進撃の巨人2 名もなき英雄の軌跡   作:なげすて

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第20話 再会

─1─

 

人類の活動領域を囲む壁には突出する半円形の区画が、4箇所ずつ設けられている。

この区画に人口を集めることで巨人の標的を絞り、守備兵力を集約するためだ。

そのうちの一つが、ウォール・ローゼ南方に位置するトロスト区である。

 

解散式を終えた、翌日の朝。私達は外門の壁上で駐屯兵らに代わり、大砲の整備を受け持っていた。三年間の教えを正しく実践できるかどうかを、正式な配属が決まるまでのこの一週間で試されているのだ。卒業したとて、油断はできない。

なお、憲兵団志望はこの日の内にトロスト区の本部に報告を済ませ、翌日には内地へ向かう馬車を見繕ってもらう手はずとなっている。

 

「おはよう。今日は随分早起きだな。」

「エレン。おはよう。私はいつもの習慣が出てしまってね。多分拗らせたんだろう。」

「訓練兵団の時は、割りと朝早く起き出して手紙を書いてたもんな。日誌の時もあったんだっけ?」

「そうだね。一番早起きなのはミカサで、日が昇る少し前から走り込みしてたっけ?」

「そうそう。あ、それより見たか?今朝の調査兵団の出発式。」

「ああ。見たよ。ま、壁の上からだけど。」

「もったいねぇ。せっかく上官の面々を見られたのにな。」

「教本にも載っていない、調査兵団の顔ぶれか。」

 

駐屯兵団、憲兵団は長らく代替わりしていないからか、教科書に氏名と似顔絵が掲載されているのだが、調査兵団は名前だけだ。それが、エレンの…いや、エレンだけではなく、調査兵団志望の訓練兵達をワクワクさせる要素の一つとなっていた。

 

「気にはなるが、まあ、早く起き出した分、ここで点検したり、二度寝でもした方が都合がよかったんだ。」

「そうか。まあ、後日会うことにもなるだろうしな。」

「そうだな。逸る必要もないよね。」

エレンは大分早く昇ってきたのだろう。しばらく雑談して、ようやく残りの班員が姿を見せた。

「固定砲の整備はミーナ達と一緒だったか。」

「ああ。ぞろぞろやって来たな。始めようぜ。」

 

固定砲の整備はエレンとコニー、サシャ、トーマス、サミュエル、ミーナ、そして私の七人で行われていた。

 

「解散式のことがあったけど、いつもの面々でこうしてあと何日かは一緒にいられるね。」

 

ミーナは爛漫にほほ笑むが、私は昨日のことで気を張っていたので

 

「あ、解散式とえば、エレン!あの喧嘩でジャンが追ってこなかった理由、分かってるのか?」

「いいや。どうせジャンが怖じ気づいたんだろ。」

「違う。ハンナとフランツがジャンをなだめたんだ。温和な二人だから上手くいったんだ。あのままなら二回戦もあり得たんだぞ。」

「そうだったのか。まずいな。俺、あいつらの惚気にムカついて、今朝ついバカ夫婦とか言っちまったよ。」

「後でちゃんとお礼を言わないとだな。私もただ見てるだけだったし。なんか贈り物でも加えてさ。」

「結婚記念の前祝いとか言われたりして。」

「ミーナさあ。」

「ねえ、配属兵科はもう決めたの?」

「私は調査兵団だ。ミーナは、なんだか上機嫌だね。良いことでもあったのか?」

「ふふ。私も調査兵団にしたの。」

 

思わずギョッとした。

調査兵団志望であることが明確な私達二人は、目を合わせて同時に首をかしげた。この班で、壁の外に行くことを望む者など、二人以外にはいない。

そう思っていたのだけれど。どうやら心変わりした者が複数いたようだ。

エレンはコニーのぼやきに思わず狼狽える。

 

