「…‥‥すぅ‥‥すぅ‥‥‥ん、んんー‥‥…。」
自然な眩しさを感じて、意識がまどろみの底から徐々に覚めていく。
「‥‥‥‥あれ?‥‥確か、私、作戦考えてて…‥‥」
意識が落ちる前まで机でPCを使っていた記憶があるのに、自分がソファで横になっている事に疑問を覚える。それに、アビドスの夜は中々冷え込むのに余り寒気を感じないことにも違和感を覚えて、体をソファから起こすとある物が視界に入った。
「‥‥‥‥‥何これ?」
自分が動いたからなのか、床に落ちかけている黒いものが気になって手に取ってみると____
「これ、もしかして‥‥‥。」
ハーネスや金具こそないが間違いない。ライのコートだ。それがここにあるという事は、
「また抜け出してきたんだ‥‥‥。」
おそらく、また病院を抜け出してきて戻ってきたら眠っている私を見つけて、ソファまで運んで毛布代わりにコートを掛けてくれた、といった所だろうか。
彼の病院脱走は風紀委員会の時と合わせて、これで二回目。後遺症になるような怪我はなく、唯の疲れという話ではあったが、アルたちに運ばれてから僅か数時間で起きて抜けてきたことになるのだが…‥‥‥‥少しくらいは休んでほしかった。
他人の事は余り言えないし、気持ちも分かるのだが。彼とは少し、
ところで。
部屋の中に彼の姿はない。生命線であるコートがここにあるという事は、他の教室か何かで次の戦いの準備か何かをしているのだろう。
「‥‥‥‥…。」
手元のコートは、手触りが悪い訳ではないが良くもない。思いのほかずっしりとしていて、無数の傷痕や汚れ、縫い後が見受けられる。つい最近爆発に巻き込まれたりした為か、焦げ跡や穴が開く寸前の箇所もある。
「…‥‥‥‥‥‥。」
「…‥‥‥‥‥‥あ、先生。おはようござ______何してるんです?」
「‥‥‥‥‥何でもない。おはよう、ライ。何か、知らない間に色々してくれたみたいだね。ありがとう。」
「いえ。これからが山場ですから。しっかり休んでもらわないと彼女達が困ります。」
「困ると言えば……‥‥ねえ、病院はどうしたの?」
「‥‥‥‥‥退院してきました。」
「へえ‥‥‥‥アルたちが病院に連れて行ったのって、夕暮れ前だったはずだけど?」
「…‥‥‥‥。」
「なんで目を逸らすの?」
「その、状況から考えるとこっちの方が合理的‥‥‥‥」
「‥‥‥‥‥。」
「‥‥‥‥‥‥‥すみませんでした。」
__________
_______
_____
「‥‥‥‥ライも、黒服に会ったんだね。」
「ええ。ゲマトリアの存在とホシノの居場所について聞けたのは、結構良かったですけどね。」
先生の
「後は助けに行くだけ‥‥‥‥って言いたいんだけどね。」
「カイザーPMCの基地中央‥…‥‥要は敵地のど真ん中ですからね。ゴリアテも調整された機体があるでしょうし‥‥‥はっきり言って対策委員会だけじゃ無理です。どうにかなるとしても、ホシノが実験台にされる以上は、時間も掛けられない。」
あの不気味な奴がやる実験なんて絶対にロクな目にならない。本当の意味で手遅れになる可能性も十分にある。
「だからね、他の学校の生徒に助っ人を
「それは、シャーレとしての権限で?」
シャーレの数あるイカれた権限の一つに、所属・学籍によらず不特定多数の生徒の協力を仰ぐことが出来るというものがあるが‥‥‥、
「私はアビドスの力になって、ホシノを助けたい。でも、アビドスの皆も他の学校の皆も、生徒だからね。あくまで自分の意志で決めてほしいんだ。」
