進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第17話 中つ日々の緩み

─1─

 

849年の春。朝、訓練が始まる少し前、私は兵舎の外で手紙を書いていた。朝に起きて何かしら書くのは、私の習慣になっていた。手紙はその習慣に取り上げた題材の一つだ。普段なら講義の復習や、手記に悲喜交々を書いている。椅子と机は教室から拝借して。

 

手紙はマルロとヒッチ、ドーク師団長に、現在でも通っている診療所など、顔を合わせるのが難しい人たちや、お世話になった人たちに送っていたが、今はハンネスさんに向けて、訓練でどんなことがあったのかを書いている。この数ヶ月の間、毎週末にトロスト区での任務にて、相当に助けられたから、そのお礼も兼ねてのものだ。あとは、任務の期間で提案した、ある設備についての進捗を返事で受けとるためにも。

 

子どもの頃に、一度宿題を当日の朝に仕上げようとして、それから学校に向かった日があった。結局すべて回答できないまま提出し、先生から叱られたものの、その日一日は授業がとてもすんなりと頭に入ったことを覚えている。怒られたから気を引き締めたわけではないだろうと考えたかった私は、翌日宿題を終わらせた上で、朝にいろいろと書きなぐってみたのだ。

 

思い返せばまとまりなどない、とっ散らかった内容を書いていたものだが、そうした時には、やはり残り一日の物覚えがとても良かったのだ。

 

その体験から、私はシガンシナにいたあの頃から、手記に懸命に書き記すようになったのである。

そして、15になる現在まで、空白期間はあったものの、この習慣を続けている。

 

とはいえ、この三年間も様々な刺激があったとはいえ、書くものが段々と代わり映えの無いものになってきていた。やれサシャとコニーが馬鹿をやってるだの、ダズが年上に見えていたが実は同い年だっただの、いかにミカサやライナーが訓練兵たちの頼もしい存在であるかだの、訓練地という同じ場所で固定された面々で日々を続けているからか、大きなネタがそうそう舞い込んでくることはない。

 

兵士でなければネタがたんまりなのか、と言われればそうではないのだろうと思ってはいるが、仇を討つためにここに来たことを思えば、兵士でなければどうなっていたかなんて、考える理由もなかった。

 

私がトロスト区で救出した駐屯兵は、クリスタが働いている診療所に搬送されていた。彼女の容態は安定しており、覚醒して食事を摂ったりはできるものの、深刻な後遺症が残っていた。やはり脊椎を損傷し、手足を動かせなくなっていた。給仕が彼女を気遣って慎重にスプーンを口元へ持っていく様は、とてつもなく痛ましかった。

 

過去に巨人との戦いで再起不能な怪我を負った兵士はクリスタの手伝いで見てきたが、自分が干渉したものであれば、その重圧は異なる。助けられなかった申し訳なさが頭を占有する。

 

私は彼女を助けた後の任務の日々では、駐屯兵の言い付けを守り、白刃戦には参加せず、大砲による支援のみに留めた。救援のために突撃するような果敢さは押さえられた。

 

というより、そんな無謀は出来なくなった、という方が正しい。

もしかすると、私がああなっていたかもしれないのだ。

たまたま格闘術を活かせる体格の巨人で、たまたま援護が間に合ったから出来た無謀な行為だったのだと、私は噛み締めた。

あの駐屯兵のような勇気は、まだ出せる実力を持っていないなら後にしよう。

 

 

 

「よう、何書いてんだ?」

 

背後から低い声がする。振り返ると、恵まれた体格を持つ男が一人、立っていた。

ライナーだった。

 

「珍しく早起きか?いつもはまだ寝てる時間じゃないか?」

「ああ。実は手紙を書いてて。」

「ほう。いつもの手記じゃないんだな。」

 

隣いいか、と彼は訊き、私は二つ返事で快諾した。

 

「うん。お世話になった人たちに書いていたんだ。」

「もしかして体験訓練の時のあれも書いていたのか?」

「そう。憲兵団のドーク師団長にも、別の訓練地のマルロ、ヒッチにも書いてたんだ。今日は宛先が違うけどね。」

「ほう、随分律儀だな。俺は帰ってからお礼状を書いてからそれっきりだったな。・・・俺も書いてみるか。」

 

ライナーは当時を思い出したのか、上を見上げて身につまされたかのように頭を掻く。

 

「もう相当間隔が開いちゃってるんだろう?今書いてもびっくりさせちゃうんじゃない?」

「・・・そうだな。俺はあの時駐屯兵団で体験訓練をこなしたんだが、訓練地での噂が知られてたんだか、もう滅茶苦茶に頼られてな。」

「やっぱりそうだったんだ。もしかして、まんざらでも無かったのか?」

 

私たちに頼られるライナーは、信頼されていることに喜びを感じてはいるようだが、場所が変わってもひっきりなしに頼られては、疲れてしまわないだろうか。

 

