進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第16話 最前線での任務

─1─

 

849年。年が明けた冬、春の足音はまだ遠いものの、日照時間は確かに少しずつ長くなってきた頃のことだった。

 

 

「じゃあ、しばらくの間よろしくな!」

「はい!ハンネス隊長!」

「ハンネスさんでいい。」

 

ハンネスさんは快活に笑う。今日私は、トロスト区に来ている。一攫千金、とはいかないが、相応に値が弾む任務をこなすために。

壁の清掃と、壁にまとわりついている巨人の掃討が主な項目だ。午前中の現在は壁の内壁を掃除している。リフトで昇降を繰り返しながら、デッキブラシと水と洗剤で、地味に、かつ着実に壁の汚れを落としていく。安全帯は立体機動装置のワイヤーだ。

 

「しっかし訓練兵の段階でこの前線に来るとは、ずいぶん感心だな。」

「かなり待遇のいい募集要項がありましたからね。やらない手はありませんよ。」

「春、夏、秋は調査兵団が調査の前にある程度巨人を片付けるから、俺たちの出番が少なくて済んでいたが、冬季だけは各地の駐屯兵を募って、南側を集中的に掃討する恒例行事さ。大概すぐに枠が埋まるもんだがラッキーだったな。・・・お前、意外と現金な奴なのか?。」

「お金も欲しいのは本当ですけど、でも」

 

私は、伏し目がちになる。

 

「・・・どうした?」

 

ハンネスは心配そうにのぞき込んでくる。

 

「あと一年で、卒業ですから。」

「そうだったな。もう849年か。あいつらもあと一年か。」

 

(訓練だけで、本当に大丈夫なのか。)

 

その思いが、ずっとついて回っていた。確かにこれまで訓練で命を落とす訓練兵たちを幾人も看取ってきた、確かに成長していく自分の実力に手ごたえを感じることもあった。友柄と交わしていく言葉の数々も、彼らの真心を感じ取ることはできた。

それでも、

 

「何か、特別な贈り物でも上げられればいいんですけどね。訓練も大詰めで、中々機会が無くて。それと、ここで巨人と戦って、確かめたいんです。奥地で剣を振るってるだけで、本当に巨人に勝てる力を身に付けられたのかを。」

「・・・・・・。あんま難しいこと考えるなよ。」

 

ハンネスさんは、頭を掻きながら言う。

 

「不安なのはわかる。だがな、まずは訓練をきっちり全部こなしてからだ。卒業してすぐ最前線に放り込む方針の兵団はいねぇぞ。調査兵団も含めてな。悩むのはそれからでいいんじゃねぇか。それに、報酬目当てとはいえそれなりの危険が伴う任務だ。腕の立つ奴らが集まってるぜ。」

「そうでしょうか。」

「それに、巨人の掃討といっても、ほとんどは大砲によるものだからな。白刃戦は大砲が届かない側面のあたりだ。」

 

(あれ?全部大砲で片づけるのでは駄目なのか?)

 

「側面も線路上の大砲を動かせばいいのでは?真下にも砲撃できますし。」

「本部が予算のあれこれでうるさいのさ。砲弾もただじゃない。ブレードの元となる黒鉄竹とガスの元になる氷爆石は内地にたんまりあるが、火薬は各所に点在した採掘場から採ってきてる。が、鉱脈の比重がウォール・マリアに大きく・・・だとかなんとかな。技術班と調達班のお達しでさ。」

「それは・・・知りませんでした。」

「訓練地ではあんまり取り扱わねえだろ。この手の話題は兵士の士気や戦略に直結するものだからな。重要だが、同時に繊細な話題なのさ。」

 

確かに、兵法講義では戦闘にかかる予算の計上や各地の産出地の採掘量も教え込まれているが、現場ではそんな絡繰りがあったとは。

 

「砲術も立体機動ほどは点数の比重も大きくないだろ。あれも予算の都合があるのさ。砲術の訓練もあまり積極的に弾薬を消費しないよう手をまわしているのさ。」

「おいおい、隊長が現場の情報のお漏らしだなんてよ。」

 

隣のリフトから声がした。向けば刈り込んだ頭と同じ程度の顎鬚をたくわえた長身な男が、こっちを見ている。

 

「緩いのは小便のキレにしてくださいよ、ハンネスさん。」

「おいミタビ、言い方にも限度があるってもんだろ。」

 

そんな言い方をしながらも、ハンネスさんは大笑いしている。二人のいつものじゃれ合いなのだろう。

 

「訓練兵、口よりも手を動かすんだ。まだ午後には巨人の掃討と外壁の掃除もあるんだからな。」

 