「はぁ!?コニー、お前8番だろ!憲兵団に入るんじゃないのか?!」

「うっせーな!俺が決めたんだからいいだろ・・・!」

「エレンの昨日の演説が効いたんだよ。それに、お前だけじゃない。」

「トーマスもなのか。・・・いいや、その顔を見るに・・・。」

 

残りの連中も、私達に自らの覚悟した面持ちを見せるために集って来た。

 

どうやらサミュエルも、調査兵団を志望するようだった。彼らの上気した表情は、どこか誇らしげだった。エレンの演説を聞き、心構えが変わったと彼らは言う。

 

コニーはジャンと同じ兵団に入りたくないだとか、それらしい理由を並べ立て続けている。どれも前後の繋がりのない理由ばかりだが。

 

・・・戦力が増えること自体、喜ばしいことの筈だ。実際、マルコがエレンに憲兵団に入らないかと誘っていたのは、単に優秀だからじゃない。誰かに影響されて、配属兵科を変えてしまっても、私がどうこう言う必要なんか無い。

 

だが、何かが引っかかる。調査兵団を目指す人達は、何かしらの目的を持って、そこを目指すのだ。危険を承知で、さらにその向こうにある何かを目指すのだ。彼らにはそれが無い。本当にそれでいいものか。

 

そんな自問自答を些事と蹴とばすように、サシャがとんでもない爆弾を持って来た。

 

「皆さん、上官の食糧庫から、お肉取ってきました。」

 

総員が彼女の行いに恐怖した。

彼女の「取ってきた」は「忍び込んで盗んできた」という意味なのは、三年間苦楽を共にしてきた104期の、知れ渡った通説である。

 

彼女はおもむろに懐からハムを取り出す。紐で縛られた水筒サイズの円柱のそれには霜が振られ、外気に触れてもなお照り光る身は昨日の干し肉のスープとは比べ物にならない程の肉汁を湛えていることを示していた。

 

「・・・訓練兵気分が抜けてない奴がいるな。」

 

「お前・・・本当にバカなんだな。」

 

「バカって怖ぇ。」

 

三者三様、口々に彼女の行動の浅慮度合いをこき下ろす。おそらくサシャは昨日の夕餉が災いして、肉を求める欲望がはちきれんばかりに増大している。その証拠に、彼女は先のハムの末路を思い浮かべながら、だらしなく口を開いてはよだれをこぼしている。

 

(・・・今少し砲弾に掛かったな。湿気って不発にならないといいんだけど。)

 

「あとで皆さんで分けましょうよ…。スライスして、パンに挟んで…。ふへへ。」

「戻してこい。」

「そーだよ。土地が減ってからは、肉がすごく貴重になったんだよ?」

 

こんなことなら、無理に時間を作ってでも、訓練兵時代にもう一度狩りに行くべきだったか。

 

「大丈夫ですよ。土地を奪還すればまた、牛も羊も増えますから。」

 

(……。)

 

今ここにいる場所より外は、巨人の領域。だがそれは、かつて私達が持っていたはずの場所だ。ここからまっすぐ南へ行けば、いつものシガンシナ区がある筈だった。

 

そこを取り返しさえすれば、肉一つでここまで騒ぐこともないと、彼女は言うのだ。

 

そう。この三年間で学んだことを活かして、奴らから奪い返す。考えることはそれだけだ。

…考えすぎている、ということだろうか。

 

迷っていた自分が馬鹿馬鹿しくなった。彼女はいつも、自覚無しに私達の空気を和やかにする。

私は提言する。

 

「肉の調理は任せろ。」

「さすが、貴方は話が分かりますね!私の分は多めに頼みますよ・・・・・・ムフフ・・・。」

「勿論だ。一番の功労者だからね。」

「・・・・・・っ!俺も、その肉食う!」

 

サミュエルが続く。

 

「ウォール・マリア奪還の前祝いって訳だ。俺も食うぜ。」

「わ、私も食べるんだから、取っておいてよ!」

 

トーマスもミーナも乗り遅れないよう続いた。これで、エレン、コニーを除けば5人分の言質は取れた。まあ、ここで敢えて仲間外れにする理由も無い。

 

