困ったように笑うホシノに、先生とオレは真剣な表情で向き合う。いつもならここで引き下がったり、また今度で流すかもしれないが、果たして目の前の彼女にまた今度はあるのだろうか?
「‥‥‥‥その、」
「その?」
「‥‥‥…二人からそんなに詰められちゃったら、おじさん困っちゃうなー。」
「‥‥‥‥‥。」
全く持ってその通りだ。何も、無理矢理何かしようってわけでもないのに、二人がかりと言うのも怖いし、話しづらいだろう。さすればと、先生にと顔を向けあってほんの1、2秒。
「「オレ(私)は一旦席を外すからお願いできません(できる)?」」
「‥‥‥‥へ?」
「「‥‥‥‥‥。」」
被った!? え、オレ?先生はオレにホシノと話せと?
こういう時こそ先生として生徒に向き合うべきなんじゃないか?
「‥‥‥‥‥ここは信用できる大人として、先生にまず話してもらいたいんですが。」
しかし、先生はゆっくりと首を横に振る。
「そうしたいのは山々なんだけどね‥‥‥‥大人だからこそ、話しづらい事もあると思うし…‥」
「‥‥‥‥ホシノを男と二人きりにしろと?世間的に不味いでしょうに‥‥‥‥」
「それは‥‥…そうだけど…‥‥私、直ぐ近くで待ってるから!」
「それだと席外す意味あります?オレもホシノも気配には敏感だと思うので逆に話しづらいかと‥‥…」
決して、ホシノと二人きりで話し合うのがイヤで押し付けあっているのではなく、ホシノの為を思ってやっているのだ。しかし、そこに困ったように彼女は割り込み、一瞬でくだらない会話を終わらせる。
「‥‥‥‥‥みんな一緒でいいからさ、ちょっとその辺一緒に歩かない?」
「「‥‥‥‥‥‥ホシノがそれでいいなら。」」
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結局、まとめてホシノと廊下に出て、夜の校舎をぶらつくことになった。夜の学校というのは雰囲気がある。それに、あちこちに積もった砂埃も相まって廃墟のように見えてしまう。
「けほっ、けほっ‥‥‥うわぁ、ここも砂だらけじゃ~ん‥‥。ま、仕方ないんだけどね。掃除をしようにも、そもそも人数に対して建物が大きすぎて‥‥‥‥」
こちらに背を向けていて、彼女の表情は見えない。
「‥‥‥‥‥砂嵐、減るといいな。」
そんな気休めにもならない、他人事のよう言葉が出てしまう。本当に、そう思ったんだから。仕方のない天災だけど、良くなって欲しいと思う。
「本当にねー。うへ~、せっかくの高校生活が全部砂色だなんて、ちょっとやるせないと思わない?」
「ホシノは、この学校が好きなんだね。」
先生の言葉に、ホシノは足を止めて振り向く。心底驚いたような表情だ。
「‥‥‥‥今の話の流れで、本当にそう思う?うへ、やっぱ先生は変な人だね。」
そしてホシノは視線を落としながら、どこか懐かしむように語り始める。
「‥‥‥砂漠化が進む前、アビドスはかなり大きくて力のある学校だったって言われてるけど‥‥‥そんな記憶も実感も、おじさんには全くないんだよね~。」
「‥‥‥‥…。」
「最初から全部滅茶苦茶で、ちゃんとしたものなんて何一つない学校だった。おじさんが入学したてのアビドス本館は、今はもう砂漠の中に埋もれちゃったし、当時の先輩達だって、もうみんないなくなった。今いるここは、砂漠化を避けて何回も引っ越した結果たどり着いた、ただの別館。」
「‥‥‥‥っ、それは…‥「でもね、」……?」
「ここに来てシロコちゃんやノノミちゃん、アヤネちゃんにセリカちゃんと会えたから‥‥‥」
先生の言葉を遮って紡がれたのは、出会いへの感謝。顔を上げて、どこか恥ずかしそうに笑いながら、
「‥‥…うへ、やっぱり好きなのかもしれないな~。」
「‥‥‥‥‥‥。」
「‥‥‥…先生、ライ君。正直に話すよ。‥‥‥私は2年前から、変な奴らから提案を受けてた。」