声がした。だが、主は見当たらない。

周囲をキョロキョロと見まわすも、右隣のリフトには男二人が乗っている。今の声は明らかに女性のものだったが。

 

「おい、こっちだこっち。」

 

ハンネスさんがニヤニヤしながら、彼の左側を指す。私の死角になっていた左側。そこにメガネを掛けた、背の低い女性の兵士がせわしなくブラシを擦らせていた。いつの間にリフトに乗っていたんだろう。

 

「・・・お前、私のこと『小さいな。』と思っただろ。」

 

彼女はメガネを白くしながら問う。

 

「気づかなくてすみませんでした。何分ハンネスさんが死角になってたもので。」

「なにおう!」

「落ち着けよリコ。別に悪気があったわけじゃねえ。だろ、訓練兵。」

 

その通り。まったく悪気は無かった。

 

「・・・ふんっ。」

 

リコと呼ばれた駐屯兵は、そっぽを向いてブラシを振るう。同じリフトだから逃げ場が無く、なんともいたたまれない。

 

「メガネを掛けている兵士、初めて見ました。」

「おいおい、せっかく俺が取り持ったのによお。」

「・・・これは戦うために必要なものだ。訓練兵、君のいる訓練地にはメガネを掛けた兵士はいないのか?」

「いいえ。」

「そうか。・・・あわよくばより便利なものを持ってるあては無いか聞いたんだが、まあ仕方ない。」

 

リコさんは残念そうに肩を落とし、作業を続ける。

 

「さっきは大人げなく威圧してすまなかった。私はリコ。リコ・ブレツェンスカ。訓練兵、君の名前を聞いておこう。」

 

私は、自分の名前を名乗る。

 

「ああ。応募の名に見覚えがあるぞ。よく来てくれた。」

「お前あの態度で歓迎したつもりはねえだろ。」

「ミタビ、彼女は訓練兵に舐められないようにしただけだ。訓練兵、悪かったな。俺から謝らせてもらう。」

「いえ結構ですよ。上官が怖いのは訓練での叱責で思い知ってますから。」

「はっはっは。結構なことだ。俺はイアン。イアン・ディートリッヒ。」

「じゃあ俺も便乗するか。俺はミタビ・ヤルナッハ。リコとイアン同様、訓練兵時代からの腐れ縁だぜ。」

「喜べ訓練兵。俺達は駐屯兵団きっての精鋭さ。安心して活躍を見守っているといい。」

「ま、最前線なんだからいて当然なんだがな。椅子にふんぞり返ってる上様と違ってな。」

「・・・ハンネス隊長、けなしてるのか褒めてるのかどっちなんですか?」

 

怒涛の自己紹介に一息つきたくなった。手を動かしながら、私はハンネスさんに訊く。

 

 

 

 

「精鋭って言っても、聞いたことがありませんでした。」

「なんだ、風の噂でもか?」

ハンネスさんがとぼける。

「いえ、教本には書いてなかったもので。」

「うーむ。最前線で戦う連中までは教本には載せられないのかもな。こんな仕事だから、長く残っているわけでもあるまい。」

「駐屯兵団は確か、最上位の権力を持つのは、指令と呼ばれているんでしたよね?」

「その通り、ドット・ピクシス指令だ。ついでに、憲兵団はナイル・ドーク師団長。調査兵団はエルヴィン・スミス団長だな。」

 

教本の復習になった。まあ、このあたりは遊びのようなものだろう。単語を並べ立てているだけのこの感覚だが、なんだか少し楽しい。

 

「調査兵団は分隊長まで教本に載ってるんだっけ?少し羨ましいよ。」

「しょうがねえだろ。毎年人員に困らない俺達と違って、調査兵団は慢性的に人手不足だからな。入る人員よりも犠牲者が多い時もあるんだからよ。」

「プロモーションも兼ねてるってわけか。なあ、一足早く俺たちのことが知れたわけだが、訓練兵、お前はどこの兵団にするんだ?」

「調査兵団です。」

「ほう、そりゃどうしてだ?」

 

少し圧を感じる。しまった、忖度して駐屯兵団と言っておくべきだったか。いや、こればかりは嘘はつけない。私は、壁を見つめたまま、答え続ける。

 

「鎧の巨人を倒すためです。私の、両親の仇ですから。」

「そうか。なら、近いうちに見つけられるかもな。」

「イアンさん?それはどうして?」

「それはね、エルヴィン団長になってから、壁外調査の頻度が増したからなのさ。リヴァイが加入した年までに通算23回、エルヴィン団長の代から848年までなら34回。4年で11回も調査しているんだ。まあ、845年からは領土奪還のための調査だけど、これからどんどん増えていくよ。」

