─1─
「アルミン!おい、アルミン!目を覚ませ!」
コニーがアルミンを揺する。私達残り三人は周囲を見渡し、状況の変化を観察していた。
「…コニー。」
アルミンは返事をするが、まだ事態をはっきりと飲み込めていないようで、生体反射のような気の抜けた返事が帰ってきた。
「班の皆はどうなったんだ?!」
「班?」
「オイオイしっかりしろよ!なんで一人だけなんだよ!なんかお前の体ぬめってるし、一体何があったんだよ!?」
「…あ。」
最初、彼は呆然と中空を眺めていた。だが、何かを思い出したように瞳孔に光が戻り、叫んだ。喉が裂けんばかりに、己への嫌悪を撒き散らす。
私はその状況にひどく困惑した。アルミンがこれほど取り乱す様は見たことが無かった。しかし、その動揺ぶりには見覚えがある。
大切な誰かを喪った者が上げる慟哭だった。
避難区で散々聞いた、数多ある声の一つだった。
「この役立たず…!死んじまえ!!」
「オイ、落ち着けよアルミン!皆は──」
「もういいだろコニー!全滅しちまったんだろ、コイツ以外は。」
「うるせぇよユミル!アルミンはまだ何も言ってねぇだろ!」
「周りをみりゃ明らかだろうが!これ以上そいつに構ってる時間はねえんだ!」
「じゃあなんでアルミンは無事なんだよ!」
「さあな。死体だと思われたんじゃねえの?複数の巨人に同時に襲われたのは気の毒だが、劣等生のコイツだけ助かるとは・・・エレンも報われねえな。」
「・・・・・・なぁクソ女、二度と喋れねぇようにしてやろうか!?」
ユミルとコニーの口論もすぐさまヒートアップする。しかし、暴力沙汰に発展する前に、クリスタが二人に割って入る。
「やめて二人とも!!みんな気が動転してるんだよ!!急に沢山友達が死んでいくんだもん・・・仕方ないよ。」
仲裁しているクリスタの目には、涙が浮かんでいた。彼女も、手の届かぬところで死んでいく仲間達のことを思って、本心から言っているのだろう。
その健気な発言に心打たれてか、ユミルはクリスタを抱き寄せ、「結婚してくれ」などと口説いている。
先ほどの戦闘ではこれほどの険悪さなど感じられなかった。むしろ軽口をたたき合いながらも、新兵の集まりにしては戦果を確実に挙げられていた班の一つだった筈なのに。
上位成績10名の内の一人。失うことでこれほど動揺が起こるなんて。
「確かに、いつも以上にふざけていやがる。」
「同感だ。今はここで言い争っている場合じゃない。アルミンを安全な場所まで送り届けて、後衛に合流させよう。一人じゃ戦えないのは、この班で充分わかった。」
エレンの安否も適宜確認するよう呼びかけようとしたところで、ブレードを持つ私の手が、カチカチと音を立てて震えていることに気付く。私は、自分の放った言葉に自信が満ちていると思っていた。だが裏腹に、微かに体は震えていた。
(何を・・・何を、考えているんだ。今は怖気づいている場合じゃないだろう。)
さっきの戦いまで突き放した恐れが、たった一人の兵士の狂乱によって呼び起こされたとでもいうのか。
(信じられない。エレン、トーマス、ミーナ、ナック、ミリウス。こんなあっけなく死ぬなんて、信じたくない。大体、アルミンの口から聞いてないんだ。そうと決まった訳じゃないはずだ。)
自分の心に、嘘を吐いた。吐くことで、無理やり押さえつけたのだろう。
「お前ら、休んでる暇はねぇぞ!巨人どもにだいぶ押されちまってる。」
次の行動を迷っていた私達の下に、ライナー、アニ、ベルトルトが屋根伝いにやって来た。
「住民の避難はまだ済んでねぇ。今後衛に抜けられたら大変なことになるぞ。」
「後衛には精鋭が控えてるはずだ。彼らは何をしているんだ?」
「わからねぇ。俺達で確かめにも行きてぇとこだが、人手が足りない。お前たちの内誰かが付いて来てくれればいいんだが。」
ライナーの気丈な振る舞いに対し、私達には暗雲が立ち込めていた。アルミンと再会する前の私達のように、三者は怪訝な顔をする。
「気になることでもあるのかい?」
状況を明かすべく、ベルトルトが訊いた。
(ここで、本当のことを答えてしまったら)