私は胸を軽く叩き、引き受けたと意思表示する。

そうだ。訓練兵時代に何もしてあげられなかったんだから、このくらいは引き受けよう。

 

「エレン、そろそろ作業に戻ろうか。」

「ああ、サボってるのバレちまうからな。」

「おう!俺達も戻ろうぜ!」

「お昼はまだ先だもんね!頑張ろう!」

 

肉を備品の木箱に仕舞い、各自、速やかに持ち場に戻った。

バレる、とは言ったものの、各砲門からはかなり離れている。今日の業務はあくまで整備、点検と空砲だ。巨人と真っ向から戦う必要も無い。

 

「…いい天気だな。」

 

私も少し、張り詰めた気が和らいだようだ。快晴を喜ぶくらいには。

 

(・・・そうだ。力も自信も、あの日々で十分に付いたはずだ。ここから新たに、人類の反撃を始めるんだ。)

 

のどかな空を眺めていると、

 

 

雷鳴。

 

 

そして、赤黒い巨躯が、私達を見下ろす。

眼前の光景を認める前に、

次の瞬間、私達は吹き飛ばされた。

 

 

熱風、とでも言おうか。凄まじい熱を一身に受ける。

その存在に驚嘆する間も無く、私達は壁から振り落とされた。

だがその不測の事態にも備えるよう、しつけられている。場にいる全員が立体機動に移り、壁面で体を停止する。

 

ただ一人、サミュエルを除いて。彼は頭から血を流し、真っ逆さまに落ちていた。

 

仇を見すえるよりも、現状の把握を優先した私は、いち早く気付いた。

しかし遠い。彼が地面に激突するまで、そう時間は無い。私では間に合わない。

助けを叫ぶより速く、誰かが彼の元へ向かう。サシャだ。

 

彼女は壁に沿って真下へ走る。そしてアンカーと飛ばし、サミュエルの落下を止めた。そして自身の減速も忘れず、もう一方のアンカーを壁に刺していた。

驚くべき機転だ。訓練では全く思いつかなかった応用だ。即死よりやや深い傷を秤にかけて瞬時に選んだ。彼女は私より早く気付いていた。

 

「皆無事か!?」

 

サシャの機転でサミュエルの死を辛うじて避けたが、

 

(全員の安全を改めて確認しなければ───)

 

 

さらに衝撃。壁全体が震えるほどの、大規模な力の衝突。

 

 

私は、この轟音を覚えている。

 

五年前、私を屋根まで吹き飛ばしたあの一撃と同じだ。

土埃が止む頃には、外門は消えていた。

また、壁を破られた。

 

「まただ。また、巨人が、入ってくる。」

 

心の臓から末端にかけて、全身が総毛立つ。

 

(まただ。また、あの日のように、なってしまう!)

 

この一瞬で、すべて突き崩された。さっきまでの油断、楽観は、たった一撃で打ち砕かれた。

 

だが、彼は違った。

 

「固定砲整備4班!戦闘準備!」

 

ブレードを抜き放つ金属音と共に、エレンが叫ぶ。

 

「目標目の前、超大型巨人!これは好機だ!絶対逃がすな!!」

 

「エレン!」

 

エレンは一人で、超大型巨人に立ち向かうために、あっと言う間に壁の上へ跳んでいく。

単独行動は自殺行為、まして未知の巨人と戦うなどもってのほかだ。

 

今この場にいるのは、卒業したての訓練兵だけだ。

しかし、エレンはその迷いなどかなぐり捨て、戦うべき相手を睨め付け挑んだ。

 

(・・・・・・そうだ。戦うんだ。5年前とは違うんだ。今ここで、戦うんだ!)