「いいや、そんなことはない。」

「じゃあ私たちが頼るのも迷惑?」

「意地悪いなお前。」

「ははっ。まあね。」

 

冗談はさておき、彼が私よりも早起きである理由を聞きたかった。

 

「俺はアルミンの鍛練に付き合ってたんだが、アイツは疲れて休みに戻った。」

 

今日は私よりももっと早く起きてる人がいたようだ。アルミンは皆に置いていかれないようにと、ここ二年ほど訓練の時間外でも修練を続けていた。一度、私が彼に訊いたことがある。根を詰めすぎたら体の回復が追い付かないから休むべきではないか、と。

 

しかし、アルミンは足を引っ張りたくないから、と、その一点張りであり、その意志の強さを鑑みて、私は不安ながらも彼を見守ることにした。

 

「アルミン、個人で別に鍛練を始めたばかりの時は、本人には悪いけど危なっかしかったね。」

「ああ。割りとすぐにへばってたな。だが毎日続けるにつれて、アイツの鍛練に付き合う奴が現れてたな。」

「うん。最初はトーマスだったか。」

「『アルミンに体力で負けたとあっちゃあ、なんにも勝てる箇所が無いよ!』って言ってたな。随分ひどい動機だった。だが、そんな動機じゃなくとも、アルミンの鍛練に付き合う顔ぶれがドンドン増えていってたな。」

 

一度に大勢加わることは無かったが、顔ぶれは変わり続け、私も加わり、気づけば訓練地にいる兵士のほぼ全員が、アルミンの鍛練に付き合っていた。

 

「アルミンは人を惹き付ける力があるんだろうね。」

 

私はしみじみと彼の努力を思い出していた。じんわりと胸の辺りが熱くなる。

 

「…いや、実は俺は理由が違う。」

 

ライナーは眉間に皺を寄せる。

 

「え?何か別に理由があったのか?」

「ああ。アイツは……。」

 

ライナーは言い淀むが、結局言った。

 

「アイツは…たまに訓練地で行き倒れてるんだ。」

 

私は大きな音を立てて、椅子から転げ落ちた。深刻な貌をする彼と、展開の落差についたまげてしまった。

 

「深刻なのは分かったけど、そんなこの世の終わりみたいな顔しなくても。」

 

私は椅子の位置を戻して座り直し、苦笑するも、ライナーの表情は変わらない。

 

「いいや、一大事だろ。誰かが付いていなきゃ、訓練地でも類を見ない死にかたをすることになるんだぜ?誰であろうと付いてくだろそりゃ。」

 

なんだ。みんながアルミンの鍛練に付き合う理由は方便だったんだ。行き倒れたアルミンを回収するために付き添っていただけだったなんて。

 

「尤もらしい理由なのが上手く作用したからか、アルミンは全く疑わずに信じてたな。本当に悪いことをした。」

 

確かに、私がアルミンに付き添うと言ったとき、彼が浮かべた笑顔は凄まじく眩しかった。あれ程の笑顔を、付き添うと言い出した相手に毎度毎度振り撒いていたというのか。

 

「というか、お前は気づかなかったのかよ。」

「全く。格闘訓練とか立体機動とか、アルミンと被る訓練はしてなかったんだろうな。」

「そうか。まあ、俺の負担軽減もかねて、あいつを時折見てやれよ。」

「ああ。わかった。皆の兄貴分の君を手伝えるのなら喜んで。」

「おう。ありがとな。」

 

私はまた手紙に戻ったが、ライナーはすぐにまた言葉を続ける。

 

「そういやお前、週末トロスト区にいたろ?」

 

 

 

私の万年筆が止まる。見つかってしまった。可能性はゼロでないにせよ、同期にバレてしまった。抜け駆けだと思うだろうか。

ライナーの表情を窺うが、別に危険に身を投じたことを責めている訳でも、高い報酬を得た私を妬んでいる訳でも無さそうだった。

 

「観念する。確かに私は、週末に駐屯兵団の皆と一緒に前線で戦った。・・・だけど、なんでライナーはそれを知ってるんだ?」

 

「前線の視察がてら応募したんだが、残念ながら落選してな。で、駐屯兵どもの間で任務に当たった訓練兵が大活躍したって噂が立った。一体どんな奴なんだか面を拝みに行けば、お前が壁上で大砲をブッ放してたんだから驚いたぜ。」

 

しまった。誰にも話していなかった筈なのに、下から見られることは考えていなかった。

最前線であるトロスト区は危険だが、商会が拠点にいる。豊富な物質の流通もまたトロスト区で行われているのだ。兵士達も積極的に使うあの区で、訓練兵が紛れていることもなくはないだろう。

 

「…誰かに話した?」

「いいや。俺が一人で馬を走らせて見に来ただけだ。理由でもない限りトロスト区に行く奴はいねぇと思うし、多分大丈夫だろ。・・・お前はなんであれに応募したんだ?」

 

兄貴分の前で、嘘を吐ける者はそういまい。

 

