元SRT学園のNo2の転生者がヴァルキューレで閑職をやる話 作:宵越しのモルス
「おやすみなさい。リオ様の理解者になれたかもしれない人」
深夜のシャーレの医務室。去ろうとするリオを追いかけたアキの目の前に立ったのは長い金髪をシニョンで纏めたメイド服の少女であり、リオから『トキ』と呼ばれていた。
その姿を一瞥するとリオは踵を返し、病室を去っていく。その姿を追いかける
「リオ様の命令を受諾。コールサイン
動揺するアキに向けて、彼女は躊躇いなく引き金を引いた。アサルトライフルからは放たれるケースレス弾が容赦なく包帯まみれの怪我人に突き刺さり吹っ飛ばされる。
糸が切れた人形の様に犬耳の少女は倒れ伏す。力なく垂れさがる腕と尻尾が床に伸びて、握りしめていたメモが零れ落ちていた。痕跡を抹消したトキはその身体を担ぐように抱え込む。
任務完了とばかりに、リオの後を追おうとするメイドの少女。しかし、不意に他の気配を感じて振り返る。そして咄嗟に窓に向けて銃を向けた。
「うへ〜、面会時間は終わってるよ〜?」
「……何者ですか」
こっちの台詞だよ〜、と窓枠からスルリとピンク髪の少女が窓を蹴破り病室へと侵入する。
「アキちゃん抱えて何やってるのかな~? その子、色々とおじさんと皆の恩人なんだよね〜」
「……こちら、6階の高さがある筈なのですが」
「銃声聞こえてきたからさぁ、ちょっと登ってきちゃった」
ところでさ、離してくんない? と、ホシノはピンクの髪を靡かせ、窓枠からするりと入院している部屋に侵入した。そして片手に担いだショットガンを突きつける。
「パトロールの終わりに寝顔見に来たんだけなんだけど、アキちゃんは人気だね~、うへー仕方ないなぁ」
「何を言って……」
寝こみを襲うのはシロコちゃんとの同盟で禁止でさ~、寝顔、結構レアなんだよね。とペラペラと喋った後にトキの方を見据えるホシノ。対して、無表情ながらも一歩後ずさるトキ。肩の上の少女の尻尾が揺れる。
「アキちゃん返してくれないならさ、おじさん、ちょっと本気出しちゃおっかな」
◇◇◇◇◇◇
アリスが暴走した日、倒れたアキを急いで医務室に運んで数日が経った。
部室は火の海となり瓦礫撤去作業にエンジニア部までもが駆り出されている。幸い、C&C達の活躍もあり、被害はそれだけに納まったがアキの意識は一日戻らなかった。
また、庇われたモモイも無傷ではなく、頭に包帯を巻くことになった。
リノリウムを革靴で踏みしめて先生はシャーレの医務室を覗き込む。使用停止となった医務室には彼女の姿は無く、今は進入禁止のテープが張られた場所から風が舞い込むだけだ。煤けた白いカーテンが揺れて、外の風が空虚にそよいだ。手に持った携帯に向けて先生は優しく話している。
「うん、そうか、アキはそんな場所に……」
ありがとね、と電話の主に告げて通話を落とす。ついでに開いたモモトークには、アキを心配するメッセージが届いていて、どう伝えようかと頭を掻いた。
ポツリと、先生は零す様に言葉を放つ。
「アリスの豹変、そしてそれに関する証言」
ヴェリタスのハレが言うには、アリスの暴走の発端は未知のテクノロジーで構成されたロボットに触れたから、だと言っていた。
またミドリの証言によると、モモイの所持するゲームが起動していたという。皮肉にも、その最中に破壊されたアキへの贈り物のゲーム機にはそんな異常は見受けられなかったのが、特異性の証明となった。
「あのゲーム機の中には……」
ミレニアム郊外の廃工場。そこでアリスを起動する際に何かのデータを移していた筈だ。確かファイル名は〈
〈あなたは、AL-1Sですか?〉
廃墟、コンピューター、そして、Divi:Sion System。それらは暴走したアリスと一体どんな関わりがあるのだろうか。唯一手掛かりとなりそうなモモイのゲームは電源すら入らなかった。元からそうであったかのように、中身が空白になっていた。
そして、そこに関わってくる人物として、アキもまたその一人だ。
