元SRT学園のNo2の転生者がヴァルキューレで閑職をやる話 作:宵越しのモルス
真っ黒いシルクの布を敷き詰めたような澄んだ夜に、銀の光が一つ浮かんでいる。
月から降り注ぐ光が静かに眠る廃墟達に染み込んで、ガラス片が淡く反射していた。周囲はチカチカと点滅する壊れかけの街灯と、遠くに見える繁華街の灯りがこの静かな時間を照らしている。
深海の底を歩いているみたいだと、私は思ってしまう。見上げれば真っ暗い海の底にはお魚さんがいて、チカチカと淡く光るマリンスノーがゆったりと降り積もる。今日ほど夜空に光るお魚さんシールが張れれば良かったのに、と思ったことは無い。それをこれから待ち合わせる子と一緒に見れたらきっと会話も弾んだはずだ。
集合場所につくと、まだ比較的無事なベンチは空のままで呼び出した相手は来ていないと悟る。背中に背負って来た鋼鉄のシールドを傍らに置き、ショットガンをベンチに立て掛けた。
「うへー、静かな夜」
ポツリと、そう零す。この口癖もすっかり定着しちゃった。咄嗟に出たわりにはなんだかんだ気に入っているけども。
ゆらゆらと浮かぶクラゲみたいな月を掴むように手を突き出す。そのままグーパーとさせていると昼間の熱が蘇ってくるような気がした。
真っ暗で、溺れてしまいそうな程の孤独の中。その闇を切り裂くように伸ばしてくれた手。それを思い出しているのだ。
「アキちゃん、まだかな……」
隣に空く1人分のスペースを見ながら、少女は今日のヒーローを待ち侘びていた。
私、小鳥遊ホシノにとっての近藤アキという少女は、少し距離の近い隣人と言うべきものだった。
気が付いてみれば、アビドスが荒廃していくにつれて使われもしなくなった派出所にポツンといて、いつの間にか私たちの間でも存在が認知されている子。シロコちゃんだって、他人の気がしないと頻繁に会いに行っているみたいだし、セリカちゃんも何かとお世話になっているみたいだし。アビドス高等学校において、彼女の存在は概ね好評だ。
そんな中で私との関係と言えば、ただ毎日決めてもいないのに夜に集まっては、夜明けまでパトロールをする。それだけの関係といえば、それまでであったけど。何となく気に掛けてしまう存在であった。
今までは、だが──
今日、私は助けられた。いや、正確には別にそこまで困っていたかと言われると、別に一人でどうとでもなったわけで、彼女がしでかした事は一人でから回って、ただ騒ぎを大きくしただけかもしれない。
けれど、その行動が私を救ったのだ。無茶苦茶で結局最後は締まらない結末で私が支えたとしても。
それはきっと私の敬愛した唯一の先輩を思い出すような、全てに手を伸ばそうとする数々の行動のせいだと思う。
無計画で無軌道で……身を挺してでも私一人の為に、企業を敵に回す行動を起こした。よく会話をしているわけでもなく、肉親でもない。そんな私の為にだ。
先輩が居なくなってしまってから、ずっと一人だと思っていた。後輩が出来てもそれは守る対象だった。だから事情も良く知らないままに、私を助けに火中へ飛び込んできたアキちゃんの存在は正直、戸惑ってしまう。どうすればいいのか、どう考えればいいのか答えが出ていない。
少しだけ、信じてもいいのだろうか。不器用ながらも飛び込んでくれた彼女を──
息を溜めて、白い息を吐くフリをした。夜の砂漠は寒い。今日は昼間が暑かったから余計に冷え込んでいる気がする。月の光が銀のカーテンのように、こちら側に伸びてくるのを、ただ、じっと眺めていた。
「まだかな……来るって言ってたけど」
集合時間よりはまだ早い。けれど、彼女は決まって何となくで取り決めた集合時間の前に立っている印象が強い。
あとは、どんなイメージがあったかな、と既読のついたメッセージを見ながら、頭の中の彼女の事を探ろうとする。
もっと話しておけば良かったなとか、これから何を話そうかとか考えながら。
