元SRT学園のNo2の転生者がヴァルキューレで閑職をやる話   作:宵越しのモルス

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第14話

 

 時折、海の底にいるような感覚になる。

 嵐のような理不尽が目の前を通り過ぎて、全部を薙ぎ払った後。暗くて狭い凪のような時間の中にいる時、苦手な誰かと会話している時。

 水の膜が私を包む。その度に、私のすぐそばに何か湧き上がるものを感じるのだ。

 海底火山のように透明で、でも確かな熱量のソレが私の側で怪物のように唸りを上げる。

 

 きっとそれは『激情』と言うのだろう。

 

 その感情に呑まれたとき、きっと浮上するのは難しいのだろうな。と、ずっと、そう思っていた。

 そうやって表に出すまいと、忌避してきたものに直面するときに改めて思うのだ。

 

 なりたくない『大人』になる前の段階が、私達『子供』だという、どうしようもない事実が目の前に迫っていることを。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇

 

 暗い海の底だ。夜のように寒くて暗い水の底。

 

 また、あのドアに吸い込まれた様で、濁流の中で意識が撹拌していく。

 飽きるほど見た過去の記憶。それがまた壊れたように再生されるのだと、水流に逆らわずに下へ、下へと潜っていく。

 

 誰かが泣いている。堪えきれずに零してしまったような、押し殺した様な泣き声だった。

 

 この持ち主を私は知っている。

 

 あぁ、これはシロコちゃんの声だ。

 でも、どうしてだろう。

 いつもの光景でも、他の記憶でもない。誰かの記憶。

 

 消毒液のツンとした臭いが鼻につく。どうやら病院に居るようだ。薄暗い病棟の中で、誰かが視界に入った。

 

 「アヤネちゃん……?」

 

 生命維持を目的とする色んな機材に繋がれているが、その姿はよく知る後輩のもので、思わず声が漏れ出る。だけど、声は泡になって暗い海の底に溶けていく。

 そうだ。私はこの世界には存在していないんだ。でも、何となくわかる。何か間違っていたらこうなっていたという世界なのだろう。

 私が爆弾を受けなければ、或いは……ここに来なかったら、そんな、今とは違う枝分かれしたいくつかの最悪の未来。

 視界の隅に誰かがいる。知っているようで知らない誰かが同じ視点でこの光景を見つめていた。

 

 振り返ると、見慣れたボロボロの扉が開いている。その隣に誰かが立っていた。灰色の髪に、黒いドレスを着た女性が、悲しそうな顔を浮かべてこちらに銃を向けている。

 

 「■■■ちゃん?」

 

 その声が言葉になる前に意識が浮上し、引き戻された。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇◇

 

 身体中が痛い気がする。ズキズキと身体の奥底が軋む。

 覚えているのは確か……そうだ、悲しそうにしていたユキノの顔だ。どうして泣きそうな顔をしているんだっけ。あぁ、そうだ。

 

 「私の、せいだった、ね」

 

 カビ臭さが、まず初めに来た。スンスンと鼻を動かすとそれ以外の匂いもする。消毒液の残り香と、錆びた鉄の香り。

 だんだん意識が覚醒する。次第に身体の状態も分かってきて、腕を動かそうとしたら、腕に絡みつく鎖に阻まれた。

 

 「ここは……どこ……?」

 

 真っ暗でかび臭い部屋の中で、私は鎖に繋がれているのが分かる。

 そうだ、ユキノを爆発から守って、それからどうしたのだろう。彼女は無事だろうか?

 動いて状況を確認しようにも、視界に映るのは漆黒の闇。鼻にツン、とくる臭いも、決して心地よいものではない。

 前世の記憶を彷彿とさせるような空間に、イヤだな、という気分が真っ先に浮かぶ。それに、いつもの服装じゃないのか少し寒い。

 

 「お腹……空いたな……」

 

 身体がどんどん自分と繋がっていくように、自身の状態を知らせていく。寒くて、とてもお腹が空いている。

 いったいいつからこの状態で縛られているのだろう。服も着替えさせられているし、五体満足ではあるものの悪趣味な相手に囚われていることも想定しないといけない。

 

 この身体になってからも、ずっと暗くて狭い場所は苦手だった。

 寝る時も豆電球があった方が嬉しいし、SRT時代の対尋問、拘留の想定訓練は、仮病を使おうと思ったことだって何度だってある。

 

 『お腹、空いた……』 

 