彼女は成り行きとはいえ、限定的にその技術で作成されたものを操っていた。アビドスの変貌の件を含め彼女には奇妙な運命があるようだ。と、先生は傷だらけの彼女の姿をフラッシュバックしてしまい目元を揉む。そしてマグカップを手に取り、ため息を吐いた。
正直、今回のミレニアムの件は不明瞭な点が多い。しかしソファーに座ってコーヒーを啜りながら、その事について、じっくりと思案している時間は無い。
山積みになった書類の上ではトリニティのトップの変更が記載されたクロノス校の記事が載っている。トリニティからの応援要請もまた来ている。『大人』は忙しい、と、コーヒーカップを傾ける。
そして電話が鳴り響いた。メッセージ元はモモイ。それを取り耳を傾けて、すぐに顔をしかめて離した。
『せんせ! 今すぐにミレニアムに来て!! アリスがっ!!』
大音量で放たれる声に耳を抑えながらも、すぐに先生はジャケットを羽織り、外出中を知らせるボードを掛けた。
◇◇◇◇◇◇
ミレニアムにつくと、ゲーム開発部の部室前にアリスを除いた全員が集まっていた。モモイの頭に巻かれた新しい包帯が痛々しい。
そんな事を触れつつも話を聞くと、アリスは目が覚めてから、ご飯も睡眠も取らずに真っ暗な部屋で落ち込んでいるらしい。ゲーム開発部の皆も心配でどうにかしようとしていたのだが、アリス自身が懐いていたアキを重傷を負わせて病院送りにした事を含めて、自分で巻き起こした事態にショックを受けたまま立ち直れないらしい。
「私が話しかけると余計に落ち込んじゃって……もう、先生しか頼れないんだよー!」
そんなモモイの声を聞きつつ、先生は部室のドアをノックする。
──アリス? 入るよ。
暗い部屋の中でその人影は震える。誰にも近づいて欲しくない、という意思表示と相反する気持ち。それに揺られている姿は酷く痛々しかった。
先生はなるべく刺激しないように、ゆっくりと近づいて優しい声音で話しかける。
──ご飯もちゃんと食べてないって聞いたよ。ほら、一緒に行こう?
「……アリスには出来ません」
手を差し出す先生を見ない様に膝を抱え、俯いたままアリスは答える。
「アリスは……アリスのせいで、アキも、モモイも怪我をしました。渡そうとしたものまでアリスは壊してしまいました。皆と繋がる大切な、大切なモノ……だったのに」
よく見ると、焼き焦げて、踏まれて壊れてしまったゲーム機をテープやドライバーで直そうとした痕跡が床に転がっている。
自身の起こした事、その一点を直視するように彼女はポツリポツリと語っていく。
「どうして、こうなったのか……アリスには……わかりません」
あの時のアリスには、まるで知らない『セーブデータ』が、アリスの中にあるような。と呟く。
何かが起きたのかは……何をしたのかは、思い出せません。それでも一つ、確実なのは……アリスは、アキを……アキをっ!! と、絞り出す様にアリスは慟哭する。
「ごめんなさい、と書きました。けれど、アキは目覚めてくれません。これがどういう意味なのか、アリスにだってわかります」
そして頭を埋めて、もう、アリスにはどうすればいいのか分かりません、と沈み込んでしまった。なだめようにも、今は何も聞きたくないと耳を塞ぐ彼女。
その態度を受けてどうすればいいのか悩んでいると、にわかに部室の外が騒がしくなる。
「ま、待って、ください」
「会長だか何だか知らないけど、今はアリスと先生で話してるのっ!!」
「せ、先生、会長が……!!」
そんな声を無視するように扉が開かれる。そこにはスーツの女性、調月リオが立っていた。
彼女は先生と目が合うと、忙しそうに口を開いた。
「こうしてちゃんと話すのは初めてね。こうした形ではなく機会を設けて、きちんとした形でお話ししたかったのだけど。私の名前は調月リオ。セミナーの会長よ」
そう言いつつ彼女は話を止めることは無い。そして部室を一瞥し、そしてアリスに視線を向ける。
全員が動揺しているのを無視して、先生達には真実を話しましょう。とリオは切り出した。
──真実とは、一体?