初邂逅のときの戦闘。あれは砂祭りのポスターに悪さしたと勘違いして襲い掛かった筈。そんな私の攻撃をフル装備でなかったとはいえ、私に比類するような戦闘技術と数々の罠を見せて応対してきた。しかも、それに似合わないような捨て鉢なコンバットパターンも見せてきた。間違いなく強者側に入るはず。
それなのに彼女は時折ぱっと消えてしまいそうな儚さを見せる。何処か別の世界を見ているような表情で遠くを見ている。振り返ると居なくなってしまいそうな、そんな世界からの乖離。
時折ひどく悲しそうな表情を浮かべているときが、特に強く感じてしまう。確証を持っているわけではないのだけど、家族とかそういうのものに対して何か思うところがあるのだろうと思う。特に『大人』に対しては、底冷えのする感情すらも滲ませている程に。
それを踏まえても柔らかい存在ではあると思う。静かな陽だまりみたいにぽかぽかとしていて、いつの間にか中心にいる子。人に好かれる才能を持っているタイプの子だ。
隊長をやっていたというのもあながち嘘じゃないじゃないのだろう。こんな会話もしたっけなぁ。
「アキちゃんさ、結構抜けてるところとかあるけどさ。それで、特殊部隊の隊長やれてたの?」
「ひどくないですかっ!?」
「うへー、ごめんごめん」
「うー……そうですねぇ。実際私はお飾りみたいなのものでしたよ。副隊長が優秀だったんです」
「へー、じゃあ、今その子はどこに? おじさんに紹介して欲しいなぁ~?」
ほんの雑談のつもりだった。今思えば、SRT学園のことを鑑みてもこんなところに、配属されている時点で何かあったのは明確だったはずなのに、それを気にせずにズケズケと踏み込んでしまっている。会話下手か、私!!
そうしてアキちゃんは少し考えた後に、寂しそうに笑う。
「えへへ、喧嘩別れしちゃって……」
「あっ、えーと、ごめん……」
「ま、事実ですからね」
そうして、それ以上は話しかけることが出来ずにパトロールが終わったのを覚えている。もしかして……私、そんなのばかりじゃない? 何でそんな私の為に来たんだろう、あの子。
デリカシー無しに踏み込んでいるし、会話だってポツリポツリとしかしてない。思ったよりも実は向こうには思われてない可能性だってある。
正直、不思議だ。もしかして、打算とかなしに、飛び込んできたのだろうか。いやいや……。考えれば考えるほど、わからなくなる。
だから知ってみたい。と思うのはおかしい事だろうか。もしくはもうおかしくなってしまったのだろうか。
そうやって思考の海に沈んでいると、いきなり現実に引き戻すように小さな足音が近寄ってきているのに気づく。
こんな場所に来るのは一人しかいない。初めてこの場所で出会った子。撃ちあって、だんだんと仲良くなって……今日、助けてくれようと手を伸ばしてくれた子。
アキちゃんの姿を認めた時、喜びがバレないようにゆっくりと手を振った。感情が表に出てしまったら、ちょっと恥ずかしいような気がしたからだ。
それでも、自然と顔がにやけてしまって、バレないように少しおどけてみる。
「深夜におじさんと夜遊びなんて、アキちゃんの将来が心配だなぁ~」
「誘ってきたのそっちですよねぇ!」
「いや~、いっつも何にも無しにパトロールしてるから、掛ける言葉がね」
「別に、他でも話してるんですから、いつも通りに」
「うん、そうだね……」
ここでとぼけてもいいし、次回からいつも通りに戻る事だって出来る。踏み出しかけた足を引っ込めようとしたとき、偶然に突風が吹く。アキちゃんにポスターが飛んできて、それをキャッチした。
「わっ、あ、砂祭りのポスターだ」
「……たまにはさ、私もちゃんとアキちゃんとお話ししたくなったんだ」
そのポスターを見て、踏み出すことを決めた。
思えば、ユメ先輩が大事にしていたポスターをはがそうとしていたと勘違いしたのが始まりだったっけ。追いかけて、撃ち合って、その頃から、いつの間にかこんなにも距離が縮まっていた。そして、もう少し縮めたいと思うようになっていた。
