進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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解散式を迎えた『彼』。
少し豪華な食事と、仲間達とのお戯れに付き合うお話。


第19話 解散式

─1─

 

「おお、お前さんもやっと来たか!」

「ハンネスさん!」

 

私は、解散式が行われる会場まで、急いで馬を走らせてきた。ハンネスさんが出迎えてくれた。彼は後衛部隊長にまで出世したそうだ。

 

「遅い時間にエレン達がバタバタやって来てな、その中にお前がいないから心配してたぜ。」

「すみません。ご心配おかけしました。」

「いいってことよ。さ、話は後だ。もうすぐ式が始まるぜ。行って来い。」

「はい!行ってきます!」

 

解散式。それは、訓練兵達が訓練の課程を修了した証明として執り行われる式典である。ふけてきた夜に、私たちは広場に集められ、整列させられる。いつもの訓練地の広場ではない。トロスト区の駐屯兵団本部。そこで解散式は行われた。私も馬を飛ばしてなんとか本部にたどり着いた。

 

ここで式が執り行われる理由としては、憲兵団志望者以外は、トロスト区で一週間ほど壁での任務を、駐屯兵団の先輩らと行うためだ。よその拠点でそれぞれ教えるよりは、こうして一まとまりにヒヨッ子どもを教える方がいいのだろう。ここは最前線であり、その威信を訓練兵だった者たちに教えるためでもあるのだろう。

 

 

揺らめく松明。開けた天井。広がる夜空。ここで私たちは宣告される。

 

教官が私たちの前に立つ。どうやら彼が結果を発表するようだ。

 

(キース教官じゃない。)

 

 

私達の前に立ったのは意外にも、三年前に私と面接を行った、あの銀髪の眼鏡の中年だった。彼ももちろん、三年間で目にすることも、教えを請けることもあった教官の一人だったが、入団のあの日のように、キース教官が発表したほうが気も引き締まると思ったのに。

 

この式典の本題はここからだ。

 

この解散式では、この三年間で最も優秀な成績を修めた上位十名が発表され、その十名は憲兵団に志願する権利を得られる。あくまで権利なため、本人が手放しても良いのだが、ここでその択を取るものはわずかだろう。

 

なぜならこの式典は、内地で真っ先に暮らしたい者達のひしめく場であるからだ。

 

勿論、駐屯兵団で実績を積み、憲兵になることも可能ではあるが、壁上の整備や市民の警護、巡回程度では目立った功績は上げられない。

 

ゆえに、この場が内地志望者の最初にして、最後の希望である。

 

多くの訓練兵らが、固唾を飲んで式の経過を待つ。一方で、私とユミルは、別の理由で祈りを捧げていた。

 

 

 

ある一人が、上位成績者10名に入っていることを信じて。

首席は当然ながらミカサだった。次席からはライナー、ベルトルト、アニと続く。三人ともとてつもなく優秀だった。当然だ。5番目は、エレンだった。

続いてジャン、マルコ、コニー、サシャ。残り一人。

ユミルの方を見る。彼女は、明らかに焦っていた。ここで彼女の名前が挙がらなければ、私たちがやった事は無駄になってしまうのだろうか。現に今でも、一部の訓練兵から向けられる視線はとても苦しい。

 

(頼む…あってくれ。)

 

「10番!クリスタ.レンズ!」

 

(やった!)

 

私は心の中で、胸を撫で下ろす。ユミル安堵の溜め息を吐いた。

 

我こそはと胸を張っていた者達は眉をひくつかせ、一縷の望みを打ち砕かれた者は姿勢を崩さぬままなれど、悲壮を顔に浮かべた。ワッと泣き出したい者も中にはいただろうが、三年間兵士としての有り様を叩き込まれた我々に、式典という場において、あからさまな動揺を見せるような教え方はされていない。

11番以降の順位は発表されない。もはや意味の無い数字だ。自分がどれほどの実力を持っていたかはわからない。だが、これも妨害したその帰結。それが結果に反映されたことは、この頬の腫れに見合うものだった。