先生の問いに、リオは「そう、真実」と肯定し口を開く。
数日前に発生した事態。破壊、混乱、それによる被害。それを引き起こした原因とその姿。それは常軌を逸する破壊の力であり、それらは普通の生徒の力ではない。それらを通してあなた達も一つの考えに到達したのではないか、とリオは問う。
「今まで友人だと思っていたものは、そうでないかもしれない」
そうでしょう? と、リオは問う。その問いに対して先生の脳裏に浮かんだのは、アリスの姿であり、そして、もう一つがアビドスにおいて暴走した『彼女』の姿。それを慌てて否定する。
「単刀直入に言えば、貴方の後ろにいる少女の外見を備えた「ソレ」は、普通の生徒では無いわ」
貴方達がアリスと名付けたソレは未知から侵略してくる
青い顔をしたアリスが怯える様に首を竦める。
「理解、出来ません……」
数歩後ずさるアリス。そして、そんな彼女をリオの視線から庇うようにゲーム開発部の皆が立ちふさがった。
「そうやって勝手なことばっかり言って! お姉ちゃんじゃないんだから、設定の話を持ち出さないでください!!」
「ちょ、ちょっとミドリ!?」
「あ、アリスちゃんは、うちの大切な部員です。で、でたらめな事を言わないでくださいっ!!」
噛みつくように抗議する三人に、リオは一瞬悩んだ後に口を開く。
「ごめんなさい、私の配慮が足りなかったようね」
相手の立場に立つのは苦手なのは理解しているつもりよ、と述べた後、彼女は言う。もっと理解しやすいように貴方達の好きな『ゲーム』で例えましょう。と言い。アリスを見る。
「貴方は、この世界を滅ぼすために生まれた『魔王』なのよ」
──アリスが、魔王……。
全員が抗議する中で、リオは理解出来ない。と、首を振る。
全員の脳裏に、病室で横たわる犬耳の少女がフラッシュバックする。つい先日までここで笑い、皆の中心にいたッ少女が意識不明のままに白いベッドの上で動かないその姿。
「完全に破棄したと思っていたのだけど、まさかスクラップが動くとは予期していなかったわ」
それによる被害を出したことも含めて、私の不手際だった。とリオが謝罪する。
しかし、これにより私の仮説は実証された。貴方達の接触したソレは『廃墟』から溢れだした『災禍』であり、ミレニアムに、ひいてはキヴォトス全土に終焉を齎す悪夢。それはアリスが引き寄せている事だと断言した。
そして次はこんなものでは済まないだろうと、彼女は言う。
「この脅威を解決する方法は一つ」
アリス、あなたが消える事よ。と、リオは言う。
その言葉に息を呑むアリス。じわり、と涙が目尻に浮かぶ。
「そ、ん……な、アリスはただ勇者に……みんなと一緒にゲームを……クエストをしたかった。それだけなのに……」
「残念ながら、それは叶わない」
アリスの手元にある壊れたゲーム機を一瞥して、リオは問う。
「ゲームの知識は無いけれど辞書的な知識ならあるの、だから問うわ」
「……っ!」
「貴女は己を勇者と呼んでいるけれど、「勇者」とは、友人に剣を向ける存在かしら?」
周辺を破壊し、あまつさえ外部の生徒を傷つけた。貴女の行いはむしろ、
その言葉にアリスが縋る様に握りしめていた
「アリスちゃん、聞かなくていい!! 変わり者だとアキさんに聞いてたけど、こんな事言うなんて思わなかった!!」
「そんなに言う事ないじゃん!! 鬼、悪魔!!」
「せ、先生……!」
──リオ、やめて。
やめる? とリオは首を傾げる。真実から目を背けるのは思いやりではなく、ただの現実逃避であり、負うべき責任の放棄はこの場合、極めて非効率的だわ。と静かに糾弾した。
「アリスは……アリスは、どうしたら、いいのですか?」
さっきも言った通り、全ての元凶はアリス、貴女がここにいるから起きている。ならば簡単でしょう? とリオは言う。
「貴女のヘイローを破壊すれば解決する」
そもそも人造の身体にヘイローが宿ることがあるのか、その理由が分からないけれど、それは狂気に包まれたAIと同じであり、その危険はまた『彼女』も同時に孕んでいると呟いた。
