元SRT学園のNo2の転生者がヴァルキューレで閑職をやる話 作:宵越しのモルス
もし神様が本当にいるとしたら、人生という試験時間の考案者は残酷だと思う。
とても解けきれない問題を出して最後にそれを採点するだけ。神様はそれだけしかしてくれない。
残された時間は無限のようで限りがある。そして例題も解法すら事前に教えてくれないのだ。
本当に正しい答えなのか迷子になりながら、ずっと解き続けていた。
前世からキヴォトスに、ここに辿り着いてから今に。
出した答えが間違っていたのかもしれないと気づいて、最初からやり直す勇気は無くて。
知っていると思っていた過程も、筋道も分からなくなって、小さな子供のようにうずくまって泣いていた。
◇◇◇◇◇◇◇
目の前に現れた姿に誰もが息を呑んだ。
灰色のロングヘアが揺れて、四肢に繋がれている壊れた鎖を引きずっていた。
その少女は大人のようで子供っぽく。人形のような人で、美しく。そして、恐ろしかった。
「それじゃ、バイバイ」
収束した雷撃が太い光線になって、少女たちに襲い掛かる。
変わり果てていたアキを目前にした皆は、茫然自失となり反応が遅れてしまう。その中で辛うじて動けたのは、戦闘経験の長けたホシノだった。
皆を庇うように超高熱のエネルギーを大盾で受ける。
「っく……!!!!」
空気が爆ぜる音が、電撃が走る音が構える盾に直に伝わってくる。周辺の塵が焼き切れて、焦げた臭いが鼻をついた。
一撃が重い。やっとの思いで弾いたホシノは大声を張り上げた。
「みんな、動いて!!! こんなのまともに受けたら一撃でダウンだよ!!!」
「ん、分かった。とりあえず、アキ先輩を気絶させる」
その声に反応し真っ先に動いたのは、シロコだった。アキの足元に弾をバラまき、注意を引くように散開する。
彼女に触発されたのか、各々が各自の方法で応戦し始めた。
総攻撃が、変貌したアキへと殺到する。
集中した火力が彼女を襲ったが、そんなものは豆鉄砲とでも笑い飛ばすかのように、薙ぎ払うように放出された雷撃が全てを消し飛ばす。
「やっぱり、敵? そっか、じゃあ……」
狙いを定めるように全員を見定める。
その途中、ある人物に止まった。
「あ、先生」
喜ぶように、薄っすらと笑顔を浮かべるアキ。
その様子に、もしかして正気に戻ったかと安堵したのも束の間、アキは灰色の髪を靡かせながら、右手を翳した。
「じゃあ、死んで?」
放たれた雷撃が先生を襲う。無造作に放たれた先程の一撃とは違い、明確な殺意がそこに滲んでいた。
圧倒的密度の光の中に先生が呑み込まれる。
『「先生っ!!」』
生徒の声に混じって、彼の持つタブレット『シッテムの箱』のAI『A.R.O.N.A』の悲鳴が混じった。
辛うじて吹き飛ばされなかった先生が、消し飛んだ瓦礫の粉塵を浴びて咳き込む。
『凄いパワーです。アロナちゃん特製バリアでも何度もは耐えられません!!』
先生だけに聞こえてくる声に反応しつつ、先生は動く。様子が変わってしまったアキの方へ。
動き出した先生を見て、彼の周りを生徒たちが囲う。
「アキ先輩が先生を狙うだなんて………」
「何が起きたのかは知らないけど、先生を狙うのは許せないわね」
「アキちゃん先輩といえど、オイタはめっ、ですよ~」
少女たちは再び応戦する。普通の生徒だったら即倒されてしまうであろう練度と密度が伴った火力がアキへと向かう。
間違いなく直撃コースであり、少なからずダメージは出ていないとおかしい攻撃であった。
「よし!! やった!?」
「セリカちゃん、そのセリフは……」
しかし殺到する火力すら意に返さず、もうもうと立ち込める煙の中で立つ姿があった。バチッ、と彼女の周りに雷が跳ね、音を鳴らす。
やはり、攻撃に対しては全く意に介さない。それどころか先生が吹き飛ばなかったことが疑問だったのか、首を傾げるアキ。
「『大人』ってズルいね……あぁ、そっか、ズルいから、私嫌いなんだっけ?」
「先生以外忘れちゃったの? おじさん悲しいよー」
硝煙に紛れて接近してたホシノが、散弾を的確にアキに命中させ接近戦へともつれこんでいった。
ホシノのセリフにつられるように彼女の様子を見て、先生はアロナに聞く。
──アロナ、アキの内面に私を接続できるかい?