 

後日配属兵科を問うと予告され、短い解散式は幕を閉じた。

 

─2─

 

式の後の、次の催しの僅かな暇に、会場からそう遠く離れていない空き部屋で、三人が喋る。

 

着いた差を埋められるよう、ミーナとトーマス、そして私は、この三年間、定期的に報告会を行っていた。訓練地での皆の持つ強みを探し、それを参考に三人の間で実践して、さらに報告を重ねる。私は都度手記に書き記していて、全ページの五分の一はこの報告会の内容で埋め尽くされていた。

 

今日の報告会は、そんな長く続いた報告会の総決算。言えることはすべて言い尽くしたように思われた。

 

「それで、これまでに参考になった人とかはいる?」

「俺はアルミンとエレンかなあ。エレンの持つ根性はすごいし、アルミンの頭の機転は誰にも負けないな!」

「私はミカサとクリスタかなあ。クリスタの気配りと、ミカサのなんでもできる姿はすごいと思った。」

「ミカサ程は難しそうだが、クリスタの強みは、俺達でも再現できそうだな。じゃあ、最後はお前だな。」

 

トーマスから訊かれる。

 

「そうだね・・・。私は、ライナーかな。」

「それはなんでだ?」

 

これまで、数多く参考になる人はいた。そんな中でも、最も頼もしかった人は彼だった。

 

「能力が高いのは言うまでもないけど、彼の頼られる性分は、とても目を見張るものがある。求心力とでもいうのかな。彼みたいに、頼れる兵士になりたいな。」

「そうか。・・・まぁでも、頼りにするなら、誰でもそうだけどな。」

「ん?どういうこと、トーマス?」

「ほら、皆得意な分野が違って、それで、苦手なところは助け合っただろ。」

「筆記試験の時とか、巧術の時とか、その時々で頼る人は違ったもんね。」

「そうだった。そういうものだったね。」

「上位十名にはなれなかったけど、だからって俺達は何もしてない訳じゃなかったよな。」

「十人だけで兵団を回す訳じゃないからね。」

「はぁ・・・。でも残念。この報告会も今日で終わりかぁ。」

「終わりなもんかよ、ミーナ。兵科が変わっても、またこうして報告会をやろうぜ。」

「勿論。私も参加するつもりだ。」

 

三人とも笑顔になる。もしもまた報告会を興すときはすっぽかさないよう、冗談めかして釘を刺した所で、大きくお腹が鳴った。表情筋を先程の位置から変えぬまま、思わず腹に手を当てる。そういえば、今日一日何も食べていなかった。

二人は察して、急いで私を家屋から連れ出した。三人で食堂に向かう。

 

 

 

道中で、またハンネスさんに話しかけられた。

 

「おう、お帰りかい。」

「はい、これから食堂に。・・・あの、ハンネスさんもご一緒しませんか?」

「ん?ああ、エレン達とはあとで話すよ。今日の主役はお前たちだ。同期の集まりにおっさんが紛れ込んでもおかしなもんだ。」

「それもそうですね。じゃあ、また後で。」

「おう。」

 

ミーナに背中を押され、トーマスがミーナの背中を押して、奇妙な三人の行列が後ろに背中を反って、食堂へ向かった。

 

さて、私がすきっ腹を抱えたまま、ここまで堪え忍んだのには理由がある。それは、解散式の後の夕食にあった。

 

本部の食堂で出される食事は、訓練地のものより少しだけ良質だったと、イアンさんらから手紙で聞いていたのだ。先輩らが言うのならば、私達の世代もそうだろうと期待していれば、まったくその通りだった。

 

酵母で柔らかくなった白パンに、大豆と干し肉が入ったトマトスープ、瑞々しい野菜、洋梨や林檎に葡萄といった果物まで、訓練地では絶対に口に出来なかった品の数々が、私達のために用意されていた。金を出せば訓練兵の時でも食べられたかもしれないが、タダで、かつもてなされるために用意されたことに意味がある、と私は考える。