ポスターが持ってきた縁に何処か懐かしさを感じる。敵わないなぁ、本当に。
「お話、ですか?」
「うへー……なんだろう。ほらさ、パトロールする最中さ、雑談とかね。あんまりしてこなかったでしょ?」
「あー、確かにそうかもしれないですね」
SRTでも、公務中でもあんまり気にした事なかったですね……と、彼女は言う。たぶん、それは本心なのだろうと思う。特殊部隊の養成校の出身が仕事中もおしゃべりしていたら、それはおかしなことだ。
立っている彼女をベンチから見上げると、月明かりが端正な顔立ちを浮かび上がらせて、少し心臓が早くなる。短い赤みが掛かった茶色の髪の毛が月から落ちた雫をサラサラと流して零れ落とす様に見えてしまう。日の下にいるのに、白磁のような肌とコントラストになって、人の良さそうな印象を受ける。いつもは手入れがきちんとされている耳と尻尾が今日は乱れていた。たぶん、忙しすぎてそこまで気が回らなかったのだろう。
「だからね、たまにはおじさんとしっぽり夜の会話をね……ぐへっへ~」
「いや、だから同い年ですって! あと、何ですかその態度は、逮捕しちゃいますよ」
「おっとぉ、危ない危ない。アキちゃんが可愛くてつい、ね」
おどけてないと、支離滅裂なことを口走ってしまいそうで怖い。何を話そうかと考えていたことが全部吹き飛んでしまった。動揺を悟られないように、いつもよりもセクハラの言動を取ってしまう事を深く反省しつつ、次に発する言葉を考えた。
アキちゃん越しに月が見えて、そういえば。と先ほど考えていたことがポツリと零れる。
「アキちゃんさ、お魚って好き?」
「毒を持っていなければ。食べられれば、だいたい好きですよ?」
「う、うへー、そうじゃなくてさ!! 泳いだりしてるところを見るのは好き? ってこと!」
「泳いだり……あぁ、水族館とかの」
「そうそう!! どうかな?」
「実は行ったことなくて……」
「えっ、じゃあ、今度行こうよ!! 可愛いよ、お魚さ、ん」
つい勢いで飛び出した言葉を慌てて止めようとするが、勢い止まらずに『お魚さん』と発してしまった少し恥ずかしくなる。その言葉を彼女は優しく笑って、いいですね。と返してくれた。その笑顔にドキッとしてしまう。どうした事だろう、どうにも今日は冷静で居られない。寄りかかってもいいのかな、と思える同級生が出来たからだろうか。どうにも上手くおどけてばかり居られないのだ。
「じゃ、じゃあ……今度、行こう。うん」
「? あ、はい。行きましょう!!」
「うへー、約束だよ?」
上手く喋れないままに、なんとかペースを取り戻していって平常を気取る。そんなことすらバレていそうな気もしてくるので、本当にどうかしてる。たぶんちゃんと約束して待ち合わせるなんて慣れないことをしたせいだろうと、そう思うことにした。
彼女は変わらない様子で、こちらを見ている。静かにしていると本当に人形のような面立ちだな、と思う。思わず見惚れてしまいそうな程に。
「今日はありがとね、助けに来てくれて」
「何とかなって良かったです。本当に」
「うへー、あのさ、話聞いて貰えるかな?」
「……えぇ、喜んで」
彼女の柔らかい笑顔に促されるように、するり、と絡まった糸が解けるように素直に言葉が零れ出て、そして次々に溢れていく。
「あのね、アキちゃん。知ってるかもしれないけど。私ね、ずっとカイザーコーポレーションに勧誘されてるんだ」
アビドスはかつては大手の企業と共に成長していたキヴォトス三大校の一つで、強大な勢力を誇っていたらしい。でも、あるとき砂漠化がドンドンと広がっていき、斜陽となっていってしまった。
私たちの代にはもう到底返せないような借金があり、それを何とか返していたんだけど……まぁ、色々とあって上手いこと返せているわけではない。銀行を襲ったのもカイザーコーポレーションにしてやられた報復みたいなものだ。