 

ならば、私のやるべきことは…彼の持たない冷静さを活かすことだ。

私はブレードを抜き、指示を出す。あの時の夜の試練のように。

 

「トーマス、ミーナはサシャと一緒にサミュエルを安全な場所まで遠ざけろ!」

 

(私がやらなければ。 )

 

「壁に侵入してきた巨人は、私が相手する!」

 

「ちょっと!」

 

ミーナの声掛けも無視し、急いで高度を落とす。奴らを、これより先に行かせてはならない。

 

(また、あの悲劇を繰り返させはしない!)

 

地面から2メートル程の高さになったことを目視で確認して、アンカーを引き抜き、地面に片膝立ちで着地する。

この程度の落下の衝撃など、鍛え抜かれた脚には何一つ響かない。

開かれた穴を、正面から睨み付ける。

 

 

すでに一体、巨人が侵入していた。およそ3メートル級か。

いつぞやの戦いでは死にかけたが、次は間違えない。

 

まず距離を取り、標的の行動傾向を見る。巨人は大きければ大きいほど、動きが鈍くなる。だが3メートル級ともなれば、すばしっこいことは想像に固くない。私が離脱の準備を取るが早いか、案の定、奴は両手を広げ、私をそのまま押し潰さん速度で突進してきた。

 

だが一足先に背後の板状の木製バリケードにアンカーを刺しておいた私は、熱い抱擁を真上に躱す。

 

奴はそのままバリケードに激突し、うなじを晒した。彼の真上から自由落下を活かして、私は掲げた両手を振り下ろす。

 

縦1メートル、幅10センチを奴からえぐり出す。

 

奴の全身から出る煙は、討伐完了を示す狼煙だった。

 

「やった。倒せた。だが…。」

 

(本来、この戦い方は望ましくない。)

 

巨人一体を討伐するのに、兵士5人は必要だ。危険を分散し、こちらが仕掛けるチャンスを増やすこと、多人数で巨人を相手取る戦法の理である。

 

だが今は、人手も、時間も足りない。

一年前のトロスト区での任務を思い出す。

 

最前線で週に一日、それも数ヶ月の間の任務だった。大砲にしがみつき、実際に巨人の挙動を観察できたのは100時間にも満たないだろう。だがそれでも、刃を収めて奴らの身動ぎをつぶさにしたためたこの手記を何度も見直し、少しでも現地の兵士達に並び立とうと、卒業まで観察眼を磨き続けてきた。

 

(今この場こそ、それを活かす時だ。)

 

予断を許さないごく短時間でのこの思考も、その現場での経験を反芻するため、そして、次の標的が壁から充分に離れるインターバルを無駄にしないための行為だ。

 

次にやって来たのは7メートル級。

記憶を振り替えれば、あれ程の体高がもっとも駐屯兵らには倒しづらそうだった。

 

こちらが頻繁に高度を調整するためか、奴の挙動も大振りになる。巨体を折り曲げたり、跳んだり跳ねたりと大忙しだ。

こちらが陽動と攻撃を両立するのは至難だろう。

まだ襲う気が無いのか、奴は大きく頭を左右に揺らしながら、両足の甲を地面に引きずってから踏み出す。

 

(人手が足りないとは言ったが、やはり一人では厳しそうだ。)

 

しかし、救援はすぐに着いた。

 

「大丈夫か!ここからは、俺達も戦うぜ!」

 

「ええ、一人で戦わないのは、狩りでも同じですから!きっとなんとかなります!」

 

「サシャ!コニー!来てくれたか!私は平気だ。サミュエルの避難は?」

 

「彼の脚の怪我は止血して、ミーナとトーマスの二人に移動は任せました。さあ、やりましょう!」

 

二人とも戦意は十分だ。

 

「それなら、コニーは私と一緒に来てもらう。サシャは奴の死角から狙うんだ。」

 

「任されました!」

 

サシャはいち早く東側へ跳ぶ。

 

私達は西へ地上を走る。

 

「おい、あいつを一人にしていいのか?」

 

「サシャは狩人として、獲物の隙や死角を刈り取るのは得意だ。なら、私達は引き付けることに集中すればいい。それに、ほら。」

 

7メートル級はこちらを見下ろし、足の甲を地面に引きずる遊びを止め、徐に距離を近づけてくる。

 

「巨人は人の数のより集中した箇所に向かう。壁に近づくまではより集中した箇所を。近ければ少人数を優先する。教本に書いてあっただろ?」

 

「あ、前半は覚えてるぜ!」

 

(十分!)