 

椅子に座り、トマトスープを手に取る。

 

肉も干したものとはいえ、肉なのだ。

 

一口含めば、久しく眠っていた味蕾が起き出した。

…実は内地での勤務の時に、屯所の食堂で一度だけ肉を食べたことがあるのは黙っていた。マルコと他の憲兵団で訓練した者達で話し合った結果、サシャ程でないにせよ、常に肉に飢えてる訓練地で「肉を食べた」という事実を話そうものなら、誰だろうと嫉妬に狂い刃傷沙汰になりかねないだろうと恐れてのことだった。

 

「んん~おいしいです!」

 

サシャは数年振りの肉に歓喜し、思う存分頬張る。肉となれば半狂乱になるはずの彼女が今取り乱していないのは、材料が干し肉で本命ではないからだろう。

 

訓練地では訓練兵が食事を班ごとに交代で作っていた。料理が上手な訓練兵もいたし、私もそれなりに腕に自信があったが、上質な素材の揃うここでの食事に敵う筈が無かった。サシャがこれ程幸福そうな表情を私達は見たことが無かった。

 

ハリのある葉野菜を食んでいたところで、アルミンが言う。

 

「僕が、少し不安だ。この模擬戦闘試験で、ギリギリだったし。」

「その割には、技巧ではなく、兵士を選ぶんだね。」

「確かに、その方が僕にはお似合いかもしれない。けど、じっと壁の中で待ってなんかいられない。」

 

確かに、アルミンは戦闘が苦手だ。だが、トロスト区の任務で前線を見てきた私は、そう単純な話ではないことを知っている。

 

「どうだろう。戦闘の最中で、即興で立ち回りを変えたりすることはあるだろうけど、そんな場当たり的な対処じゃあ、やがては行き詰まる。やはり、事前に充分に作戦を練る必要があると思う。」

「そうだ。僕もそう思ってたんだ。現に、各兵団には団長が居て、班には指揮を執る班長がいる。作戦の立案だって、大事な仕事のはずだ。」

「なら、やっぱり調査兵団がいいよ、アルミン。たぶん君はどの兵団でも必要になる人材だと思う。まあ、前線に立つことについてだけは、まあ……うん。」

「足手まといにならないよう頑張るよ。」

「そうじゃなくて。エレン、ミカサもいる。一人で戦う訳じゃないんだから、そう強がらないで。皆で出来ることを考えよう。」

「ありがとう。…君はすごいな。とても落ち着いてて。」

「巨人が目の前にいないからどうとでも言えるんだ。この場でくらい、励まさせてくれよ。あと、ギリギリだったと言うけれど、サシャとコニーが受かってるんだし、そう悩むことないよ。」

「フォローになってる、それ?」

「それよりもよ、」

 

アルミンと話していたら、エレン、ライナー、マルコが集まって来た。食べ物の入った小皿を片手に。ここでは立食も許されていた。飲み物の樽ジョッキは、私の座っている長いテーブルに置き、エレンは続けた。彼の数歩後ろには、ミカサが張っている。

 

「お前なら十位以内には入れたと思うんだけどな。」

「私が?」

「ああ。いつも頑張ってたもんな。」

「うん。僕たちとも遜色ない実力だと思っていたし、いい所までいけたんじゃ?」

 

・・・彼らは知らない。私が最終試験、卒業模擬戦闘試験で何をしたのかを。

だが、ここで正直に話すことはしない。現に、あの場にいて、その事実を知るのは私を含めた四人だけ。たまたま証拠が残らなかったから出来たことだ。

 

「・・・悔しいけど、結果はこの通りだ。あれ以上頑張れなかったし。」

「だが、まあ、僅差だったんじゃねぇか?お前なら上位十人と実力はそんなに変わらんだろう。教官も言ってたが、実戦で使いもんになるかどうかは訓練成績の順位だけで測れるもんじゃねぇだろうしな。」

