせても、分からないの一点張り!! ほんとうにムカつく!!」

 「実際、あの報告を信じられるか、と言われても……ですねー」

 

 彼女が行方不明という通知が来てから、その日の夜。皆の表情は暗い。

 行方不明になったアキ先輩が戻ってくるかもしれないからと、アビドス高等学校はお泊まり会が開かれていた。

 

 「まぁまぁ、お茶でも………あ、そっか……アキ先輩しばらく来てないんでしたね。差し入れ分あると思ったのに」

 

 アヤネが棚を漁って動きを止めた。気が付けばいつの間にか彼女の存在が日常に組み込まれていた、と実感し視線が下へと向いてしまう。他の皆もそれぞれに思いを馳せながら、夜は更けていった。

 砂漠の夜にポツリと浮かぶ難破船のように光る教室の中、誰かが言葉を零す。

 

 「誰でもいいから、帰ってきてよ……」

 「無事でいて……それだけで……」

 

 繰り返されていた日常が綻びから壊れていく。その実感を伴って現実が鎌首をもたげはじめた、と、皆が薄々と感じていた。その不安を打ち明ける先輩も『大人』もまた不在である。

 

 先生も、頼れる先輩もいない今、後輩たちは冬のような寒さに身を寄せ合った。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 主の消えた派出所にて、小鳥遊ホシノは机に突っ伏していた。

 ふらっと彼女が返ってきたときに、すぐに対応できるように。という思惑の中、彼女がいつも仮眠を取っている場所で横向きの夜空を見上げていた。

 

 (一人で行ったって良かったのに……)

 

 皆と別れた後、迷惑を掛けないようにと、一人で封鎖された場所に確認しに行くつもりであった。でも、先生が私に任せて、と先回りして私を止めてきたのだ。

 先生に理解され始めている事に対し戸惑いと、苛立ち、そして、安心感を得ている自分に驚きつつも、ホシノは冷静に思考を巡らせる。

 確かに、私一人が動いたところで、事態は何も動かないかもしれない。アキちゃんにも諭された事だ。今は周りに頼る時なのだ。

 理性ではそれは分かっている。けれど、私だって何かはしたい。と衝動を抑えることも、先輩として振舞うことも出来そうになく、学校には戻れずにアキちゃんの机で本当の持ち主を待っていた。

 

 それにしても、ただ座っているだけだと身震いする。こんなのだったら羽織るものを持ってくれば良かったと後悔し始めていた。

 夜は本当に寒く、きっと昼間は想像した以上に暑いのだろう。そんな中で彼女は文句も言わずに毎日毎日パトロールをして、私たちの手伝いをしてくれていた。そして、夜には一緒にパトロールまで一緒に行っていた。

 

 「ほんと、働き過ぎだよ……」

 

 改めて感じる感謝の気持ちと、不安、生きていたという安堵と、もう一度逢いたいという気持ち。そして、傷だらけのボロボロになった彼女の姿。

 力なく垂れた手足のフラッシュバックが、何度も脳を焼く。

 カイザー理事は言っていた、本来あの傷の原因は私に向けられるものだったと。その事実が、アキの英雄像を増幅させる。

 私の為に傷ついてくれたという仄暗い喜びと、罪悪感がスパークし、それらがない交ぜになって頭がぐちゃぐちゃになる。

 結果、一つの言葉にし難い感情が、ホシノの胸の中に芽生え始めることになった。

 

 「少し借りる位なら……いいよね」

 

 その自覚がないままにホシノは、壁に掛けられていた彼女のコートを羽織る。甘い様な香りと、お日様のような香りが鼻をくすぐった。

 そして、もう一度、机に座りなおす。包まれている感覚と、近くに感じる香り、そして本人がいない寂しさを感じ、もぞもぞとしていた。

 だからだろう、普段は鋭すぎる彼女が人の接近に気付かなかったのは。油断もあった、こんな所に誰か来るわけが無いと。その代償を彼女はすぐに支払う事になる。

 

 「あー、いたいた。たいちょ~………あれ? 何か縮んだ?」

 「うへっ!!??」

 

 ホシノはその声に跳ね起き、勢いのあまり、机に足を強打し悶絶する羽目になった。

 

 「え? アレ? 別の人っすか? 何でたいちょーのコートを……? ま、いいや。えーと、DOGGY……じゃないや、生活安全課の沖田マオです。おとどけものでーす」

 

 訪問者は悶絶する彼女に若干引きながら、自己紹介をする。ホシノと同じくらいの身長で、キツネ色に白の髪色のセミロングを一つに結わえたロリっ子が一つの封筒を持って現れる。

 その封筒にはDOGGYの文字と、トリニティのスイーツお願いしますね? と書かれた文言が記されている。

 

 冬のような寒さを超え、アキの撒いた種が芽吹き始めた瞬間だった。

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 ホシノが突然の来訪者に驚き、アビドス高等学校の面々がこくりこくりと船を漕ぎ始める頃。

 夜の帳が落ち切った街が見下ろせる場所に彼らはいた。

 砂漠に沈んだ街の残留者が灯す儚い光たち。それらがポツリ、ポツリと輝いているのが遠くまで見渡せる程に高い場所。

 アビドス全体を見渡せる高層階にて、高級そうなデスクを挟んで『大人』二人が対話をしている。

 どちらもスーツ姿であり、片方はキヴォトスでは珍しい人間の男。もう片方は人ではない何かを模った男。それらが互いに向かい合っていた。

 

 「近藤アキの件ですね、先生」

 

 先生は頷き、そして、黒服を見据える。

 夜が深くなっていく、混沌の最中、夜の闇の中で。

 

 『大人達』の時間が始まろうとしていた。 

 

 

 

 




 お知らせ。

 2025年11月13日実装の公式シナリオ『過ぎ去りし刻のオラトリオ編』においてのタイトルコールにつきまして、使おうとしていたネタが公式と正面衝突をかましました。

掠る程度であって欲しいと思っておりますが、おそらく公式の解釈が違うものを、これから先にお出しすることになります。
 
 恐れ入りますが、その際はご寛大な心でお目溢し頂けると嬉しいです。また、杞憂で済めば嬉しいな、と思っている所存です。
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