 

「よし、ならこのままで、いざとなったらいつでも跳べるようにしよう。」

 

「うっし!」

 

だが、その必要も無さそうだった。

距離を確認しようと振り向いたところ、巨人は倒れていた。サシャの突撃で、7メートル級はうなじを失っていた。

 

「やりました!」

 

「おお!すげぇな!」

 

「訓練通りやれば、巨人とも戦えます!」

 

「まだだ!もう一体来る!」

 

そろそろエレンの援護に向かいたいが、脅威はまだ襲い来る。

次は15メートル級だ。

もう一度記憶をおさらいする。

 

あれ程の大きさともなると、動作の緩慢さやその間合いの広さからか、兵士は慎重に行動する。適切に距離さえ取れれば部位を晒すよう誘導することができる。巨体から繰り出される殴打や踏み付けは当たれば即死する。用心しなければ。

 

「次は奴から視線を離さず、確実に距離を取ろう!」

 

「よっしゃ!」

 

三人とも立体機動に移り、壁から最も近い家屋、その屋根の端に移る。

 

大きな個体は、動きが遅い。そう思っていたが、

 

「んなっ!?」

 

15メートル級は、真っ直ぐこちらに突っ込んできた。初動は遅いが、前傾したことで慣性が働いて急加速したのだ。巨体から繰り出される推進力の大きさは、勢いよく家屋を廃材の山に変えた。

 

「・・・なんて力だ。」

 

巨人から視線を外さなかったためか、運よく全員が離脱できた。

 

「どうする?!あいつ、直ぐに起き上がるぞ!」

 

「バリケードに引っ掛けて足止めしよう!これ以上被害を出せない!」

 

巨人は、廃材をまさぐらない。家屋の中にいた住民は即死したのだろう。巨人は死人を食うことはしない。かならず、生きた人間を食おうとするのだ。

巨人は迷いなく、再び私達に向かって来た。

 

私達は南東に急いで跳ぶ。バリケード二つを盾に、奴の手の届きそうな距離を保つ。挑発に乗る情緒を持つかは疑念だが、突進を誘発し、うなじを晒す時間を長くしたいがための、苦肉の策だ。外門近くまで誘導し、引っかからなければ、また外門から離すよう誘導する。

 

だが奴は私の意に反し、両腕を前に突き出して、ふらふらと歩くばかりだ。バリケードにはぶつからず、腕で押しのけてしまう。

 

「クソっ。」

 

ガスをふかし続ける跳び方を、ジャンからよく注意されていたが、離脱と牽制が困難なこの戦況で、節約だの言っていられない。しかしながら、体の側面は軽くなり続けていた。

 

(バリケードでは十分に止められない。何か手は無いのか。市民を犠牲にせず、そのうえで奴を足止めする方法は・・・。)

 

思考をまた巡らせていると、上空から轟音がした。砂利をさらうような音色と、金属と木材が衝突し、混ざり合う音。

巨人から虚を突かれないよう、急いで見上げる。

 

「何だ?」

 

「危ねぇ!降って来るぞ!」

 

超大型巨人が薙ぎ払った砲台、線路が降って来る。勢いよくガスをふかし、外門から全速力で離れる。

 

落下物に気取られない15メートル級は、全身に瓦礫の雨が直撃する。地響きが止む頃には、巨人はうつぶせに倒れ込んでいた。

 

(・・・・・・今しか無い!)