「ライナーの言うことももっともだけど、やっぱり僕はお前が十位以内に入れなかったことは残念だと思ってるよ。」

「・・・マルコ、もしかして私に憲兵団に入って欲しかったのか?」

「うーん、ここにいる人達となら,憲兵団でも円滑にやっていけそうだったからね。・・・でも、ここにいるエレンは憲兵団に入らないみたいだ。」

「最初っから決めてたことだ。オレが訓練してたのは、巨人と戦うためなんだからな。」

「同意見だ。私も、奴を倒すために、今日まで戦って来たんだからさ。」

 

私は不敵に笑みを浮かべる。マルコは変わらず残念そうな表情を浮かべながら、樽ジョッキを口元へ持っていくが、タイミングが悪かったか、ジャンに背を叩かれ、内容物が飛び出す。マルコの襟元はびちゃびちゃだ。

 

「死に急ぎ野郎のことは放っておけよ、マルコ。俺達には内地の快適な暮らしが待ってるんだからよ!ようやくこのクッソ息苦しい前線の街から脱出できるぜ!ハハハ!」

 

ジャンは念願の十位以内入りを果たし、有頂天になっていた。今日で彼の悲願は成就されたのだ。

 

「おめでとう、ジャン。」

「おう、ありがとな。」

 

私は素直に彼に賛辞を贈った。彼の言い方はとげがあるが、根が良い奴なのは訓練で彼に立体機動の手ほどきで散々わかっている。

だが、その物言いに毎度突っかかるも者もこの場にいることは忘れてはいけない。

 

「なあ・・・ジャン、五年前まで、ここだって内地だったんだぞ。内地に行かなくても、

お前の脳内は”快適”だと思うぞ。」

 

エレンが反駁するが、ジャンは有頂天ぶりを落としながらも、いたって冷静に答える。

 

「ああ、そうかい。だが、周りを見てみろよ。ここにいる奴らは俺同様、内地に行きたくて仕方ない連中ばかりだぜ。なぁお前ら!」

 

ジャンは周囲へと樽ジョッキを振り回して喧伝する。

 

「ジャン、その言い方はないだろ。」

「いいやマルコ、誰しも王に仕えるといった高尚な目的意識を持って、わざわざ泥臭く訓練に耐えてきたわけじゃないんだぜ?お前らは覚えてるよな?四年前に人口の二割を投じた奪還作戦のことをよ。」

 

覚えている。

避難区画から大人達が消えていったあの日を。

私の無力さを。孤独を。

ジャンは根は良い人だが、それを補って余りあるほどに、人間の悪意を鋭く指摘する人でもある。

 

(燃え上りそうだ。)

 

私は彼ら二人から距離を取り、壁面に背中を預ける。偶然、アニが隣で同じポーズを取っていた。

 

「あの作戦で生き残った奴はほぼいねえ。巨人一体殺すのに30人が犠牲になったそうだ。んで、巨人の数は人類の30分の1程度しかいないとでも?・・・これが現実だ。人類は巨人に勝てないってな。」

「ジャン、もうやめろよ。」

「あーあ。見ろよ、エレン。お前のせいで会場がお通夜になっちまったよ。」

 

だが、エレンは黙らない。

 

「それで?諦めれば巨人はおとなしく飢え死にしてくれるのか?」

「・・・なんだと?」

「四年前に人類が敗北したのは、満足に装備も与えられず、ただ囮として市民を利用したからだろ。今の俺達は違う。単純な物量じゃない。技能も、知識も、あの時とは全然違う!お前は戦術の発達を放棄してまで、巨人の餌になりたいのか!冗談だろ!」

 

エレンの主張は危ういけれど、正しい。事実、四年前の奪還作戦に駆り出された者たちは、立体機動のりの字も知らない、地上をひた走る大人達だった。彼らを侮蔑するつもりなんてない。何も選択肢を与えられず死んでいった者達。もしも私の両親が生き残っていたら、あの群れの一部に合流していたかもしれないという恐怖を、無駄にしてはならない。