さっきのように、また士気を削いでしまうかもしれない。特にこの三人の損失は痛手だ。敢えて明言を避け、私は彼らに訊いてみる。
「エレン達が見当たらない。三人とも知らないか?」
「いいや、私達も見ていない」
「今こうしてアルミンだけがはぐれたみたいなんだ。彼を後衛まで送り届けたい」
「さっきも言ったが、時間は限られてる。付いて来れる奴だけ来てくれ。判断はそっちに任せる!」
言い終えると同時に、三人は跳び立った。
クリスタは私に進言する。
「貴方は先に行ってて。私達がアルミンを送るから。」
「丁度いいじゃねえか。アンタの望む人助けとやらに行ってやれば。」
「ブレードの枚数やガスも、お前が一番残ってるしな。・・・けど、気を付けろよな。」
三者三様、私にエールを送る。
「もちろんだ。君たちも気を付けて。」
私は彼らを生存を信じ、ライナー達を追った。
─2─
「お前が来てくれたか。他の奴らは?」
「アルミンの護衛!」
「分かった。しっかし、こりゃ悲惨だな。前衛は壊滅状態だってのに・・・後方にいる住民の避難はまだ終わらねぇのか?」
「・・・そうみたいだね」
「俺達で中衛を援護して、巨人を食い止めるしかねぇだろ!」
ライナーは真っ先に跳び立ち、他二人も続く。
「あっちにいる中衛の班に巨人が近付いてる。…助けなければいけない状況みたいだね」
「私が奴の視線を引き付ける。三人で仕留めてくれ」
「こっちの戦力がやや過剰だな。俺も陽動に行くぞ」
「頼む、ライナー」
15メートルの巨人1体を、班に向かう前にこちらに引き付けるべく、私達は巨人に急接近する。案の定、巨人はより近い集団である私達に標的を変え、両腕を前に上げ下げしながら追ってくる。
私はアニとベルトルトがより確実に仕留められるよう、奴に更に近づく。
「おい!何やってる!」
(大丈夫だ、ライナー。このくらいなら、まだ引き離せる)
「うおおおおお!!」
巨人の臭い呼気が鼻腔で感じ取れた瞬間、ベルトルトが雄叫びを上げて、巨人を討ち取った。
「やった!」
「やったじゃねぇ!なんだよあれは!?」
家屋に着地したところで、ライナーは私の胸ぐらを掴む。
「何って、陽動だよ。そんなに驚くことなのか?」
「今のはどう見ても死にに行くようなものだろ!巨人の口先三寸で飛び回るバカがいるかよ!!」
「そんなに怒らなくたっていいじゃないか。さっきだって、このやり方で───」
いいや。違う
「あんた、明らかにおかしいね。」
「そうだよ。今のはさすがに無茶だ。君は、そんな奴だったのかい?」
「…さっきもこうしたはずだ。こうやって、巨人を誘導して、コニーやユミルに止めを刺させたはずなんだ」
(距離を見誤ったか?今さらそんな間違いを?)
「…とにかく、もう少し距離を取れ。いくら俺達でも、所詮ただの訓練兵だ。守れるとは限られねえからな。」
「わかった。ごめん。」
「訓練兵!ここはもう大丈夫だ。まだ余力があるなら、他の班の支援に向かってくれるか?」
「了解です。」
ライナーは先ほどの激情を治め、駐屯兵に敬礼をしている。私はさっきの叱責に気を取られ、戸惑っていた。
東で緑の煙弾が上がる。
「あれは、救援要請!」
「行こう。ライナー。」
「ああ、ベルトルト。おい、お前も」
ライナーは顎で方角を私に示す。
「行こう。」
四人は跳び立った。
「他のみんなは、どうなったのかな?」
「今は仲間を信じてやれ、ベルトルト。」
「おい、お前ら!助けてくれ!!」
救援要請を放った主は、マルコだった。
「マルコ!」
「8メートル級1体、13メートル級1体!」
「お前ら、攻勢に出るぞ」
「ああ」
「分かった」
ライナーが言い終わるが早いか、ベルトルトが8メートル級の頭上を通過、急降下し一人で討ち取り、アニは13メートル級の目を横薙ぎで潰し、ライナーがうなじを削ぎ落とした。
「…速い」
凄まじい連携だ。本当に私が必要なのか、疑問に思えるほどに。コニー達と組んでいた時はもっと討伐のペースは遅かった。苦戦は勿論のこと、戦闘の度に磨耗する心を強く保つためだった。だが、彼らは怯まない。怖気付くこと無く、次へ、また次へと標的を移してゆく。