「提案?」
「カイザーコーポレーション‥‥…提案というか、スカウトというか‥‥‥アビドスに入学した時からずっと、何回もね。」
「‥‥‥‥ゲヘナの風紀委員長が言っていた、要注意人物としてマークされていた頃。」
「そういえばついこの間もあったな‥‥‥‥私共の企業に所属していただければ、アビドスの借金を半分に減らすとかなんとか。あいつら、PMCの優秀な人材を集めているみたい。」
という事は、スカウトの内容にもよるが、半ば直観とあてずっぽうで言った、カイザーはホシノを警戒しているというのは、あながち間違いではないという事か。
「‥‥‥それって、ゲヘナの風紀委員会が来たときか?なんて答えた?」
アビドスとしては、破格の条件だろう。借金が半分になる。無くなる訳でないにしても、後輩たちやアビドスの事を思っているホシノならイエスと答えても、なんらおかしくはない。
「いやー断ったよ?誰から見ても破格の条件だけどさ。まあ、昔は私がいなくなったらアビドスは崩壊するって思ったからこそだけど。」
「ちなみに、その提案してきた人って?PMCの理事?」
「いや、何回かはいたけど……‥いつも違う奴が聞いて来る。正体は分からない…‥‥ただ、私は”黒服”って呼んでる。」
「‥‥‥‥それって、スーツ着たその…‥お化けか何かみたいな顔の?」
「‥‥‥‥‥!!なんでライ君が!?まさか…‥」
「違う違う!睨むなって!セリカが誘拐された夜、アビドスを歩いてた時に挨拶に来たとかで会ったんだよ!」
「え、何それ。私聞いてないんだけど。」
今度は先生がジト目で!?いやー、その、あはは‥‥‥‥。
「それどころじゃなかったでしょ‥‥‥‥すっかり忘れてましたけど。不気味な奴でした。」
「そうそう。何となくぞっとするっていうか…‥キヴォトス広しと言えども、ああいうタイプの奴は見た事がない。」
あの夜、反射的に向けた銃口が、手が震えたのを覚えている。今まで、ああいうのに合わなかったわけではないが‥‥…生理的に怖い。
「でも、特段問題を起こしたりはしなかったでしょ?カイザーの理事ですら、黒服の事は恐れているように見えたけど…‥‥‥。」
「‥‥‥‥てことは、あの退部届は…‥‥」
「お前、まさか…‥‥‥」
「‥‥‥‥まあ、1ミリも悩んでなかったって言ったら嘘だし。ちょっとした気の迷いっていうか。」
やっぱり、勝手にいなくなろうとしてたのか。
「‥‥‥‥ホシノ、」
「分かってるよ。‥‥‥‥‥うん、もう捨てちゃおっか。」
ホシノは先生から返された退部届をビリビリに破いてその辺に捨てた。
「うへ~、スッキリした。余計な誤解を招いてごめんね。ただ、こんな話をみんなにした所で、心配させるだけで良い事も何もなさそうだったからさ。」
「いや、オレが黒服にあったことをちゃんと言っていれば良かったんだ。ごめん、余計に悩ませて‥‥‥」
「いいんだよ。可愛い後輩たちにいつまでも隠し事をしたままっていうのも良くないし、そうだね‥‥‥‥‥明日、みんなにちゃんと話すよ。聞かされたところで困らせちゃうだけだろうけど、隠し事なんてないに越したことは無いだろうし。でも実際、あの提案を受けるほか無さそうではあるだけどね。」
「‥‥‥…きっと何か、方法があるはず。」
「‥‥‥‥先生。」
「‥‥‥‥そうだね、奇跡でも起きてくれれば良いんだけど‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥起こせるさ。」
「オレは、アビドスのみんなが、アビドス高校で一緒に笑える明日を、諦めない。」
「‥‥‥‥‥‥そっか。ありがと。‥‥‥‥・・・じゃあ、この話はおしまい!」
ホシノは一転してにこやかに手を叩く。余りに、
「じゃあ、また明日。先生、ライ君。
‥‥‥‥‥‥は?