「へえ。でも、ヤツは私が倒したいんです。それまでには、何か倒すための手掛かりを探さないと。」

「うんうん。それで、今はどんなことができると思う?」

「それは・・・なるべく多くの兵士たちと交流を深めて、見地を広げる、でしょうか。」

「ふーん。ふふふーーーーん。今の訓練兵って、こんなに熱心に巨人の生態について調べようとしているんだねえ。いやー感心感心。」

「分隊長、いくら暇だからって訓練兵に絡むのはやめてください。」

「いえ、結構ですよ。ここに来たのは、前線の情報も欲しかったからなのは確かですし、分隊長なんてめったに話ができる訳じゃありませんから。・・・てあれ?」

 

話が弾んでいたが、分隊長という単語が聞こえ、思わず手が止まる。そして、視線を壁から右隣へと移す。そこには、メガネを掛けた兵士がひとり、こちらを満面の笑みで私をまじまじと観察している。黒の強い茶髪。リコさんじゃない。

 

「えっと・・・あなたは?」

 

いつの間に現れたのかわからなかった。

 

「まあまあこの際名前は良いじゃないか。これから巨人の生態についてとことん語り合おう!いやーこれはとんだ金の卵だよモブリット!」

 

そして、その分隊長とやらは、腕を絡ませて任務中の私を連れて行こうとする。抵抗するも物凄い力だ。踏ん張ってその場から動かない程度ならできる。

 

「おっ、やるね。」

「分隊長、『彼』は任務中です!無理な勧誘はやめてください!」

 

モブリットなる兵士は、私を分隊長から引き離し、壁の上へと立体機動した。

 

「ああっちょっとモブリット!・・・訓練兵!卒業したら必ず調査兵団に入るんだよ!待ってるからね!」

モブリットさんに担がれながら、両手を顔にそえ、大声で私に呼びかけながら、すぐに現れた分隊長は、またすぐに消えていった。

 

─2─

 

「・・・なんだったんですか、あの人?」

 

午前中の壁の掃除を終えた私達は、携帯食料による昼食を済ませ、午後の作業に取り掛かり始めていた。トロスト区の内壁全体に散って掃除を行っていた駐屯兵達も1時間半の内に外門の壁上に合流し、そこそこの大所帯になっていた。数にして、40人くらいか。

 

「アイツは調査兵団のハンジ・ゾエ分隊長だ。冬は壁外調査が無いからな。暇を持て余して前線まできたんだろう。」

「ああ。アイツは巨人が大好きな変人だからな。指令と混じって壁を見下ろしてる様は、まるで巨人でチェスでもやってるのかと思ったぜ。」

 

分隊長と言っていた。あれが分隊長。教本には名前しか載っていなかったが、あんな見た目だったとは。髪は手入れされていると言っては怪しいほどテカリがあった。

…いや、毎日水浴びをしたがる私の方が衛生的に厳しすぎるのだろうか。

 

「まあ、壁外調査の頻度については、俺達もあの分隊長程度の知識はある。新聞でも散々見るわけだからな。」

「駐屯兵団も調査兵団の動向が気になるものなんですか?」

「単に飽きるからだな。この兵団も、壁が破られた日から気を引き締めるようになったとはいえ、やることはそれ以前とさして変わらん。」

「ミタビの言う通り、この4年間でやって来たことは、この通り壁の点検と、壁に群がる巨人の掃討だ。絶えず可変する状況下で戦う調査兵団の連中には、実力がどうしても一歩劣るだろう。」

「だが安心しろ。今から片付ける程度の数なら、どうにでもなる。」

 

リコさんは、外壁の下を指差した。私が見下ろすと、大小様々な大きさの巨人がまばらに蠢いていた。およそ20体。蠢きながらも、奴らはこちらをしっかりと見上げている。爛々と目を輝かせ、早く食わせろと口は滔々とよだれを垂れ流す。

醜く、恐ろしい。

 

あの時から4年、久方ぶりに見る本物の巨人だった。

冷や汗が出る。動悸が早まり、呼吸が浅くなる。

だが、入団前の面接の時ほどじゃない。

 

「…ふぅ。」

 

浅く、だが長い一息を吐く。

 

「怖気づいたか?」

 

ハンネスさんが私の肩を軽く叩く。

 

「…はい。」

 

私は正直に答えた。

 

「なら正しい反応だな。」

 

イアンさんが言う。

 

「初めて巨人と対峙して怖がらない奴の方が少ない。安心しろ。この期間、訓練兵は大砲による砲撃だけをやってもらう。白刃戦は俺達駐屯兵がやる。」

「わかりました。」

 

励ましの言葉を受け、今一度立っている足場をダンッと踏みつける。

 

