参考作品:
・漫画『BLACK CAT』(矢吹健太朗/集英社)
・ゲーム『Detroit: Become Human』(Quantic Dream)
・ネットドラマ『CODE ファウストゲーム』
【時間】午後4時台
「被害者の傍らにQRコードの紙片。ただし指紋は一切検出されず。被害者の所持品ではない。第三者介入の可能性」
鑑識の写真をホワイトボードに貼り出し、トレインは会議でコナーの指摘を共有した。現場から直帰し、即座にBOSSへ報告。1対1かと思いきや、BOSSは同僚を二人呼んでいた。
「他には」
記録を繰る金髪のBOSSが、低く問う。
「以上です」
応えるや、BOSSは手元の資料をぱたんと閉じ、対面の同僚の机に放った。
「続報は適宜。案件はジェノス、リン・シャオリー、二名で引き継げ」
室内の空気が止まった。コナーを除いて。
深緑のジェノス・ハザードと黒髪の林曉利が目を見交わす。驚きはある。だが命令は命令だ。二人は黙って資料を回収した。
「以上。各自持ち場へ」
BOSSが立ち上がる。——空気扱い、か。発見者は自分たちだ。追うのも自分たちのはずだ。これが同僚を呼んだ理由か。
「待てよ。なんであいつらに回す? これは俺とコナーが上げた案件だ。続きも俺たちでやるべきだろ」
危険だから、か。あるいは、体調のせいで外されたのか。
BOSSは一拍置いて顔を上げ、トレインの不満を正面から受け止めた。目は冷えている。
「ハートネット。私はお前を信頼している。だから重要な線を預けた。結果はどうだ。線は“事件”になった。そんなお前に、同じ案件を任せられると思うか」
言い返せない。線が落ちたのは事実だ。視線が外れる。
「反省文、一万字。提出までは出動停止」
ため息が漏れる。ここで下手に下げる器用さはない。復帰初日で、案件剥奪、反省文。投げつける物が手元に無いのが、むしろ幸いだった。
——頭を冷やせ。
BOSSより先に、トレインは会議室を出た。押し開けた扉が、重い音を響かせる。
トレインの退室を見届け、コナーは状況対応を計算する。こめかみのリングが一瞬、黄に明滅。
「失礼します。ハートネットさんは、本日のコンディションが良好ではありません」
頭を下げる代理の謝意は、怒った側の温度を下げる。
「アイツが好調な日って、あるのかよ」
資料を繰りながら、ジェノスが毒を混ぜる。
「コナー。いつから追っていた」
さきほどの冷たさが嘘のように、BOSSは通常運転に戻る。
「十二時四十五分頃からです」
昼食時。通話が入って動いた、とコナーは想起した。
「で、ハートネットは食べたのか」
仕事となると熱が過ぎる。身体は弱いのに、案件が最優先。放っておけば、過労で落ちる。
「摂取はしましたが、途中から案件に移行。総摂取カロリーは約260kcalのまま出動しています」
弁当の総量は基準値を満たすが、食べたのは三分の一。外勤消費も加味すると負荷が大きい。
「コナー、反省文は定時までに提出させろ。……その前に食事だ」
期限を切らずとも、あいつは最速で出す。食事の方は、誰かが言わねば忘れる。機械ではないのに、基本が抜ける。
「了解しました、BOSS。ご安全に」
LEDが短く明滅し、コナーは礼を残して退室した。過剰な礼儀に、同僚二人は眉根を寄せ、BOSSは無反応で流した。
【時間】午後4時台
廊下の名札を辿り、トレインの部屋を見つける。ノックして入ると、床に寝袋。両腕を胸に組み、目を閉じていた。
体調か——コナーは即座に走査。異常なし。
「ご気分は」
「最高だよ。反省文、監禁。最高にな」
吐き捨てるような声。仰臥から側臥へ、背を向ける。今は誰の顔も見たくない。アンドロイドも含めて。
情動は不安定だ。だがBOSSの命は「まず食事」。テイクアウトから三時間。冬ならギリギリ許容。これ以上は生菌数が増える。
「少しお休みを。その間に弁当を温め直します。……と言っても、熱すぎない温度にします。お好きではありませんから」
丁寧で、少し拙い配慮。返事はない。だが、拒絶でもない。今の彼にはこれが“許容”のサインだ。
コナーは弁当を取り、食堂へ向かった。昼時を外した食堂はまばらだ。セルフの加熱区で手を止める。紙容器は電子レンジ不可。有害成分の溶出が懸念される。
棚には貸出のガラス食器。中身を移し替え、加熱。
【時間】午後4時台
定時二十分前。トレインは分厚い紙束をBOSSの机に置いた。
「一万字の反省文です」
復命の所作は崩さない。紙は平らに置く。
「相変わらず早いな。……露店の無許可営業の通報が入った。住所を送った。終わらせて、直帰しろ」
想定通り。時間を切らずとも、彼は仕上げる。
「了解」
踵を返しながら端末を開く。見慣れた住所。険のあった顔が、わずかに緩む。
車を停め、通報場所へ。果物の屋台だ。
トレインが店主へ近づき、コナーが続く。
「オヤジさん、体調はどうだ」
柔らかく声をかける。老人はうなずいた。
「通報が入ってる。今日は店じまいだ」
言いながら、トレインは果物を発泡スチロール箱へ戻し始める。老人も静かに従う。
——手順に合わない。
顔認証から、当該屋台は通報常習。勧告段階は超過。切符対象だ。
「当該屋台は数十回の通報履歴。勧告要件を満たしません」
今日は面倒が多い。コナーの正論に、トレインは目を細めた。手続きとしては、彼が正しい。
「オヤジさん、悪いな。勧告超過だ。道路交通法に基づき、切る」
赤票を取り出し、素早く記入して渡す。老人は反抗せず、静かに受け取った。
“まっとう”な人ほど、運命に従う。口汚く罵る者や、暴に訴える者とは違って。
失望と諦念の色が、瞳に浮かぶ。トレインは財布から二千円を抜き、差し出した。老人は深く頭を下げ、何度も礼を述べる。
——ようやく、胸の圧が少し下りた。
守るべきは市民だ。だが、全員を救えるわけではない。規則の外でしか、息ができない人もいる。彼らは誰も傷つけない。ただ、今日を生きているだけだ。規則は、彼らの都合を知らない。
トレインは手を動かし続けた。
隣のコナーは、まだ疑問を抱えているらしい。
「なぜ、金銭を渡したのですか」
「払う金だよ」
ここで察するのが“人”だ。だが、彼はアンドロイドだ。
「なぜ、その必要が」
真顔の追及。——機械は、規則の外を理解しない。
手が止まる。大きく息を吐き、トレインは向き直った。
「必要だからだ。助けがいるときに、助ける。違法で人を傷つけてるわけじゃない。ただ、生きてるだけだ。……分からないなら、車で待ってろ」
言い置き、コナーの脇を抜ける。
利得も、命令も、ない。それでも手を貸す。なぜ彼は、とコナーは理解に至れない。最後の指示に従い、先に車へ戻った。
屋台を片付けながら、トレインはその背を見送った。
言葉は浮かばない。ただ、息を吐いた。
- 第六章 完 —