その言葉を吐いた彼女に対し、先生が一歩前に詰める。
──リオ、それ以上の言葉は許せないよ。
「私の言動が不快なら謝罪するわ。昔から私の事が嫌いな人間は多かったもの」
先日もまた私を嫌う人が一人増えた。ただそれだけ、と呟く。
「でも、理解されなくても構わない。ただ私は皆を守りたいだけ」
そう言い切った後、「美甘ネル、出番よ」と、リオはいつの間にか後ろに居た人影に声を掛けた。その声に応じて現れたのはアキと撃ち合い、そして勝利に持ち込んだ少女。
「あまり悪く思わないで欲しいわ。美甘ネル、引いてはC&Cは私の直属のエージェントであり、そこに私的な感情は無い」
ただ私の命令を履行するだけ。と告げる。彼女相手ではいくら先生と、ゲーム開発部でも抵抗は出来ないでしょう?
「あ、アキさん……」
ぎゅっと、ユズが衣服の裾を握る。その言葉に一瞬、リオの瞳が揺れた。
「残念ながら、近藤アキも来ない。いえ……来られない様にした。が正解かしら」
──まさか、病室を襲撃したのは……!
その言葉を聞いて全員に動揺が走る。先生に絶望の視線を向けるもの、リオを睨みつけるもの、武器を握りしめるもの、様々であった。
その睨みつける視線の先、超然としたセミナーの会長が視線を受け止め、睨み返す。
「怪我を負っていても、彼女は来る可能性が大いにあった。だから先手を打たせて貰ったわ。ここ数日は立つことすら難しいでしょうね」
流石にあの状態では、いくら彼女の肉体と言えどすぐには回復はしない。想定外の事は起きたけれど問題は無い。とリオは言う。
覚悟は示したわ。と言わんばかりに待機させていた自律機械を周囲に展開し銃口をアリスへと向ける。無機質な牙が怯え切った少女を狙う。涙を浮かべて動けなくなっていたアリスはただ茫然とその状況を見守るしかなかった。
そして先程から押し黙っているネルに視線を向けた。早く手を下だせとばかりに。
「くっそ、やってられっかよ!!!」
「ネル、一体何のつもり?」
銃弾が自律機械に装甲にぶつかり火花が散る。
ネルは包囲するARMSを破壊しつつ吠える。「今まで依頼を気に入ったことは無いけどよぉ! 悪党ならまだしも、てめぇの都合だけで何にも分かってねぇ奴を捕えろとか、それにアタシの知らないとこで怪我人をいたぶったんだってなぁ!? もう、お前に付き合う義理はねぇ!!」そう言いながら、リオを護衛するロボットを蹴散らしていく。
怒鳴りつけながら暴れるネルの姿を見て、リオは瞳を閉じる。
「やはり、この事態を想定しておいてよかったわ」
あなたが突発的に行動を起こし、そして障害となる可能性は考慮していた。故に今回はあなたの単独行動であり、それ故に制圧は容易。と言い切る。
「トキ、出番よ」と一言唱えると、ネルの後ろから銃弾が飛ぶ。すかさず飛びのいたネルが発砲した人物に目を向けると、そこにはアキを襲った人物が立っていた。
「はじめまして、先輩。そして先生。C&C所属、コールサイン
病室を荒らしてそのままにしてしまい、申し訳ございません。と、イレギュラーにより遂行が不可能でしたとトキはカーテシーを行った。そしてオートマタを蹴散らして息巻くネルに対し、トキは冷ややかにお辞儀をする。
「背後から不意打ちたぁ……随分舐めた真似すんじゃねぇか」
「初めまして先輩。リオ様、今回こそは任務を完璧に遂行します」
サブマシンガン二丁、アサルトライフルが互いに向かい合い、即座に撃ち合いが始まった。廊下周辺の物が一気に銃痕だらけになり、窓ガラスが派手に割れていく。
「どうしたぁ!? 勿体ぶって出てきた割には大したことねぇなぁ!!」
互いの実力は拮抗し、ネル側が少し優勢と言った中で、冷静にリオは宣言する。
「トキ、今回は『モード2』の規制を解除したわ。今回はイレギュラーは無い。対処をお願い」
「再度の信頼、痛み入ります」
イエスマム、と、答え、メイド服の一部がボディアーマーの様に変化する。
──姿が、変わった……?