「奇行種1体、8メートル級来るぞ!」
これが、成績上位10名と、そうでない者の差なのだろうか。
(いいや。現にエレンは死んだんだ・・・と思う。なら、この三人だって・・・)
エレンの存在は、私達訓練兵にとって大きな心の支柱だったのだろう。訓練兵の中でも、まるで先んじて学んで来たかのような目覚ましい結果を残す者もいた。大多数はそれらに打ちのめされ、半ば諦めたように訓練していた。エレンは、その一人ではなかった。他の者には明らかな才能の片鱗が見られたにもかかわらず、エレンは血の滲む努力で彼らに食らいつき、成績5番にまで上り詰めた。
そんな彼を、尊敬のまなざしで見つめる者達は多かった。たとえ上位に入れずとも、訓練の期間中、自己の出せる最大限の力を確かめるために、心を入れ替えて訓練する兵士たちがいた。
(もしかすると・・・彼らも──)
「おい!後ろ!」
「え?」
物思いに気を取られ、巨人の接近に気づけなかった。奇行種に追い付かれ、空中で足を掴まれる。
「しまった!」
私は瞬時に左手のブレードを逆手に切り替え、足への力の加わり方から、支点となる指を特定し、切り落とす。
「フッ!」
巨人が顔をしかめた瞬間を逃さず、アニがうなじを刈り取った。
「凄いな、アニ!」
「どうも」
「こちらも助かったよ」
「またかよ…。お前は、もっと自分を大事にしろ!!俺達も危うくなる!」
「ライナー?どうしたんだ?一体…。それに、お前はユミルと一緒の班じゃなかったか?」
「さっきといい、あんた、普段と全く勝手が違うね。怖じ気づいたなら、なんで私達に付いて来たの?」
「……何か引っ掛かることでもあるのなら、話してみろ。」
「そうだよ。いつも僕達が相談したり、されたりしてる時みたいに。」
「なあ、僕だけまだ事情がよく飲み込めてないんだけど?」
「さっき、エレンを見なかったか訊いたのを覚えてるか?」
「ああ。あの場には、アルミンしかいなかったが。」
「どういうことだ?」
「マルコは知らないもんな。ごめん。実は、34班の連中が、アルミン以外の行方が分かってない。」
「なんだって!?それは、つまり…。」
「想像したくはなかった。けれど、アルミンの反応からして、やっぱり彼らは、死んだんだと…思う。」
「……。」
マルコを含めた四人は、押し黙る。特にマルコは顔が青ざめた。
「…本当はこんなことをしてる場合じゃないことは分かってる。でも、体が追い付かなかった。数多く人が死んでるってのに、こんな簡単に…クソ…」
死んだ者達の浮かべる暗い目。どこまでも吸い込まれそうな暗い目が、また脳裏に浮かび上がる。
ライナーがバシン!と肩を叩いた。
「いっ!!ライナー?!」
「落ち着け。今自分で言っただろ?何をするべきなのかをな。なら分かってるだろ。立て」
「ライナー…」
「エレンは駄目だったかもしれねぇが、それでも、今生きてる奴らを放り出す道理はねぇんだ。兵士としての責任を果たせ!」
兵士としての責任を、果たす。
彼の言葉は、いつも変わらない。実直で、力強く、誰でも敬意を持とうと思える、訓練していた日々での態度と変わらなかった。
目元を擦り、再び立ち上がる。拭った手は濡れていなかった。
(こんなところでさめざめと泣いてる場合じゃない)
「後衛の避難民の様子を見てくる」
「一人で大丈夫なのか?」
「ああ。今度は間違えない。十分に戦えない今は、後衛への連絡を私がやろう。」
「後衛には確か、ミカサもいたはずだ。頼ってみるといい。」
「僕はライナー達に付いて行くよ。お前も気を付けろ。」
「ああ。」
私はライナー達と別れ、北を目指して、家屋を走り渡る。
今は頼るべき戦力を増やさないと。そのために、後衛を探さなければ。
走り出して、およそ10分くらいか。
内門の辺りまでやって来た私は、地上でミカサが太った中年にブレードを突き付けているのを目撃する。
「ミカサ、何してるんだ!?」
「この人の荷馬車が内門を塞いでて、住民の避難が遅れていたの。」
「この人じゃねえ!リーブス商会会長のディモ・リーブスだ!」
「荷物の運搬は最小限にと、避難訓練の時に言われませんでしたか?」