『えぇ!?!? そんな危険なこと……!!できますけど……!』
──私だけは分かっているみたい。なら、アキと話すのは私だよ。
『でも、どうするんですか!?』
──まずは『進路相談』かな。まずは彼女の意思を聞かないと。
そうして何とか攻撃をいなしているホシノと、それを援護する皆に向かって声を張り上げた。
──アキと話をしてくる!!
──厳しいけど、その間、こっちのアキを頼めるかい?
「何か策があるんですね!!」
「少しでいいから時間を稼げったって……!! このアキ先輩強すぎるけど!?」
「セリカちゃん! でも、先生なら!!」
「あーもう!! わかってるわよ!! 私だって先生のこと信じてるんだから!!」
一年生組が奮起し、先輩たちの背中を追う。
「ん、任せた。私なら大丈夫」
「はーい、こっちのアキちゃん先輩の相手はお任せしてくださいね☆」
二年生組が頼もしい言葉を吐いて、駆け出していく。
「行ってきなよ、先生」
最前線のホシノが、襲い掛かるアキを押し返して言葉を放つ。
「ずっと、後悔してたんだ……ううん、今も後悔してる」
でも、その後悔も、先生なら何とかしてくれるんでしょ? と、ホシノは先生の目を見据える。
「私に任せて。……アキちゃんのこと頼んだよ、先生」
その声に背中を押されるように、先生はシッテムの箱を起動する。
青髪のAI少女『アロナ』が、呆れたように怒ったように声を張り上げた。
『ほんとに、無理は駄目ですからね!!!』
その声を聞いてか聞かずか、先生は決定を促す選択肢をタップした。
◇◇◇◇◇◇◇
激しい嵐の中に私はいた。
感情とトラウマの塊が、横殴りの雨になって顔に、身体に、そして心に直接打ち付けてくる。ごうごうと強風が吹き荒れて続けていて、まるでノイズの中に居るみたいだ。
視界が黒で、灰色で、泥色で、前も後ろも分からなくなってしまった。雨の匂い、風の薫り、泥の異臭。風と雨と一体になって、私という存在が解けていく。そんな気すらしていた。
もう私がどんな姿で、どんな名前で、どんなことをしていたのか思い出せないくらいに削れてしまった頃、その嵐の中で人影を見つけた。
ずっとこの場所にいれば全部が混ざってぐちゃぐちゃになってしまう。そんな嵐の中で一つ白い点のように立っている人が居た。
その人は傘も差さずに、ずっとその場所で私を待っていたみたいに笑いかけた。
──■■、お待たせ。
「あ……先生」
私は、嵐の中で待っててくれる『大人』を見つけた。
──さぁ、帰ろう?
その呼びかけ、差し出してくれた手を私は取らない。
「嫌。私はもう帰れないから」
──そんな事はないよ。私が連れ出してあげる。
更に強く、その手がこちらの腕を掴む。
突然の行動に嫌悪感が募り、思い切り払った。
「もういい!! 放っておいて!!」
──そういう訳にはいかないんだ。私はアキの気持ちを知りたいからね。
その穏やかな物言いに何故か腹が立ってしまって、周りの嵐のように気持ちが昂る。
「じゃあ……言えばいいんでしょ、私の気持ち!!! それで帰って!!!」
取り繕う鎧なんて無い。ここは私の一番弱い部分だから。
『大人』っぽく話す余裕なんてない。だから、一気にまくし立てた。
「『大人』なんて嫌いだ!! すぐに嘘を吐いて、私たちを操ろうとする!!」
「『大人』なんて大嫌いだ!! こっちがどんな気持ちでいるかも知らないで!!!」
「『大人』なんて……居なくなってしまえばいい!!!」
そうだ、前世の私の人生を勝手な理屈でめちゃくちゃにして、今回も私を振り回す。どうしようもなく醜くて、訳が分からなくて、それでいて恐ろしい『怪物』。それが『大人』だった。
でも、それだけじゃない。私の中、奥の奥に隠していた本音。
「だけどっ──!!!」
そう思う『私』が一番キライだ。そう呟いた。
◇◇◇◇◇◇
先生は魂が抜けたように瓦礫に座り込んでいる。
そこに攻撃を通させまいと、少女達は奮闘していた。
ホシノが最前線に立ち、周囲がサポート及び遊撃をこなす、いつもの陣形。その陣形が機能し、抑え込みは上手く行っていた。
しかし元よりギリギリで保っていた現状であり、小石一つ分の変化ですぐに状況は一変する。
突然、アキが停止したかと思えば、およそ人ではないような叫びをあげたのだ。
「────っ!!!!!」
「な、何!!?」
「アキ先輩の周囲に高エネルギー反応!!!」
アキを中心とした円形に電撃が迸る!!
