「‥‥‥風紀委員会、第三陣を展開してきました!」
ドローンで索敵しているアヤネからの報告に、ため息が出てしまう。先生の指揮や便利屋の協力もあって、思いの他オレ達は前線していた。風紀委員会にはない土地勘、便利屋が対アビドス用に仕掛けていた数々のトラップ、ドローンからの攻撃による面制圧やアルの狙撃による迫撃砲の妨害、意識を奪った風紀委員の武器の利用や頑丈さによる肉壁、相手の数の多さを利用した射角・射線の制限など、あらゆる手を尽くしつつ風紀委員たちを次々と倒していくが、それでも優勢とはいいがたい。
それは、圧倒的な数の差。いくら速く正確な射撃が出来ても、いくらトラップや拾った武器を駆使しても、迫撃砲の射角を精密射撃で買えて自滅させても、マンパワーや総合的な弾薬の量は埋めようがない。
「はあ‥‥はあ…‥まだいるの!?」
「この状況で更に投入‥‥‥!?」
流石にみんなの顔に疲労や焦りが見え始める。それは風紀委員会も同じだろうが、このままでは数の暴力で削り切られるだろう。
「た、大したことないわよ!まだまだ戦えるんだから!」
「それはそうだとしても‥‥‥これはもう、アコの権限で動かせる兵力を超えている。ということはこの襲撃、アコの独断じゃなくて、まさか…‥‥…。」
「‥‥‥風紀委員長が?」
「えっ、ヒナが来るの!?無理無理!?逃げるわよ、早く!!!」
カヨコが何か言い終える前にアルが掌を返してしまった。そこまでの大物なのか?
「その、風紀委員長のヒナっていうのは、そんなに強いのか?」
「強いなんてもんじゃない。ヒナ一人で風紀委員会の戦力の半分以上を担ってる。多分、キヴォトスでもまともに戦える生徒はほとんどいない。」
「‥‥‥‥流石に過大評価じゃない?」
「…‥‥‥‥そうだと良かったんだけどね。」
あ、マジっぽい。そんなバケモン級の人に来られたらマジで終わるな。もうリボルバーの弾6発しかないから拾った小銃使ってるし、かなり厳しい戦いを強いられるだろうな…‥‥。吹き飛ばされた時の怪我も大分痛むし。
「カヨコ、残りの罠と爆弾は‥‥」
「…‥‥‥もうほとんどない。私もそろそろ弾が切れそうだし。」
「…‥‥‥先生だけでも守り切るぞ。みんな、腹を括ってくれ。」
「‥‥‥‥‥。」
『‥‥‥‥みなさん、そろそろ降伏しませんか?これ以上はそろそろ私も…‥‥‥‥』
アコのホログラムが現れ、何度目かになる降伏を進めてきたが、オレ達にそんな気はない。
「‥‥‥‥嫌だか?Noか?べぇ~か?好きなので答えてやるよ…‥‥」
『…‥‥そうですか。残念です。やはり、先生は‥‥…いや、シャーレは危険です。このまま三度目の正直と行きましょうか。』
「ねえ、本当に先生逃がした方が良いんじゃない?」
「…‥‥‥私もムツキさんと同意見です。先生、私達が敵を____」
ムツキのことをあれ程嫌がっていたアヤネですら同意するような厳しい状況だ。もう、オレ達に先生を守りきれる余裕はない。
「…‥‥‥私は逃げないよ。生徒を置いて大人が逃げるなんてできない。」
「…‥‥‥どうなっても知りませんよ。」
「ははっ、望むところだよ。」
『では、風紀委員会、攻撃を____』
アコが攻撃指示を出そうとしたその瞬間、彼女の背後に新たなホログラムが現れた。
『アコ。』
『…‥‥えっ?』
髪は大分長いが、背丈はホシノと変わらなそうな小柄な少女。どことなくアコと似た衣装の服を着ていることから、風紀委員会の所属だと推察できる。そして、短く名前を呼んだその声は十分な威厳を感じた。
『ひ、ひ、ヒナ委員長!?』
アコのホログラムが委員長と呼んだホログラムの方を向く。
あれが、便利屋がビビっていた風紀委員長のヒナ?なんか、思ったのと違う…‥‥。対策委員会も意外みたいなリアクションだし。
『い、い、委員長がどうしてこんな時間に‥‥‥‥?』
『アコ、今どこ?』
『わ、私ですか?私は‥‥‥そ、その‥‥‥えっと‥‥げ、ゲヘナ近郊の市内のあたりです!風紀委員のメンバーとパトロールを‥‥‥‥。』