背を向けてその場を去ろうとするホシノ。その背中が、かつてのある人に重なる。
ああ、駄目だ。行かせたら、もう、もどって来ないような気がする。
やめろ。
やめてくれ。
お願だから。
「ホシ_」
「ホシノ!!」
「な、何‥‥‥?」
ああ、なんていえばいい?こういう時どうすれば彼女は止まってくれる?
どう言っていれば、、あの人は戻ってきてくれた?
絞り出せ。
後悔させないように。
もどって来れるように。
勝手に、おいて行かせない様に。
「‥‥・・・っ!!オレは!!」
「オレは、シャーレの特別捜査部員だけど!オレは、お前らを仲間だって思ってるけど!‥‥‥‥‥でも、」
「‥‥‥‥‥‥?」
「アビドス高校の生徒じゃないから!あいつらが、一番信じてて、頼ってて、頼ってほしいのは、アビドス高校の小鳥遊ホシノだから!!‥‥‥‥‥だから!!」
何言ってんだよ、真道ライ。
お前に、そんな事言う資格なんてないだろ?
でも‥‥それでも、どうか‥‥‥。
「‥‥‥‥‥‥生徒の為のシャーレだから、」
「‥‥‥‥‥先生?」
「私が大人として、どうにかするから‥‥‥‥‥諦めないで欲しい‥‥‥‥!」
「‥‥‥‥‥うへへ。私、そんなに元気なさそうだったかな?」
「‥‥‥‥ああ。」
「‥‥‥うん、ありがとう。ライ君、先生。」
何か、納得するように
何処か、安心するように、
彼女は目を伏せ、微笑んだ
それは、オレが初めて見る、
小鳥遊ホシノの、心からの笑顔だった。
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ホシノを呆然と、見送る先生とオレ。
「‥‥‥‥‥‥。」
あれで良かったのだろうか?送っていけばよかっただろうか?
オレの中には、後悔の色が強くにじんでいた。
「‥‥‥‥‥‥先生、オレは‥‥‥」
「‥‥‥‥‥‥きっと、ホシノに伝わったと思うよ。ライの気持ち。」
先生がオレの左肩に肩をそっと置く。きっとオレは、他人の事を言えないくらい酷い顔をしていると思う。先生の顔も、苦虫を潰したようだが‥‥‥‥‥‥優しい顔だ。
「‥‥‥‥‥‥やれることを、やらないと。」
「‥‥‥‥そうだね。」
「‥‥‥‥‥先生、オレ‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥分かったよ。行ってらっしゃい。」
決して多くない言葉を交わして、アビドス校舎を飛び出す。
全力で走りながら、モモトークを開いて、通話ボタンをタップする。
「頼む‥‥‥出てくれ‥‥‥‥出てくれよ‥‥‥‥‥」
前にあった時、いつも徹夜になりがちだといっていた。なら、出るはず。電車はないけど、走っていける。頼む、どうか‥‥‥‥‥‥‥
「‥‥‥‥!!‥‥…もしもし!?‥‥‥‥ああ…‥‥それで‥‥‥‥‥‥ああ、うん、‥‥‥・え、マジで!?‥‥‥‥‥そう、急ぎで…‥‥ああ、お願いします!!」
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まだ日が昇り切っていない早朝。誰もいない、静かな教室をゆっくると見まわす。
あと数時間もすれば、みんな来るだろう。
「…‥‥・嘘、ついちゃうな…‥‥」
でも、大丈夫。先生も大人だけど、信用できるし、彼も強いから。
部外者なのに、あんなにアビドスの事を考えてくれて、一緒に頑張ってくれて……
短い間だったが、もうあの人たちへの疑いや不信は殆どない。
そっと、一つの封筒を机の上に置く。
「…‥‥‥‥あとは、よろしくお願いします。」
「…‥‥・・・ごめんね。」