 

「死んでいった奴らの築いてきた知識は、必ず次へと受け継がれるんだ!俺は絶対にやり遂げる!」

「へっ、そんな薄っぺらい主張には、誰もついてきてないようだが?」

「このっ!」

 

ジャンの挑発に乗り、エレンは彼に頭突きをかます。ジャンは怯まず、額をエレンにくっつけたまま睨み返す。

 

「どのみち兵団の士気に関わるんだ、さっさと憲兵団に行きやがれ。」

「言われずともそのつもりだ。その前に、いっぺんてめぇのツラを歪ませてからな!」

 

両者、同時に顔面に拳を仕掛ける。両方の右手が綺麗に互いの左頬にめり込む。

 

「お、始まったな!」

 

もはや風物詩になっていた彼ら二人の格闘は、沈み込んだ会場の活気を取り戻すには充分だった。いいや、沈む前より盛り上がっていそうだ。

 

先手を取り続けるジャンが優勢のように思われたが、後の先でエレンが対処する。エレンは執拗にジャンの腹にフックを打ち込む。さっきまで食事を摂っていた人に掛ける技ではない。戦略がなかなかにえげつない。ジャンは先の発言が足かせになってか、エレンの顔を狙うことに固執し、全景の観察を欠いていた。

 

「ありゃあ、すぐ決着がつきそうだね。」

 

アニが話しかけてきた。格闘訓練での、私とエレンの師範の慧眼はいかほどか。

 

「どう、エレンは?」

「相当強くなったよ、あんたと同じくらいに。格闘訓練の成績は、ミカサに次いであんたらが同率だったからね。」

「アニが全力だったら、こんな結果はありえなかっただろうね。ミカサとの勝負、見たかったなぁ。」

「最終試験は全科目使って丸一日あったのに、格闘試験にまで真面目に付き合ってられないよ。あ、ミカサが──」

 

ミカサがエレンを抱え上げ、会場を後にする。どうやらこの勝負、引き分けのようだ。

 

エレンはミカサに下ろすよう命じるが彼女は無視。ジャンはその光景を羨ましそうに唾を吐いていた。アルミンもエレンに付いて行き、幼馴染三人組は、会場から出て行った。

 

「壁の外へでもどこへでも行け!俺は絶対、憲兵団に入る!」

 

ジャンは負け惜しみを叫び、戻しそうになったご馳走をジョッキのがぶ飲みで押し込む。マルコが彼をなだめ、ハンナとフランツも彼に混じってことの剣呑さを治めていた。

 

「決着は着かないままおしまいか。」

「仲睦まじい二人なら、止めに入る役としてはお誂え向きだね。」

「・・・アニは、やっぱり・・・」

「私は生き残るために兵士を選んだからね。あんたは調査兵団でしょ。」

「ああ。・・・さて、私もジャンに挨拶してくるよ。」

「そう。私はもう寝るから。」

「そうか。憲兵団でも、頑張って──」

 

いいや、楽をしたがる彼女に掛ける言葉ではないか。

 

「・・・ほどほどにね。」

「どうも。」

 

アニは流し目に私を一瞥して、会場から去って行った。

 

 

ーーーーー

 

 

「ジャン、十位以内、お疲れ様。」

「おう、ありがとよ。お前…顔、まだ痛むか?」

「うん。まだ腫れが引いてないみたいだ。」

 

ジャンはエレンとひとしきり喧嘩した後、ミカサにエレンを拉致され、お通夜になった会場も活気を取り戻した頃、ようやく怒りがおさまって、私と話ができるくらいには持ち直していた。

 