「思いっきり嘘じゃん!」
「やっぱり、行政官の独断行動だったみたいですね…‥‥。」
「色々な罪状で訴えられそうだな…‥‥‥‥先生、裁判でもやってみます?」
「生徒相手にそういうのは余りしたくないかな‥‥‥‥‥」
結構いい額貰えそうだけどな。アビドスの借金返済だとか大将の入院代とかに当てれそうだけど。
『そ、それより委員長はどうしてこんな時間に…‥‥出張中だったのでは?』
『さっき帰って来た。』
『そ、そうでしたか‥‥‥‥!その、私、今すぐ迅速に処理しなくてはいけない用事がありまして‥‥‥後ほどまたご連絡いたします!い、今はちょっと立て込んでいまして‥‥‥‥』
『立て込んでる‥‥‥‥?パトロール中なのに珍しい、何かあったの?』
『え?そ、その…‥‥それは…‥‥。』
アコの苦しい言い訳を見守っていると、アコのホログラムの後ろから、強い圧力を放ちながら誰かが歩いてきているのが見える。待機していた風紀委員たちの様子は慌ただしいというか、ビビっているというか…‥‥‥‥
「…‥‥‥っ!?」
小銃を捨て、右腰のホルスターに手を掛ける。不味いかもしれない。ある意味では、さっきよりヤバイ。
「ライ、アレもしかして…‥‥‥」
「‥‥‥‥全員、銃を絶対に上げるな。」
「他の学園の自治区で、委員会のメンバーを独断で運用しないといけないような事が?」
「‥‥‥‥え?」
ホログラム越しの合成音声と肉声が同時に聴こえる、アコが再び振り向くと、そこにいるのは直前まで会話していたホログラムと瓜二つ‥‥‥というか全く同じ姿があった。
長い白髪、マントのように羽織ったコート、小柄な体を包み込めるような大きい悪魔の翼。
「あれが‥‥‥‥風紀委員長のヒナ?」
『え…‥‥‥えええええっ!?』
「アコ、この状況、きちんと説明してもらう。」
怒りを隠そうともしていないが、冷静に状況を教えろとアコを睨みつけるヒナ。その態度や雰囲気以上に、立ち姿や声色から感じられる強者の風格と圧に、その場の全員が身を固めた。
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「‥‥‥‥‥。」
『そ、その…‥‥これは、素行の悪い生徒達を捕まえようと…‥‥‥』
上司に睨まれながら、おろおろと答えるアコ。
「便利屋68のこと?どこにいるの?今はシャーレとアビドスと、対峙しているように見えるけど。」
『え、便利屋ならそこに…‥‥。あれ?』
‥‥‥‥アルもムツキもカヨコもハルカも、みんないないんだが!?逃げ足早っ!あれ、モモトークにメッセージが…‥‥‥”先に失礼するよ。ごめんね。”。…‥‥‥カヨコさん!?
『さ、さっきまでそこにいたはず・‥‥!』
「‥‥‥‥‥。」
アレだな。宿題はやったんですけど忘れちゃいました、みたいな事になってるな。睨み方が更に怖くなっちゃった。
『え、えっと…‥‥委員長、全て説明いたします。』
どうにか弁解しようとするアコだが、ヒナはそれを聞こうとする様子はない。
「…‥‥‥大体把握した。察するに、ゲヘナにとっての不安要素の確認及び排除。そういう政治的活動の一環ってところね。」
『…‥‥‥。』
「でもアコ、私たちは風紀委員会であって、生徒会じゃない。シャーレ、ティーパーティー、それに連邦生徒会。そういうのは
状況判断と考察が適格だし、権力や役割の領分についての把握・自覚がしっかりしている。流石は治安維持組織のトップ。正義実現委員会の委員長さんよりまともに見える…‥‥いや、あっちがしっかりしてないわけじゃないと思うんだ。その、色々とおっかなく見えるだけで‥‥‥うん。
「詳しい話は帰ってから。通信を切って校舎で謹慎していなさい、アコ。」
『‥‥‥はい。』
しょぼんとした様子でアコのホログラムが消える。そして、流れる静寂。
「‥‥‥‥‥‥。」
「じゃあ、改めてやろうか。」
「やめろシロコ。」
状況はよくなったどころか、こっちは戦力が減って、あっちは最強格が来たんだぞ?正気か?