「…‥‥‥アビドスではなく、シャーレの先生個人としてお願いするんですね。それなら、アビドスが他の学校からコントロールされるかも、っていうホシノの政治的な懸念もどうにかなるるかもしれないですね。‥‥‥‥‥
それはそれで別の問題に発展したり、利用されそうだが…‥‥何より、
「‥‥‥…あくまでお願い。生徒の自主性に任せる‥‥‥‥‥確実性はないですね。」
「私は、生徒を信じるよ。」
「‥‥‥‥一応聞きますけど、誰も応じなかったらどうするんです?」
「私達と対策委員会だけで頑張るしかないね。」
‥‥‥‥この人目が本気だよ。本気でこれでカイザーからホシノ助ける気でいるよ。オレ、こんな人の同僚なの?こんな人の指揮下で戦ってたの?志は立派だし、先生としてはある意味正解何だろうけど…‥‥‥‥‥やっぱり戦う人ではないな。信じすぎだよ、色々。
「…‥‥‥‥‥まあ、今更か。」
そんな人への信頼が深まりつつある自分にため息が出てしまう。だが、嫌ではない。
経験上、こういう人は少しくらいいた方が良い。
こういう人の為に頑張るのも、またいいものだ。
「…‥‥‥まずは何処に行くんです?」
「んー…‥‥ゲヘナに行こうかな。」
ゲヘナか‥‥‥‥。風紀委員会の力が借りれれば戦力差は大分埋まるだろう。便利屋が敵わない、キヴォトス最強格だという空崎ヒナに手伝ってもらえれば……‥‥‥まあ、組織のトップだし、望み薄か。
「分かりました。行きましょう。」
「え、一緒に行くの?」
「え?だって先生戦えないじゃないですか?ゲヘナは滅茶苦茶物騒だってアルたちも言ってましたし…‥‥‥‥。」
「いざとなったらアロナがいるし、それに手伝ってくれるなら手分けした方が良いと思うよ。時間もないしね。」
それを言われるとな‥‥‥‥。いや、しかし…‥‥‥。
「…‥‥‥‥‥分かりました。オレはトリニティに行ってますから、何かあれば連絡してください。」
チナツに連絡して迎えの一人でも出してもらおう。いやゲヘナなら便利屋‥‥‥‥指名手配されてたな。やめておこう。
本当なら一緒に行くべきなんだろうが、
「分かった。じゃあ、急ごうか。」
同僚を、信じないとな。
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「‥‥‥‥‥‥って事なんだ。助けてくれヒフミ。」
トリニティ自治区に行って早々、幸運なこと我らが覆面水着団のリーダー”ファウスト”…‥‥もとい、ヒフミと会うことが出来たので、こうして事情を説明したのだが‥‥…思ってた反応と違う。
なんかこう‥‥”え、ええっ!?私がですか!?”みたいな反応かと思ったんだが、目の前の彼女は真剣な表情で何か考え事をしている。
「あ、あの…‥‥‥‥ヒフミさん?」
「…‥‥‥‥実は私、カイザーの件をティーパーティーにお伝えしに行こうと思っていたんです。」
「!!」
「ホシノさんは余りいい顔をされないかもしれませんけど‥‥‥でも私、やっぱりアビドスの皆さんの助けになりたいんです!」
「ヒフミ…‥‥…」
なんていい子なんだ‥‥‥‥きれいさっぱり忘れている選択肢もあっただろうに。
やめておけ、なんて言っていられる状況でもない。
ここは、彼女に頼らせてもらおう。
「…‥‥‥なあ、ヒフミ。オレも君と一緒にティーパーティーと会えたりって‥‥できない?」
「え?」
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「ヒフミって…‥‥‥結構凄い人?」
「え?何でですか?」
「いや、だってさ。お嬢様学校のトップと気軽に会える仲って…‥‥普通に考え難いんだけど。」