 気が付けば、夢でよく見るボロボロの扉の景色が目の前にあった。

 いつものようにウンザリしていると、その木製の扉の向こうから声が聞こえてくる。

 自身の置かれている状況が似てくる度に、心の中に澱が溜まっていく。目が濁るのが自身で分かる程に。

 目覚めの経験としては最悪もいいところで、だんだんとせり上がってくる心の汚水に対して溺れないように息継ぎをして、じっと状況の変化を待つより他無かった。

 

 ◇◇◇◇◇◇◇

 

 

 一体何時間、ここに居るんだろう。おそらく体感で五時間程、ただ、日光どころか視界すらほぼない完全な闇の中で、数えた時間なだけにおおよそズレがある。

 経験上、正確には三時間といったところではないだろうか。

 

 ずっと覚醒と、まどろみを繰り返していた。前世なのか現実なのか境界線が曖昧になり始めた頃。

 にわかに周囲が騒がしくなる。警報のようなものがくぐもって聞こえ、振動が上方から聞こえてきた。 

 

 「……戦闘、かな?」

 

 その警報のおかげで、繰り返されるトラウマのフラッシュバックから辛うじて浮上できた。

 自分でも聞き取れない掠れた声が喉から飛び出てくる。もう、つながれたまま、ずっと飲まず食わずだ。

 

 訓練済とはいえ苦しいものがある。流石に疲れてきたし、意識だっていつ飛ぶかも分からない。

 意識が別の場所に向かったところで、過去映像が目の前にやってきては、自身の心に虫食いを作っていく。病み上がりであろう身体と併せて容赦無く自身の精神を食い荒らした。

 だんだん過去の映像の時間が伸びてきている。結構危ういのかもしれないと、俯瞰的な自分がそう判断する。

 

 振動を感じた少し後、状況が動いた。

 扉の向こうに照明が灯り、漏れ出る光が線となって足元を照らす。そしてドタドタと五月蠅い足音が聞こえてきて、目の前の扉が開かれた。

 突然、目に飛び込んでくる光に目を焼かれ、強く目を瞑る。

 

 現実か、過去の映像の続きかが曖昧になっていた為、光景が重なり、耳に届く声が重なって聞こえ始めた。

 

 「役に立ってもらうぞ」

 『そろそろ反省した?』

 

 カイザー理事が、目の前に立っている。

 過去に母と名乗っていた人が、目の前に立っている。

 

 「へぇ……()()が来るんだ」

 

 目の前の()()に向かって、弱弱しくも睨みつける。どれくらい効果があるのかは分からないけれど。

 

 「貴様はこれから戦闘を止める道具になってもらう。助かりたかったら従うのだな」

 『お前が悪いんだからね。パパに従わないんだから』

 

 あぁ、何か言ってる。五月蠅いし、眩しいな。

 それに空腹すぎて気持ち悪いし、脱水症状が始まったのか頭がガンガン痛む。鎖に繋がれて動けないままの身体だって痛い。

 霞む視界で『誰か』にされるがままになっていた。……気持ち悪い。私に触るな。

 

 かしゃん、と鎖が外れる。ぼーっとしていたツケは地面との接吻という形で果たされた。

 全身が痛い。外も内面も最悪で力が入らない。そのまま床で眠ってしまいたい。

 

 「立て」

 『何不貞腐れてるワケ』

 

 そんな事など、許されずに顔面に蹴りがお見舞いされる。

 地面と激突してるのに随分な扱いだと思いつつ、自由になった片方の腕で顔を抑えた。

 ただ、お陰様で意識がはっきりとはしてきた。現実だということが痛覚を通じて、訴えてくる。

 

 随分と向こうも焦っているようで、マズい状況なのだろう。

 

 「一体、何? 私に何をさせたいの?」

 「貴様は儂に矛を向けてくる愚か者たちに、戦闘を今すぐ停止するよう宣言しろ」

 

 どうやら、私は人質として利用されるらしいと、遠くなりかけている思考で辛うじて理解した。

 誰だか知らないけれど、私を助けようなんて物好きがいるのかもしれない。それか、目の前の男の勘違いか。

 

 「………イヤだ、と言ったら?」

 「ククク、そう言うと思っていたよ。本当に……本当に、癇に障る小娘達だっ!!!」

 

 もう一発、足が飛んでくる。しかも、今度はお腹に。困ったな、吐くものも無いのに勝手に身体はえづいてしまう。

 それよりも気になる言葉が聞こえてきた為に彼に聞き返した。

 

 「……はぁ、はぁ。『達』……?」

 

 私を見下ろしていた『大人』はにやぁ、と、この世でもっとも邪悪だと錯覚させるような笑みを浮かべる。 

 