「・・・俺の取引は、一つで住民どもの明日を繋ぎとめるほどの代物だ。本来なら俺が最も優先されるべきだろうが・・・」
ミカサの睨みが、商会のボスに突き刺さる。会長は青ざめながらも、豪胆に続ける。
「さっきそこの新兵が言った言葉は信じた。俺に二言は無い。この商品はあきらめるとするが、このツケはおたくら兵団にきっちり払ってもらうからな。」
腹が立った。
(自分本位な人だ。命がかかってるこの状況で、ミカサに睨まれてなお懲りないなんて。だが、威圧しても駄目なら、この人にとって良い条件を提示すれば、何かが変わるかもしれない。)
「必要ありません」
「なんだと?」
「取り戻しますから。ここを。必ず」
商会のボスは青筋も立てながらも、笑みを浮かべた。新兵である私の言葉を、少し気に入ったようだった。
「・・・ケッ、どいつもこいつも大言吐きやがって。どうなってんだ今年の新兵は」
リーブス会長は、自らの禿げた頭をさすり、目を自分の足元近辺に泳がせ、再び私を見つめる。
「いいだろう。その大口、乗ってやるよ」
「アッカーマン!迎撃態勢を取れ!まだ巨人が2体近づいて来てるぞ!」
「イアンさん!」
「む、久しいな、新兵。よし、お前にも協力してもらうぞ!住民の避難が終わるまで、接近してくる巨人を迎え撃て!」
「了解!」
「私がトドメを刺す。貴方は巨人を引きつけて。」
「任せてくれ。」
「ならば、俺達はもう一方を狙う!アッカーマンがいれば、俺が手を貸すことはあるまい。行くぞ駐屯兵!新兵に気後れしてる場合じゃない!」
イアンさんは即座に踵を返し、他の兵士を率いて行動を起こす。
「さっきの通りなら、駐屯兵団本部を通り抜けてまでここに来た。奇行種に違いない。油断しないで」
「わかった。行こう、ミカサ!」
彼女は答えず、迷わず跳び立つ。
ーーーーーーーー
「これは・・・。」
補助なんて必要無かった。さっきライナー達と連携を取り、ようやく奇行種を倒した。それなのに、それを彼女はたった一人で討ち取ったのだ。
まるで、天地の全てが彼女に味方しているかのように錯覚した。訓練兵時代から、彼女はブレていない。
「凄いな、ミカサ」
素直に称賛がまろび出た。
「君だって負けてないさ」
いつの間にか、イアンさんは奇行種を倒して、私達の援護のために駆けつけてくれていた。
「一年前の焦りぶりに比べれば、随分冷静に立ち回れているじゃないか」
「?」
「ミカサ、こっちの話だから気にしなくていいよ。…イアンさん、同期には内密に、って手紙で書いたでしょう?」
「先んじて任務にあたった程度の抜け駆けなど、今さら気にする状況じゃないだろ?自分の経験を素直に打ち明けて何が悪い?」
「それもそうですが、ズルではないでしょうか?」
「それなら、精鋭である俺達を追い抜く力をもつミカサは反則だな」
全くもってその通りだ。
「新兵。今こそ発揮する時だろう。あの時言った、誰かを助けたいと願う気持ちを果たすときが!」
「…そういえば、エレンはどうなったの?貴方はエレンより若い番号の班だったから、エレンのことを、何か聞いたりしてないの?」
その時、私は一瞬、答えに迷ってしまった。彼は無事だ。気にせず戦えばいいと、その言葉を掛けることをほんの刹那、躊躇した。
彼女は、その一瞬を見逃さなかった。
イアンさんは他の駐屯兵の手信号を読み取り、状況の把握に努めていた。そして、確認の作業が終わったところで、兵士の撤退開始を知らせる鐘が鳴った。
「住民の避難が完了した!これ以上近づいてくる個体もない。よし、壁を登るぞ!」
「私は、前衛の撤退を支援してきます!」
「おい、アッカーマン!くっ、新兵、彼女を追ってくれ!」
「はい!」
ミカサを追って跳び立った時、妙に体が軽かった。陽動のために立ち回っても、ガスは確実に消費する。念のため補給しようかと、簡易拠点がないか空中で見下ろすが、
「…まずいな」
設営された小さな補給拠点たち。50箇所の内、目視で確認できただけでもすべてく使われていた。
果たしてガスは保つのか。
それよりも、ミカサに本当のことを知らせてはならない。その焦りとともに、中衛へと向かった。