周辺に取りついていたホシノ、シロコは吹っ飛ばされ、辛うじて残っていた壁の残骸に打ち付けられてしまった。
「うへー、強いねぇ……ちょっと大変だぁ」
「ん、まだ、何とかなる」
二人はよろめきながらも、すぐに立ち上がりもう一度向かっていく。しかし荒れ狂う彼女に付け入る隙が無く、またしてもシロコが、アキの桁外れの力に弾き返されてしまう。
ぐっ、と短い彼女の呻きが漏れ出し、そのままうずくまってしまった。しばらくは動けないと見たホシノを除いた三人に、動揺が走り始めた。
「シロコちゃん! 大丈夫ですか!!」
「ホシノ先輩もシロコ先輩も吹っ飛ばすなんて、こんなの反則じゃない……」
「こんなときに、先生がいてくれれば……」
シロコが崩れフォローが薄くなった瞬間、ホシノの負担が激増する。
吹き飛ばされたシロコを慮る余裕すら見せられずに、ひたすら一撃貰えばお終いの攻撃を耐え続けていた。
しかし、変貌したアキもその事を悟ったのか、一段早く攻撃が飛んだ。雷が横薙ぎに襲い掛かり、反応が半歩遅れたホシノの横っ面をひっぱたいた。
『IRON HORUS』と刻印された大楯が宙を舞う。思わずホシノが目で追った瞬間のほんの刹那。
針の先のような細い隙をついて、アキは後衛にレーザーのような雷を放った。その攻撃の向かう先、そこには動けなくなったシロコがいた。
ホシノは思わず叫んだ!!
「シロコちゃ──!!」
時が止まったように、全てがスローモーションに映る。
伸ばす手は届かずにすり抜けて、また零れていく。仲間も大事な人も全部全部消えていく。そんな未来が見えたような気がして、ホシノは絶望の淵へと追いやられた。
──眩む視界、白黒になる意識。アキの放った一撃は激しい閃光が明滅して、瓦礫ごと全てを破壊していく。
そして攻撃の後、思わず瞑ってしまったホシノの視界の先。そこには──。
シロコと、それを囲う人影が居た。
一人はライオットシールドで攻撃を弾き、もう一人は正確な射撃でアキの足を縫い留め、もう二人は『黒髪の少女』に肩を貸して寄り添い合っている。
その人影達は、全員『狐耳』を生やしていた。
「なっさけないわね。シキから案外強いかもって聞いてたけど、こんなもんなわけ?」
「クルミちゃん、それは言いすぎですよ。皆さん、お腹空いてないですか? あとでお稲荷さんありますからね」
「いやー、それにしても強いとは思ってたけど、すっごいねぇ、アキちゃん」
「あぁ、早く元に戻って貰いたいものだ」
4人の人影が戦場に並び立つ。
SRT学園No1の小隊がそこに立っていた。
アビドスの少女達も応戦しつつ、シロコの身を案じる。その最中、ホシノが見覚えのある少女を見つけ声を掛けた。
かつて、アキが巡り合わせた縁の一人、ユキノがそれに応じる。
「味方ってことで………いいんだよね?」
「あぁ……アキは友達だったんだ。とても大切な──」
噛み締めるようにそう言って、ユキノは目を閉じる。
「そっか、分かった。今はそれでいいよ」
ホシノはそう言って、現在の戦況を彼女に伝えた。
それを聞いたユキノは静かに頷くと、言葉を述べる。
「資格など無いかもしれない。けれど、諦めたくもない」
──今はまだ、アキの思う『正義の味方』でいさせて欲しい。
そう呟くと、彼女はよろめきながらも借りていた肩から離れ、一人で立ち上がった。
ユキノは変貌してしまったアキを見遣る。
そしてヘッドセットを構えて、凛とした声を戦場に響かせた。
「FOX1より各員へ。『救出』目標を視認」
小隊最後の命令だ。とユキノは小さく呟く。
「現地戦力と協働し、救出までの時間を稼ぐ」