 「おぉ、そうだったそうだった。貴様にいい事を教えてやる」

 「何を……?」

 「お前の『お友達』を救いたくば、無駄な抵抗は止めて、ただ武装解除だけを要求しろ」

 

 視界にノイズが走り始める。

 何を言っているのだろう、この男は。

 ニタニタと笑いながら、何故端末を操作しているのだろう。それを何故私に見せるのか。

 

 そして、その映像を覗き込んだ私は、目を見開くことになる。

 

 「あぁ………アキ、か。良かった」

 

 画面越しで聞こえる『誰か』の声。明らかに暴行を加えられただろう酷い状態の『誰か』が私を案じている。

 

 「ユ……キ、ノ?」

 「心配、するな。対尋問訓練で……やっただろう?」

 

 ピシ、と現実にヒビが入る音がする。

 心臓が早鐘を打って、目の前の現実が遠くに感じていく。信じたくない、という思いが強くなる。

 

 「どう、して……?」

 「アキは、無事か? すまない……最後まで、迷惑を掛けた……」

 

 現実が虫食いになり始める。現実感が無い。

 ゴボ、と汚水が心を満たす様に、せり上がってきた。

 

 「お前………何をした………?」

 

 口角をあげたカイザー理事を殺さんばかりに、思いっきり睨みつける。

 

 「飼い犬が手を噛んだから躾けをしただけだ」

 

 自身は弾丸だとほざいていた割には、最後まで使えん奴だった。貴様をこうやって捕えて利用すると聞いた瞬間に、これだけは我慢出来ない。と猛烈に反対してきてな。と、忌々しげに端末を投げ捨てる。

 

 「だから、儂が直々に裁きを下してやったという訳だ」

 「……お前っ!!!!」

 

 組みつこうと飛び掛かる。しかし、護衛が前に飛び出してきて容赦なく弾丸が飛んできた。

 5.56mmの暴力が、武器を持たない私を引き裂く。

 ボロ雑巾のように壁へと転がった私を見下ろすように、カイザー理事は高らかに笑う。

 

 目の前の『大人』が歪んで見える。ぐちゃぐちゃで、真っ黒くて、怪物に見えてしまう。

 

 「私はほぼチェックメイト寸前であった。貴様が居たから助かる算段が付いたのだよ。近藤アキ。逃げる時間を稼いでもらうぞ」

 「……また『大人』だ」

 「SRTは素晴らしいな、こんなにも利用が容易いのも他には無い」

 「信じられる『大人』だっているって、思えたのに……」

 「『正義』という、青臭い理想を抱えたことを後悔し、私の操り人形となるがいい。近藤アキ!!」

 「……やっぱり、嫌いだな。『全員』、居なくなればいいのに」

 

 

 プツン、と何かが切れた音がして、ふふ、と自然に笑みが漏れる。

 目の前の『怪物』がごちゃごちゃと何かを言っている。だけど、そんなのもう聞こえない。

 

 ───静かだ。

 水の中に潜った時のように水の膜が私を包んで……溺れさせる。

 今までは頑張って抗っていた。きっと誰かの為になると思って、苦しいままに浮上をして何とか息継ぎをしていた。

 自分が苦しいだけならいい。だって今までもそうだったのだから。そう、思っていたのに。

 

 ──あの時の、銃を突きつけてきたユキノの顔が浮かぶ。

 ──ボロボロになった画面越しの彼女がフラッシュバックする。

 

 全部、私のせいだ。

 

 私が頑張る事で、もし、『誰か』が苦しい想いをするのなら……。

 私が消えれば、全部解決するのであれば………。

 

 「もう、いいよね……」

 

 ふらり、と立ち上がる。あんなにも動けないと思っていたのに、今はこんなにも身体が軽い。

 何かを言っている『怪物』を押しのける。

 

 「やっぱり、最後まで迷惑かけちゃったな」

 

 ごめんね、ユキノ、と私は呟いた。

 その小さな呟きをかき消そうと罵詈雑言を吐く、『誰か』を見る。尻餅をついていて無様だ。とっても小さく見えて笑えてくる。今までこんなものに、私の『友達』だった子が苦しめられてきたのかと思うと、面白くて、楽しくて、吐き気がする。

 

 「うん、どうなってもいいよね。だって、『大人』だもん」

 

 静かだ。雪が積もった朝のように音が遠い。

 

 ふと、思い出した。

 ──そっか、深海にも雪降るんだよね。

 

 いつかの夜。友達になってくれた『誰』かが、嬉しそうに教えてくれてたなぁ。きっとその子が上で戦ってくれてたなら嬉しいかもしれない。

 水族館、結局、行けなくてごめんね。

 

 「ふふふ……バイバイ」

 