「まずは門に群がる巨人を大砲で一掃する。まずは拡散力のあるぶどう弾で手足を破壊し、その後に榴弾を使う。」

 

壁上の線路に乗ってやって来た大砲。外門を正中線に、鏡合わせに8門。

そのうちの1つに私は取り付く。2人で1つの大砲を受け持つ。ハンネスさんが私のサポートに付いた。

訓練で学んだ通り、大砲にぶどう弾を装塡していく。

 

「よし、出来たな。真下に撃つだけだ。やってみろ。」

「はい!」

 

着火。

押し合いへし合い、巨人はこちらを見上げている。

その群れの中へ、忘れずに耳を塞ぎ、一斉に発射。8門の大砲から、真下へとまばらに弾が飛んでいく。

次々と巨人の肉が弾けていく。頭はえぐれ、手足は吹き飛び、小型の巨人は珍妙な挙動で宙を舞う。

 

「やった!」

 

初めて巨人にダメージを与えた。この手によってではないが、それでも学んだ技術が活かされたのだ。

 

「次だ!榴弾装填開始!」

 

ハンネス隊長が指示を出す。

次は榴弾。小さな弾をまとめて発射するぶどう弾と異なり、一発の重厚な弾が榴弾だ。高い破壊力で確実にうなじを貫くための弾だ。

 

下方向に固定された大砲は、台座を適度な大きさにくりぬかれたくぼみに砲口を据えられており、左右を向けない。少しずつ、巨人のうなじが射線に入るのを待つ。

そして、

 

「いけっ!」

音とともに黒点は遠ざかり、巨人のうなじを貫いた。

巨人が力なく、その場に倒れた。

初めて、巨人を倒したのだ。

 

「やった、やったんだ!」

「そうだ訓練兵!お前がやったんだ!」

 

諸手を上げて喜び勇む私の姿が新鮮に見えるのか、駐屯兵達がこちらにパラパラと拍手を送ってくる。

 

「俺達が新兵だった頃を思い出すな。」

「ああ。ああして大喜びしたっけか。『私達でも奴らを倒せる』って。」

「よーし、訓練兵、どんどん撃て!俺達も続くぜ!」

「やっちまえ!」

 

先輩達が野次を飛ばしてくる。

 

(そうだった。彼らにとっては日常なんだっけ。)

 

まだ冬なのに顔が熱くなった。つい夢中になってしまった。

 

「なあに、恥ずかしがることはない。俺達もお前くらいの歳だったときには、同じように大喜びしたものなんだからよ。」

 

ハンネスさんは目元にしわを寄せて笑う。そこに嫌味や嘲りの感情はなかった。懐かしさと喜びの笑顔だった。

 

「…はい!」

 

引き続き砲撃を続け、確実に巨人の数を減らしていった。

 

─3─

 

砲撃の開始からおよそ2時間、門に集まっていた巨人は大方片付いた。あとは壁の側面に点在する巨人を掃討する作業が残っている。

 

「よし!残る巨人は6体だ。5人編成の班に別れ、白刃戦による掃討に移れ!そこの訓練兵含む残りの兵士10人は大砲4門による援護に回れ!」

 

予め決められていたであろう班に別れ、駐屯兵らは直線距離で最も近い巨人に向かえるよう、壁上を小走りで移動していく。

 

「実践を直接その目で見られる絶好の機会だ。しっかり覚えるんだよ。」

「わかりました!」

 

砲撃のため残った駐屯兵に念を押され、私は次に真下だけでなく、左右と遠景にも気を配る。さっきと違い砲口は水平に持ち上げられており、左右への旋回が可能になっている。

私が戦わないことには異存はなかった。巨人と戦う術を学んだとはいえ、実戦経験は全くない。身の程を弁えなければ。

駐屯兵達は、巨人が合流しないよう、班ごとに大きく距離をとって戦っていた。観察していくとわかる。

 

訓練と実戦は、様相が全く異なっていた。

 

私が普段相手している模型と違い、巨人は活発に動く。攻撃すると決め打ちした部位も、巨人がワイヤーの巻き取りや斬撃をただ待ってくれるハズもなく、打点が次々に移動していくのだ。もし私が戦うなら、と状況を仮定して観察するものの、目まぐるしく状況が変わるためか、自分が戦うイメージがうまく湧かない。

 

(こんなにも忙しないのか。)

 

経験豊富な駐屯兵でも、すぐに巨人を撃破することはなかった。巨人の手指、肘や腱を削ぐが、一撃で動きを止める者はいない。どうやら難航しているようだ。

大砲にいる相方の駐屯兵が私に指示する。

 

「よし、訓練兵、援護しろ!」

「了解!」

 

砲撃を始める前に、とある筒状の弾を単発式の銃に込め、空に向かって真上に発射する。音響弾である。信煙弾と同じ外見を持つが、異なるのは音を出すこと。至近距離で聞けば激しい耳鳴りが起こる程の大音量だ。

 

 

キィィィィン!