調べた所によると、ティーパーティーの空間に一般生徒が足を踏み入れることは殆どできないらしいが‥‥‥
モモトークしてるのかと思ったら、あっさり許可取れたっていうからびっくりした。まさか本当に会えるとは…‥‥。
「さあ……‥、ナギサ様は、何で私みたいな普通の人に‥‥‥」
そういえば、前にティーパーティーからの信頼云々的な事を言っていたな。気に入られてるんだろう。
ヒフミは人を引き付ける何かを持っているんだろう。優しいし献身的だし行動力あるし、知らないところで人気者になっているタイプなんだろう。オレとは全然違う。
にしても、トリニティの校舎凄いな。宮殿とかお屋敷って感じだし、
「ねえ、ヒフミさんの隣の人って…‥‥」
「殿方‥‥ですよね?」
「もしかして、噂のシャーレの方でしょうか?」
「結構カッコ良くない?」
「まさか‥‥‥ヒフミさんの‥‥‥!?」
「そ、そんなっ!?」
「え、お前そういう‥‥‥‥‥‥‥まあ、分かるけども。」
「‥‥‥‥‥‥ごめん。凄く目立ってる。」
「あ、あはは‥‥仕方ないですよ。男の人は滅多に見ませんから。」
「オレのせいで何かあったら、相談なり対応なり応じるから連絡してね?」
「私…‥‥ですか?ライさんではなくて?」
「おはようございます。阿慈谷ヒフミです。こちらは‥‥‥」
「連邦捜査部シャーレ、特別捜査部員の真道ライです。えーと、」
「大丈夫ですよ。お連れの方が来ることは存じています。どうぞ。」
品格と素材の良さを感じさせる扉の前で、警備と思われる生徒に身分証を魅せようとするが、ヒフミの連れと言う理由で普通に通される。なんかヒフミも割と来てる感じだし…‥‥本当に普通なのか?
…‥‥‥‥‥それは措いておいて。まずはやることやらないと。
「失礼します。」
ヒフミが扉を開けると、顔にそよ風と暖かな光を感じる。
数歩踏みだすと、そこはまるで宮殿の一角のようなベランダ。青空とどこか古風で芸術的な美を感じさせるトリニティの風景。
ふと紅茶の香りを感じた方を向くと、白い制服を着た陶磁器を思わせる綺麗な長髪の少女が椅子に座っていた。ティーカップを片手に目を細めて景色を見る姿は、大きな白い翼も相まって天使を思わせる。
「おはようございます、ナギサ様。」
ヒフミの声で視線がこちらに向けられる。
「ごきげんよう、ヒフミさん。」
ヒフミに挨拶して、ティーカップを置くと、今度はオレの方へ視線が向く。
内心慌てながら、コートの前を急いで占める。銃を抜かれると思わせてはいけないからな。
「ごきげんよう。私はトリニティ総合学園のホストを務めております、桐藤ナギサと申します。」
「‥‥‥‥初めまして。連邦捜査部シャーレの特別捜査部員、真道ライです。お忙しいところ、いきなりの来訪、申し訳ありません。」
…‥‥‥‥お嬢様への挨拶って、これでいいんだっけ?両手をそろえて背筋を伸ばし、30度の角度で頭を下げるっていうのは師匠に叩き込まれたから覚えてるんだけど‥‥‥‥。
「ふふふ。そんなに畏まらなくても大丈夫ですよ。お二人とも、どうぞお座りください。」
「‥‥‥ありがとう。こういうの慣れなくて…‥‥‥。」
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「‥‥‥‥‥。なるほど、ご説明ありがとうございます。ヒフミさんとライさんが仰っている事はよく分かりました。」
ホシノの懸念もあるので、アビドスの事は極力伏せながらカイザーの件を説明した。基本的な説明は信頼されているであろうヒフミに任せて、オレはその捕捉に徹した。
「
条約?片手間で見たニュースになんかあったな。エデン条約だったか?