 きっと、完全に吞まれたら戻る事は出来ないだろう。

 感情に溺れそうになる度に、そう直感的に感じていた。

 

 感情の巨大な渦の中に、必死に今まで抗っていた激流に初めて身を投げ出した。

 

 「■■……」

 

 ぽつり、と最後に零れたのは、『大人』の誰かだった。

 

 

 

 ──バチッ、と回路がショートしたような音が空間に響く。

 静電気が弾けたような音が次第に大きくなって、周りに伝播した。それに慌てた目の前の人達が銃を撃っている。でも、それすらも右手を振りかざすと電撃が出て、銃弾を焼き払う。

 

 向けられる銃弾が、全て掻き消えて静かになる。

 凄く、心地良い。

 

 今、何処で私が誰なのかも分からない。ただ、『大人』の憎悪が空っぽのはずの私の中に小さく残っている。

 

 上で何かが揺れている。耳障りだ。

 だから、こちらに銃を向けて突っ立っている人たちに『命令』した。

 

 「五月蠅いな……静かにさせてきてよ。振動の原因も、全部」

 「はっ……!!」

  

 それが自然の摂理だったかのように、彼らは動く。初めから私のものだったように。

 それだけではない。基地全体の戦力が全て私のものになった、という実感がある。

 機械化された兵隊も、良く知っている気がする機械も、そして地中に潜んでいた──『何か』も、全て掌握した。あとは、目の前にいる『大人』だけ。

 

 「は? ひぃぃぃぃ!!!!」

 

 顔を右手で掴んで、振り回す。軽い。紙袋でも振り回しているみたいだった。

 飽きたから放り投げる。『大人』は飛んでいって、扉ごと通路の奥にぶつかってひしゃげて曲がった。

 そもそも、なんでこんな事をしているんだっけ? 自身の中の理由が空気の抜けた風船のように縮んでいく。

 

 「……まぁ、いいや」

 

 他にやることも無さそうなので、よろよろと立ち上って逃げる『大人』を追いかけることにした。

 

 ──なんで、追いかけているんだっけ。

 ──何か、忘れている気がする。

 

 ──私って、誰だっけ?

 

 

 激流と嵐が木霊する。辛うじて押し留めていたボロボロの扉は破壊され、パンドラの箱は開かれた。雲も、風も、残っていた大地すらも、全てが水に飲み込まれていく。

 『誰か』だった、人も跡形もなく。それは消し去ろうとしていた。

 

 今はただ、完全に水に浸された深い深い海の底で、『誰』かが横たわっている。

 

 

 ◇◇◇◇◇◇

 

 「見よ、神託は激情(Pathos)によって成された!」

 

 光景を見ていた双頭の木製の人形は歓喜していた。

 

 「本来の役割が果たされる。不可能を不可能のままに達成した御業のように。様々な思惑を纏め、全ての願望を実現する。敢えて讃えるのであれば、『奇跡』と言うほか無いだろう」

 

 踊るように、謳うように、『マエストロ』は光景を描写する。

 

 「オリジンであり、緻密に再現されたミメシスでもある女王の戴冠。第六の角笛が今、喜びをもって吹かれるのだ!!! 欠けた三人を伴ってもまだ余りある美しさだ」

 「証人は、私であり、そして今、呼び起こされる預言者達によって為される」

 

 地面が揺れ、巨大な機械の蛇が姿を現して、熱線を吐いた。まるで機械の騎兵たちに呼応するように。誰かの解放を祝福するかのように。地上で機巧の大蛇が暴れまわる。

 基地に攻めいらんとしていた生徒たちの連合軍が、散り散りになり逃げ惑う。

 

 「数多の騎兵が彼女たちを押しつぶし、そして凱旋するのだ」

 

 地上の部隊が勢いを増し、散り散りとなった生徒たちが次々に倒れていく。

 美しい、とマエストロは語る。

 

 「私の関与しない作品であれ、そこに一筆加えられた事に感謝する」

 

 押し返され、動揺が波紋のように広がる生徒達。

 そして、その集団の中にいる『大人』を見遣る。

 

 「嗚呼、如何にして、かの大人は、少女であった器を救うのか」

 

 ──或いは、救わないのか。

 

 「作品に対するアンサーを期待しております。先生」

 

 舞台の幕は上がり、語り部は深くお辞儀をして舞台袖へと去る。 

 

 「残るは終幕へと向かう一幕のみ。それを悲劇にするか、はたまた……いいえ、もう既にそれしか残ることはないのでしょう」

 

 マエストロはひとりでに呟くと、満足そうにその場を立ち去った。 

 

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