─FOX小隊 状況開始。
◇◇◇◇◇◇
嵐は何処までも続く。
より一層に曇り空は増していて、私の心とリンクしたかのように、風も雨もドロドロでぐちゃぐちゃになっていった。
それでも、私は先生に向かって叫び続けた。
あんなにめちゃくちゃにされたのに、『怪物』に怯えている私が嫌い。
臆病で、どうしようもなく人の心を探ってしまって、結果間違ってしまった私が嫌い。
息が切れて、まともな呼吸にならない。酸欠で頭が痛くなりはじめる。喉が潰れるぐらい叫んでしまって、きっとそのうち声なんてまともに出なくなる。
でも、そんなことは関係ないとばかりに、溢れ出てくる言葉をずっとずっと吐き続けた。
「感情に区別なんて付けられないし、理解だって大変なのに、相手が何考えてるかなんてわかんないよっ!!!」
「私は、私のままで、居たいだけなのにっ!!」
「嫌う感情も、こうやって怒る感情すらもっ!!」
「汚くて、『大人』みたいで吐き気がするっ!!!」
これが答えだ。臆病で矮小な『私』の答え。
「私なんて、消えてしまえっ!!!」
ボロボロと大粒の涙がこぼれて、溢れてしまって止まらない。
「誰にも見せたくなかった。誰にもこんな汚い部分なんて見せたくない!! 嫌われたくないよ………嫌われて、皆が離れていくのは怖いよ………」
「ずっと正しい事をしてると思ってた……でも、それは違った。疎まれて、周りは傷ついて、結局離れていっちゃう!! 一人になるのは、もうイヤだよ……っ!」
怖かった。ずっとずっと、怖かった。
生まれ変わってから、私は怖かった。
前世で捨てられた私。
イヤな事をイヤと言ったら、着ていく服すらも食べるものすらも無くなった。周りはドンドン離れていって、そして最後には私をそこまで追い込んだ親すらもいなくなった。
感情的でケダモノのように見えていた『大人』しか私は知らなかった。その『怪物』になるのが、とても怖かった。あの怪物と同じことを繰り返すことだけは、絶対にしたくなかった。
だから、私は『大人』に反発して、『大人』にならないように自分だけの道を選んだつもりでいた。
周りを優先して、全部自分の事を後回しにして。人のためを貫いた。それで嫌われないと思っていた。
でも、それは間違っていた。人に差し伸べた手は限りがあって、零れたものから順々に私から離れていった。
取りこぼして、離れていって、最後にボロボロになったユキノを見た時に私は思ってしまった。
──あれは私だ。と。
結局、私は『大人』の子供でしかなくて、同じものを作ってしまう『怪物』だと、そう思った。
だから、私は思ったんだ。
大人の憎悪と同じぐらいに、消えてしまえ、私。と。願ってしまったのだ。これ以上、私がここに居る意味なんてないと思って
、気づけば『私』が誰だったのかすら、もう分からない。
「はぁ……はぁ……っ!!」
息が荒い、全部全部吐き出した。思っていたことも、隠していたことも全て。目の前の先生に。
「分かったでしょ? 私なんて助けて貰う価値なんて無いの」
「ただの臆病で、自分勝手な『大人モドキ』でしかない」
溜まっていた澱みを吐き出すように、吐き捨てた。
気づいたら嵐は止んでいて、ぐちゃぐちゃだった胸の内は、心なしかスッキリしている事に気づく。
静かに聞いていた先生が口を開く。
凪のような静かで優しい笑顔、それが私に向けられている。
──ありがとう、■■。やっぱり、■■は偉いと思う。
何が? と聞き返そうとすると、先生は息を吸う。そして、大声で叫び始めました。
──私は、最近、生徒の足を舐めました!!