「ここは一旦、落ち着いて話し合った方が良いと思うよ。」
「先生の言う通りです!どうしてそんなに戦うのが好きなんですかっ!」
「‥‥‥ご、ごめん。」
‥‥‥‥‥なんか、野性的っていうか、本能的なところあるよね君。
風紀委員会との交渉を行うべく、アヤネと先生がヒナに近づいているのをみて、オレも後ろに付いて行く。
「こちらアビドスの対策委員会です。ゲヘナの風紀委員長ですね、はじめまして。」
「私はシャーレの先生。彼は同僚のライ。はじめまして。」
「この状況については理解されてますでしょうか?」
「…‥‥‥もちろん。事前通達なしでの他校自治区における無断兵力運用、及び他校生徒達との衝突。‥‥‥けれど、そちらが風紀員会の公務を妨害したのも事実。違う?」
「‥‥っ!?」
「それはそうかも。」
「それで?」
「私達の意見は変わりませんよ?」
「みんな落ち着け。一触即発の状態なんだ。便利屋やホシノがいたとしても、この状況は___」
頭に血が上っている対策委員会を落ち着かせようとして言ったのだが、それは予想外の人物に予想外の反応をもたらした。
「‥‥‥ホシノ?アビドスのホシノって…‥‥もしかして、小鳥遊ホシノ‥‥‥‥?」
ヒナは、ホシノを知っている?知り合いだろうか‥‥‥ちょうどその時、噂をすればなんとやら、と言うやつなのか、彼女は来た。
「うへ~、こいつはまた何があったんだか。凄い事になってるじゃ~ん。」
「‥‥‥‥!!ホシノ先輩!?」
「ごめんごめん。ちょっと昼寝しててね~、少し遅れちゃった。」
「昼寝ぇ!?こっちは色々大変だったのに!ゲヘナの奴らが‥‥‥‥!」
「でも、もう全員撃退した。」
「まだ全員ではないですが…‥‥まあ大体は。」
「だとしても!ライと大将が怪我したのよ!!」
「オレは平気だってば…‥‥大将も、命に別状はないと思うよ。多分。」
「‥‥‥‥‥‥。」
ホシノがオレをジト目で見やると、直ぐにヒナの方へ向く。ヒナは、心底驚いているようだ。
「ゲヘナの風紀員会かあ…‥‥‥便利屋を追ってここまで来たの?」
「…‥‥‥。」
「うーん、事情はよく分からないけど、対策委員会はこれで勢ぞろいだよ。ということで、あらためてやりあってみる?風紀委員長ちゃん?」
煽るように言うホシノ。いや、煽っているのだろう。それだけ、自分の実力に自信があるのか‥‥‥ただのはったりなのか。どちらにせよ、ヒナにはかなり聞いているようだ。
「‥‥‥‥‥一年生の時とはずいぶん変わった、人違いじゃないかと思うくらいに。」
「‥‥‥ん?私の事知ってるの?」
「情報部にいたころ、各自治区の要注意生徒達をある程度把握してたから。特に小鳥遊ホシノ‥‥‥‥あなたのことを忘れるはずがない。あの事件の後、アビドスを去ったと思ってたけど。」
「‥‥‥‥。」
アビドスって、お世辞にも力が有る訳じゃないし、今知ってる生徒って大分少なそうだけど‥‥‥それでもマークされてたって、どんだけやばかったの君?そんで2年前に何をしたんだ?眼が凄く悲しいから、いい事ではなかったみたいだが‥‥‥‥
「…‥‥そうか、そういう事か‥‥‥‥だからシャーレが…‥‥」
何やら色々と思い当たる節や繋がる部分があったのか、考えをまとめているご様子。
「…‥‥まあいい、私も戦うために来たわけじゃないから。…‥‥イオリ、チナツ。」
「‥‥‥‥委員長。」
「‥‥‥はい。」