「不運なものだな。事故だなんてな。」

「いいや。むしろ幸運だよ。立体機動は命に関わる技能なのに、この怪我で済んだんだから。ジャンは、もう明後日には内地に行くんだろ?」

「ああ。明日トロスト区で今後やらないであろう演習をやってからな。いきなり贅沢三昧にゃいかねえだろうが、安全な暮らしはどんな美酒よりも官能的だろうなぁ・・・。」

「まだ飲めない歳のくせに何が美酒なんだか。」

「なんだと!てめえも嗤うか!?」

 

(少しユミルの悪態が移ったかな。)

 

「エレンに続いて私ともやり合うつもりか?連戦で疲れてるだろ?」

「ああ。俺も誰彼構わず突っかかる猪野郎とは違う。」

 

(いや、違う。)

 

「・・・まあ、君がいなくなって、少し寂しくはなるだろうね。」

「んなこと言ったって俺は引き止めらんねえぞ。」

「引き止めるつもりなんか無い。私も、やりたいことのために全力を尽くしてきたんだ。ここで無駄にさせる権利なんか誰にもない。」

「ああ、この食堂にいる奴らもそうだろうぜ。エレンはああ言ったが、俺は自分に正直に生きてるだけだからな。悪いと言われる筋合いなんかねぇハズだ。」

 

ジャンは地面のレンガに視線を落とし、ジョッキを啜る。

 

「・・・これから憲兵団に行くつもりなら、もしマルロっていう憲兵に会ったら、宜しくと言っておいてくれるか?」

「ん?マルコ?」

「マルロだ。マルコと体験訓練に行ったとき、世話になった同期だ。手紙を送り合ってたから近況は大体分かるけど。でも、これからはそうはいかないだろうから。」

 

彼が上位十番以内に入ったかどうかは分からない。だが、彼が無事通過したことを、今は祈ってあげよう。

 

「そいつの風貌は分かるか?」

「おかっぱで横を刈り込んでて…あ、見た目より分かりやすい特徴が一つあった!」

「なんだよ。」

「ドが付く真面目で、規律違反は絶対に許さない人だ。いつも何かと揉めてるから、案外すぐ見つけられるかもね。」

「…嫌だぜ、そんな奴に挨拶すんのは。」

「どうして?」

「さっきミカサに連れられてご退場したあのバカそっくりじゃねぇか!どこにでもいてたまるかよ、あんな野郎が!」

「そうかな。…言われてみればそうかも。」

「あと、挨拶に行くなら自分で行け。」

「…ジャン?」

「お前はあの死に急ぎ野郎と違って冷静なんだからよ。まるでこれから死ぬみたいな言い方はやめろ。」

「あ、ああ。そうか。そうだよね。ごめん。」

 

別に、そんなつもりは無かった。だが、

 

「ありがとう。ジャン。私からマルロに会いに行くよ。」

「ケッ。」

 

ジャンは飲みかけのジョッキをテーブルに置き、腕組みし、私から目を逸らしてフウと一息吐き捨て、会場から去って行く。

 

「また立体機動で困ったら、その時は頼らせてくれ!」

 

ジャンは振り返らず、何も言わず、後ろ手に左手を大きく振って、本部内の寝室へ向かって行った。

 

 

 

そろそろ、私も寝室に行こうかと思った時、

 

「おい、貴様。」

 

私の背後、それも私の頭より高い位置から声がした。

恐る恐る振り返ると、キース教官が立っていた。

すかさず敬礼するが、

 

「・・・・・・。」

 

私の目をのぞき込み、キース教官は黙っている。

 

「・・・あの、何か?」

 

その沈黙は、私が尋ねると直ぐに破られた。

 

「・・・ふむ、明日からは貴様も一人前の兵士だ。その心構えを崩すなよ。」

「ハッ!」

 

それきり、教官はあの場を去って行った。不意に話かけられたからか、どっと疲れが湧いてきた。

 

結局、そのあとすぐに寝室に戻ってしまい、ハンネスさんとは合わず仕舞に、この日を終えた。

まあ、また明日話すのだし、謝ればいいことだろうと、祭りの活気にほだされていた。

そう思っていた。

 

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