AI「死にます」僕「やめて」から始まる、英雄になるための物語   作:霧夢龍人

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歩みと老人

通路は静かだった。

壁の奥から伝わる鼓動がまるでこの場所が呼吸しているみたいで、気味が悪いほど生々しい。

僕の腹が鳴る音が、その中に混じった。

 

「……空腹、ですか」

 

イヴァの声は、いつも通り淡々としていた。

 

「この空間では、空腹感を錯覚することがあります。夢を喰らう構造体がそう設計されているためです」

 

「錯覚、ね……でも、お腹は減るんだ」

 

「人間は不便ですね」

 

「そういう君はAIだからお腹空かないの?羨ましいな」

 

イヴァは答えなかった。

 

そのまま歩みを進めると、通路の脇に何かが“いる”のが見える。影のような人影だ。

近づくとそれは……老人だった。

 

「……ひ、人か?」

 

掠れた声。今にも死んでしまいそうな土気色の顔。

ギョロリと窪んた眼光が僕を射貫き、骨ばった手がこちらに伸びる。でも何故だろう。

 

怖がりの僕だけど、何故か今は怖いと思わなかった。

 

「頼む……飯は、ないか……?」

 

老人のしわくちゃな唇から発せられた言葉に思わずポーチの中を探ると、小さな乾パンがひとつだけ出てきた。

 

魔性遺産は“異様にお腹が空く”らしい。それくらいは根無し草の僕でも、デヴォーカー達が街中で話しているのを聞いたことがあるから、知識として知っていた。

でも肝心の装備にお金を回したせいで、食料はあまり買えていない。

 

脳裏に浮かぶのは、ニヤニヤとした顔でレザーアーマーを買わせようとしたあの商売人。

 

……あー、無性に肩が温まってきた。

ぶっ飛ばすじゃ済まない。ぶっ潰す、ナニを。

 

「その食糧を渡すのですか?お腹がすいているのは貴方も同じなはずですが」

 

イヴァが逸れた思考を戻すように、淡々と告げる。

確かに残りの食糧はこれしかない。大事な食べ物を老人に渡すべきか、それともそのまま見捨てるべきか。

 

──迷ったけど、迷ってる時間のほうが嫌になった。

 

「……少しだけなら、あるよ」

 

半分を差し出すと、老人の目がわずかに光ったように見えた。震える手でそれを受け取り、口に含んだ瞬間、涙が溢れ出す。

 

壁を伝う雫のように、静かに落ちていった涙は通路の床を濡らし、老人がしっかり生きている人間だと自覚させる。

 

「……ははっ、夢みたいな味じゃなこりゃ。ありがとうよ、坊主」

 

すると、ここまで黙って見ていたイヴァが冷静に告げる。

彼女の翡翠の瞳が淡く光り、何かを分析しているのが分かった。

 

「なるほど、貴方は元デヴォーカーなのですね。高位反応を検知致しました」

 

「そうか、儂も有名になったものじゃ。少し懐かしいな」

 

その声は、どこか寂しげで、空気を震わせた。

 

「……もうずいぶん前の話じゃ。夢を喰らう腕が衰えてな。気づけばここで、空腹だけが生き残っとった」

 

「空腹だけが……?」

 

「そうじゃ。身体はもうとうに飢え死んどる。しかし、夢を喰らうために生かされておるのじゃ───魔性遺産が、わしを喰うためにな」

 

ぞくり、と背中を冷たいものが這った。

イヴァの表情は変わらない。だが、綺麗な翡翠の瞳が僅かに揺れた様な気がした。

 

魔性遺産が人を食べる?

まるでそんな、魔性遺産が生きているみたいな……それに、僕を救けたあの群れの存在もよく分からない。

 

魔性遺産とは希望と絶望が渦巻く世界。普通の人じゃ太刀打ちできないような異形が住み着き、それが自分の命を狙って襲ってくるという絶望。

でもその猛襲を打ち倒せば富と名声、力に女或るいは男の全てが手に入る。

 

故に人々は夢を抱き、挑み続けている。

 

それでも人は、夢を見る。

ここで死んでも、誰かが続きを掴む。

そんな世界だと、酒場の誰かが笑っていた。

 

つまりは、単純な話なんだ。

 

けれど今、僕の身の回りに起きていることはそんな単純明快な話じゃない。

 

まぁ学のない僕にとって、考えるのは無意味かもしれないけど。

 

「自己再生を伴う飢餓維持構造……興味深いですね。流石は母なる魔性遺産です」

 

「興味深い、ね……」

 

思わず呆れたように呟いた。そうだ、イヴァは敵でも味方でもない事を忘れていた。イヴァの言うことを信じるなら、あくまで彼女はただの観測者だ。

 

「なぁ坊主。夢を喰らうってのはな───“生きる”ってことじゃ。誰かの夢を喰らい、己の糧とし、頂きに立つ。じゃか“生かされる”のは……それとは違う」

 

「……」

 

「覚悟はあるか、坊主。誰かの夢を喰らって生きる覚悟が。もしお前さんにその覚悟があるなら───名を聞こう」

 

老人の言葉が、通路に染み込むように消えていった。

 

その瞳に宿るものは、後悔とも、安らぎとも違った。

長い夢の終わりを見た者の目。

 

間違いなく、この老人は何かを知っている。

ヨボヨボで骨と皮しかないような身体でも、底知れない力を感じた。

 

もし、そんな老人に名乗れるなら。

 

「僕の名前は───“リオリス”。リオって呼んでください、お爺さん」

 

こんなに名誉なことがあるだろうか。

 

「ちなみに私は“Emotionless Virtual Admi……」

 

「……お嬢さんの名前は聞いてないんじゃが」

 

「ごめんなさいごめんなさい。ちょっとイヴァは天然なんです」

 

思わずまた笑ってしまった。僕は一体、何度魔性遺産で笑えば気が済むんだろうか。

 

でも空気が少し和んだのを感じた。

 

イヴァは首を傾けて、なぜ僕が笑ったのか理解出来ていないみたいだ。

 

その首を傾ける仕草をやめて欲しい。

可愛いって思っちゃうから、そういう仕草にぐっと来ちゃうから!!!

 

「う、うむ。まぁいい。こんな別嬪なお嬢さんの名を知れたのも何かの縁じゃ。出口まで案内しよう。はぐれるなよ」

 

そう言ってお爺さんは足腰が覚束無いまま歩き出した。

骨と皮しかないように見えるのに、歩む速度は信じられないほど早くて、そして力強い。

 

僕とイヴァは小走りになりながらその背を追う。

 

「……だが、儂は外に出れば飢え死にじゃ。夢を喰えん者は、生きられんからな。それでも──お前らを案内してやろう」

 

追い掛けるのに夢中な僕は聞き取れなかった。

老人の言葉も、その真意も。

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