 

 

高い音色で周囲に響き渡る。

砲撃に巻き込まれないよう、白刃戦を行う駐屯兵に警告するためだ。

音を聞くと同時に、駐屯兵が一斉に離脱する。巨人に捕まった兵士はいないようだ。

 

「ぶどう弾、発射!」

 

4門の大砲から巨人一体に向けて一斉掃射。巨人の部位が削れる。駐屯兵らの積み重ねた攻撃に、砲撃による決定打。再び完全に再生される1分の間に、四肢を失い丸裸になった対象に、一斉に駐屯兵らが仕掛ける。その中に、先ほど話していた三人の精鋭のうち、一人が混じっていた。

イアンさんだ。

一撃でうなじを削ぎ取った。

 

「よし!次だ!他の班に支援を固めろ!」

 

 

聞こえた。

次の標的を定めるため騒ぐ駐屯兵らをよそに、

不意に何かが聞こえたのだ。

 

 

 

それが叫び声だと気づくよりも速く、私はに声のした方角を見つめていた。

兵士が一人、巨人に捕まっている。

いるはずのない、7体目の巨人に。

およそ3メートル級の巨人に、今か今かと頭を齧られようとしている。彼女は必死に抵抗しているが、膂力が巨人に敵う訳がない。

 

(索敵が取りこぼしたか?)

 

私以外の誰も気づいていなかった。

叫びだといったものの、その声量はとてつもなくか細く、私にしか聞き取れなかったのだろう。

 

(大砲を…いや、射角を合わせられない!間に合わない。)

 

「それなら!」

 

行かなくては。私は壁上から飛び出した。アンカーも刺さず、只ガスを全力で噴射して、空中で柄に刃を取り付ける。取り付け終えれば、噴射を止め、アンカーを最寄りの木に刺し、下向きの放物線を描く。

 

(急ぐんだ!)

 

この間、わずか3秒。

地面に激突して死なない程度に軌道を変え、両足のブーツの踵を大地に擦り付けて、更に加速する。

 

「うおおおおおおおお!!」

 

巨人は私に向かって右斜め前を向いて立っている。うなじを削ぐために軌道を変える時間は無い。一度食らいついた巨人の咬合力は簡単に人を再起不能にする。ならば、止めるべきは奴の顎だ。

 

両腕を同じ方向に、肘を曲げて切っ先を巨人へ向ける。ワイヤーを引き寄せる勢いを殺さぬまま、身をよじりながら巨人に突進した。

 

微小な回転を混ぜた私の突撃は、巨人の顎の腱に突き立った。小型の巨人だからか、私の突進の慣性に押され、転倒する。私はさらに遠くへ投げ出せるが、受け身を取り、対象を探す。

 

「ヴォォ!」

 

巨人は驚いたのか、捕まえていた駐屯兵から両手を放した。

 

「大丈夫ですか!」

 

私は巨人から目を逸らさず両手のブレードを突き刺したまま、背後に居よう駐屯兵に呼び掛ける。

 

「…う、うう…。あ。」

 

言葉はままならない。呂律もろくに回っていない。

 

「え…おえあ…おえ……あ。」

 

(なんでまともに喋れない?手足も・・・まさか、背骨を折られてしまったのか?)

 

巨人に握り潰されたと言うのか。

衝撃とともに、私の体が数メートル先に低く飛ぶ。巨人に振り払われたのだ。

 

「くそっ!」

 

駐屯兵に目を向けた刹那、虚を突かれたために柄から手を放してしまった。

ブレードと柄が刺さったまま、ゆっくりと巨人が起き上がってくる。間抜けにワイヤーが伸びて、馬のくつわと手綱のように私の腰に繋がっている。私は巨人より先に立ち上がる。そして逡巡する。

 

音響弾は予備の弾が無い。ワイヤーを切る道具も持っていない。逃げられない。剥き身のブレードを鞘から抜こうとするも、それではまともに握れない。刃を投げるのもまた同じ。助けが来るにはまだ時間が掛かる。ならば、無謀だがもう一度奴の体勢を崩して、柄を奪わなければならない。

 

(どうする…どうすれば。)

 

考えている内に、巨人は立ち上がった。

エサを待たされている犬のように、ハアハアと息を立てて、猫背になってこちらの様子を窺っている。

圧倒的な体格差。膂力の差。そして、戦うためにと食うために、という目的の差。

 

(体格の差…)

 