 

最も距離が近かった私が急接近し、奴が起き上がる前に、うなじを刈り取った。

 

「倒した!」

 

運に救われた。皮肉にも、巨人の手助けを得るなんて。

 

「これで打ち止めか?」

 

前回なら、もっと多くの巨人が同時に入って来ていたそうだ。だが、この戦闘でほんの数体。それもすぐに止んでしまった。

 

地上に見える超大型巨人の両足。その間から見える遠望にも、巨人の姿は無かった。奴らが来るまで、大分猶予を稼げたようだ。

 

「ひとまず、全部倒せたみたいだな!よし、エレンの援護に行くぞ!」

「ああ!」

「お前ら、大丈夫か!?」

 

肩を叩かれ、振り向く。サミュエルの移動を指示していたはずの二人が戻ってきていた。二人とも全速力で駆けつけてきたのか、上着に汗が滲んでいる。

 

「トーマス!ミーナ!」

「状況はどうなってるの?」

「もう全部倒しちまったぜ。」

「全部って、お前らすごいな。いやそれより、サミュエルは途中で駐屯兵が運搬を引き継いだ。直ぐに増援が来るぜ。」

「よし、じゃあ急ごう。エレンの元へ。」

 

壁の上へ、アンカーを飛ばす。

 

壁の中ほどの高さまで跳んだところで、壁上から再び熱風が吹きすさぶ。一度停止し、蒸気が止んだところで、壁上まで登った。だが、そこに超大型巨人の姿は無かった。

 

あれ程の巨体が、どこにも無かったのだ。 壁の外面に、エレンが見えた。

 

「エレン!君が倒したのか?」

「違う。5年前と同じだ。奴は突然現れて、突然消えた。」

「消えたって、そんな・・・。」

 

エレンは崖を昇り、私が縁で彼の手を掴んで引き上げる。

 

「すまん。逃した。」

 

「いいや、無傷なだけ幸運だよ。本当に無事で良かった。」

 

「ああ。お前らもな。」

 

「エレン聞いたか!?こいつら、三人だけで巨人を倒したらしいぜ!」

 

「本当かトーマス!?お前らすげえな!」

 

エレンは素直にこちらに敬意を向ける。

 

「へへっ。俺は天才だからな。けど、こいつのおかげでもあるぜ。」

 

コニーは、私の肩をはたく。 しかし、私はこの勝利を素直に喜べなかった。

 

(おかしい。前とは何かが違う。何かが・・・)

 

「何してる、訓練兵!」

 

一時の勝利の賑わいも消し飛ぶ。駐屯兵らの増援が来た。

 

「超大型巨人出現時の作戦はすでに開始している!お前らもただちに本部に戻れ!」

 

「了解!」

 

訓練兵一同は横に並び、先方に敬礼する。

 

「ん?お前は…。」

 

一人の駐屯兵が気づいたようだ。私も彼に面識がある。一年前の任務を同じくした駐屯兵の一人だった。ほんの二言三言交わしただけだが。

彼は笑みを浮かべ、私に言う。

 

「訓練兵だけでよく持ちこたえた。あとは任せろ。」

 

「はっ!」

 

何か追及されるかと少し身構えたが、彼は素直に私達を称え、私は再度敬礼を返した。彼は言い終える前に私の横を走り去っていた。

 

「…知り合いか?」

 

「いいや。」

 

この場の訓練兵代表として労われた、そうコニーに方便し、私達整備4班は壁を飛び降りた。

 

─2─

 

到着すれば、駐屯兵団本部は騒々しかった。至極当然だ。

5年前、壁を破壊した超大型巨人が再び現れ、こうしてる合間にも、刻一刻と巨人は侵入し続けているのだから。

20分程度の休息と集合の時間を挟み、作戦の説明が開始された。

 

トロスト区防衛戦の作戦はこうだ。

まず駐屯兵らが前衛、中衛を訓練兵、後衛は駐屯兵団精鋭が受け持つ。

巨人の侵攻に応じ、戦力が適宜投入されるのだそうだ。

なぜ精鋭を後衛に配置するのか質問したところ、その理由は一つの脅威のためであった。

 