「そこを何とか。カイザーPMCの存在は、間違いなくトリニティ‥‥いや、キヴォトスに良くない影響を及ぼす。‥‥‥‥‥‥頼む、この通りだ。」
「ら、ライさん!?」
席から立ってナギサに深く頭を下げる。詳しくは話していないが、ホシノのこれからが懸かっている。
「…‥‥‥‥頭を上げてください。」
「ナギサ様‥‥?」
「…‥‥‥あまり聞き流すことのできない話ですし、間違いなくシャーレには借りを作っておいた方がよさそうですからね…‥‥。」
「!!じゃあ‥‥‥!」
顔を上げると、色々と含んだ笑顔のナギサが答える。
「今回はちょっとした例外という事で。」
「な、ナギサ様‥‥‥ありがとうございます!」
「そうですね…‥‥‥‥確かちょうど、牽引式榴弾砲を扱う屋外授業の予定があったはずです。せっかくですし、
「屋外授業で‥‥…榴弾砲‥‥?」
ま、まあ‥‥お嬢様学校だし…‥‥いや、榴弾砲撃つ事自体おかしいだろ。
オレも順調にキヴォトスに染まっているようだ‥‥‥…。
「えっと、牽引式榴弾砲という事は‥‥‥L118の‥‥?」
「はい。他ならないヒフミさんですし、全てお任せします。細かい事は私の方で。」
スゴイ信頼だな‥‥それほどまでヒフミを信頼しているのか、ナギサの器が広いのか…‥‥
「愛は巡り巡るもの‥‥ヒフミさんがいつか私に愛をお返ししてくれる時を、楽しみにしていますね。ふふっ。」
「あ、あぅ…‥‥。」
‥‥‥‥どうやら偏愛のようだ。高貴な方のお考えはよく分からない。
「…‥‥‥‥頑張ってくれ、ヒフミ。」
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ペロロ愛好者とヒフミ偏愛者の協力が決まると、オレはお礼を約束して校舎を後にした。
その後は声の大きいスーパースターと閃光弾の自警活動に巻き込まれたり、通りすがったカフェでパフェを食べている正実を見かけたり、通り縋りの4人組にお勧めしてもらったお菓子をもってミレニアムのマイスター達にお礼と受け取りに行ったり。
色々な準備をして、迎えた翌日。
早朝のアビドス高校。上りだしたばかりの朝日に照らされながら、装備の点検や荷物の確認を行う少女達と青年。
「ん、準備完了。」
「補給も十分、おやつもたっぷり入れておきました!」
「こっちも準備ができたわ!睡眠もしっかりとったし、お腹もいっぱい!どっからでもかかってきなさい!」
「私の方も、アビドスの古い地図を全て最新化しておきました。先生に教えていただいた情報ですと、ホシノ先輩はカイザーPMCの第51地区の中央辺りにいるはずです。では、一番安全なルートで行きます!」
「‥‥‥‥ん、行こう。」
「自分で言った事を守れなかったんですから、お仕置きです!きちんと叱ってあげないと!」
「”おかえり”て言って、”ただいま”って言わせよう!」
「うん‥‥えっ!?何それ青春っぽい!!背筋がぞわっとする!」
「私はする。」
「え、え!?」
「セリカちゃんがしなくても、私もします!」
「えっ、ええっ!?」
「わ、私も。ちょっと恥ずかしいけど‥‥‥‥‥」
「か、勝手にして!私は絶対、そんな恥ずかしい事言わないから!!」
「じゃあ、オレが代わりに言おうかな。」
「嘘っ!?一番言わなそうなのに!?」
「青春、大切にしないと後悔するぞ?まあ、とにかくだ。‥‥‥‥‥‥絶対全員で帰るぞ。」
絶対に助けて、潰して、
「それでは、ホシノ先輩救出作戦‥‥…開始です!!」
皆で帰って来させる。