そうだ。近くで散々見てきたではないか。力でなく戦術で圧倒的な体格差を覆す、無敗の少女を。

構えた。彼女の見よう見まねの、不完全な構えを。拳を握り、両腕を顔の左右を守るように掲げ、利き足を軸足の半歩後ろに、踵は地面からわずかに上げておく。

 

「あ…あいを…?」

 

駐屯兵は、巨人から離れるように肩で這いずりながら問う。悲壮と涙に満ちた瞳で、ここから連れ出してくれと嘆願するように、私に問うた。その瞳は、何もできなかった、845年に己の無力を呪った誰かによく似ていた。

 

「大丈夫です。貴方を助ける。そのためにここに居るんですから。」

 

巨人は私の声に反応してか、両腕を前に真っ直ぐ突っ込んでくる。

 

(まだだ。)

 

奴の腕に鷲掴まれるまで、1秒か。

引き付けなければ。最大の威力を出すためには、まだ近づいてもらわなければ。

 

呼吸が深くなる。

 

一瞬が永遠かのように感じられる。私は瞬きもせず、あの薄く、爛々と光る瞳を見据える。奴の頭は前傾し、体重は前へとかかってゆく。一歩は大きく、地面を強く踏みしめ、倒れる草花とで巨人が全身の体重を掛けるのを見届けた。

それを見るが早いか。

 

私の利き足は風切り音も立てぬ内に、巨人の脛を打ち抜き、奴を転がした。

元より人間の膂力で巨人の骨を砕けるとは思っていない。だが、奴が上下に向ける力のベクトルに横やりを入れるくらいなら出来る。そして、教本にて今年度から新しく加えられた頁を私は覚えていた。

 

『巨人の体は、想像以上に軽い。』

 

「がああああああ!!!」

 

恐怖を雄叫びで叩き潰し、四つ足の獣のような姿勢で巨人に飛びかかり、ブレードを置き去りに柄だけを抜き去る。

目的は忘れていない。駐屯兵の救出。

 

即座に左手で立体機動を開始し、腹這いになった駐屯兵を低空で右手に捕まえる。私はそのまま離脱を図った。

 

(いける!普段の立体機動なら、人一人運ぶくらいなら!)

 

人間が人一人担げるのは、担がれる人間が自身の体重の配分を無意識に振り分けているからである。訓練の時も、適切な体重の配分を、相方は見極めてくれていたのだ。

 

脊椎を折られ、ほぼ脱力した人間に、無意識な配慮を求めることこそ迂闊だった。

 

「ぐっ!!」

 

私の体は右に大きく傾き、仕損じて地面を転がる。

わずか後方に置いていかれた駐屯兵が、追い付かれた巨人に左足を掴まれる。

 

(まずい。)

 

速く向かわなくては。戦わなくては。

巨人は明らかに苛立っていた。普段ののろい動作とうって変わり、すぐに彼女の頭を噛み砕こうとする。

 

「やめろ…やめろ!!」

 

私は叫び、アンカーを飛ばす。

 

(駄目だ。巻き取りが間に合わない!)

 

「そこまでだあああ!!」

 

巨人の背後を一閃が走り抜ける。そして、巨人は倒れた。

軌跡の後には、地に染まった眼鏡を袖で拭う、リコ・ブレツェンスカが立っていた。

 

─4─

 

リコさんが私を救助した時点で、巨人の数は残り3体。その内2体は東にいる私たちとは反対の方角におり、こちらまでは襲ってこないだろう。

だが、負傷兵を運ぶには、まだあと1体、巨人が東に残っていた。私は巨人を1体素通りして、負傷兵を救助したのだ。

 

「視野が狭いな、訓練兵。」

「すみません、リコさん。」

「まだ謝る時じゃない。私たちの進行方向にいる奴は、今イアンとミタビ達が当たっている。私たちはこのまま、奴に気づかれないよう、壁に向かう。」

 

およそ200メートル先にいるのは、14メートル級の大型。そいつをイアンさん、ミタビさんを含めた6人で交戦していた。

負傷兵の衰弱を防ぐため、先ほどのような立体機動は行わず、徒歩で壁に向かう。リフトは、西側にある。

 

「西側は大方片付いた。なら、もうじき増援が追いつくはずだ。」

 

私は前から負傷兵を抱え、リコさんは私の護衛に付いている。立体物確保のため、壁に沿って歩く。射角を考えても、大砲の援護は期待できない。

 

そして、歩みは遅い。人一人運ぶ訓練くらいは訓練地で散々やってきたのに、いざ実践に放り込まれた今では、それまでの筋力はどこへやら。情けなくも走るには相応の息の上がりを見せなければならなかった。

 

先ほど私が跳ばしてきた距離だとは思えないほどに、壁が遠く感じられた。気持ちが逸る。

だが、目的を間違えてはいけない。

 

