参考作品:
・漫画『BLACK CAT』(矢吹健太朗/集英社)
・ゲーム『Detroit: Become Human』(Quantic Dream)
・ネットドラマ『CODE ファウストゲーム』
第二章(相棒)〈NOTOにゃん監修版〉
【時間】午後5時台
家のドアを出た瞬間、強い冷風がトレンチを貫き、皮膚へと染み込んだ。思わず身震いが走る。
「こういう日は、一日中こたつに潜っていたくなるな……」
トレインは独りごちて、背後を一瞥する。コナーが戸を確実に閉めたのを確認すると、署へ向けて歩き出した。
距離は近くないが、歩けないほどでもない。運動だと思えばいい。トレインはたいてい歩いて第十三分署に顔を出す。
署内に足を踏み入れると、ようやく快適な温度が戻ってきた。寒さは嫌いではない。だが、体調を崩すのは困る。
見慣れているのに、どこかよそよそしい廊下。たった一週間休んだだけで、この感覚の差だ。手元の案件が途切れていなければ、長期休暇など取りはしないのに。
向こうから、見知った影が近づいてくる。
「一週間も姿が見えねぇからよ。……生きてたか」
深緑の髪の若い男が、からかうように言った。
「おう。医療資源を無駄遣いしながら、な」
すれ違いざま、気のない返事を落とす。
コナーは、その男が自分を一瞥したのに気づいたが、特に反応は示さず、黙ってトレインの後に続いた。
廊下の突き当たりに着くと、トレインは手を上げ、ドアをノックする。内から応答があり、ドアを開けて入室。
「体調は、どう?」
金色の長髪。成熟した穏やかさをたたえた女性が、柔らかい声で問う。
「一週間も休むと、逆に鈍るな。……早めに戻って正解だ」
トレインは椅子を引いて腰を下ろす。仕事がないと、何かが欠けたように落ち着かない。寝るか、ぼんやりするか。あとは何もない。
女性はコナーに目を上げる。コナーは丁寧に会釈で応じた。
「新しい相棒は、どう? きっと、これからの出動で大きな助けになるわ」
視線は再びトレインへ。顔色は万全とは言い難いが、悪くはない。
「そうかよ。……じゃあ、仕事はあるのか?」
話題はすぐ本筋へ。じっとしていられない男だ。
BOSSにとっても、これ以上なく頼れる部下。積極的で、仕事を愛している。だが、それが彼の身を削ることを、彼女は知っている。
「ちょうど、もうすぐ定時。緊急もないし……今日はコナーと少し慣らしておきなさい」
絶妙に仕事を避けてくれる。横の書類の山を見れば、”何もない”は建前だとわかる。とはいえ、彼女の顔を潰す気もない。数秒の沈黙ののち、トレインは立ち上がった。
「わかった。じゃあ明日、また来る。じゃあな」
短く別れを告げてドアへ向かう。コナーが続こうとしたところで、女性が素早く口を開く。
「コナーは残って。少し話があるわ。ハートネット、廊下で待機」
「……ああ」
トレインは一度だけ振り返り、短く答えて部屋を出た。
トレインが出ていくのを確かめると、女性は立ったままのコナーに、着席を促した。
「彼のコンディション、あなたはどう見た?」
人間的な前置きはない。本題から入る。
「ハートネットさんの身体状態は不安定です。現時点での勤務は適切ではありません。投薬を怠れば、生命の危険が生じる恐れがあります」
コナーは、初対面時に倒れていた事案を簡潔に報告した。
「休ませれば良くなると思っていたけれど……違ったみたいね。あなたに、彼の状態の監視をお願いしたい。出動に不適と判断した瞬間、必ず止めなさい」
女性の表情は厳しい。頼みというより、指示だ。
「了解しました、BOSS」
任務を受領。「身体不良を検出した場合、ハートネットの出動を制止する」。コナーは不自然に瞬きをひとつ。こめかみの円環が、素早く黄色に明滅した。
「任せるわ。緊急時は私に報告して。——今日は以上」
女性は視線を机上の書類へ落とした。
「本日もご安全に」
退出の直前、コナーが礼を述べる。
女性は思わず顔を上げたが、コナーはすでに踵を返していた。律儀で固い話しぶり。アンドロイドの仕様なのだろう。人間なら、気取り過ぎと受け取られるかもしれない。
- 第二章 完 —