そしてトキが動く。今までの二倍程の速度に動きが代わり、二次的な動きから三次元的な動きへと進化を遂げる。銃口が捉えられない程が俊敏に駆け回り、ネルを驚愕させた。
その姿に変わると制圧は一瞬だった。突如として、変化したスピードにネルはついていけずに、背中に回られ拘束される。
「先輩、回復したばかりの骨をもう一度折られたくないのであれば、このままをお勧めします」
「……っ!!! クソっ!!!」
こんなところで、しかも二回も使用する気は無かったのだけど、とリオは言う。そして制圧されたネルを一顧だにせずにアリスの方へ再び歩き出した。
慌ててゲーム開発部の三人が飛び出すも、銃器を構えるARMS群たちに制圧された。そして先生とリオが対峙する。
──リオ、ここまでやる必要は。あるのかい?
「こういう事態だからこそ、大人である貴方が真っ先に動くべきでは無くて?」
子供より感情に支配されず、冷静に状況を判断する。その責任の重さは誰よりも理解するべきだったのではないのかしら? と、リオは問う。
──生徒を傷つける事は出来ない
「……っ!! いつまでそんな寝言を吐き続けるつもりなの!!」
怒りが噴出したように、彼女は怒鳴る。
「勘違いしない頂戴。「アレ」は生命体ではなく、あなたの責任の範疇には存在しない」
もし、そう感じるのであれば「エライザ効果」に過ぎない。応答をする機械に対し、貴方が人間であると錯覚している。あるいはそう信じたいだけ。それともあなたは、一時の幻想と感傷でキヴォトスに破滅の危機を齎す事を是とするのかしら? とリオは冷たく言い放つ。
「もし、それでも……あなたが動かないというのであれば、アリスのヘイローは私の手で破壊する」
かつて死に体の学園に大鉈を振るい、多くの生徒に道を示した『彼女』のように正しい事をするだけ。と、そう宣言し、リオは先生を睨む。
更には抵抗する武力は封じておく、とリオはアリスの傍らにあった光の剣のパワーを落とした。
「あ……『光の剣』が、ゆうしゃ、の証、が……」
虚ろな目でポツリと呟く、その姿に見ていられないと駆け出して抱きついたのはミドリだった。
「違う、違うよ! アリスちゃんは兵器なんかじゃない!!」
「ミドリの言うとおりだって!! アリス! こんなこと聞いちゃ駄目!」
「ぶ、部員を傷つけるなら……い、いくら、会長だってっ!」
立ちはだかり、そして武器を向ける皆とリオの冷ややかな視線が交錯する。そして仕方無いわ、とリオが痺れを切らしてAMAS達に武器を構えさせる。
「先生、指揮をお願いします!」
「アリスを守るよっ!!」
「あ、アキさんの分も、私がっ!!」
戦力的に大幅に劣る三人が今にも飛び掛かろうとしている。その様子を見てトキに抑えられているネルも思わず叫ぶ。
「おい、チビっ! じっとしてないで反撃しろよ!!」
──皆っ、行くよっ……!