これ以上の悪化を防ぎながら、彼女を無事に壁まで送り届ける。これが最重要なのだ。

幸い、奴はまだこちらに気付いていない。

イアンさんらが空中で私たちを補足したのか、巨人の視線を誘導し、確実に壁から引き離してくれている。

このまま遅々とした歩みでも、確実に救助できるはずだった。

 

 

その時だった。

 

 

巨人が、バッとこちらを振り返ったのだ。寸分の誤差もなく、私たちを睨みつけている。

そして、奴はイアンさんらを無視して、まっしぐらに私たちに向かって走ってきた。ドスドスと下品な音を立てながら、砂塵がこちらへ向かってくる。

 

「・・・は?」

 

リコさんは、動揺を隠せていなかった。いいや、私も、イアンさんも、あの場にいた兵士誰もが、この瞬間に当惑したのだ。

なぜだ。こちらは3人。向こうは6人。教本の通りならば巨人は、人数が多い方へ向かうはずなのに。

 

「視界にも全く入っていないのに、なんで・・・」

「奇行種か!クソっ!訓練兵、早く行け!私が迎え撃つ!」

 

リコさんが叫び、半身を壁に向けてアンカーを飛ばし、すぐに高度を14メートル級の目線と同じ個所まで体を引き上げる。

依然私は地上にいるまま、壁に向かって走る。

巨人はリコさんを無視し、私を追って来る。

 

「無視とはいい度胸だな!」

リコさんが巨人の眼前を一閃。標的の目を潰した。

「リコ、加勢するぞ!」

「ああ!」

 

イアンさんがリコさんと同じ高度に飛ぶ。

 

「進む方向が分かってるなら、狙いは簡単だぜ!」

ミタビさんは巨人の腰にアンカーを刺し、低空からガスを噴出して足の腱を削ぐ。

「今だ!やれ!」

 

巨人は両目を手で覆いながら、私がいるであろう方角へ千鳥足で向かうが、その甲斐も阻止される。

リコさんとイアン、左右から同時に叩き込まれた斬撃により、巨人はうなじを吹き飛ばされた。

これにて、壁の周囲にいる巨人どもは一掃された。

 

駐屯兵団。その精鋭達の息を呑む連携に、私はただ圧倒された。

訓練兵達とは天地も差があるかのような、旋風のような連続攻撃。

 

(調査兵団に後れをとるだって・・・とんでもない。)

 

訓練では見られない、実地で培われた刃だった。

 

 

ーーーーー

 

ハンネスさんは遠目から、私が説教されているのを頭を掻きながら見ていた。イアンさん達は先に壁上で状況の報告を行っていた。

まだ壁をリフトで昇っている最中のリコさんが、負傷した駐屯兵を背負った私を問い詰める。

 

「さて、訓練兵。なぜ単独行動をとったか聞かせてもらおうか。」

「私でなければ、間に合わないと思ったからです。近辺の兵士は気付いておらず、大砲の角度も向けられない場所で、彼女は巨人に捕まっていました。」

「私とて兵士だが、単独で巨人に勝てるなど自惚れちゃいない。戦況は絶えず過酷なのだ。今回もそうだ。なぜそれがわからない?」

「それでも、みすみす見殺しにはできませんでした。仲間と力を合わせなければ勝てないと、訓練地では学びましたから。その仲間の欠損こそ、複数人の連携を重視する、兵団の存在意義ならば、救命もまた優先されることの筈です。」

 

リコさんは眼鏡の位置を正し、怒気を強めて言う。

 

「いいか訓練兵。死傷者が出るのは日常茶飯事だ。それでも私は別に仲間を見捨ててまで勝つことを優先するような冷酷な人間ではない。だが、私たち兵士は相応の覚悟を以て戦っている。そのうえで訊くのだ。なぜ、我々の命令を無視してまで、未だ未熟な技術を他者のために使おうとしたのかを訊いている。」

「・・・それでも、守るべきは市民だけじゃないでしょう。兵士だって、戦えない者には助けられる権利があるはずです。」

「反論になっていない。」

「おーいリコ、そっち片付いたか?」

 

ハンネスさんが下りてきた。

 

「訓練兵、ご苦労だった。そっちのを助けたんだな。」

「ハンネス隊長、『彼』は命令に背き、単独行動を執ったのですから、労うのは後にしてください。」

「んなこといったって、ソイツが助かったのは事実だ。大活躍じゃねえか。」

「ですが!」

「お前さん、わかったと思うが、こいつは少し頭が固い。まあ優秀な奴ほどしっかり規則を守るからな。だが、いろんな奴がいるからこそ、俺達兵士は強くなれる。俺はそう思ってる。」