”鎧の巨人”。

 

奴は超大型巨人同様、壁を破壊した後に行方が分からなくなっている。そして、人類の敗北の条件は、壁の外門と内門の破壊。内門は破られていないが、いつ鎧の巨人が出現するか分からない以上、戦力は内門に割くべきだと。

私の故郷を破壊した、二つの脅威。憎悪の比重は鎧の巨人の方が遥かに大きかった。私の両親を直接手に掛けた存在だった故に。

 

「どうした?顔色悪いぞ。」

 

コニーが声を掛ける。どうやら無意識に当時を思い出して、表情が顔に出ていたようだ。

 

「ん?ああ、嫌なことを思い出してね。」

「そうだよな。お前、前にもこんなことがあったからな。」

 

コニーが私を励ます。いつの間にか、質疑応答は終わっていたようだ。訓練兵達は、班の編成の告知を待つべく装備を整え、本部の広間で待機していた。

 

「な、なぁ…壁の中に巨人が入ってくるなんてここ5年間無かったのに…どういうことだよ。」

「やっぱり不安か?」

「そりゃそうだろ。俺は初めてなんだからよ…。」

「やることは決まってる。戦うしかない。」

「…そうだよな。生き残るためには、やるしかねぇ!」

 

コニーは強がるが、不安は払拭しきれていない。ここにいる者の大半はそうだ。

依然群衆の動揺は止まっていなかった。

青ざめ、口をパクパクさせる者。泣き出す者。嘔吐する者。うって変わって奮い立つ者。他には…

 

「ねえ、貴方。」

 

この素朴な呼び掛けは、振り返ると、ミカサが立っていた。この中でも、彼女は清水のように澄んだ目をしている。

 

「エレンと一緒の班だったでしょ。彼はどうしたの?」

 

「エレンならあっちに───」

 

「そうじゃなくて。エレンがあの時、何してたかは分かる?」

 

「直接訊くのじゃ駄目なのか?」

 

「訊いたら多分、怒る。」

 

ミカサが小言を吐こうとすると、弟でも子どもでもないと言って怒るのが、いつものことだった。ならば答えよう。

 

「エレンは真っ直ぐに超大型巨人に向かって行った。」

 

「ああ、あいつ凄かったぜ!あんな思い切り動ける奴は、エレン以外いねえよ。」

 

「…やっぱり。」

 

コニーの高揚に対し、ミカサは落ち込んでいた。無鉄砲なエレンを引き留めるように動いていた彼女は、私達にエレンを制するよう期待していたのだろう。

 

「彼を止められなかったのは、申し訳なく思ってる。ごめん。…でも、彼の行動には、間違いなく助けられた。彼が真っ先に動かなければ、私は狼狽えて次の行動を決めあぐねただろう。」

「うんうん。俺もバカだけどビビらねえ訳じゃねえからよ。」

「貴方を責めてる訳じゃない。ただ、エレンの事が心配だっただけ。」

「そうだね。…それなら、君やアルミンが付いていれば、多少はエレンも落ち着くんじゃないかな?」

「まだ班も発表されていないから、同じになる可能性はあると思う。」

「なら、エレンに掛け合うといい。多分、班の編成を変えるくらいなら出来るはずだ。戦力は欲しいだろうし。」

「わかった。ありがとう。」

「ああ、気をつけて。」

 

私はまだマシな方だろう。5年前、シガンシナ区で地獄を見た。

あの光景を知る者ならば、まだこの現状が絶望的なものとは思わない。

 

(・・・・・・そう思うのなら、今はこの場にいる顔ぶれを品定めしている場合では無いだろ。)

 

人類の危機なのは確かだ。だが、まだ、諦められる状況ではない。

人類の脅威を退けるべく、動くときだ。

 

 

そのうち、駐屯兵から召集が掛かった。

いよいよ、こちらから敵地に攻め込む時だ。

 

見慣れた顔ぶれと共に班を組み、駐屯兵団本部を出た。

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