「君の前では嘘は吐けないな。報酬が多いのは勿論なんだけど、試したかったんだ。私がどこまで戦えるのかを。」

「ほう。やはり不安か?」

「そりゃまあ。ここじゃ模型を切り続けるだけだし。どうも現実味が薄いというか・・・。これまで怖かったはずなのに、その怖さが無いと、どんどん何かが置いて行かれるような気がしていたんだ。」

「巨人へのへの恐怖が無いと、強くなれた気がしない、か。」

「そう。多分そうなんだ。」

 

私は、雪中行軍でユミルの涙を見た。これほどにクリスタを、大切なものを喪うことを恐れた彼女に対して、私はそこまで悲しんでいなかった。入れ込み具合が違うから当然なのかもしれない。でも、果たしてそれが正しいのか。父と母を喪って悲しかった、私のあの気持ちはどうなる?

 

訓練兵という現実から離れた立場で、感情が麻痺していくのではないか、という恐れが私にはあった。内地での勤務や診療所での手伝いもまた現実なのだが。前線で起こっていることから目を背けることが、やがて兵士として立つその日に、私は備えられるのか。

 

その不安を、ライナーに話した。

 

「お前の言うことは一理ある。けどな、目の前のやることをしっかりやってから心配した方がいいだろ。」

「・・・それはわかるけど・・・。」

「前に言ってなかったか。俺がここに来た理由はお前と同じだ。帰れなくなった故郷に帰る。俺の中にあるのはこれだけだ。」

 

ライナーは私を睨む。眉骨が大きいから、目元の影が露骨に大きくなる。

 

「あまり根を詰めすぎるな。エレンもお前も。戦地に出る前に死んじまうぞ。俺だって疲れることもあるし、優秀だからって安心できないって俺もわかってる。だがな、焦っちゃいけねえ。わかったか?」

 

そう言った彼は、白いマグカップを机に置いた。贈り物の類いではない。中身は黒い液体で満たされており、湯気が立っていた。初めて見る飲み物だ。マグに入れていなければ飲み物と気づかなかっただろう。

 

「なにこれ?ペンキ?」

「嗅いでみろ。」

 

恐る恐る鼻を近づけ、数度短く香りを嗅ぐ。

(燻したような…不思議な匂いだ。)

それまでの人生で嗅いだことのない、芳醇な香りだった。

 

「これって?」

「ここだけの話だが、あまり流通してないブツでな。たまたま手に入ったからお前に少し分けてやる。」

 

ライナーは冗談も真面目に言う。

 

「なんで私に?」

「要所でよく飲んでいれば、少しは礼を返したくもなるさ。」

 

彼は、覚えてくれていた。私は命を救ってもらっている。釣り合わないだろうが、彼の礼を無下にする道理は無かった。

 

「それなら、お言葉に甘えて。ありがとう、ライナー。」

温かい苦みが、喉の奥へと流れ落ちていく。苦みにびっくりして、早くに飲み干してしまった。ライナーも少しすする。

「実戦じゃ先を越されちまったみてぇだが、負けるつもりはないからな。」

 

(負ける?なんのことやら。)

 

「負けられないのは私も同じだ。ライナーには、いつも皆助けられてるから。」

 

勝てると本気で思っていないとか、内心の謙遜は程々に治める。わかった筈だ。前線での巨人の恐ろしさを。彼らに勝つつもりで臨まないと、奴らに刃が届くことはない。

少しわかりにくかったが、ライナーは、私を励ましてくれたのだろう。

 

「ライナーには教えるけど、駐屯兵団の精鋭達、凄く強かったんだ。私たちでは相手にならないくらいに。だから、負けない。ここで私は、もっともっと強くなる。」

「ああ。」

「ライナー!こんなところにいたのか!」

「ふあぁ・・・。お、お前も起きてたのか。そろそろ朝食だろ。食堂行こうぜ。」

 

ベルトルトとコニーが来ていた。話し込んでいるうちに、もう皆が起きだす時間になっていた。

 

「おい、お前ら何飲んでんだ?まさかペンキか?ライナーの強さの秘訣ってペンキ飲むことだったのかよ。」

「コニー、これは───」

 

ライナーが私の肩に手を置く。そして首を左右に振る。本当のことを話してほしくないようだ。

 

「まあいいや。それよりお前、また蹄鉄投げに付き合ってくれよ!」

 

コニーはちゃらけた調子を続ける。

 

「またあ?」

「なあいいだろ?今日座学あんまりないし!」

 

しょうがない。ライナーも気分転換させてくれたし、私も何か答えよう。まあ、楽しいから、断ることもこれまで無かったんだけど。

 

「わかった。今日は負けないからな!」

「へへっ!ラガコ村一番の腕前の俺に勝てるもんならな!」

 

元気が有り余ってて何よりだ。ライナーはマグに入った飲み物を急いで飲み干し、私は椅子を、ライナーはベルトルトと二人で机を運んだ。

忙しい一日が、また、始まる。

 

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