一触即発の空気の中、静かな声が全員の耳に届いた。
「もう……いい、です」
ポツリ、と零れた言葉に、全員の時間が止まる。幽鬼のようにふらふらと立ち上がり、アリスは三人とリオの前に立つ。
「全部アリスがいるから、アリスが『魔王』だから……起きたことですか?」
その問いかけに、リオは首肯する。彼女の肯定で堰が決壊した様にアリスの口から言葉が零れていく。
全部ここにいることで、皆が傷つくのなら……。アリスが勇者じゃないのなら、と呟いて、顔を上げる。キラリと何かが瞳の端で光っていた。
泣きそうな声で呟きながら、彼女は寂しげな笑顔を浮かべていた。
「はい……アリスは、すべて理解しました。アリスが……消える事にします」
──その必要は無いんだよ、アリス。
いいえ、大丈夫です。と、そういって、彼女は静かに笑う。
「アリスは、先生に……みんなに怪我して欲しくないです。……アキが、モモイが怪我した時……とても胸が痛かったです。どうして……こんな事になってしまったのか、アリスにはよくわかりません」
それでも、その話を聞いて、やっと理解しました。全てはアリスのせいで起きたということ。そう呟いて、また一歩、皆から遠ざかる。
──リオの言葉を鵜吞みにしなくていい。皆で話しあおう!! そうすればっ!!
先生の言葉に熱がこもっていく。
それでも彼女は、ゆっくりと首を振る。心配はする必要は無いのだと彼女は言う。「アリスは生命体ではないのですから。ミレニアムの生徒ではないから、居なくなっても大丈夫です。アリスは勇者でも、生徒でもありませんでした」と、更に一歩、遠くなっていく。
そして彼女は振り返り、全員に深く頭を下げた。
「先生、今までありがとうございました。皆も、アリスと冒険してくれて、ありがとうございました」
「待って、アリスちゃん!!」
「今からそいつら全部やっつけるからっ!! 戻ってきなよ!」
「だ、ダメだよ!! アリスちゃん!!」
ゲーム開発部の皆の引き留める声を聞いて、嬉しそうに、けれど、それ以上に悲しそうにアリスは笑みを浮かべる。その表情はあまりにも儚くて、少しでも触れてしまえば壊れてしまうような笑顔。
「アリスは、今まで本当に幸せでした」
そう呟いて、リオの横にアリスは所在なさげに並ぶ。もう、皆と目を合わせる事はしなかった。
リオは目を閉じ、そして先生を見る。
「もし、先生が、私の言動や行動に傷ついたのであれば、すべてが終わった後、改めて謝罪させて頂戴」
そうして、アリスは部屋を去っていく。もう誰の声も届かない。ゲーム開発部の皆も、ゲーム仲間のネルの声も。そして『大人』である先生の声も。
そんな状態の中、先生たちは指一本すら動かすことも出来ずに、消えていく背中をただ見送る事しか出来なかった。
◇◇◇◇◇◇
「さて、どうしようか、コレ。おじさん、困っちゃったな~」
雲が切れ始めて月が見え隠れする夜の砂漠の中。
冷え込んだ空気が入り込んで程にガタが来ている派出所の中で、五人の影が顔を突き合わせていた。
「うーん、このまま縛ってお持ち帰りします☆?」
「ん、脱走犯の確保は絶対」
「でも、これどーするのよ、動かしていいワケ?」
「えーと、耳は出てるんですし、聞こえてるのでは? ……あの、聞こえてますよね? アキ先輩?」
アビドス高等学校の生徒達が困惑した視線を向ける先。そこには真っ暗にした部屋の隅っこに鎮座している物体があった。
犬耳だけぴょこっと出し、その他全てをタオルケットで覆う謎の物体が、微動だにせず座り込んでいた。