──それに、■■のふわふわでカールした尻尾を枕にして眠ってみたい!!!
「ふぇっ!?!? 私!??」
ビシッと指差しされた尻尾を隠しながらも、私は先生を睨む。完全に睨み切れることはなくて、半目程度になってしまった。
その反応に、先生は笑う。
──自分が、誰かも分からなくなることだってあるよ。
──自分が大人なのか、とかちゃんと先生をやれているのかと、思うこともあるからね。
「いや、その発言をした後で、それはどうなんですか……?」
先生はそれに否定せずに、いやぁ、と照れる素振りをする。ちょっと反省して欲しいけど……。
そんな事を思いつつ、もっとちゃんとしたのが『大人』だと思っていた。と思って、はっ、と我に返る。
『わからないことは怖い』
怖さは想像力の証拠。行動のその先を想像出来るからこそ、未知に飛び込むリスクを理解出来ているということ。先生はそう言って、私の目を見た。
──だからこそ、真剣に考えられるアキは大丈夫。
──怖くても、乗り越えていける。
──その怖さを乗り越えた先に、きっと誰かが待っててくれるよ。
横殴りの雨が止んだ。
いつの間にか風が弱まっていて、息がしやすい。
「でも、先生。進むべき道が間違っていたら? 間違えた私の周りには誰も居なくなっちゃったよ?」
──本当にそうかな?
──辿り着いた答えが間違っていても、その過程で得たものがある筈だよ?
計算問題だってそう、途中式での部分点がそこに存在している。と先生は言う。
■■が頑張ったことで、正解に辿り着いた子だっている。■■の頑張った姿をみて変わった子だっている筈だよ?
ふと、夜の砂漠で誰かと歩いた事が脳裏に過った。
そうだった。その子と約束をした筈なんだ。
『間違ってしまったことが怖い』
その言葉に足が竦みそうになる。でも、と先生を見る。
──たとえ間違いでも、それは■■が考え抜いて出した答えだから。
──正解に辿り着くときに、きっと無駄じゃなかったとそう思って欲しい。
結果的に間違ったとしても、頑張ったことに胸を張れるなら、きっと誰かがそれを見ているよ。と、先生は私に笑いかけた。
厚く曇った空に光が差し始める。
先生の所に向かえばきっと私は戻れるだろう。全部無くしたと思っていたけど、残っているのかもしれないと思えてきたからだ。
でも、私は立ち止った。
ボロボロになった扉が先生の後ろに佇んでいる。『大人』に憎悪を、憤怒を向けている私がそこに居るからだ。
「ありがとう先生。でもね……私はやっぱり怖いの。先生にはわからない事かもしれないけど、『大人』は信用できない」
──そうだね。アキの言う『大人』だっている。私はそれを否定できない。
──でもね、私を含めて『大人』は嫌っていてもいい。
優しく、本当に優しく先生は言う。
──それでも自分を信じる事はやめないで欲しいんだ
SRT学園の自分も、ヴァルキューレの自分も、そして、それ以前の自分も……。
頑張ってきた自分の事を信じてあげて欲しいんだ。
「でも、もう私は自分を否定した。正義の味方であり続けることも、誰かの為に戦い続ける事もやめちゃった」
だから、私は自分の名前が分からない。
──これから、探しに行こう。
──ゆっくりと歩いて、自分の好きなとこも嫌いなところも、もう一度探せばいいんだよ。
「『大人』が嫌いなままでも、いいの?」
──良いんだよ。■■の全部を否定することは無いんだ。
──だって怖くても、わからなくても、手を伸ばし続けたのがキミだから。そのうちちゃんと分かるようになる。
──いつかきっと、自分を見つけられるその日まで、私が■■の事を見ていてあげる。
「本当に……いいの? 私、変わらないよ? すっごくすっごく時間が掛かることなんだよ?」
──知っているかい? たとえ、生徒が卒業しても先生は先生のままなんだ。
──だからね■■。私はいつまでもキミの先生でいるからね。
クスリ、と笑いが漏れる。初めて出会った時のままで、本当に印象が変わらない。
最後の雨の一雫が、頬から落ちる。
「やっぱり……変な人ですね」
過去のトラウマは怖い。ふとした時に足を縫い付け、竦ませるだろう。これからだってきっとそうだ。
分からない事だって、間違えることだって、怖い。本質的に私は臆病だから。
でも、どうやら私、■■には、見てくれる人がいるらしい。
だから、私はこう答えた。
「……分かった。信じさせてね。先生」
一歩踏み出す。自身の再出発のスタートラインへ。
いつの間にか空は晴れていて、風が心地よく吹き抜けていった。青空が何処までも広がっていて、いつの間にか私は嵐から抜け出していた。
一歩ずつ近づく私を見て、先生は頷く。そして、先生はこう宣言した。
──それでは、出席を取ります。
──近藤アキさん。
私は大きく息を吸って、そして手を挙げる。
まるで水面に向けて、助けて、と手を伸ばすように。孤独な世界の中で誰かに見つけてもらうために。
「はいっ!」
◇◇◇◇◇◇
──皆、お待たせ!!!!!