「・・・はあ。」

リコさんはペースを乱されたようで、溜息を吐いた。

「生意気だぜ、ガキ。だが、お前は確かに人を助けたんだ。」

リフトが頂上に着きそうだからか、ミタビさんが壁上から呼びかける。

 

「ミタビ、お前まで。」

「リコ、お前だってわかってるだろ。人を助けたい、壁の中で暮らす連中を守りたいって気持ちは、お前も同じだろ?」

「それはそうだが、今回の訓練兵の行動は目に余る。むざむざ命を投げ出させるのは、先輩としての名折れだ。」

「リコさん?」

 

(先輩としての名折れ?私の行動を咎めるためじゃないのか?)

 

「訓練兵。新聞では頻繁に調査兵団の死者数がどうとか、頻繁に載ってるのは知ってるよな?」

 

気付けば、イアンさんも会話に加わっていた。

 

「はい。」

「俺達も命を賭して戦っているのは確かだが、報道が望むのは、その紙の売り上げさ。んで、そのために最も効率的なのは、市民の感情を煽ることだ。市民にとって煽情的な報道は、やはり調査兵団の進退の如何だ。俺達がいるからこそ、壁の周囲の安全は守られているってのにな。」

「はい。」

「兵団も規模も違えど、俺達も大勢人を失っている。先輩や後輩、同期問わずな。・・・別に調査兵団が妬ましいとかじゃない。兵士になれば、途端に死が軽んじられるのはおかしい、ってことさ。」

「・・・私は、シガンシナ区にいました。」

「ああ、書面で分かっている。」

「だから、やっぱり誰にも死んでほしくないんです。あの時、何もできなかった自分を駐屯兵が助けてくれなかったら、私はここにはいませんから。あの人は『そのためにここにいる』と言っていたんです。『誰にも死んでほしくない』・・・この思いは、やはり兵士になるには不必要な感情に過ぎないのでしょうか。」

「・・・お前は、俺達の錆びついたプライドを醒ましてくれたんだ。『仕方がない』、『兵士だから当然だ』・・・。そんな言葉は飽きるほど浴びせられてきたからな。俺もお前と気持ちは同じだ。」

 

イアンさんは、固く呟く。兵士になっても、前線に立っても、気持ちは同じはずだと、彼は言ってくれた。

 

「ああ。人が死ぬのに大義がなきゃ駄目だなんてあんまりだ。死なねぇように身を守るのだって立派な務めだろ。」

 

ミタビさんが続く。

 

「ほらリコ。お前もなんか言ってやれ。」

 

リコさんは二人に話の主導権を握られていたが、数度の瞬きの後、私に言う。

 

「・・・訓練兵。本音を言わせてもらうが、私はお前の行動を高く評価はしない。無駄死にはやめてもらいたいからな。・・・だがその信念だけは捨てるな。信念に見合う力を付けてから、行動を起こせ。いいな?」

「はい!」

「誰にも死んでほしくない、か。・・・ここにいる以上無理な願いだが、私もその願いを捨てたわけではない。今回は不覚を取ったが、次からは私たちを頼れ。たとえ間に合わなくなるとしても、同時に君を失うよりは、まだ可能性はあるんだからな。」

「わかりました。今回は軽率な行動につき、誠に、申し訳ありませんでした。」

 

私は駐屯兵らに、深々と頭を下げる。謝罪と感謝、二つの意を込めて。残り数か月、週末に行われるこの任務で、信念を忘れるほどに日常に立ち向かい続ける無数の兵士たちに、敬意と畏れを示すために。

 

負傷兵は、担架に乗せられて運ばれていく。彼女は泣いていた。だが、表情はとても安らかだった。助けたことは間違っていなかったと、私は信じている。

 

 

 

夕日をあとに、私たちは宿へ帰った。駐屯兵らを屯所まで送り、そのあと、一人訓練地の宿舎に馬を走らせる。もう壁に阻まれて見えなくなった夕陽は少しずつ、その円を地平線へと隠してゆく。

 

”そのためにここにいる!”

 

あの時、私を助けてくれた駐屯兵のことをまた思いだした。顔も声も、もう忘れかけている、あの兵士のことを。

『彼』は勇敢な兵士だった。もしかすると『彼』は、あの時、壁が破られるまでは、何も真新しいこともない、平和を謳歌していた能天気な兵士の一人だったのかもしれない。

 

それでも、あの言葉は、今日の私を突き動かしてくれた。あれから時が経って、何かをなせるかもしれないと、希望を抱かせてくれたその言葉に、

 

「ありがとうございます。」

 

星空を見上げて、私は届かない敬礼を、その名もなき兵士に送った。

 

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