債権はカイザーコーポレーションに握られている。奴らはあの手この手で私たちの学校を、そして、この土地を手に入れようとしている。『大人』のやり方を私たちは打破出来ていないのが現状だ。
今日話し合いに赴いたのもその件であり、私がカイザーコーポレーションへと下れば、借金はだいぶ楽になると前々から提案されていたこと。と、打ち明ける。
彼女は黙って聞いていた。相槌すらも、そして憐むでもなく。ただ、凪のように聞いていた。
そして事情を話し終わった後、彼女は初めて口を開いた。
「正直にいうと。裏で色々と調べてました。でも、ホシノさんが話してくれて嬉しいです」
そうしてダンスでも誘うように、彼女は手を差し出してきた。月光を背負った彼女の姿。その手を掴んで私は立ち上がる。夜で冷えたのか、彼女の手はひんやりとして気持ちよかった。
「私も出来る限りで何とかしてみます。一緒に頑張りませんか?」
「ほんと? じゃあ、困ったら頼っちゃおうかな?」
「次は……本当にお願いしますよ???」
「う、うへー、ほんとにごめんって」
ミシミシと手が軋む気がして、思わず手を引いてしまう。実際に迷惑を掛けたので何にも言えないわけで……少し、怒られたことに安心してしまう私もいた。
「それと、今話したことは後輩ちゃん達にも話してあげてください。きっと、私なんかよりもずっと力になってくれますよ?」
「えー、おじさんに出来るかなぁ」
「茶化さない!」
「いひゃい、ほっぺをつねるのはダメだって!!」
夜は更けていく。今まで黙ってパトロールしていた時間も全部全部取り戻すように。月下のお喋り会はずうっとずうっと続いてしまうと錯覚してしまう程に楽しくて、気が付くと空が白んでいた。
暁の時間が来る前に二人で笑いあって、お互いに手を振る。
「じゃあ、また明日」
「はい、何かあったら来てくださいね」
そうして、お喋り会はお開きとなった。
すぐに、次が来る。私はそう思っていたんだ。
◇◇◇◇◇◇
「うへ~、おはよう、アキちゃん」
帰って仮眠をした後、眠い目を擦りながら通学路から外れて寄り道をする。今日もお昼寝確定かなぁと思いつつも、いつも感じている気だるさは少なく、期待がそれを上回っていた。
友人、と呼んでいいのかはわからないけど、きっと、それに近しいものになれた。そう思えるから。
「あれっ? 居ないの?」
コンコン、と交番のドアを叩いても反応がない。何度か声を張り上げてみたが反応がない為、中に入る。
いつものように、ぼんやりと派出所で書類を片付けているのかと思ったらそうでもない。そもそも人の気配が無いのだ。イヤな予感がしてばっ、と奥の給湯室を探すもやはり居ない。午前中のパトロールかと思ったが、表に自転車も止まっている。
瞬時に、不安が脳裏をよぎり、背筋に緊張が走る。
(カイザーコーポレーションが……? いや)
争った形跡も無いため、それも無いだろう。じゃあ何処に? 交番内を探すと机の上に置き紙があった、少し皺が寄っているメモ用紙は涙で濡れたかのように、点々と水滴の跡がある。
そうして、その内容を呼んだ瞬間に、私は固まった。
『砂漠に行ってきます。探さないでください』
すぐさま電話を掛けるも、圏外のメッセージが電子音声で返ってくるだけ。
世界から色が落ちていく気がした。もう二度と会えない先輩のことがフラッシュバックして、居ても立っても居られなくなる。アキちゃんがコンパスを持たずに砂漠にいくとも思えないけれど、もしものこともある。何しろ昨日あれだけの事があったのに、もう動くだなんて正常な状態とも思えない。
何か、あったに違いない。
「……待ってて、私が今行くから」
そうして駆け出そうとしたところで、ギリギリ踏みとどまる。いや、一人で何とかしようとして、昨日怒られたばかりだった。
ぐっ、と駆け出したい気持ちを抑え、奥歯を噛みしめる。知らせをして相談をすべく、皆が待つ学校へと向かった。
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