場面は、現実の戦場へと舞い戻る。
眠るように座っていた先生が立ち上がり、そして皆に声を掛けた。
「もう、待ちくたびれたよー」
「ん、待ってた」
二人を筆頭に、全員の表情が明るくなっていく。
そしてホシノと協働し戦闘をリードしていた少女に、先生は目を向ける。
「先生……私は、務めを果たせただろうか」
──大丈夫。ユキノも、ちゃんとヒーローだよ!!
そんな会話をしている中で、アキ(?)の動きが止まる。
「あれ? 私の中に誰か………いる?」
くすんだ灰色に色が戻り始め、ヘイローが見慣れた形へと変わっていく。その様子を見た先生は安心したように頷いて、声を張った。
──さぁ、クライマックスだ。
新しい一歩を踏みだすキミに餞を。と、先生は大人のカードをとり出し、天高く掲げる。
すると、そのカードは光を放ち、輝いた。
生徒たちの幻影が姿を現して、戦線へと加わっていく。
そこには少しほっとした様子のゲヘナの風紀委員長や、懐かしい髪型ですね。と懐かしむトリニティのお嬢様の姿もあった。
終始押され気味だった盤面が、ついに、ひっくり返る。
先生の力によって、バッドエンドがハッピーエンドに塗り替わる。
そして、激しい戦闘の末に四肢についていた鎖が砕ける。
「そっか……消えるんだね。私」
「またね、先生」
最後にその少女は、ふっ、と笑みを浮かべ、倒れた。
◇◇◇◇◇◇
水の底に長い時間居た気がする。
その底には、いつの間にか陽の光が一筋伸びていて輝いていた。綺麗だなと思って触ってみると懐かしい声がする。ずっと、聞いていなかったような、ずっと、傍にいてくれたような気がして、ふと会いたくなった。
水面を目指して浮上していく、足と手を動かしてドンドンと上へ。この先に何があるかは分からない。
だけど、大丈夫。そう言われた気がしたから。
私は、呼んでくれた誰かに会いに行く。
最初に感じたのは、眩い光だった。それは、ここに来てから飽きるほどに浴びた光。強い日差しが目を痛いほど刺激する。
次に感じたのは砂と焦げた臭い。それと、どこか甘くて懐かしい誰かの香り。
ふと、覗き込む顔と目が合った。その顔は驚いた色になって、みるみるうちに笑顔になっていく。そしてすぐに人が集まってくる。全員が私の顔を見て笑う。
どうやら、私を待っていてくれたみたいだ。
だから、これだけは言わないといけない。
そうやって、口を開く。返事をしてくれるだろうか。
「ただいま、みんな」
その声を聞いたみんなは顔を見合わせて笑う。そして、こう言ってくれたんだ。
「「「「「おかえり、アキちゃん(先輩)!!!」」」」」
◇◇◇◇◇◇
もう一度、解き直しになってもいいと誰かが言ってくれた。
周りに聞いてもいいと、その人が言う。
だから、最初から考えてみることにした。
忘れてしまって0点にならない様に
自分の名前を確かめながら───
第一章 アビドス対策委員会編 拝啓 始まりを踏み出すキミに。完
これにて、一章は完結となります。
長くなってしまいましたが、お付き合いありがとうございました。
次回はエピローグ予定です。