あ、起きたのね。もう何回撃って殴って蹴って投げたか分かんなかったけど、大丈夫そうだね。良かった良かった。
「撤収準備。帰るよ。」
「えっ!?」
どうやら退いてくれるらしい。イオリがまだやる気なのが癪だが‥‥‥‥あっちでしっかり処罰してくれるだろう。
「…‥‥事前通達無しでの無断兵力運用、そして他校の自治区で騒ぎを起こしたこと。このことについては私、空崎ヒナより、ゲヘナの風紀委員会の委員長として、アビドスの対策委員会に対して公式に謝罪する。」
頭を下げて
「今後、ゲヘナの風紀委員会がここに無断で侵入することは無いと約束するどうか許してほしい。」
「委員長‥‥‥。」
「ま、待って委員長!あの校則違反者たち‥‥便利屋はどうするんだ!?」
まだそんな事を言っているのかと何か言ってやろうとしたが、その前にヒナが眼圧で黙らせたので口をつぐんでおくことにした。
「ほら、帰るよ。」
短い言葉だったが、風紀委員会はそれに従い、どこか足早に撤収していく。ある程度がその場を去っていくのを見届けると、ヒナも先生とオレの近くを通って帰ろうとする。対策委員会の面々は、ホシノに今まで何をしていたのかを問い詰めようとしているようだが、彼女は申し訳なさそうに謝るばかりだ。いつもとは違い、ふざけている感じもないので本当にどうしようもない用事があったのだろう。その様子を先生と少し離れた所で見ていると、ヒナが近づいていた。
「‥‥‥‥シャーレの先生、真道ライ。あなた達にも話しておきたいことがある。」
「私達に?」
「これは直接言った方が良いと思って‥‥‥‥カイザーコーポレーションは知ってる?」
「‥‥‥ある程度は。裏でせこい事してる大企業だろ?」
「ええ、そうよ。‥‥‥‥アビドスの捨てられた砂漠。あそこで、カイザーコーポレーションが何かを企んでいるわ。」
「アビドス砂漠で…‥‥」
「カイザーが?」
「そう。まだ情報部も万魔殿もつかんでいないわ。本当なら、廃校予定のアビドスに教える義理はないのだけど、一応ね。」
‥‥‥‥これは大きな収穫だ。もっとも、アビドスの為になるのかどうかは不明だが。
「‥‥‥‥あなた、随分ボロボロだけど、大丈夫?」
「ん?ああ、一応。オレより、ラーメン屋大将‥‥‥‥巻き込まれた民間人のほうが心配かな‥‥‥‥‥」
「…‥‥民間人と貴方に慰謝料を出せるようにやってみるわ。」
「‥‥‥‥大将の分だけでいい。どうにか頼むよ。」
「分かったわ。じゃあまた。先生、ライ。」
かなり重要な情報を伝えてくれたヒナは、その場を後にした。
「‥‥‥‥‥先生、ライ。」
「どうしたの、シロコ?」
「風紀委員長が最後に二人に話しかけてたけど‥‥‥なんの話?」
「‥‥‥‥後でみんなの前で話すよ。」
「‥‥‥‥ん、分かった。」
「んじゃあ、帰りますかね、先生。」
「何を言ってるの?ライは今から大将と病院だよ?」
「えっ」
「そうですよ!榴弾で大将と吹っ飛ばされたんですよ?」
「そうだったの!?大丈夫!?」
「‥‥‥‥心配か?」
「うへ!?そりゃあ、ねえ…‥‥」
「大将はオレが庇ったから重症ではないと思うぞ。別に死にはしないと思うから安心していい。」
「あんたは自分をもっと心配しなさいよ…‥‥‥」
「大丈夫大丈夫。そのうち治____」
「ライ?」
「あっはい只今いきます。‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥‥はあ。」